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レジェンド  作者: 神無月 紅
冬の生活
881/3865

0881話

 突然林の中から飛んできたネズミの獣人の男。

 それを受け止めたレイは、小さく溜息を吐く。

 何がどうなってこうなったのかというのは、考えるまでもなく明白だったからだ。

 つまり、レイ達が……正確にはヨハンナ達がガメリオンを狩りに来た筈が一歩遅く、他のパーティが先に見つけて攻撃してしまったのだろう。

 レイがセトに乗って上空から見つけた時、林の中で丸まって眠っているように見えたガメリオンだ。

 見つけた冒険者達にしてみれば、さぞかし倒しやすい獲物に見えたことだろう。

 そうして攻撃をして……その結果が、レイに向かって吹き飛んできたネズミの獣人の男だった。


「おい、どうする? もう戦ってるようだけど」

「どうするって言われてもな。当然こういうのって早い者勝ちだろ? 今更俺達が先に見つけてたって言っても、多分意味はないだろうし」

「じゃあ、他の場所に行く? 出来ればセトちゃんが折角見つけてくれたんだから、ここで見逃したくはないんだけど……」


 先を越された以上はどうしようもないので、次のガメリオンを探した方がいい……ということで話が纏まり掛けていた時、吹き飛んできたのをレイに受け止められ、地面に転がされていた獣人の男が目を覚ます。


「はっ!」


 意識を取り戻した瞬間、素早く起き上がって周囲を見回して危険がないかを確認するのは、ガメリオン狩りを行うだけの実力がある冒険者だと言えるだろう。

 そうして素早く周囲を見回すと、当然のようにレイ達の存在に気が付く。


「お前達が俺を助けてくれたのか?」


 周囲を見回しながら尋ねてくる獣人の男に、レントが頷く。


「ああ。お前が林から吹き飛んできたのを、そこにいるレイが受け止めたんだ」

「レイ? ……レイ!? ランクB冒険者のレイか!?」


 これ程までに大きく目を見開くことが出来るのか、と思うくらいに大きく目を見開き、その場にいる者達へと順番に視線を向ける。

 そうして獣人の男の視線が止まったのは、当然のようにローブのフードを下ろして顔を隠しているレイだった。


「あんたがレイだな。……頼む! 助けてくれ!」


 レイへと向かって頭を下げる獣人の男。

 その目に浮かんでいるのは、追い詰められている者特有の切迫した感情。


「ガメリオンが思った以上に強かった……ってところか?」

「そうだ。眠っているガメリオンに攻撃を仕掛けたんだけど、実際に戦ってみたら俺達が予想していた以上に強かったんだ。今も林の中では戦いが続いている筈だ」


 その言葉通り、金属音や怒声といったものが林の中から聞こえてくるのを、この場にいる誰もが聞き取っていた。


「助けるのはいいけど、その場合ガメリオンの扱いはどうなる? 俺達がここにいるのもガメリオン狙いだってのは、そっちでも分かってる筈だが」


 獣人の男に答えたのは、レイではなくレント。

 今回レイが来ているのは、あくまでも自分達のサポートの為だというのをきちんと理解しているから、自分が交渉の矢面に立ったのだろう。

 ……もっとも、一番大きい理由はヨハンナに対していいところを見せたいというのが強いのだろうが。


「全部……って訳にはいかないと思うけど、半分以上はそっちに譲ってもいい」


 躊躇う様子もなく告げる獣人の男。

 自分の仲間達が林の中で苦戦しながらも戦っているのだ。

 である以上、もしこのまま手を出さずにいれば全滅する可能性が高い。

 そうなれば何も得る物はない……どころか、命を失う危険もある。

 だとすれば、ここで倒したガメリオンの権利を半分以上渡したとしても、十分自分達は利益を得ることが出来ると判断した為だ。


「なるほど、それなら俺は構わない。ヨハンナ達は?」

「私も構わないわよ。これからギルムで暮らして行くんだから、他の冒険者を見捨てるなんて真似をしたくないし」

「同感だな。ここで見捨てたら、後味が悪過ぎる」

「以下略」

「おい、せめてきちんと意見しろよ。ああ、俺も賛成ってことで。冒険者を助けるのに反対なんかしないさ」


 こうして、レイ以外全員が助けるという選択をすると、そのまま獣人の男をその場に置く。


「この男は俺に任せておけ。そっちも頑張れよ」


 レイが獣人の男を引き受けると告げると、レント達はそれぞれに自信の笑みを浮かべて林の中へと向かって突っ込んで行く。

 それを見送っていたレイは、唖然とした表情を浮かべている獣人の男に声を掛ける。


「ほら、このままここにいてもしょうがないだろ。取りあえず俺達も林の方に戦闘を見に行くか? 邪魔にならないようにする必要はあるだろうけど」

「……はっ、いや、そうじゃなくて! あんたレイだろ? なのに、何であんたじゃなくて他の奴が助けに行くんだよ」


 慌てたように叫ぶ獣人の男。

 この男にしてみれば、自分の仲間が危険だというのに、最大戦力であるレイが助けに行かないのが不満なのだろう。

 だが、そんな男に対してレイは小さく肩を竦める。


「安心しろ、あいつらは十分に強い。ガメリオンを倒せるだけの実力は持ってる。それは俺が保証しよう」


 正確にはヨハンナ達四人の実力はともかく、レントがどれ程の力を持っているのかはしっかりと確認した訳ではない。

 だがそれでも、ある程度の実力というのは見れば大体理解出来る。

 勿論ノイズのような自分よりも格上の相手であれば、見ただけで実力の全てを計ることは難しい。

 だが、レントの場合は明らかにレイよりも強さという一点では下であり、だからこそ大体ヨハンナ達とそう実力に差はないというのは理解していた。


「けど!」

「落ち着け。そうだな、もし本当にあいつらでどうにも出来なかったら、俺が手を出す。それなら安心じゃないか?」

「それは……まぁ、確かに」


 いざという時にレイが援軍に入ってくれるというのであれば、男としてもこれ以上文句を言うことは出来ない。

 元々、冒険者というのは、自己責任である以上、レイ達は男を絶対に助けなければならないという訳ではないのだから。

 それでも助けるのは、あくまでもレイたちの善意によるものだ。

 その善意に対してこれ以上無理を言うのは、冒険者としての男の誇りにも関わってくる。

 勿論仲間の命が危なければ、自分の誇りがどうこうなどとは言わない。

 そんな誇りを捨てるくらいで仲間が助かるのであれば、喜んで誇りを捨てるだろう。

 だが、今はそんなことをしなくても助かるというのだから、それに関しては甘えるしかなかった。


「分かった、あんたの……レイの言うことを信じる」


 そう告げ、男はレイと共に林の方へと向かって歩き出す。

 その歩き方がぎこちないのは、まだガメリオンの一撃によるダメージから完全には回復していないからだろう。






 ガメリオンが大きく身体を捻ると、その動きに乗って尾が鞭のような鋭さで繰り出される。


「ちぃっ、この尾が邪魔なんだよ!」


 犬の獣人の男が、自分に向かって放たれた尾の一撃を回避する。

 普通の人間よりも身体能力や五感の鋭い獣人だからこそ、目の前を通り過ぎる尾の一撃を回避出来たのだろう。

 そのまま手に持った槍をガメリオンへと向かって突き出そうとするが、それを察したガメリオンは身体を捻った動きを更に利用して一回転し、刃のように鋭い耳による斬撃を行う。

 その一撃を槍で防いだ犬の獣人の男だが、体格差は如何ともし難く大きく吹き飛ばされる。

 吹き飛ばされた男に追撃の一撃を加えようとしたガメリオンだったが、そこに飛んでくるのは数本の矢。


「ちょっと、大丈夫! 大丈夫よね! 大丈夫だって言ってよ!?」


 たった今吹き飛ばされた犬の獣人へと声を掛けながら、狐の獣人の女は連続して矢を放つ。

 慌てた言葉遣いとは裏腹に、矢を連射する速度はかなりのものだった。


「がああああぁっ! くそっ、これでもくらえよ、おらぁっ!」


 矢の連射で思わず動きを止めたガメリオンに対し、手に持っている棍棒を思い切り叩きつけたのは熊の獣人の男。


「ガァァァッ!」


 棍棒を叩きつけられたガメリオンの口からは、熊の獣人の男と同じような声が上がり……


「ぐはぁっ!」


 棍棒の一撃の仕返しだとばかりに放たれた後ろ足の一撃を放つ。

 身長が二mを超えている熊の獣人の男だったが、それでもガメリオンの一撃は防げなかったらしく、大きく吹き飛びながらも木にぶつかってその動きを止める。


「シャント!? ちょっと、どうするのよクロノ、シャントまでやられちゃったわよ!」

「どうするって言ったって……グリンが……ん?」


 何かを言い掛けた、クロノと呼ばれた犬の獣人の男は、不意に鼻をヒクリとさせる。

 嗅ぎ覚えのない臭いの者達が自分達のいる場所へと向かって近づいてきているのを理解したからだ。


「何だ? 誰か、来る?」

「ちょっと、まさか新しいガメリオンだとか言わないでしょうね!?」


 クロノの言葉を聞き、狐の獣人の女が弓を手に自分達の隙を狙うかのようにじっくりと様子を見ているガメリオンを見ながら叫ぶ。

 今でさえ一杯一杯だというのに、ここに更に相手に援軍が来れば……と、不安を押し殺しながら。

 だが……


「安心しろ、ジョナ。どうやら味方だ」


 犬の獣人であるクロノは、近づいてくるのがガメリオンやモンスターではなく人間のものであると臭いで判断出来た。

 また、先程ガメリオンの尾の一撃によって吹き飛ばされたネズミの獣人の男……ランクCパーティの獣の牙の盗賊でもあるグリンの臭いがまだ動いていることからも、それは理解出来た。


「シャント、無事だな!」

「ああ、無事だよくそったれが!」


 熊の獣人のシャントが苛立ちと共に叫びながらガメリオンの前へと戻り、持っていた棍棒を振るってガメリオンを威嚇する。


「どうやら援軍がこっちに近づいているみたいだから、もう少し我慢しろ」

「援軍だぁ? 俺達の獲物を横取りしようってのか?」

「馬鹿、俺達だけであのガメリオンに勝てると思うか? ガメリオンはガメリオンでも、あのガメリオンは相当強いぞ。今はとにかく……」

「うるせぇっ!」


 苛立ちと共にシャントが叫び、手に持った棍棒を構えながらガメリオンの方へと向かって駆け出す。


「ばっ! くそっ、ジョナ、援護だ!」


 長剣を手に、クロノが叫びながらシャントの後を追う。

 棍棒を手にしたシャントを待ち受けていたガメリオンだったが、次の瞬間には強靱な後ろ足で地面を跳ね、シャントへと突っ込んで行く。

 狙っているのは牙で食い千切ることか、それとも鋭い刃と化した耳で通り抜け様にその身体を斬り裂くことか。

 そのどちらを狙っているにしろ、このままではシャントの命は風前の灯火だった。

 ジョナが必死にガメリオンの動きを牽制すべく矢を射るも、ガメリオンは最小限の動きでその矢を回避していく。

 そしてガメリオンとシャントがぶつかりそうになった時……


「ガアァッ!」


 ガメリオンが唐突に地面を蹴って後ろへと跳び、シャントとの距離を開ける。


「うおっ、何だ!?」


 ガメリオンの一撃を回避は出来ないと知り、相打ちを覚悟で棍棒を振るおうとしていたシャントもいきなりの敵の行動に意表を突かれる。


「ったく、ガメリオン狩りってのも思ったよりも大変だよな」

「そうね。話には聞いてたけど、ここまでとは思わなかったわ」

「そうは言っても、内乱の時よりはマシだろ?」

「あー、確かに。うん、それは間違いない。結局敵は一匹だけなんだし」

「そもそも、後ろにレイさんがいるってだけで物凄い安心感があるよな」


 それぞれに声を発しながら獣の牙の面々の視界に入ってきたのは、五人の冒険者達だった。

 女が一人に男が四人というその集団は、睨み合っているガメリオンを前にしても不思議な程に緊張をしていない。


(レイ……って言ってたな。つまり、こいつらの後ろにはレイがいる訳だ。それなら確かにガメリオンの一匹や二匹は相手にするまでもないだろうな)


 そもそも、今年のガメリオン狩りが本格化したのはレイがダンジョンを攻略したからだ。

 その際に五十匹以上のガメリオンをレイだけで倒したというのは、既に情報として伝わっている。

 そんなレイが後ろにいるのだから、ガメリオンを相手にしても全く恐れることはないのだろう。


「ネズミの獣人から助けるように言われたんだけど、助けはいるか?」


 無精髭を生やした男の冒険者の言葉に、シャントが余計なことを言う前にクロノが口を開く。


「助かる、あのガメリオンは普通のガメリオンよりも強くてな。出来れば助けて欲しい」

「クロノ!」


 ふざけるな、という意味を込めて叫んだシャントだったが、クロノに鋭い視線を向けられるとそれ以上の言葉を呑み込まざるを得ない。


「俺達の力だけで奴に勝てないというのは、もう分かってる筈だ。もし勝てたとしても、こっちの被害が大きくなり過ぎる」

「……分かったよ、くそ!」


 パーティリーダーでもあるクロノにここまで言われては、シャントもこれ以上は言い返せないのか、そう吐き捨てる。


「で、俺達は協力してもいいってことなのか?」

「ああ、頼む」

「了解。じゃ、そういうことで……行きますか」


 その言葉と共に、その場にいた全員がガメリオンへと向かって武器を構えるのだった。

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