0880話
曇天が空を覆い、いつ雪が降ってもおかしくない寒さの中、ガメリオンを狩るべくレイ一行はギルムを出てから魔の森方面へと向かって馬車で進んでいた。
「結構人がいるんですね」
元遊撃隊の男の一人が、箱馬車の中から窓の外を見ながら呟く。
その視線の先にいるのは、数組の冒険者パーティ。
人数も少ないもので三人程といったところから、多いところだと十人近い人数でパーティを組んでいる者達もいる。
もっとも、レイ達もレイ、レント、元遊撃隊としてヨハンナと男三人がおり、合計六人。
更にはセトがいることもあって、人数として考えれば多い方なのは間違いない。
……人数だけではなく、戦力としても十分以上のものがあるのだが。
そんな男に、馬車の後ろに乗っているレントが口を開く。
「ま、ガメリオンが今年少なかった理由は、ダンジョンにあるってレイが解明したからな」
「おい、レント。言っておくけど、まだ確実って訳じゃないぞ?」
「そうでもないぞ。実際ここ何日かでガメリオン狩りをしていたパーティはガメリオンと遭遇出来たって話だし、それで倒した奴等も何人もいるって話だ。そう考えれば、多分レイがギルドで言ったことは当たっていると思ってもいい筈だ」
「グルルゥ!」
馬車の外にいてもレイが褒められたのが嬉しかったのだろう。馬車の隣を歩いているセトが、嬉しそうに喉を鳴らす。
そんなセトの様子にヨハンナが黙っていられる筈もなく、撫でたいといった視線を窓の外にいるセトへと向ける。
いつものことだと、箱馬車の中に乗っている皆がヨハンナへと生暖かい視線を向けていた。
その中でもレントがヨハンナへと向ける視線が一際熱かったのは、ヨハンナとレント以外の全員が理解していた。
「な、なぁ! そろそろ交代してくれないか!?」
御者台と会話出来るように用意されていた小さな引き戸が開き、元遊撃隊の男の一人が、身体を震わせながら中へと呼び掛ける。
馬を操る御者台にいる以上、当然その男はこの寒さの中に身を晒したままだ。
幾ら防具の上から防寒具を身に纏っていても、他の面子が箱馬車の中で寒さを凌いでいるとなれば、話は別なのだろう。
その言葉に嫌そうな表情を浮かべたのは、他の男二人。
レイは言うまでもなくこの場の最高戦力であり、自分達が協力して貰っている立場だ。
ヨハンナはセトを眺めていることが出来る現在の状況で馬の動きに気を使わなければならない御者をやるとは思えない。
レントは今回の話を持ってきた人物であり、ヨハンナと離れたいとは思わないだろう。
そうなれば、どうしても御者席に向かうのは残り二人のどちらかになる。
視線でやり取りをしていた男二人だったが、やがて片方の男が溜息を吐いて立ち上がる。
馬車の中に残る男の方が安堵していたということは、視線のやり取りで何らかの決着がついたのだろう。
「分かった。なら俺が交代するから、こっちに戻ってこいよ」
「悪い、助かる」
そんな言葉のやり取りをし、御者台に続いている扉から男は外へと出て行く。
それを見送り、レイはどこか呆れたような視線をレントへと向ける。
(何も修羅の道を選ばなくてもいいだろうに)
レイの見たところ、ヨハンナはレントを嫌っている訳ではないのは明らかだった。
だがそれは、あくまでも嫌っていないというだけであり、決して男女間の好意を持っているという訳ではない。
もし好意を持っているとしても、それは友人に対するものだろう。
また、万が一ヨハンナとレントがくっついたとしても、セト好きなヨハンナの性格を思えば苦労することになるのは確実だった。
(ああ、でもヨハンナの実家は結構大きな商会だったな。だとすれば、ヨハンナとくっつけば逆玉って奴になるのか? そういうのを狙った……訳じゃないか)
金を目当てにヨハンナを狙っているというには、余りにもレントはヨハンナに対して熱い視線を向けている。
そんなレントの姿を見て、金目当てだと思う者はどれ程いるのか。
そんな風に考えながらも、馬車は真っ直ぐに毎年ガメリオンの現れる草原へと向かって進んでいく。
「やっぱり人が多いですね」
「だからここに来る途中に馬車の中で言っただろ? レイの話が結構広がっていて、今更ながらにガメリオンを狩りに来てる奴が多いって」
元遊撃隊の男の呟きに、馬車から降りながらレントが言葉を返す。
ガメリオンが毎年現れることが多いと言われている草原の中では、遠目にも何組ものパーティが活動している姿が見えていた。
レイ達以外にここへと向かっていた者達は、馬車での移動だったが故に置き去りにしてきている。
また、ここに来るまでにも何組ものパーティを追い越しているにも関わらず、こうして草原では既に多くのパーティがガメリオンを探し回っていた。
元々、ガメリオン狩りをするとなると荷車の類を持ってくる必要がある。
でなければ、狩ったガメリオンを運べないからだ。
そういう面で、アイテムボックスを使えるレイが協力しているレイ一行は、非常に有利だった。
「じゃ、取りあえず俺はセトと一緒に空からガメリオンの姿を探してくる。見つけたらこっちに知らせに戻ってくればいいよな?」
「あ? ああ、うん。そうしてくれれば助かる」
ヨハンナに話し掛ける機会を窺っていたレントが、レイの言葉にそう答える。
この草原に到着するまでにもレントは幾度となくヨハンナに話し掛けようとしていたのだが、結局その機会を見つけることは殆ど出来なかった。
いや、数回であっても会話をしたのだから健闘したと言うべきか。
(どう考えても、相手が悪いよな)
ヨハンナの視線が向けられているのは、レントではなくセト。
そんな風にセトに夢中なヨハンナなのだから、レントが話し掛けようとしても意図せず聞き流しているということも多い。
「グルルゥ?」
どうしたの? と喉を鳴らすセトの頭を撫で、口を開く。
「何でもないさ。さ、ガメリオンを探しに行くから協力してくれ」
「グルゥ!」
任せて! と嬉しげに喉を鳴らすセトの背に跨がったレイは、羨ましげな視線を向けてくるヨハンナをスルーして、セトの背を軽く叩く。
「じゃ、頼む」
「グルルルルルゥ!」
レイの言葉に高く吠え、数歩の助走と共に翼を羽ばたかせ、空を駆け上がって行く。
そんなセトの様子に、ヨハンナ達……だけではなく、他の冒険者達も視線を向ける。
ただし、その視線に込められているのは期待の類ではなく、残念そうな、悲しそうな、羨ましげな、妬ましげな、そんな視線。
もっとも、それも当然と言えるだろう。
レイとセトのみが上空からガメリオンの居場所を探すことが出来、圧倒的に有利なのだから。
更にはこの場所にガメリオン狩りに来ている者達なのだから、当然ガメリオンについての情報は熱心に集めている者が多い。
つまり、レイがダンジョンで大量のガメリオンを倒し、その死体を入手してギルドに預けているというのも知っているのだ。
ガメリオンを大量に狩ったというのに、何でまたここにいるんだ。
そんな風に思ってしまうのは当然だろう。
「ま、結局実力勝負なんだから、そういう意味では俺に話を持ってきたレントの頭が回ったってことだろうな。あのチーズがなければ協力しようとは思わなかったけど」
自分に向けられている視線を感じつつも、セトの背の上でレイは呟く。
「グルルゥ?」
「いや、何でもないよ。ほら、ガメリオンを探そうか」
どうしたの? と首を傾げてくるセトを撫でながら、レイの視線は下へと向けられる。
既に冬となっているにも関わらず、まるで季節は関係ないと言いたげに豊かな草が生え、草原を作り出していた。
豊かに草の生えている地上を眺めつつ、レイはガメリオンの姿を求める。
既に何匹かのガメリオンは冒険者と戦闘になっている場所もあるが、まさか戦闘中のガメリオンに手を出す訳にもいかず、まだ冒険者と接触していないガメリオンを探す。
「こうしてみると、やっぱり今年のガメリオンが少なかったのはダンジョンのせいだったんだろうな」
上空から見る限りでは、それなりの数のガメリオンを見ることが出来る。
とてもではないが、ガメリオンを探しに来ても殆ど見つからなかったというような光景ではない。
「だとすれば、これからガメリオンの季節になる訳か。……まぁ、もうすぐ雪が降るのは確実だから、そうなるとガメリオンを狩るのも寒さとかで大変になるだろうけど」
「グルゥ」
レイが呟いていると、不意にセトが喉を鳴らす。
そんなセトの視線を追ったレイは、草原の中にある林の中で一匹のガメリオンが丸まっているのに気が付く。
寝ているのか、見つからないように隠れているのか、それとも何か他の意図があるのか。
その理由は分からなかったが、大事なのはまだそのガメリオンが誰にも見つかっていないこと。
(ただ、かなり離れてはいても、周囲で多くのガメリオンが冒険者と戦っている中で眠っているってのは……図太いのか、それともそれだけ自分の力に自信があるのか)
もし自分の力に自信のあるガメリオンであれば、もしかしたらレント達だけでは危険かもしれない。
一瞬あのガメリオンについてを教えるかどうか迷ったレイだったが、結局狩るかどうかを決めるのはレント達であり、レイが求められている役割はガメリオンの発見だ。
もっとも、レントはともかく他の面子は知らない仲ではない。
本当に危険であれば、助けてもいいだろうと思ってもいたが。
「じゃあ戻るか。ガメリオンの居場所を教えてくれてありがとな、セト」
「グルルゥ!」
レイが感謝の言葉と共に背中を撫でると、セトは嬉しそうに喉を鳴らして馬車の方へと戻っていく。
上空に上がって少し飛んだくらいでガメリオンを見つけたので、特に遠くへと飛んだ訳ではない。
地上へと戻れば、すぐに馬車へと到着する。
「あ、レイさん。どうでした? こんなに早く戻ってきたってことは、ガメリオンを見つけたんですよね?」
元遊撃隊の男の一人の言葉に、レイは頷く。
それを見て、他の者達も嬉しそうな声を上げる。
……もっとも、ヨハンナはセトを撫でたくて仕方がない様子だったが。
「ここから西の方に暫くいった場所に林があるんだけど、その林の中でガメリオンが一匹丸まっている。寝ているのかどうかは分からないけど、俺が上から見た限りでは他の冒険者に見つかった様子はなかった」
「じゃあ、それにしましょうよ。もし眠っていれば不意打ちを仕掛けることが出来るし、他の冒険者に見つからないうちに行こう!」
実質的にこのパーティのリーダー的な存在であるヨハンナの言葉で、狙うガメリオンは決まった。
レイは今回完全に偵察要員でパーティ外の存在なので、ヨハンナの判断に何か言うつもりはない。
明らかに間違っている判断であれば話は別だが、今回の場合は特に異論がなかった為だ。
(実際、ただ寝ている可能性もあるんだし……その場合、こっちが有利だってのは事実だしな)
レイが頷き、なら早速と林のある方へと向かって進もうとし……レントの声に動きを止める。
「ちょっと待った。全員で行ったら馬車はどうするんだよ? 確かに他の冒険者もいるし、レイがいるってのに馬車を盗もうと考えるような馬鹿がいるとは思えないけど、それでも念の為に見張りは必要じゃないか? ゴブリンとかのモンスターが来ないとも限らないし」
その言葉に、全員がそう言えば……と自分達が乗ってきた馬車へと視線を向ける。
遊撃隊の者達が内乱の報酬として貰った馬車は、決して性能のいいものではない。
勿論乗っていてすぐ壊れるといったような物ではないが、品質としては平均よりも少し上、中の上といったところか。
それは馬車の車体だけではなく、馬車を牽く馬にしても同様だ。
厳しく訓練された軍馬であれば、ゴブリン程度は踏み殺す程度は平気で出来る。
だがレイ達の乗ってきた馬車を牽く馬は、軍馬という訳でもない。
ゴブリンに襲われれば逃げ出してもおかしくはないだろう。
……もっとも、ベスティア帝国からギルムまでの旅路でグリフォンのセトに慣れてしまうだけの胆力は持っているのだが。
それでも、下手をすれば馬車ごとどこかに行ってしまう可能性がある。
「そうだな、じゃあ……セト、頼めるか?」
「グルゥ!」
レイの言葉に、任せて! と喉を鳴らすセト。
それを見ていた者達は、この時点で馬車の安全を確信する。
グリフォンがいるのに馬車にちょっかいを掛けるような者がいたとすれば、それはある意味で勇者とも呼べるだろう。
……蛮勇を誇る勇者ではあるが。
ともあれ、馬車はセトに任せて他の面子はレイに案内されながら林へと進む。
そのまま歩くこと二十分程。ようやく目的地の林が見えてくる。
「あそこだ……ったんだけどな」
林の方を見ながら、戦闘音が聞こえてくるのを耳にし、レイは小さく首を横に振る。
「どうやら一足遅かった……っと!」
最後まで喋らず、林の中から飛んできた何かを受け止める。
殴り飛ばしたり回避したりしなかったのは、その何かが人の姿をしていた為だろう。
「……遅いって訳でもなさそうだな」
気絶した、ネズミの獣人と思しき小柄な男を地面に下ろしながらそう呟くのだった。