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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の生活
898/3865

0898話

 空には太陽が存在し、強烈な自己主張をしている。

 つい昨日までは雪が降っていたのだが、それが幻だったとでも言いたげな天気。

 だが気温は決して暖かい訳ではなく、太陽光が降り注いでも雪が溶ける様子は殆どない。

 それどころか、雪に太陽光が反射して地上を歩く者達の目を眩く照らす。

 普通であれば、子供くらいしか好んで外に出ないような天気。

 そんな天気の中……ギルムにある領主の館付近には、大勢の人が集まっていた。

 いたるところに屋台があり、寒さを凌ぐ為の温かい料理の数々が売られている。

 いつもなら民間人であれば滅多に近寄らない領主の館だったが、今日は話が違う。

 何故なら、今日は祭りなのだから。

 冬特有の、どこか寂しげな雰囲気を一掃するかのような祭り。

 勿論領主の館のすぐ近くで行われる祭りである以上、警備に関しては万全だった。

 騎士や警備兵といった者達が付近を歩き回り、領主の館に入り込もうとしている者がいないか、何か騒動を起こそうとしている者はいないか、祭りの雰囲気に酔って暴れている者はいないか、前後不覚になる程に酒を飲んで暴れている者はいないか、と厳しく見張りをしている。

 心に疚しいことがある者は大人しくなり、疚しいことがない者は純粋に祭りを楽しむ。


「ガメリオンの串焼きだよ、今日は特別大特価! 五本頼めば一本無料!」

「うどん、ガメリオンの肉を使った煮込みうどんはどうだい」

「ガメリオンの煮込みだよ。食べ応え最高のガメリオンの肉は、今日だけの特別に手間が掛かっている代物だ。今日食べないと絶対に後悔するよ!」

「ガメリオンの肉をたっぷりと使ったスープだよ、この寒さの中、身体が暖まることは間違いなしだ!」

「ガメリオンの肉を使ったサンドイッチ、サンドイッチはいらないかね。焼きたてのパンにガメリオンの肉を挟んだ、この時期だけのサンドイッチ!」


 そんな風に、ガメリオン料理を売っている屋台の数も多い。

 ダンジョンのせいでガメリオンの肉が広まるのが例年よりも遅くなった為、人の多く集まる今日ここで一気に稼いでおきたいという者が多いのだろう。

 勿論ガメリオン料理だけではなく、それ以外の料理を売っている屋台も数多い。

 そんな中、祭りだというのに食べ物以外を売っている店がかなり少ないというのは、この祭りが数日前に急遽決まったものだったからというのも大きいだろう。

 また、雪が降る中で物を売ってもそれ程――温かい食べ物を出している屋台より――売り上げが伸びないというのはあった。

 それでも焚き火をしながら雪の上に敷物を広げ、アクセサリや服、小物といったものを売っている者が何人かいるのは、この祭りの情報をいち早く入手した者達だ。

 そんな中、屋台や出店の通りを真っ直ぐ進んだ場所にはラルクス辺境伯領の騎士団が訓練をする広場があり、今回の祭り最大の催し物が行われるのもそこだった。


「今回の決闘の理由は、エリエル伯爵家の次期当主のキープ様がシスネ男爵家のメイドに目を付けたことが始まりだ。国王派に所属するエリエル伯爵家の権力は大きく、シスネ男爵家ではあらゆる面で上の相手からの要求に大人しく従うしかないかと思われた。しかし……しかしっ! シスネ男爵家の当主であるムエット様は、それを毅然と断った!」


 決闘の舞台となる広場の入り口で、男が今回の成り行きを語る。

 それを聞くのは祭りに参加していた者達で、何故このような決闘が行われることになったのかを知らない者も多く、殆どが興味深く聞いていた。


「当然キープ様は格下のムエット様に逆らわれたのが面白くない。そこで決闘を申し込む。勿論この場合の決闘というのは、本人が行うのではなく自分の代わりの者が参加することになる。この時点でキープ様は自分の勝ちを確信していただろう。そりゃそうだ。エリエル伯爵家は資金的にかなり裕福なのだから。金に飽かせて高ランク冒険者や、傭兵といった者達を雇えばいい」


 男の言葉を聞いていた者達が、不満そうな表情を浮かべて近くにいる者達とキープに対しての不満を告げる。


「だが! ……だが、しかし! この時のキープ様は思いも寄らなかった。ムエット様やメイドの近くにいた人物が、凄腕の冒険者だったとは! その人物は、以前シスネ男爵家の嫡子を鍛えるという依頼を受け、その成果を見る為に久しぶりに顔を出した人物。そんな冒険者が、自分と縁のある人物の危機に黙っていられる訳がなかった。その男こそ、ランクB冒険者のレイ。深紅の異名を持つ男だ!」


 レイの名前が出た瞬間、観客達の興奮が最高潮となる。

 それを見て取った語り手の男は、してやったりといった笑みを浮かべる。


「さて、そんな相手を敵に回してしまったキープ様。レイと戦える冒険者を用意出来たのか!? さぁ、賭けた賭けた。大穴はレイの負け、キープ様側の代表者の勝利。倍率は五百倍だよ!」


 男の口から出たその倍率は、賭けるに値しないと思わせるものだ。

 だが……それでも、話を聞いていた内の何人かは一発逆転の可能性を信じて賭けに参加する。

 他の者達は、レイと戦う相手がどれくらい持ち堪えられるかというのを基準に賭けていく。

 未だにレイと戦う、エリエル伯爵家の代表者の名前や素性は明らかになっていないというのに、それでも賭けが成立する辺り、ギルムでのレイの認知度の広さを物語っていた。


「なぁ、ヨハンナ。お前は賭けに参加しないのか?」

「うーん、賭けって言ってもレイさんが勝つのはもう決定事項でしょ? そうなると、後はもうレイさんの気分次第なのよね。それこそ開始数秒から、ある程度相手の強さを引き出してみせるとか」


 運良く護衛の休憩時間中にヨハンナを誘うことに成功したレントがガメリオンの串焼きを手に話し掛けるが、それに返ってきたヨハンナの言葉はどこか気が乗らないものだった。

 祭りを楽しんでないのではなく、セトと会えなかったというのを残念がっているのだろう。

 元遊撃隊の面子としてシスネ男爵家の護衛もやっていたヨハンナだったが、今はセトを目当てに休憩をとっていた。

 だというのに、夕暮れの小麦亭に行ってみても既にセトはレイと共に決闘へと出掛けており、その帰りにレントに誘われ、こうして祭りにやって来たのだ。


「ま、勝負の行方は分かってるんだし……最大の問題は、決闘が終わった今夜辺りね。財産の半分を賭けるなんて馬鹿な真似をした以上、最終手段はその受け取る相手がいなくなるしかないんだし」

「おいおい、怖いことを言うなよ」

「だって、何日も続けてシスネ男爵家にチンピラが送り込まれてきてるのよ? どうせならもっと強い相手を送り込んでくればいいのに。あんな奴等で私達をどうにか出来ると思ってるのかしら」


 不満そうに呟くヨハンナだったが、キープやフルトスも自分達と繋がりのあるような者を送り込んでしまえば自分達の行為が発覚しかねないという事情があった。

 勿論今までは平穏な日常を送ってきたシスネ男爵家に、決闘が決まった途端襲撃が相次ぐのだから誰が裏で糸を引いているのかというのは明白だ。

 だが、証拠がない以上はそれを弾劾することも出来ない。

 それをいいことに、キープやフルトスは何人もの人物を間に挟み、捕まっても自分達まで繋がらないチンピラを幾度となく送り込ませていた。

 勿論それでムエット達を殺せるとは思っておらず、もし殺せたら運がいい程度の認識だ。

 本当の目的は脅しであり、襲撃され続ける日々により精神的に消耗させ、決闘を辞退させる。

 レイに勝つ目算がない以上、キープやフルトスが取れる最善の手段がこれだった。

 ……ただし、ムエットやアシエ、バスレロといったシスネ男爵家の者達はレイの強さを知っている。そして心の底から信じている。

 また、決闘までの期日がそれ程長くないということもあって、耐えることは出来た。


「向こうも馬鹿な真似をしたものね。せめて、正々堂々と戦えばレイさんもある程度の手加減はしたでしょうに」

「いや、財産の半分がなくなるってのに、手段を選んではいられなかったんだろ」


 レイからその辺の事情を聞いているレントにとっては、そう言うしかない。

 実際、自分がキープの立場であるとすれば、レイに手を出すのはまず不可能である以上は、ムエットの方をどうにかするしかないのだから。

 もっとも、最善の選択肢は相手に謝罪して決闘をなかったことにして貰うことだろう。

 だがエリエル伯爵家の次期当主という立場や、キープ本人のプライド、そして何より祭りという形を取って大々的に話を広められてしまった為、ムエットに謝罪をして決闘をなかったことにして貰うというのは不可能だった。


「道化だな……」


 激しく太陽が自己主張をしている空を見上げながら、レントはキープを哀れんで呟く。

 だが、レントとヨハンナの方に灼熱の風の面々……より正確にはミレイヌが近づいてきているというのに気が付かないレントもまた、ある種の道化に近かった。






 レントがヨハンナとミレイヌが太陽の下で巻き起こすブリザードに戦々恐々としている頃、レイは控え室として用意された場所で昼食を食べていた。

 決闘に参加する身としては迂闊に祭りの中を歩き回ることも出来ず、仕方がないので護衛として用意された騎士のうちの一人に屋台の料理を手当たり次第に買ってきて貰ったのだ。

 護衛として派遣されたにも関わらず小間使いのように使われているのに騎士も一瞬疑問を覚えたが、レイを相手に護衛が必要かと言われれば、春の戦争に参加した身としては否と答えるしかない。

 また、騎士も祭りで出ている屋台の料理には興味があった為、手当たり次第に料理を買っては控え室としてレイやセト、ムエット、バスレロ、アシエといった面々がいる場所へと持ってきて、再び買いに行くということを繰り返していた。


「その、レイさん。これから決闘なのにお腹一杯食べてもいいんですか?」


 ガメリオンと野菜がたっぷりと入ったスープを美味そうに食べ、串焼きへと齧りついているレイに、バスレロが不安そうに訪ねる。

 バスレロにとっては、自分の姉とも慕うアシエがいなくなってしまうかもしれない瀬戸際なのだ。

 レイの強さを信じてはいるが、それでも万が一を考えてしまう。


「グルルゥ」


 そんなバスレロに、心配入らないよとでも言いたげに喉を鳴らすセト。

 ……ただし、そのクチバシにはつい先程まで食べていたガメリオンの煮込みのタレがついていたが。


「これから戦うんだし、腹ごしらえは必要だろ? 動けなくなる程に食い過ぎるのは問題だろうが、このくらいなら全く問題ない」


 ガメリオンの肉を噛み締め、口の中一杯に広がる味と食感を楽しみつつ、レイはまだ口を付けていない串焼きをバスレロへと手渡す。


「ほら、強くなるには訓練も必要だけど、きちんと食うことも必要だ。今日の決闘の相手が誰なのかはまだ判明していないけど、負ける心配はしなくてもいい。戦い自体は多分呆気ない程簡単に終わる可能性が高いし」

「本当ですか? いえ、レイさんが強いのは知ってるんですけど、相手がどんな人を用意したのか分かりませんし」

「そうだな、本当に強い相手が出て来たら、俺も奥の手を使う必要があるだろうけど……さて、そこまでいくかどうか」


 奥の手、それは当然炎帝の紅鎧のことだったが、当然それを知らないバスレロは奥の手という言葉に目を輝かせる。


「そ、それって必殺技って奴ですか!?」

「必殺技……か。どうだろうな。必殺技って感じじゃないと思うが」


 レイにとっての必殺技というのは、一撃で相手を屠るべき攻撃。

 文字通りの意味で一撃必殺という印象が強い。

 勿論炎帝の紅鎧を使用した状態で攻撃を行えば、普通の相手であれば一撃で倒せる。

 だが、基本的に炎帝の紅鎧は自分の身体に可視化出来る程に圧縮された魔力を身に纏うという……サポート系のスキルと言ってもいい。

 他の者の認識はともかく、レイの認識では炎帝の紅鎧より火災旋風の方が必殺技という認識が強かった。 

 特に火災旋風の中に金属片を入れれば、その威力は極端に跳ね上がる。


(もっとも、下手に攻撃力が高いだけにこういう場所では使いにくいんだが)


 一軍や、一つの陣地そのものを纏めて壊滅させるだけの効果範囲を持つ火災旋風だ。

 それをこんな場所で使ってしまえば、下手をすればギルムそのものが消滅してしまいかねない。


「そう、ですか……」


 レイの言葉に、バスレロは残念そうに俯く。

 幾ら大人びていても、やはり子供だけあって必殺技という言葉には目を輝かせるのだろう。

 そんなバスレロの頭にレイはそっと手を置き、口を開く。


「必殺技は見せられないだろうが、俺の戦いを見るのも修行だ」

「はい!」


 師匠と弟子と呼ぶには、師匠の方があまり慣れていないやり取りだったが、それを見ていたムエットとアシエはどこか微笑ましそうな表情を浮かべている。

 もし決闘で負ければ……ということは一切思ってもいないその様子は、完全にレイを信頼していることを表していた。

 そんな中、部屋の中にノックの音が響く。

 ムエットが答えると、部屋の中に入ってきたのは護衛の騎士。


「レイ、決闘の時間だ」


 その言葉にレイは頷き、最後に残っていたガメリオンの串焼き全て口に収めると、皆を引き連れ部屋を出る。

 ……決闘の場へと向かう為に。

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