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レジェンド  作者: 神無月 紅
新たなダンジョン
865/3865

0865話

「……やっぱりこんなものか?」


 石畳の上に転がっているオーガの死体を眺めながらレイが呟く。

 手にしている槍の穂先にはオーガの血が付いており、石畳へと滴り落ちている。

 額には槍が貫通した痕があり、そこからは血が流れ、強い血の臭いが周囲に漂っていた。

 レイの知っているオーガであれば多少の傷はものともしなかった筈なのだが、まさか一撃だけで死ぬとは思いも寄らなかったのだろう。


「本当にオーガなのか? それとも、俺があの時よりも強くなったとか」


 呟き、首を横に振る。

 確かに以前にエレーナ達と共にダンジョンに降りた時に比べると、自分が強くなっている自覚はあった。

 だがそれでも、このオーガの死に様を見る限りではそれ以前の問題のようにしか思えない。


「そもそも、本当にオーガなんだろうな?」


 以前に戦ったオーガは身長五m程もあったというのに、目の前にある死体は三m程度。

 その差は二mで、とてもではないがその強さはランクCモンスターに相応しいとは思えなかった。

 首を傾げていたレイだったが、このダンジョンで現れたモンスターの素材の品質は悪いという話を思い出し、だとすればしょうがないのか? とも思い直す。


「寧ろ、ゴブリンだと頭部が爆散してたのに、頭部が残っているのを考えると、このダンジョンの中ではそれなりに強いんだろうけど……」


 それでも弱すぎる、と溜息を吐く。


「せめて炎帝の紅鎧を使わせる程度には頑張って欲しかった」


 愚痴を言いつつも、このままここでこうしていてもどうにもならないと、オーガの死体へと触れ、ミスティリングに収納する。


「前のオーガの魔石からはスキルを習得出来たけど……本当に大丈夫だろうな、これ」


 首を傾げつつ周囲を見回す。

 特に何がある訳でもない、広い空間。

 宝箱がある訳でもなく、当然地下へと進む階段がある訳でもない。


「……あのオーガ、どうやってここに来たんだ?」


 レイの知っているオーガと比べると大分小さかったが、それでも身長は三m程あった。

 だとすれば、レイが通ってきたあの通路を通るのは不可能……とまでは言わないが、かなり難しいのも事実。


「ここに直接姿を現したんじゃないとすれば……もしかして、狭い通路を無理矢理通ってきたのか? まぁ、無理ではないだろうけど」


 身体を横にしたり、頭を屈めたりといった具合に通路を進んでくるオーガの姿が脳裏を過ぎり、その間の抜けた姿に苦笑が浮かぶ。

 だが、だからこそオーガがこの場所にいた理由についても納得することが出来た。


「狭い通路を何とか通り過ぎて、ようやくここに出ることが出来た。で、もう狭い通路に戻りたくなくて、ここにいた……ってところか? もっとも、ここに直接姿を現した可能性もあるけど」


 それに納得すると、改めて今いる場所を調べる。

 だが、それなりに広いこの場所は、オーガの死体が収容されてしまえば他にあるのは額から流れた血の痕と棍棒だけ。


「宝箱とまでは言わないけど、せめて階段はあって欲しかった。……ここに階段がないってことは、階段があるのは向こうの部屋なんだろうし。……せめてこれだけでも貰っていくか」


 オーガが持っていた棍棒を手に取り、そのままミスティリングへと収納する。

 ただ木の枝を折って作った武器であり、特に形を整えたりしている訳でもない。

 精々が振るう時に邪魔になる他の枝を取り払っているくらいであり、棍棒というよりは木の枝と表現するのが正しいだろう代物。

 それでもレイは、せめて薪代わりには使えるだろうと判断する。


「見逃しているようなのは……ないな」


 最後に広い空間を一瞥し、その場を後にする。


「出来たばかりのダンジョンって割りには……狭いような、広いような」


 勿論レイがこれまで潜ってきたダンジョンでもある、継承の祭壇のあるダンジョンや、ましてやエグジルのダンジョンに比べれば、ここは圧倒的に狭い。

 そういう意味では狭いのだが、出来たばかりで既にこれだけの広さがあるというのは驚異的でもある。

 今はまだ脅威は殆どないが、このまま大きくなっていけばギルムに被害が出るのもそう遠い未来の話ではないのかもしれない。

 そんな風に考えながら道を真っ直ぐ進むと……再び聞こえてくるゴブリンの鳴き声。


「またか。確かにゴブリンが多いな。弱いけど、その分数が厄介過ぎる」


 溜息を吐き、通路の先から歩いてきたゴブリン目掛けて槍を構えながら石畳を蹴り、距離を縮める。

 弱い者いじめ以外のなにものでもないと考えながら。






「グルルルルゥッ!」


 セトの鳴き声と共に口から吐き出されたファイアブレスが、ダンジョンへと通じている岩から姿を現した三匹のゴブリンを燃やす。

 身体を炎に包まれ、地面を転げ回るようにして暴れているゴブリンへと、前足を振るう。

 グリフォンの一撃を……それも剛力の腕輪を身につけて振るわれた一撃をゴブリン程度がどうこう出来る筈もなく、そのままあっさりと命が消える。

 それを見て満足そうに喉を鳴らしたセトが、先程まで横になっていた場所へと向かい……


「って、ちょっと待ったぁっ!」


 その光景を見ていたランガが、目を大きく見開きながら叫ぶ。

 寧ろ、今の光景を見てすぐに行動に移せたランガが凄いのだろう。 

 他の兵士達は、今自分達が何を見たのか理解出来ないように固まっているのだから。


「グルゥ?」


 何? と喉を鳴らすセト。

 ランガへと向けられている円らな視線は、ほんの数十秒前にゴブリン三匹をあっさりと殺したとは思えない程に純真無垢な視線だ。

 セトから向けられる、もしかして遊んでくれるのかな? それともいつものように食べ物をくれるのかな? という期待が浮かんでいる視線を向けられたランガは、今の自分の疑問をセトへと向けても答えられないというのを理解したのだろう。

 溜息を吐きながら、頭を掻く。


「レイ君が来るまで待つしかない、か」

「そ、そうですね。……それにしても、まさかセトがファイアブレスを吐くなんて……」


 ようやく動き出した兵士が、信じられないものを見たと言いたげに呟く。

 レイがギルムへと戻ってきた時、既にランガの姿はこのダンジョンにあった。

 だからこそ、レイがセトをグリフォンの希少種であるという風にダスカーへとした説明がここまで届いていなかったのだ。


「普通に考えれば、上位種か希少種のどっちかなんじゃ?」

「いや、けどグリフォンだぞ? っていうか、セトだぞ?」

「……僕としては、寧ろセトだからこそ希少種だと納得出来たんだけど。普通のグリフォンは例え従魔になったとしても、あそこまで人の言葉を分かるとは思えないし」

「希少種で決まりなのか? 上位種じゃなくて?」

「グリフォンの上位種なんて聞いたことがないですし」

「いや、それなら希少種も似たようなもんだろ。そもそもセトのおかげで感覚が麻痺してるが、普通ならグリフォンってのはそう簡単にお目に掛かれるものじゃないんだから」


 兵士達がそれぞれ話しているのを背中で聞きながら、ランガは自分の方を期待の眼差しで見ているセトにそっと手を伸ばす。


「グルルルゥ」


 頭へと伸びてきたその手の方へと、セトは頭を伸ばす。

 撫でて撫でて、あるいは褒めて褒めて、といった要求に、ランガはその期待に応える。

 撫でられるのが気持ちいいのか、セトが嬉しげに喉を鳴らす。


「セトはセト、か」


 そんなセトの様子を眺めつつ呟くランガに、他の兵士達も頷きを返す。

 少なくても、今こうしてランガに撫でられているセトはその場にいる者達の知っているセトで間違いない。

 例え希少種であっても怖がる必要はないのだと、心の底から実感するランガ。

 それは、ランガに甘えているセトを見ている他の兵士達も同様だった。


「可愛いよなぁ……」

「うん」

「レイが羨ましいよなぁ……」

「うん」

「俺もテイマーになりたいなぁ……」

「うん」


 そんな会話が聞こえてくる中、ふと兵士の一人が何かに気が付いたかのように口を開く。


「ちょっと待った。セトはグリフォンで、ランクAモンスター。そして希少種ってのは基本的にその種族の一つ上のランクとして扱われるんだよな? つまり、セトってランクSモンスター?」

「うわ、凄いな。ランクSモンスターとか、初めて見たぞ」

「つまり、ドラゴンとかと同レベル?」

「……うわぁ……何と言うか、うわぁ……としか言えない」


 言葉では驚きつつ、それでもセトを怖がったりする者はいない。

 セトがこれまでギルムでどんな存在だったのかを知っており、更には先程セトはセトだと納得したのも影響している。

 皆が、セトに対して驚きながらも好意的な笑みを浮かべていた。

 日頃の行いが大事だということの、何よりの証明だろう。


「な、な、セト。ファイアブレスの他に何か出来るのか? もし何か出来るなら見せてくれよ」


 兵士の一人に頼まれたセトは、顔をテントのようなものが何もない場所へと向ける。


「グルルゥ!」


 その鳴き声と共に、セトの周囲に直径四十cm程の水球が二つ姿を現す。

 現れた二つの水球は、空中で踊るかのようにお互いを追いかけ、交差し、動き回る。

 それを見ていた兵士達は、ランガも含めてただその光景に目を奪われ……次の瞬間には水球同士がお互いにぶつかり合って、地面に水を零す。


「すっげぇっ!」

「……ああ、凄い」

「まさかこんなところでこんなのを見られるなんて思わなかったよ」


 そう感嘆の声を口にする者がおり、それと別の意味で驚きの声を上げる者もいる。


「ファイアブレスの他に水球? 属性的に正反対じゃないか」

「しかも、水球は二つ同時だ。……どれだけ強いんだろうな」

「少なくても、ゴブリンは相手にならないだろうさ」


 火と水という、相反する属性のスキルを使いこなすセトは、兵士達にとってもちょっと信じられないような存在だった。

 更に、それだけでは終わらない。


「グルルルルルゥッ!」


 ダンジョンの入り口の岩へと向かい、セトがクリスタルブレスを吐き出す。

 てっきりファイアブレスが吐き出されるのかと思っていた兵士達は、何が起きているのか理解出来ないといった様子でダンジョンの入り口の方を……正確にはそこから姿を現した一匹のゴブリンが、水晶によって身体が覆われている光景を目にする。

 だが、セトの放つクリスタルブレスはレベルが低く、ゴブリンの身体の表面を薄らと水晶が覆っているに過ぎない。

 それだけであれば、ゴブリンでも時間を掛けて表面の水晶を剥がすことは可能なのだが……


「グルルゥッ!」


 セトがクリスタルブレスを吐き終わるとその場を跳躍し、一気に襲い掛かる。

 振るわれる前足の一撃により、ゴブリンの身体に張り付いていた水晶は砕け、同時にゴブリンの身体も砕け散った。

 本来であれば残酷な光景にしか見えないセトの一撃だったが、身体についていた水晶が砕けることで太陽の光を反射し、どこか幻想的な光景へとその姿を変える。

 勿論、それは見かけだけの話だ。

 ゴブリンの身体が破壊され、セトが地面に着地した後には周囲に強烈な血の臭いや、内臓の悪臭が漂う。


「グルルルルゥ」


 その臭いが不快だったのだろう。再びセトの口からファイアブレスが放たれ、地面に転がっていたゴブリンの残骸はその全てが燃やしつくされていく。

 周囲には数秒前の血の臭いではなく、肉の焦げた臭いが広まる。

 その臭いも不快な臭いであるのは変わらないのだが、それでもゴブリンの血や内臓の臭いよりは随分とマシだと兵士達に感じさせた。

 そうして数秒が経ち、ようやく我に返った兵士の一人が炭と化したゴブリンの死体を確認する為に近づいて行く。


「……うわぁ……って、あれ? これは……」


 ゴブリンの死体の燃え滓を眺め、驚きの声を上げていた兵士が、近くに落ちている水晶に気が付く。


「そっか。これってさっきの……ランガ隊長、これどうします? このままにしておくってのはちょっと勿体ないような気がしますけど」


 地面に転がっていた水晶の欠片を手にして尋ねる兵士に、ランガは一瞬悩むがすぐに口を開く。


「そうだな、この水晶の欠片をこっちで処理するのはちょっと不味いかな。一応集めておいて、レイ君がダンジョンから戻ってきたらどうするのか聞いてみよう」

「えー……勿体ない」


 水晶を拾っていたのとは別の兵士が、残念そうに告げる。


「いや、お前……あの、光景を見て良くそんなことが言えるな。ゴブリンの肉片や血に塗れた水晶だぞ? 俺はやるって言われてもちょっと遠慮したいけどな」

「は? 何言ってるんだよ。水晶は水晶。ゴブリンの肉片や血に塗れたって言ったって、そんなのは売った先には分からないだろ? にしても、セトの今の攻撃って凄い便利だよな。スキルを幾つも使える希少種か」

「おいおい、変なことを考えるなよ? レイと敵対するなんて真似をしたら、アゾット商会の二の舞だぞ」


 一応念の為、とばかりに警備兵の一人が水晶を勿体ないと言っていた兵士へと告げると、兵士も当然だと頷く。

 端金を稼ぐ為だけにレイと敵対するなどという愚かな真似をするつもりは、一切ないのだから。

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