0867話
新年、あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
「……うわ、こう来るか。いや、確かに普通ならこうなっててもおかしくないんだけど」
ダンジョンの中で呟くレイ。
その視線の先に、道の類はない。
先程のY字路で直感に従って右へと進んだレイだったが、そのまま何度か曲がりながらも一本道を進み、二十分程。
このダンジョンの中では相当長い間進み続けて、その結果が目の前にある行き止まりだった。
洞窟風のダンジョンだからか、レイの視線の先にあるのは明確な行き止まりの壁がある訳ではない。
だが道自体が窄まっており、明らかにこれ以上先に進むことは出来ずにいた。
「またこの時間を掛けて戻るのか。……冒険者のやる気を削ぐって意味だと、かなり有効な嫌がらせだよな」
一応ではあるが、罠を警戒しながら進んできた時間が無駄だったというのは、レイの精神的にも厳しいものがあるのは間違いない。
そんな風に考えていたレイだったが、すぐに視線を自分の来た方向へと向ける。
口元に浮かんでいるのは、数秒前の苦笑ではなく敵を前にした時の獰猛な笑み。
「なるほど。確かに行き止まりってのは、逃げる場所がないってことでもあるから……もしかして精神的な疲労じゃなくて、最初からこれを狙っていたのか?」
手にした槍をいつでも使えるようにしながら、自分の方へと近づいてくる敵が姿を現すのを待つ。
ここが一直線の通路であればオークと遭遇した時のように槍の投擲で先制攻撃を出来るのだが、こんな曲がりくねった場所ではそれも少し難しい。
「いや、出来ないこともない、か?」
呟き、目にしたのは手の中にある槍ではなく、地面に転がっている石。
相手を一撃で殺すのではなく、あくまでも牽制でしかないというのであれば、別に槍に拘る必要はない。
また、石ではあっても殺傷力は決して低い訳ではなく、当たり所によっては十分な攻撃力を持つ。
寧ろレイが投擲する石だと考えれば、その時点で致命的な攻撃力を持っていると言ってもいい。
……その代わり石ごとに微妙に形が違う為、狙った場所へと命中させる難易度は高くなるのだが。
「ま、この程度の石で死んでくれるんなら、俺としてはそっちの方がいいんだけど」
地面に落ちている数個の石を手に持ち、通路の曲がり角からモンスターが姿を現すのを待つ。
「ギャギャッギャ」
「ギョギョギャ!」
「ガギャギャ?」
声が聞こえてくると同時に、レイの表情に浮かんだのは面倒臭そうな表情。
それはこのダンジョンに入ってから既に幾度となく聞いている鳴き声であり、姿を見なくてもどんなモンスターが近づいているのかをはっきりと理解出来た為だ。
(またゴブリンか。いい加減、多すぎないか? ……まぁ、弱いモンスターが多いって話は聞いてたんだけど。このダンジョンが人気のない理由が分かるよな。誰も好き好んでダンジョンに潜ってまでゴブリンとは戦いたくないだろうし)
レイの場合は魔力の量が異常な程にあるし、体力もその辺の冒険者が足下にも及ばない程にある。また、武器に関してもミスティリングを持っているので武器の補給の心配もいらない。
だが普通の冒険者であれば、ダンジョンに潜ってまでゴブリンと戦いたいとは思わないだろう。
幾らゴブリンが弱いとしても、戦えば体力を消耗する。魔法を使えば魔力を消耗するし、武器が壊れる可能性もある。
それでいて、得られる物はろくに金にならない素材や魔石。
とてもではないが、このダンジョンに挑もうという意欲は湧いてこない。
(ま、俺のように他の目的があれば別だが……な!)
角を曲がったゴブリンが見えた瞬間、手の中にあった石を投擲する。
真っ直ぐに飛んだ石は、何も分からずに姿を現したゴブリンの頭部へとぶつかり、その頭部を粉砕する。
頭部を失ったゴブリンは、当然のように地面へと倒れ込み……
「ギャ!」
そのすぐ後ろから姿を現したゴブリンが、何が起きたのか理解出来ないといった風に叫ぶ。
だが、その叫びは明らかに失策だった。
結果として、次にレイが放った投石でそのゴブリンも頭部を粉砕されたのだから。
そうして最後に残ったゴブリンは、悲鳴を上げながらその場で踵を返す。
弱い相手に対しては強気で攻めるが、強い相手からはすぐに逃げ出すというゴブリンの一般的な性格をそのまま発揮した形だ。
しかしレイという存在に敵と認識されたゴブリンが逃げ延びることは出来ず、ゴブリン二匹が頭部を失って倒れている場所まで走ってきたレイが改めて石を投げ、最後の一匹も絶命する。
「やっぱりこの行き止まりに追い詰めて逃げ道をなくしてから間断なく攻撃を加え続ける、とかする場所だったのか? 確かに普通の相手なら効果的だっただろうけど」
通路そのものが狭く、横に並んでしまえば二人がどうにか戦闘が可能といった程度の広さしかない。
そんな状況で延々とゴブリンと戦い続けるようなことになってしまえば、ある程度以上の強さがない限りは精神的な消耗の問題もあってどうしようもなくなってしまうだろう。
「まぁ、逆に一定以上の強さがあればどうとでもなるんだろうけど」
自分のように、と。地面に倒れている二匹のゴブリンの死体へと視線を向け、そのまま軽く跳躍して跳び越える。
そうしてつい先程通ってきた道を戻っていくレイだったが、結局Y字路の場所まで戻るのに何度かゴブリンと遭遇するのだった。
「で、こっちだな」
いい加減連続してゴブリンに遭遇するのに苛立ちを覚えている為か、レイの口調が自然と荒くなる。
それでもダンジョンの核というお宝を入手するのを目指して、Y字路の左へと進む。
すると、何故かゴブリンが現れるようなこともなく、一本道を進んでいく。
「何でだ? あっち側だとあんなにモンスターが……いや、ゴブリンが大量に出て来たのに、こっちだと何でこうも何もない? いや、楽だからいいんだけど」
楽であるのは確かだが、それでもこれまでの道のりに比べると敵の数が少なく違和感がある。
そんな思いを抱きつつ通路を進んでいくと、やがて見えてきたのは壁に埋め込まれている石造りの扉……が三つ。
壁に綺麗に並んでいる三つの扉は、あからさまに怪しいものがある。
「どう考えても罠だよな? ……ダンジョンが出来てからそれ程経っていないってのを考えれば、多分致命的な罠の類はないと思うけど、それも絶対とは言えないし」
遠くから少し観察し、特に何が起こる訳でもないのを確認すると、レイはゆっくりとその扉へと向かって近づいて行く。
何が起きてもいいように、すぐにでも槍を使えるように準備しながらの接近だったのだが、結局は何も起きないまま扉の前へと到着する。
「……罠は、あるよな? どう考えても」
ここまであからさまに扉が並べられていて、そこに罠の一つもないというのは絶対に考えられない。
そんな思いで出たレイの言葉だったが、残念ながらレイには罠を調べたり、それを解除したりといったような盗賊の技能はない。
探査用の『薄き焔』という魔法もあるが、扉が閉まっている以上はその向こう側を調べることは不可能だった。
出来るとすればただ扉を罠諸共力尽くで破壊するのみ。
「さすがに爆発とかはしないよな? いや、爆発をするにしても離れていれば問題ないか」
手に持っていた槍をミスティリングへと収納し、代わりに取り出したのはレイの象徴とも言える大鎌、デスサイズ。
扉の前はある程度の広さがある為、デスサイズを振るうことも難しくない。
だがレイはデスサイズを手にしても扉へと近づくことなく、数歩後ろに下がってからデスサイズを振るう。
「飛斬っ!」
その言葉と共に振るわれたデスサイズから、斬撃が飛ぶ。
真っ直ぐに飛んだ斬撃は、レイの狙い通りに一番右にある扉へと命中し……そのまま扉を斬り裂く。
「思ったよりも脆いな」
飛斬はレイが良く使うスキルではあるが、それでも一撃必殺と呼べる程の威力がある訳ではない。
どちらかと言えば、牽制の一撃としての役目が強いスキルだ。
だからこそ、その一撃で扉が切断されたのを見てレイは驚く。
だがその驚きも一瞬。
今はとにかく扉の奥を見る必要があるとして、扉のあった場所へと向かう。
何らかの罠が発動するか、もしくはしているかもしれないと怪しんでいたレイだったが、結局何事もないまま扉のあった場所の前へと到着する。
「……何もないな。中にも」
扉の先にあるのは、部屋と表現するのも躊躇われるような光景だった。
二m程の奥行きの長方形の部屋。幅も狭く、どちらかと言えば部屋と呼ぶよりも掃除用具入れや倉庫といった方が正しいような光景。
「何だってこんな?」
首を傾げつつも、レイは中を確認する。
地面に転がっているのは、先程飛斬によって真っ二つにされた扉。
それ以外は何もない。……本当に何の意味があってこのような構造になっているのかすら分からない、そんな部屋。
「本当に意味不明だな。……うん? ちょっと待て。じゃあ、もしかして」
ふと脳裏を過ぎるものがあったレイの視線が向けられたのは、三つ並んでいるうちの一番左の扉。
右の扉の中身がこうであった以上、左の扉も同じような感じになっており、真ん中が正解なのではないか、と。
そんな風に考えたレイが再度飛斬を使って調べてみると、その予想は見事なまでに正解だった。
左と全く同じ構造になっている右の扉は、レイに溜息しかもたらさない。
「もしかしたら、このままダンジョンが成長すればこの部屋っぽいのも成長するのかもしれないけど……出来たばかりのダンジョンってのは、こういうものなのか?」
ダンジョンはこれが三つ目であるレイにとって、ダンジョンが具体的にどのように成長していくのかはしっかりと分かってはいない。
勿論本に書いてあるのを読んだことはあるのだが、書かれている内容と現実が大きく違うというのは、この世界ではそう珍しい話でもない。
書物の大半が手書きである以上、情報の更新がそう頻繁に行われる筈もなく、その辺の食い違いはあって当然だった。
「ま、罠の類もないようだし、正解をあっさりと見つけることも出来たんだから良しとしておこう」
デスサイズを手に、真ん中の扉から離れた位置へと移動する。
(ここまで罠がなかったんだから、この扉も大丈夫だとは思うけど……これが正解である以上は罠が仕掛けてある可能性は十分にあるし)
もしかしたらここも外れの可能性もあるかもしれない、そう思いつつもレイはデスサイズを振るう。
「飛斬っ!」
放たれた斬撃は、今までと同じように……とはいかなかった。
真ん中の扉には間違いなく傷が付いたが、それでも完全に破壊するまでには至っていない。
それが、この扉が両側にある扉と違っていることを如実に示していた。
「……ま、罠がないのは確認出来たし、いいか」
レベルの上がった飛斬でも扉を破壊出来なかったことをちょっと残念がりながらも、レイは扉の方へと近づいていく。
半ば破壊された扉の先は、両側の空間と同じような作りとなっている。
違うのは、両側の空間では行き止まりとなっていた場所の先にまだ通路が続いており、その先に大きな空間があったことか。
「やっぱり真ん中が正解だった訳だ」
罠はないだろうと判断し、デスサイズの石突きの部分を使って扉を壊す。
そのまま通路の先へと進んでいくと、すぐに広い空間がどのようなものなのかを見ることが出来た。
……ただし、そこにあったのは完全に予想外の代物。
その空間の中には、とあるモンスターが無数に存在していたのだ。
巨大な体躯で、頭から伸びている耳は刃のような鋭さを持ち、顔には鋭い牙が、そして尾は鞭のように長く頑丈。
「ガメリオン!? 何だってこんな所に……」
かなりの広さの空間に存在しているガメリオンを見ると、数秒の間レイの動きは止まる。
余りに予想外の光景だけに、そうなってしまうのもおかしくはなかったが、それでもガメリオンの集団に襲い掛かられなかったのは運が良かったのだろう。
だが、その驚きが通り過ぎればレイの中にあるのは納得だけだった。
「なるほど、今年に限ってガメリオンが獲れないって話だったけど……ここにこうして集まっていれば、それは地上じゃ見つけることが出来ないよな」
ギルムに戻ってきてから何度となく聞かされた、今年はガメリオンが殆ど獲れないという情報。
その理由が今自分の目の前にある光景なのだと悟ったレイは、思わず口元に笑みを浮かべる。
そもそも、ダンジョンの中にガメリオンがいるのだから、幾ら地上でその姿を探しても無駄だったのだろうと。
勿論ここにいるガメリオンが全てであるとは思えず、恐らく地上のガメリオンは自分達の仲間が消えたのを察して毎年のようにやってくる場所から離れているのだろうというのが、レイの予想だった。
「ガアアアアァッ!」
部屋の中に入ってきたレイに気が付いたのか、近くのガメリオンが威嚇の声を発する。
レイの前にいるガメリオンの数は、ぱっと見ただけでも五十匹程度は存在していた。
その五十匹が、最初に鳴いたガメリオンの声に反応するようにしてレイへと向かって敵意を向ける。
「ダンジョンに潜った奴は、ここまで来なかったのか? ……来なかったんだろうな」
自分がダンジョンに入ってから戦ったゴブリンの数を思い、思わず納得する。
「もしくは、このガメリオンを独り占めにしようと思って沈黙を守っていたのか」
これだけのガメリオンだ。その金額は、冬を越すどころのものではない。
特に今はガメリオンの肉が少ないということで、値段も上がっている。
このガメリオンを全て市場へと流せば、勿論値段は今よりも下がるだろう。だが、それでも普通に売る分よりは高くなる筈だった。
「ま、俺に見つけられた時点でその狙いは崩れたけどな!」
「ガアアアアアアアアアアァァッ!」
跳躍し、牙を突き立てようとするガメリオンを見ながら、レイはデスサイズを握り締めてそう叫ぶのだった。