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レジェンド  作者: 神無月 紅
新たなダンジョン
855/3865

0855話

「っ!?」


 突然執務室に入ってきた誰か……あるいは何かに対抗する為、ミスティリングからデスサイズを取り出して構えたレイ。

 背後にダスカーを庇っている為に迂闊な動きは出来ないが、それでも並大抵の相手ならどうとでも出来る自信がレイにはあった。

 だが、扉を破壊するかのような勢いで強引に開けた人物の気配は獰猛であり、警戒すべき相手と判断する。

 そうしてデスサイズのスキルでもある飛斬で先制の一撃を加えようとし……次の瞬間には入って来たのが顔見知りの人物であったのに気が付き、一旦構えていたデスサイズを下ろす。

 それでもデスサイズをミスティリングの中に収納しなかったのは、やはり目の前にいる人物が殺気立っていた為だろう。

 もし何かがあれば、ダスカーを守らなければならない。そんな思いを抱きながら、レイは執務室に突入してきた人物の名を呼ぶ。


「エルク、久しぶりだな」


 レイの口から出たのは、多少硬い声ではあったが、それでも友人に対するもの。

 もっとも、その硬い理由の多くは突然飛び込んできたこともそうだが、何より扉を蹴破るかのようにして入って来たことだろう。

 その扉の正確な価値がどのくらいなのかは知らないレイだったが、それでもちょっとやそっとの値段ではないことくらいは理解していたのだから。

 声を掛けられたエルクもそんなレイの姿に気が付いたのだろう。その身体から放たれていた獰猛な野獣の如き気配を収める。


「……レイ」

「ああ。丁度今帰ってきたところだ。お前はどうしたんだ? 領主の館にそんな気配を放ちながら突撃してくるなんて」

「……あ、ああ。すまない。お前が帰ってきたって話を聞いてちょっとな。……すまない」


 二度謝罪の言葉を口にしたエルクは、自分を落ち着ける意味で深呼吸をし……ダスカーに向かって頭を下げた。


「悪いな、ダスカー。ロドスの件を聞いたからちょっと……」

「そうだぞ。普通なら間違いなく不敬罪とかで処罰されているところなんだ。俺だからそういうのは気にしないが」


 ダスカーも一角の技量の持ち主ではある。

 だからこそ、エルクの発していた獰猛な気配に当てられても怯えるような様子は見せずに言葉を続けることが出来た。

 もしここにいるのが荒事に無縁な人物だったとしたら、恐らくエルクの放つ気配に耐えることが出来ずに腰を抜かすか……意識すらも失っていたかもしれない。

 そんなエルクの諫め役でもある、妻のミンは……とレイが視線を巡らせると、丁度そんなエルクを追いかけて開いた扉から顔を出したところだった。


「エルク、もう少し……」


 夫の暴走に文句を言おうとしたミンだったが、執務室の中にいるレイに気が付くとその動きを止める。

 そして、視線を逸らして周囲を見回し、再びレイへと。

 数秒沈黙し、怪しむような視線をレイへと向け……やがて口を開く。


「君は、誰だ? レイじゃない、のか?」

「は?」


 ミンの口から出た言葉に、間の抜けた声を返すレイ。

 それも当然だろう。フードを被っている状態ならともかく、ダスカーと会うということで現在はフードを下ろしている。

 つまり、その特徴的な女顔がはっきりと表に出ているのだ。

 それ程大きくはない……寧ろ男としては小柄なと表現してもいいような背の小ささを含め、レイという人物の特徴は誰の目から見ても明らかだった。

 だからこそ、その場にいる者はエルクを含め、ミンの言葉に意表を突かれたように動きを止める。

 そうして最初に動いたのは、妻の言葉を疑うことなく信じ込んだエルク。

 領主の館ということで武器は持っていなかったが、鋭い視線でレイを見据えながらミンを庇うような位置取りをし、更にはいざという時にダスカーとレイの間に割り込もうと考えながら口を開く。


「お前……誰だ?」

「いや、真剣な表情で尋ねているところを悪いけど、俺は正真正銘お前が知っているレイだぞ。そもそも、俺が俺以外の誰に見える?」


 レイの言葉に、エルクも小さく眉を顰める。

 短く言葉を交わしただけだが、それでもエルクは自分の視線の先にいるのがレイ以外の誰にも見えない。

 更には、その佇まいだ。

 デスサイズを手にしているレイの佇まいは、どう考えてもその辺にいる人物ではない。

 間違いなく、今の自分と同等以上の腕利きであり……そして何より、その手に持っているデスサイズがレイがレイであるということの証明だった。

 二m近い柄の長さに、刃の大きさは一m程。

 ただでさえ鎌という武器は使いにくいというのに、これ程の大鎌ともなれば取り回しすら普通は出来ない。

 そんな大鎌を使っているような物好きは、エルクの知る限りはレイくらいしかいない。

 つまり、エルクにとっては目の前にいるのはレイで間違いないということになる。

 だがそんな思いとは裏腹に、エルクは自分の妻であるミンの判断を信じている。

 そう、下手をしたら自分の判断よりもミンの判断の方が正しいのではないかと思う程に。

 それでも尚、自分の目の前にいる人物はレイにしか見えない。

 だからこそ、迷う。


「……ミン、俺の目にはそこにいるのはレイにしか見えないんだが、お前は違うってのか?」


 この執務室に突っ込んできた時の勢いは既に消え、現在は判断に迷ってレイへと視線を向けながらミンに尋ねる。


「そうだね。確かに外から見る限りではレイにしか見えない。そのアイテムボックスやデスサイズもレイが持っていた物に間違いないだろう。ただ……それでも私から見ると、君はレイだとは思えない」


 はっきりと断言するミンに一番驚いたのは、寧ろレイだった。


「何でそこまではっきりと俺がレイじゃないなんて断言出来る? そもそも、アイテムボックスは所有者以外は使えないってのは知ってた筈だろ? そしてこれを俺が使っている以上、俺がレイであるのは間違いないと思うんだけど」

「では、聞こう。何故君からは魔力を感じない? いや、普通の魔法使いと同じくらいの魔力は感じる。だが、私が知っているレイという人物は、その身に収まっているのが不思議な程の魔力を持っている。それこそ魔力を感じる能力がある者にしてみれば、一度見たら絶対に忘れられないような、そんな魔力を」

「……ああ、なるほど」


 ミンの口から出た言葉に、レイは納得の表情を浮かべて自らの指に嵌まっている指輪へと視線を向ける。

 そこにあるのは、何の変哲もないような指輪。

 だが、その実は古代魔法文明の遺産であるマジックアイテムであり、装備している者の魔力を偽装するという効果を持つ、新月の指輪。

 ミンを前にしてこのマジックアイテムを外してもいいのかどうかを一瞬迷ったレイだったが、そもそもミンはギルムの冒険者であり、自分の味方という認識が強い。

 そんなミンを相手に、怪しまれたままにしておくというのは後日色々と面倒な事態になるだろうと判断したレイは、そっと指輪を指から外す。

 その、瞬間。突然レイの身体から放たれた魔力を感じ取ったミンは、数歩後退る。


「こ、これは……」

「どうやら納得して貰えたようだな」


 ミンの様子から、もう問題ないだろうと判断して再び新月の指輪を指へと嵌める。


「なっ!?」


 再びミンの口から驚愕の声が上がる。

 それも当然だろう。つい一瞬前までレイから感じることが出来ていた魔力が、次の瞬間には普通の魔法使いと同程度くらいにまで押さえられたのだから。

 例えるのなら、今まで広大な海を見ていたのに、ふと気が付けばその海があった場所には数滴の水滴だけがあった。……そんな印象だろう。


「分かって貰えたか?」

「……その指輪、だね?」

「そうだ。新月の指輪というマジックアイテムで、俺の持っている魔力を隠蔽してくれる効果を持っている。俺自身は魔力を感じ取る能力はなかったが、そういう能力を持っている奴にしてみれば、俺という存在は色々な意味で区別しやすいらしい。それを防ぐ為のマジックアイテムだ」

「それにしても、レイの持つ魔力を隠蔽する効果を持つマジックアイテムなんて……一体どこで手に入れたのかな? もし良ければ教えてくれないかい?」


 興味深げにレイの手にある指輪へと視線を向けるミン。

 既にその顔にあるのは、レイに対する疑念ではない。

 先程指輪を外した時にレイから感じた魔力は、間違いなくレイのものだったと理解している為だ。

 そんなミンの視線を受けつつ、レイはデスサイズをミスティリングへと収納し、先程まで自分が座っていたソファへと戻りながら口を開く。


「ベスティア帝国の件で報酬として貰ったマジックアイテムだよ。効果は見ての通り、俺の魔力を隠蔽してくれる。おかげで、俺は普通の魔法使いという認識になるから、魔力の大きさで判別されない」

「……確かにその類のマジックアイテムがあるのは知っているけど、とてもではないがレイの魔力を受け止めることが出来るとは思えないのだがね」

「古代魔法文明の遺産ってことだから、今よりも高度な技術で作られてるんだろ。……それより、結局エルクを含めてお前達は何しに来たんだ?」

「そうだな、まさかこうして執務室に突撃されるようになるとは思っていなかった。俺としても、釈明くらいは聞かせて欲しいものだ」


 その言葉に、ミンはようやく自分がどこにいるのかを思い出したのだろう。

 いや、思い出したというよりは、レイの姿をした誰かの正体を暴くという行為の意味がなかったことに気が付いたと言うべきか。


「すいません、ダスカー様。てっきり、どこかの手の者がレイの振りをしてここに入り込んでいるのかと思って」


 ミンが深々と頭を下げる。

 そんなミンを目にし、ダスカーは小さく溜息を吐く。


「まぁ、気にするな。魔力を感じるミンにしてみれば、隠蔽されたレイの魔力を理解出来なかったってのはしょうがないだろ。……それはいい。で、元々エルクは何をしに来たんだ?」

「うん? それは、お前……」


 ダスカーの口から出た言葉に、何かを思い出すように視線を巡らせ……そして、やがて思い出す。


「そう、それだ。ロドスの件だ。何だってあいつがあんなことになってるんだ!? いや、意識が戻らないって話は聞いてたけどよ」


 エルクの視線が向けられたのはレイ。

 レイがギルムに戻ってきたという話を聞き、なら当然ロドスの姿もそこにあるだろうと判断したエルクやミンだったが、領主の館にやって来て見たのは、意識を失っているロドスの姿。

 前もってロドスについての話を聞いてはいたが、やはり人から聞くのと、直接その目で見るのでは大きく違っていたのだろう。

 特に酷い傷の類もなく、ただ眠っているだけのように見えるロドス。

 実際にはレイとの戦いでかなりの傷を負ったのだが、それは既にマジックアイテムの効果により存在していなかった。

 それだけに、エルクやミンの目から見れば異常にしか見えない。


「何でと言われれば、カバジードがロドスに与えたマジックアイテムの影響だろうな。何だか、自分の意思を奪われたというか、洗脳されてたというか、とにかくそんな感じで俺に攻撃を仕掛けてきたのを撃退した。それから暫く経って洗脳が進んだのか、それとも最初から使い捨てにするつもりだったのか……とにかく、最後の決戦の時に戦場を彷徨っていたのをヴィヘラが保護したらしい」


 レイの説明に、エルクは怒りを堪えるかのようにし、ミンは微かに眉を顰める。

 勿論その不愉快さはレイに対してのものではない。自分達の息子にそんな真似をした、カバジードに対してのものだ。


「……そのカバジードって奴は、確か死んだんだよな?」

「ああ。内乱の負けを自分の命で償うということで、自分で命を絶った」


 正確には敗戦の責任云々というよりは、終わりを求めていたというのが正しいようにレイには思えたのだが。

 特に自分と同じような境遇であったらしいと考えると、非常に気になる人物ではあった。


(城で会った時に、その辺の事情を知っていれば、色々と話を出来たのにな)


 あの戦いからそれなりに時間が経つが、それでもレイはそう思ってしまう。


「そうか。出来れば俺の手で引導を渡したかったが、死んでしまっている以上はどうしようもないか。……それで、ロドスがいつ目覚めるかってのは分かるのか?」


 尋ねてくるエルクの言葉に、レイは首を振る。


「全く不明だ。俺もこういう現象に立ち会ったことはないからな。自然に待っていれば目覚めるのか、何らかの手段が必要なのか……」

「私が見た限りでは、時間を置くしかないだろうね。まさかポーションの類を使うだけで目覚める筈もなし。一応、何か方法がないかは調べてみるけど」


 ミンが呟き、エルクが頷きを返す。


「もし何か必要な道具とか素材があったら教えてくれ。可能な限り採ってくる」


 そんな二人のやり取りを聞いていたレイは、ふとロドスの件で言っておく必要があることを思い出す。


「帝都からギルムまで、寝たきりだったロドスを介抱しながら来たんだけど……その介抱してくれた奴に報酬を払っておいたから、その分をこっちにくれ」

「うん? ……ああ、そうか。ロドスは寝たきりだったものな。分かった、その報酬はどのくらいになる?」

「金貨二枚ってところか」

「うむ、金貨二枚だな。分かった」


 頷くミンが懐から袋を取り出し、そこから金貨をレイへと手渡す。

 そんな自分の妻を見てエルクも息を吐く。

 その息が安堵の息なのか、溜息なのか、それ以外の何かなのか。

 それを知るのは本人だけだった。

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