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レジェンド  作者: 神無月 紅
新たなダンジョン
870/3865

0870話

 二階層しか存在しないダンジョンだけに、レイが入り口まで戻ってくるのも殆ど苦労することはなかった。

 何度かゴブリンが出て来たが、それもレイの手により一掃されている。

 これまで同様に死体はそのままにしてきたが、スライムがいるからどうとでもなるだろうというのがレイの予想だった。

 また、ダンジョンの中に残っている他のモンスターが空腹でゴブリンの死体を食べるという可能性も否定出来ないし、それ以前に、ダンジョンが崩落すれば意味はないという予想もある。


(ゴブリンのアンデッドは……あまり需要はないだろうけど)


 外へと続く階段を上がりながら、そんな風に考える。

 そうしてやがてレイがダンジョンに入る時に通った岩の隙間が見えてきて……外へと出たレイが見たのは、既に薄暗くなっている空と、寒さを凌ぐ為の焚き火だった。


「グルルルゥ!」


 岩の隙間から出て来たレイを……より正確にはダンジョンの中から外へと向かっていたレイの気配や魔力といったものを感じていたセトが、嬉しそうに喉を鳴らしながら駆け寄ってくる。

 喉を鳴らしながら擦りつけてくる頭を、レイはそっと撫で返す。

 スキルの件はまだ気が付いていないか、それとも特に気にしていないのか、不機嫌そうな様子は全くない。

 セトのような巨体を持つ者が動けば、当然周囲にいる兵士達もそれに気が付く。

 ダンジョンから出てくるモンスターを、真っ先に反応したセトが一撃で仕留めるといった行為を何度かしていたのだから、その動きを気にしているのは当然だろう。


「レイ君? ダンジョンは……」


 セトと戯れているレイの姿に、モンスターが出て来たのではないと安堵しながらランガが尋ねる。

 レイはセトの頭を撫でつつ、ミスティリングから真っ二つになったダンジョンの核を取り出す。

 それが何なのか、最初はランガも分からなかったのだろう。数秒程レイの手に握られているダンジョンの核をじっと見つめ……やがてそれが何なのかに思い至り、恐る恐るといった風に口を開く。


「レイ君、それはもしかして……」

「ああ、ダンジョンの核だよ。攻略は完了した」

「……グルゥ?」


 ダンジョンの核? とレイが手に持っている半球状の丸い金属を目にしたセトが喉を鳴らす。


「悪いな、セト」


 ランガの前だけに、何に対して悪いのかを口に出すことは出来なかったが、それでもセトはレイが何を言いたいのか理解したのだろう。気にしないで、と喉を鳴らしながら顔を擦りつける。

 セトもダンジョンの核でスキルを入手出来なかったのは残念だったが、レイがわざわざ自分に意地悪をする為にダンジョンの核を破壊するとは思っていない。

 何かどうしようもない事情があってこうなったのだろうというのは、セトにしても何となく理解出来た。

 セトはレイを慰めるように、自分は気にしていないというのを表して頭を擦りつける。

 そんなセトの気持ちが分かったのだろう。レイもまた、笑みを浮かべてセトを撫で返す。


「それで、レイ君。ダンジョンを攻略したという話だけど……その辺の話を聞かせて貰ってもいいかな?」


 レイとセトの戯れている姿を見ていたランガだったが、一段落したと理解したのだろう。レイへと向かって声を掛ける。

 そんなランガの言葉に、レイもまた頷きを返す。


「ああ、問題ない。ただ、そんなに話すことはないけど」

「まぁ、そうだろうね。このダンジョンは出来てからそれ程経っていないから、そんなに深くないだろうし。……だからこそ、ダンジョンからモンスターが出て来たりもするんだろうけど」


 ランガの視線が向けられたのは、ダンジョンの入り口でもある岩がある脇。

 そこにはゴブリンの死体が積み重ねられており、その数は優に二十匹を超えていた。

 その死体の幾つかに水晶がついているのを見たレイは、撫でて撫でて、と円らな瞳を自分に向けているセトの方へと視線を向ける。

 セトが希少種だというのは、既に隠さなくてもいいことだ。

 だが、それでも相手を水晶に閉じ込めるクリスタルブレスは、出来れば余り人目に触れさせたくはなかった。

 水晶は錬金術の素材として有用なものでもあるし、アクセサリーの類にも使える。

 欲に目が眩んだものであれば、セトにちょっかいを出すということを考えかねない。


(ま、セトにクリスタルブレスを使わないようにと言っておかなかった俺のミスだろうけど……いや、どのみちセトに手を出してくるような奴がいれば、水晶とか云々よりもセト自身を目当てにしてくるか)


 ゴブリンの死体から視線を逸らし、ランガとの会話へと戻る。


「それで、どうかな。ダンジョンを攻略して何か気が付いたことがあったら教えて欲しい」

「……そうだな、一つだけ。今年ギルムではガメリオンがなかなか獲れないって話は?」

「うん? ああ、確かになかなか獲れないから、ガメリオンの肉は店で買うにしてもかなり高いね。ガメリオンはこの時期だけしか食べられない食材だから……ちょっと待った。ここでその話が出るということは、もしかして?」


 レイへと気軽に言葉を返していたランガが、その言葉の途中で何かに気が付いたかのように目を見開く。

 それは、話を黙って聞いていた他の兵士達も同様であり、皆が驚きの視線をレイへと向けている。

 その視線を向けられたレイは頷き、自分がダンジョンの核のある広間で見てきた光景を話す。


「ああ、ダンジョンの核のある空間に、ガメリオンが隙間なく……ってのはちょっと言い過ぎだけど、そう言いたくなるくらいには詰まってたよ。きちんと数えてないから何とも言えないけど、多分五十匹以上はいたと思う」

「……なんと。まさか、こんなところに今年ガメリオンの数が少ない理由があったとは」


 レイの言葉に、ランガだけではなく他の兵士達も一様に驚きの表情を浮かべる。

 ガメリオンの肉はこの時期だけしか食べられない代物だ。

 勿論干し肉の類に加工したりすれば別だが、それだとどうしても生の味に比べると落ちる。

 それだけに、今年はあまりガメリオンの肉を食べられないのではないかと……そんな風に悲しく思っていた者も少なくない。


「じゃ、じゃあ……ガメリオンの肉は市場に流すと考えても?」


 レイやセトの食欲がどれ程のものなのかを知っているだけに、ランガは恐る恐るといった様子で尋ねる。

 そのランガの問い掛けにレイは少し考え、セトの方へと視線を向けてから、やがて不承不承と頷く。


「十匹程度なら」


 最初は半分程度を市場に流そうと考えていたレイだったが、こうして話していて若干ではあるが欲が出て来たのだろう。

 ガメリオンの肉がランクCモンスターとは思えない程に美味いというのが影響している。


「うーん……十匹。まぁ、ガメリオンの大きさを考えれば、ある程度の効果はあると思うけど……」

「まぁ、ダンジョンを攻略した以上は、これ以上ガメリオンが召喚されるということはない筈だから、少し遅いけどこれからはガメリオンは獲れると思う。それに、結局のところは俺が得たのは五十匹程度でしかないのを考えると、単純に今年はガメリオンの姿を現す時期が遅いだけって可能性も十分にあるし」

「それもダンジョンの関係で、かな?」

「多分、としか言えないけど」


 ガメリオンについてはその辺で終わり、次にダンジョンでの他の話へと話題は移っていく。


「それにしても、ゴブリンがかなり多いダンジョンだったな」

「あー、うん。やっぱり出来たばかりだというのが関係してるんだろうね。これで時間が経てば他のモンスターも出て来たと思うけど」

「オーガはいたけど、何だか俺が知ってるオーガよりもかなり身長が低かった」

「その辺も出来たばかりのダンジョンだというのが関係してるんだろうね」

「戦う方としては、それでも良かったけど……素材は安いんだよな」


 確認するように尋ねるレイに、ランガは苦笑を浮かべて頷きを返す。


「聞いた話によると、そうらしいね。それこそゴブリンなんか幾ら集めても殆ど捨て値同然だって話だよ」


 ランガの口から出た言葉に、つくづくゴブリンの素材を集めてこなくて良かったと思うレイだった。


「あ、そうだ。レイ君にあれを」


 ランガに呼び掛けられた兵士の数人が、手の平サイズの革袋を持ってくる。

 それを手渡され、疑問に思いながらも革袋の中を見てみると、そこに入っているのは水晶の欠片。

 殆どが指先程度の大きさしかないが、それでもこれだけあればある程度の金額になるのは確実だった。

 水晶の出所でもあるセトを一瞥したレイは、受け取った革袋をそのまま兵士の方へと返す。


「いや、これはお前達が貰ってくれ」

「……いいのかい?」

「ああ。セトが迷惑を掛けたみたいだしな。セトを可愛がってくれた感謝の印だよ」

「そうか、レイ君がそう言うのならありがたく受け取っておこう。この水晶を売った金で、ギルムに戻ったら酒場に繰り出させて貰うよ。僕達全員が一晩飲む分くらいの料金にはなるだろうし。ありがとう」


 小さく頭を下げたランガだったが、その頭が上げられた時には目に鋭い光が宿る。

 いつもの厳つい顔ながら人の良い人物ではなく、ギルムの警備兵を纏めている立場にいる者としての表情。


「それで、レイ君。もしかしてセトはグリフォンの希少種や上位種だったりするのかな?」


 ランガにしてみれば、これだけはどうしても聞いておかなければならないことだった。

 内容如何によっては、ダスカーに報告する必要があると。

 もし隠すのであれば、どうにかして聞き出す必要があるとまで考えていたのだが……


「うん? ああ、そうだ。セトはグリフォンの希少種だぞ」


 レイはあっさりとランガの疑問に答える。

 これにはランガも驚いたのか、小さく目を見開いてレイの方へと視線を向け、確認するように再び口を開く。


「えっと、一応もう一度、念の為。セトはグリフォンの希少種という認識で構わない、と」

「ああ。……そうか、そういえば暫くここにいるんだったな。なら知らなくてもしょうがないな。既にこの件はダスカー様にも報告済みだよ。ベスティア帝国の内乱に参加した時、大勢の前でセトがスキルを使ったからな。今までは隠していたんだけど、ああなってしまったら隠しておくのは無理だし」

「……え?」


 厳つい顔をしているランガだが、目が点になっているかのような仕草を見ると、不思議な程の愛嬌があった。

 そんなランガの様子に、どこかほんわかとした気持ちを感じながら、レイは言葉を続ける。


「多分……もしかしたら、ダスカー様だけじゃなくて、ギルムの中でも広まってるんじゃないか?」


 そう考えている理由は、レイと共にギルムにやって来た移住希望者達の存在だ。

 元遊撃隊の面々は普通にセトがスキルを使っているのを見ているし、その関係者ですらも旅の途中で盗賊やモンスターに襲撃された時にセトの戦いを見ている。

 本来であればその情報がそんなに簡単にギルムに広がる筈はないのだが、セトを可愛がっている者達のネットワークは広い。

 当然領主の館の中にもセト好きな者が何人かいる可能性は非常に高く、そこから情報が流れるというのは十分に考えられた。

 そして一旦情報が領主の館の外へと漏れれば、そこからギルムにいるセト好きな者達へと広がるのはすぐだろう。

 勿論領主の館にいる者達にしても、その情報がギルムにとって大事なものであったりすれば、流すようなことはない。

 だが、セトの情報はレイ自身が既に隠そうとはしていないということもあって、秘匿性はそれ程高くない。

 そんなレイの説明に、ランガを始めとした兵士達は納得して頷く。


「……なるほど。確かに」


 ギルムに住んでいるからこそ、セト好きな者達がどれ程の勢力を持っているのかを知っていたのだろう。


「ともかく、そっちについては分かったよ。ダスカー様が知っているのであれば、こっちも特にどうこう言うつもりはない。それで、レイ君はこれからどうするのかな?」

「どうする?」

「もう暗くなって来てるし、今から帰っても門が閉まってるんじゃ……ああ、そうか。セトの速度ならまだ間に合うのか」


 周囲を見回すと、ダンジョンから出て来た時にはまだ薄らと明るかったのだが、既に完全に暗くなっている。

 ミスティリングから取り出した懐中時計を見ると、午後五時を過ぎていた。

 今から帰っても、セトの速度ではあれば十分に間に合うのは間違いない。

 このままここで一晩を過ごして明日の朝にギルムへと向かうか、それとも今すぐにセトに乗って帰るか。

 そのどちらを選ぶかを考え……迷うことなく決断する。


「ギルムに戻るよ。マジックテントがあればこの寒さもそれ程苦にならないけど、出来れば夕暮れの小麦亭でぐっすりと眠りたいし。それに、ダンジョンの攻略はなるべく早くギルドに届けておきたいから」

「ふむ、そうだね。……じゃあ、ちょっと悪いけど少し待っててくれるかな。ダスカー様にダンジョンが攻略されたと報告書を持って行って貰いたいんだけど」

「分かった。出来るだけ早くしてくれ」


 レイの言葉を聞くとランガは頷き、すぐに報告書の作成に掛かる。

 もっとも、正式な報告書ではなく、あくまでもダンジョンが攻略されたという第一報なので、その報告書を作るのにそこまで時間が掛からなかったのはレイにとっても幸運だったのだろう。

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