0879話
夕暮れの小麦亭を出たレイとレント、それにセトの二人と一匹は正門の方へと向かって歩いていた。
ギルドの方に顔を出して、ガメリオンの解体がどれだけ進んだのかを聞いておきたかったレイだったが、レントから既に正門の前で待ち合わせをしていると言われてしまえば、そこまで無理を言うことも出来ない。
いや、本当に重要な用事であればギルドへと向かっただろう。
だが今回の場合は出来れば聞いておきたいという程度であり、別に無理にギルドまで行く必要もない。
だからこそ、レイはレントの言葉に同意して正門前へと向かっていたのだが……
「うん? どうしたんだ? 正門に行くんだろ?」
串焼きを手に尋ねるレイに、レントは驚き、呆れた表情を浮かべつつ頷きを返す。
「そりゃそうだが……ちょっと街を歩いたくらいで、こんなことになるとはな。いや、聞いてはいたけど、実際に見ると……」
嬉しそうに干し肉を食べつつ歩くセトを眺めるレント。
尚、レントの姿も夕暮れの小麦亭の食堂で会った時とは随分と違っている。
食堂では長剣を持っているだけだったが、今は当然その身体に防具を身につけていた。
夕暮れの小麦亭を出た後、自分の泊まっている宿でしっかりと装備を調えてきたのだ。
モンスターの革で作られた、一般的なレザーアーマーと寒さを凌ぐ為の防寒具。
少し珍しいのは金属の盾を背負っていることか。
そんなレントの盾に視線を向けていると、視線に気が付いたのか不思議そうにレントが口を開く。
「どうしたんだ、盾が珍しいって訳でもないだろ?」
「いや、珍しいな。俺が今まで会ってきた冒険者の中で、盾を使うって奴はそれ程多くなかったし」
もっとも、レイが冒険者として活動してきた時間は決して長いとは言えない。
……既に二年近くになっているので、短いとも言えないのだが。
それでも、その二年にも満たない間にレイは多くの事件に巻き込まれてきたが、その中で盾を持っている冒険者というのはそれ程多くなかった。
勿論フルプレートアーマーを装備している冒険者といった者達に比べれば一般的ではあるのだが、重量の問題というのはかなり大きい。
重量があるということは、モンスターから剥ぎ取った素材は魔石、討伐証明部位、それ以外にも肉や採取した鉱石や植物その他諸々を、それだけ持ち帰れないということを意味している。
そんなレイの思いが視線に出ていたのだろう。レントは背中に盾を背負ったままではあったが、器用に肩を竦めてみせた。
「レイの言いたいことは分かるけど、戦闘時の安心を考えればこのくらいはな。それに、今回の敵はガメリオンで攻撃力も高いだろ?」
「それは否定しないけど」
口から生えている鋭い牙に、刃と化している耳、鞭の如くしなる尾といった以外にも、体長三m前後のガメリオンの肉体そのものが凶器と言ってもいい。
更にその身体は凝縮された筋肉で出来ており、性格も獰猛である。
そんなガメリオンを相手にするのであれば、確かに盾のような防具を必要とする者がいてもおかしくはない。
「そういう訳だ。元々俺はパーティの中でも防御寄りの前衛だったしな」
「……そう言えば、俺達と一緒にガメリオン討伐に行くって話だけど、今のを聞く限りだと別にソロって訳じゃないんだよな?」
「うん? ああ、勿論。というか、ランクCでソロってのは相当に珍しいぞ。お前さんみたいな腕利きなら話は別だけど」
ランクCどころか、ランクBにも関わらずソロのレイへ羨ましげに告げると、話を戻す。
「ま、俺のパーティはもう冬越えの準備は出来てるんだよ。だから、それぞれ自分の好きなように時間を過ごすことが出来る訳だ」
「で、お前はこの寒いのにガメリオン退治な訳か。それも女目当てに」
「うっ、べ、別にいいだろ!? きちんとレイには報酬も出すんだからよ」
話を誤魔化す為か、無精髭を撫でながら告げるレント。
もう少しそんなレントをからかってみたいと思うレイだったが、正門が見えてきたので一旦その話は止める。
朝の中でも一番忙しい時間帯を過ぎた為か、人の姿はそう多くはない。
元々この時期はギルムに出入りする人数が減っているというのもあるだろうが、それだけに正門近くに集まっている数人は目立ってもいた。
「門の外じゃなくて、中で待ち合わせなのか?」
「いや、手続きはもう終わっている筈だ。やっぱり外に出るよりも門の側の方が冷たい風を避けられるだろ。だからだな。……つーか、お前の場合はそういう風に冒険者の知恵を……」
習ったり、使ったりしないのか?
そう言おうとしたレントだったが、言葉を途中で止める。
パーティを組んでいれば話は別かもしれないが、レイは基本的にソロで活動しているのだ。
つまり、依頼としての待ち合わせは別として、冒険者同士で待ち合わせをしたりといった経験は少ないのだろうと判断した為だ。
……実際には、ドラゴンローブのおかげで寒さを気にしなくてもいいというのが正確なところなのだが、レントにそれが理解出来る筈もない。
「うん? なぁ、レント。俺が行くって話はしてあったんだよな? なのに馬車はともかく、何で荷車を用意してるんだ?」
集まっている集団の近くに馬車と荷車があるのを見て、疑問に思ったレイが尋ねる。
確かにガメリオンを倒すことが出来た場合、それを運ぶのは普通では無理だ。
アイテムボックスは言うに及ばず、劣化コピー品として出回っているのも相応の値段がする以上、冒険者が簡単に入手出来る物ではない。
また、馬車の車体にガメリオンを積み込めば血で臭くなるというのもある。
である以上、一番簡単なのは確かに荷車で運ぶということになるのだが……
自分を誘うという意見があったのだから、荷車を用意する必要はなかったのではないか。
そんなレイの疑問に、レントは照れくさそうに頭を掻く。
「いや、実はレイを誘うってのは俺の独断だったりするんだよな」
「……なるほど。つまりヨハンナに対する点数稼ぎの面が強かった訳だ」
「……」
レイの言葉に、そっと視線を逸らすレント。
それだけでこれ以上追求するのも馬鹿らしくなったレイだったが、これだけは言っておく必要があると口を開く。
「確かに驚きを与えるって意味では良かったと思う。ただ……それが必ずしもいい方向に向くとは限らないぞ?」
「うん? どういうことだ?」
「食堂でも言っただろ。……ま、見てれば分かる」
レイの言っている意味が分からなかったレントが尋ねてくるが、百聞は一見にしかずとばかりに、レイは視線を前方へと……元遊撃隊の中でも冒険者を志望している者達――全員ではないが――へと視線を向ける。
その視線の先では、レイの姿に気が付いた者達が驚きの表情を浮かべ……それだけではなく、レイの方へと走ってきている者の姿があった。
「セトちゃん、久しぶりー!」
喜色満面と叫んで近づいてきたその女……ヨハンナは、セトの下に駆け付けると早速撫で回す。
その行動は、レイにとって別の人物で見覚えのあるものだ。
(ミレイヌと出会わない……なんてことは、まず無理なんだろうな)
同じような行動を取る人物の顔がレイの脳裏を過ぎり、妙な争いにならなければいいんだが……と、半ば無理を承知で考える。
「その辺にしておけ。それより、お前達はもう領主の館を出たのか?」
そう声を掛けられ、ようやくヨハンナはレイに気が付いたのだろう。慌ててレイに向かって頭を下げてくる。
……もっとも、そうしながらも手はセトを撫でている辺り、ヨハンナの本心を表していると言えるのかもしれないが。
「レイ隊長……じゃなくて、レイさん。どうしてここに?」
「セトがいる時点で気が付いて欲しかったんだけどな」
溜息を吐くレイの下へ、他の元遊撃隊の者達も集まってくる。
「レイさん、相変わらず元気そうですね」
「ばっか、お前……レイさんだぞ? その力があれば、病気なんて吹っ飛ぶって」
「それはそれでどうかと思うけど、レイさんがやると思えば不思議と納得してしまう俺がいる」
そんなやり取りをする三人、ヨハンナを入れて四人に対し、レイも口を開く。
「久しぶりだな……ってのは、ちょっと大袈裟か。お前達と別れてからそんなに経ってないし。それで、今はどんな具合になってるんだ?」
「あ、はい。ダスカー様の伝手で大きな家を一軒借りることにして、そこで何人か纏まって暮らす予定です。今は、引っ越しが終わって手の空いてる者でこうしてガメリオン討伐に行こうかと」
その言葉に、レイはベスティア帝国の帝都で荷物を預かった時のことを……そして、ダスカーにダンジョンの件を説明しに呼び出された時にミスティリングの中に預けていた荷物を返した時のことを思い出す。
「ヨハンナの荷物はかなりの量があったと思うんだが……あれを全部片付け終わったのか?」
「……まぁ、何でか助けてくれる人がいましたから」
チラリと冒険者達の視線が向けられたのは、何とかヨハンナに話し掛けるチャンスを窺っているレントの姿。
それだけで何があったのかを理解したレイは、武士の情けとばかりにそれ以上は何も言わないでおくことにした。
(ヨハンナの荷物を運ぶとか……重労働以外のなにものでもないだろ。正に惚れた弱みって奴だな)
レントの様子を一瞥し、改めてレイは目の前にいる者達へと声を掛ける。
「ま、それはともかくだ。ギルムに来たばかりのお前達だし、少し手助けしてやろうと思ってな。レントに頼まれたってこともあって、こうしてきた訳だ」
「……え? レイさんが俺達を手伝う? あれ? もしかして雪が降る?」
「雪ならもういつ降ってもおかしくないだろ。それを言うなら、槍が降る? だ」
「寧ろレイさんだけに炎が降るとか……」
レイの言ったことが信じられないと騒ぐその様子に、レイはフードの中で笑みを浮かべて口を開く。
「何なら、本当に炎の雨とか槍の雨を降らせてやろうか? どっちも得意だから、お前達が望む分だけ降らせてやるぞ?」
そんなレイの言葉に本気を感じ取ったのだろう。三人は慌てて首を横に振る。
「ま、まさか。そんなことありませんよ。なぁ?」
「勿論だとも。うん、絶対」
「そうそう、全くそんなことはないですから」
男三人が慌てて言葉を発するその様子に、セトを愛でていたヨハンナが首を傾げる。
「あれ、どうしたの?」
そんなヨハンナの声に、天の助け! と三人は何でもないと首を横に振る。
「レイさんが俺達の仕事を手伝ってくれるんだってよ。ヨハンナも嬉しいよな?」
「え? それは勿論嬉しいけど……いいんですか?」
セトの身体を撫でながら尋ねて来るヨハンナに、レイは構わないと頷きを返す。
「お前達は何だかんだで、まだギルム周辺には慣れてないだろ。レントがいるから大体はどうにかなるだろうけど。そうだな、これはお前達を遊撃隊として率いていた俺からの餞別だとでも思ってくれ。幸い、今ならガメリオンを獲るのはそんなに難しくない……筈だし」
「あ、そう言えば聞きましたよ。レイさん、この前ダンジョンを攻略したって。そのおかげでガメリオンが獲れるようになったんですよね?」
男の内の一人がそう尋ねてくる声に、レイは頷く。
「ダンジョンと言っても、出来たばかりの浅いダンジョンだったけどな。それより、行くんならさっさと行くぞ。言っておくけど、俺がやるのはあくまでガメリオンを見つけるところまでだ。仕留めるのはお前達の役割だからな」
自分は戦わないと告げたレイの言葉だったが、それを聞いたヨハンナを含めた四人は全員が特に不満そうな表情を浮かべるでもなく、頷きを返す。
レントも内心では手伝って欲しいと思ってはいたが、目当てのヨハンナがそれでいいと受け入れているのであれば、何か文句を言える筈もない。
(それにレイが戦ったりすれば、いいところは全部持って行かれてしまう。それなら、俺が活躍するところをヨハンナに見て貰いたいし)
レントもギルムの冒険者だ。
目の前にいる小柄な人物が、実際にはその外見とは裏腹にどれ程の力を秘めているのかというのは心の底から理解している。
そんなレイがガメリオンを相手に戦えば、一方的に活躍するというのは容易に想像出来た。
事実、レイはダンジョンの攻略で五十匹近いガメリオンを相手にして圧勝しているし、何より元遊撃隊の者にしてみればベスティア帝国の内乱でこれ以上ない程に活躍しているのだから。
「荷車に関しては借りたみたいだけど、どうする? 一応ガメリオンを含めてモンスターの死体は俺がアイテムボックスで運んでもいいけど」
そう言われれば、誰もが移動する際に邪魔でしかない荷車を持っていこうとは言わず、結局その荷車はすぐに借りてきた場所に返されることになる。
「さて、じゃあ行くか。今から行けば、夕方には戻って来られるだろ。ああ、言っておくけど俺が協力するのはギルムに帰ってくるまでだぞ。ガメリオンの解体とかには手を出さないから、そのつもりで。元々そっちはあまり上手くないし」
「そう言えばそうでしたね。なら、そっちは任せて下さい。レイさんにはガメリオンを持ってくるのを期待させて貰います」
こうして、レイとセト、レント、ヨハンナとその仲間三人の合計六人と一匹はガメリオンを倒す為に行動を開始するのだった。