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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
849/3865

0849話

「あー……暇だ」

「おい、その台詞、この前も聞いた覚えがあるぞ? そんなことを言ってる時にあの盗賊団に襲われたんだから、迂闊なことを言うなよ」

「いや、けどよ。実際あの盗賊団に襲われて良かっただろ? ゴトの奴等にしてみれば、自分達が住んでいる場所の近くに盗賊団がやって来る前に片付けることが出来て万々歳。俺達もあの盗賊団のアジトを襲撃して、そこに貯め込まれてあったお宝を頂戴して万々歳」

「……それは否定しないけどな」


 ディーツの言葉に、話し掛けていた男が同意する。

 数日前にゴトを出発してから数時間程で襲撃してきた盗賊団。

 その後始末としては、ディーツが言っていたように盗賊団以外の者達にしてみれば、これ以上ない程に最良の結果で終わったのだから。

 盗賊団にしても、もうすぐ冬が来るこの時期には少しでも稼いでおく必要があったのか、襲ってきた者達の数人から聞き出したアジトの場所にはそれなりの蓄えが存在していた。

 その蓄えを襲撃に参加した者達で分けたところ、かなりの金額になったのだ。

 ……もっとも旅の途中でお宝の類を換金出来ない以上、レイのミスティリングに収容されているのだが。


「これまで何度か盗賊団の討伐依頼を受けたことがあったけど、ここまで美味しい結果だったことはなかったな。……レイさん、妙に慣れてたと思わないか? セレムース平原に入る前にも何度か盗賊に襲われたけど」

「まぁ、それは否定出来ない事実だ。ただ、盗賊喰いだとか呼ばれていたのを考えると、お前が言った通りの意味で文字通り慣れてるんだろうな」


 盗賊団の者達を殺していったその手腕は、さすがに異名持ちの冒険者でもあった。

 馬車の先頭を走っているグリフォンと、その背に跨がっている一人の冒険者へと視線を向ける。

 グリフォンはともかく、レイ自身は傍から見ればそんなに凄腕の冒険者には見えない。

 どこにでも売ってるようなローブを身に纏っているのを見る限りでは、よくて冒険者に成り立ての魔法使いに見えるというくらいか。


(そんな外見なのに、中身はランクS冒険者に勝つだけの実力を持ってるって……ゴブリンかと思って攻撃を仕掛けたら、次の瞬間にはゴブリンの皮を破ってドラゴンが出て来るとか、そういう感じじゃないか? ……ちょっと洒落にならないな)


 ディーツと話していた男は、自分の考えで思わず背筋が冷たくなる。

 あの、擬態とも呼べる姿は敵対している者にとっては、酷く厄介だ。

 襲撃する方にしてみれば、最悪以外のなにものでもないだろう。


(せめてもの救いは、セトがいることか。それに気が付くことが出来れば、何とか生き延びることが出来るだろうけど)


 それもまた、難しい。

 先頭を進んでいるとしても、どうしても人の目はより大きな存在……馬車の集団へと向けられるだろう。

 そして攻撃態勢を取ってしまえば、実は盗賊ではないという言い逃れをすることも難しい。

 レイという、盗賊にとっての恐怖から逃れる方法は一つだけ。ただ見つからずに縮こまってレイと接触しないことこそが、唯一生き残る方法だろう。


「それにしても、こうしてミレアーナ王国に来てみたのはいいけどよ」


 ディーツが周囲を見回しながら、退屈そうに呟く。


「何だ?」

「いや、ベスティア帝国も、ミレアーナ王国も結局変わらないと思ってな」

「それはそうだろ。ここはまだ田舎だ。帝都……いや、王都の方に行けば違いとかはよく分かるんだろうな。もっとも、俺達が向かってるのは辺境にあるギルムだけど」

「ミレアーナ王国の辺境か。俺達で言えば魔の山の周辺って認識でいいのか?」

「……多分、それでいいんじゃないか?」


 そう答えつつ、男の方も具体的にどう違うのかというのは予想でしか理解出来ていないのが分かるような、そんな喋り方だった。


「レイさんからちょっと話を聞いたんだけどよ、辺境にあるってことで腕利きの冒険者が多く集まっているらしいぜ。噂だと異名持ちも結構いるとか。ほら、レイさんと仲のいい……あの馬車にいるロドスとかいう奴の父親が雷神の斧らしいし」

「詳しいな」


 そんな風に二人の会話に割って入ったのは、この一団の中ではもっともギルムに詳しいレイだった。


「あ、レイさん。……この調子で進んだ場合、ギルムまで後どれくらいでつくんすか?」


 ディーツの言葉に、レイは首を傾げる。


「さて、どうだろうな。春の戦争で行軍した時に比べると、かなり早いのは確実だろうが」


 自分の前にある、セトの首を撫でながらレイは首を傾げた。

 そんなレイの様子を見る限り、とてもではないが最終的に盗賊を皆殺しにするような人物には見えない。


(この差が、意外とレイさんの強さの秘密なのかもな)


 先程までディーツと話していた男が、心の中で考える。

 そんな風に思われているとは思わないレイは、視線を他の馬車の集団へと向けて口を開く。


「あの時は色々と荷物を積み込んでたり、格式に相応しいように急いで道を進むってことも出来なかった。歩兵とかも存在したしな。そういう意味だと、あの時よりも随分と早く到着するとは思うぞ」


 家具やら何やらの、引っ越し用の荷物全てがレイのミスティリングに入っているのだから、馬車に積まれている荷物は殆どない。

 食事は基本的に馬車を止めてレイのミスティリングから出しているし、テントのような野営で使う物もミスティリングに全て収納済みだ。

 そうなると、一番重いのは馬車に乗っている者達だろう。

 さすがにそれに関してはどうしようもないのが、結果的には極限まで荷物を減らしているということになっている。

 そうなれば、当然移動速度は通常の馬車よりもかなり速くなるのは当然だろう。

 更にダスカーが移動する時はレイが口にしたように格式に相応しく、ここまで急いで移動はしていなかった。

 そう考えると、レイ達とダスカーの移動速度は雲泥の差と言ってもいい。


「最終的には、そんなに日数は掛からないとしか言えないな。……まぁ、あくまでも何か妙な事件に巻き込まれたりしなければだけど」

「妙な事件? それは、例えばこの前の盗賊のような?」

「ああ、そんな具合だ。何故か俺はああいう突発的な事件に巻き込まれることが多いんだよ。……いや、盗賊の場合は稼ぎもいいし、こっちから向かって行ったりしてるけどな」

「うわぁ……だから盗賊喰いとか呼ばれてるんすね」


 ディーツがしみじみと呟く。


「その盗賊喰いって広まってもあまり嬉しくない呼び方なんだけどな。出来れば深紅の方が広まって欲しい」

「そういうの、気にするんすか?」

「気にするって程じゃないけど、盗賊喰いと深紅だと、どう考えても深紅の方がいいだろ」

「……なるほど」


 レイの手前、頷いてはいるが、納得した様子はない。

 ディーツの感覚としては、盗賊喰いも深紅も似たようなものなのだろう。

 そんな風に会話をしながら街道を進んでいると、前方から向かってくる商隊の集団に出くわす。

 街道自体は広いので、すれ違うのに困る程ではない。


「多分ないと思うが、一応警戒しておけ。商隊の振りをした盗賊って可能性は捨てきれないし」


 素早く指示し、今までいた位置から元の場所へ……この集団の先頭へと戻っていく。

 そんなレイの言葉に、御者をやっていた者達もそれぞれ何が起きても対処出来るようにそっと武器を近くに引き寄せ、馬車の車体の中でも何かあった場合にはすぐに行動出来るように準備を整える。


「敵だと思う?」


 レイの側に近寄ってきたヴィヘラが尋ねるが、レイはそれに首を傾げた。


「分からない。準備をしたのは一応念の為だし。大体、幾ら周囲に人目がなくても襲ってくるとはちょっと考えられないな。……セトを見て、それでも襲ってくる奴がいたらちょっと凄いとは思うが」

「グルゥ?」


 セトが呼んだ? と自分の背に乗っているレイの方へと視線を向けてくるが、レイは何でもないと首を横に振り、セトの首の後ろを撫でてやる。

 そんなレイの行為に嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 他の者達はいつ戦闘になってもいいように準備をしているというのに、全く緊張した様子を見せることはなかった。


(まぁ、レイの力を考えれば当然なんでしょうけど)


 レイを見ながら内心で呟き、ヴィヘラはいざという時に自分の身の軽さを活かして奇襲出来るように、向こうから見えない馬車の間へと紛れていく。

 向こうから来る商隊と思しき者達もレイに気が付いたのだろう。若干ではあるが緊張した様子を見せていた。

 この街道を歩いているのが自分達以外にもいれば、ここまで警戒する必要もない。

 もしくは、ここが村や街から近い場所にあってもそれは同様だ。

 だが村や街から遠く離れており、周囲に他の者の姿は見えず、ここにはレイ一行と向こうから来る商隊と思しき存在だけ。

 そんな状況では、お互いに警戒してもしょうがなかった。

 緊張状態のまま、お互いの距離が近づいて行く。

 向こうの方では商隊の護衛だろう冒険者が、いつでも武器を抜けるように準備を整えているのがレイの目からも見て取れる。


(いや、純粋にまだ未熟ってことか)

 

 レイの後ろを進んでいる者達の中でも、同じように向こうの緊張やいざという時には躊躇せずに戦うという戦気を発している者はいた。

 そうしてお互いの距離が近づいて行き……やがて、向こう側の商隊が動きを止める。

 普通であれば、軽く手を上げる等の挨拶をしながら行き違う。

 だというのに、それをせずに動きを止めたということは向こうにも何らかの考えがあることを意味していた。








(さて、向こうは何を考えてこんな真似をしたんだろうな)


 後ろの馬車に乗っている者達の警戒度が一段階上がったのに気が付きながら、レイも速度を落としていく。

 そうすれば当然レイの後ろに続いていた馬車も速度を落としていくことになり……やがて、街道上でお互いに向き合う位置でレイ一行も動きを止める。


「こんにちは、私は商人のゲイレンと申します。グリフォンを連れているということは、もしかしてランクB冒険者の深紅殿ですかな?」


 最初に口を開いたのは、向こう側の商隊を率いているらしき相手。

 年齢は四十代から五十代程で、少し太めの中年の男。

 人好きのする笑みを浮かべて掛けてきた声に、レイは驚きの表情を浮かべる。


「確かに俺は深紅と呼ばれているけど……よく知ってたな」

「はっはっは。グリフォンを従魔にしている人なんて、貴方以外には聞いたことがないですからな。護衛ですか?」


 ゲイレンが喋っている間にも、レイは向こうの商隊の護衛をしていると思しき冒険者達の方へと何度か視線を向ける。

 自分達の目の前にいるのが異名持ちの冒険者であるというのを理解している為か、どこか緊張した様子で会話を見守っていた。

 いざという時にはレイの前に立ち塞がらなければならないのだから、それも当然だろう。

 勿論異名持ちの冒険者が盗賊に鞍替えするような真似をそうそうするとは思えなかったが、それでも護衛である以上は万が一に備えなければならなかった。


「まぁ、護衛と言えば護衛か。ちょっとギルムに向かってる途中なんだよ。そっちは?」

「この先の村へ商売の用事がありまして」

「……なら、何でわざわざ止まって声を掛けてきたんだ? こういう時は、普通軽く挨拶をしてすれ違うくらいだろう?」


 微かに疑念を抱きつつ尋ねたレイに、ゲイレンは待ってましたとばかりに笑みを浮かべて言葉を返す。


「勿論、レイさんとお近づきになりたかったからに決まってます。その年齢で、異名持ちのランクB冒険者。こんな場所で出会ったのは偶然ですが、その偶然には是非感謝したいところですよ」


 ゲイレンの口から出た言葉に、レイは数段階警戒心を下げる。

 向こうの狙いが分かった為だ。

 確かに商隊を率いているような商人にしてみれば、異名持ちの冒険者と知己になっておくというのは色々と有益だろうと。


「なるほど、ゲイレンだったな。その名前、覚えておくよ。ただ、俺の普段の活動地域はこの近辺じゃなくて、辺境にあるギルムだ。ここで俺と知り合ったとしても、そっちには何の旨味もないように思えるけど」

「いえいえ。確かに今はそうかもしれませんが、いずれは貴方と何らかの関係が出来るかもしれません。それを思えば、今からこちらの顔を覚えておいて貰うというのは、決して早すぎるということはありませんとも」


 笑みを浮かべて告げてくるゲイレンの言葉に一瞬どう答えればいいのか迷ったレイだったが、特に害意を感じられる訳でもなかった為に取りあえず頷きだけを返す。


「そうか、そこまで言うなら覚えておくさ。……それより、そろそろいいか?」

「あ、お時間を取らせてしまってすいませんね。そうですな、お互い急いでいる身です。ここで盗賊に襲われたりしては大損害ですな。では、これをお受け取り下さい。お近づきの品です」


 そう告げ、馬車から下りたゲイレンがレイへと近づいてきて渡したのは、ポーションだった。

 レイが見た限りでは、何の変哲もないポーションのように思える。


「これは?」

「私の商隊で扱っているポーションです。特に効能が優れている訳でもありませんが、幾分か値段的にお買い得なのが特徴ですね」

「……へぇ」


 ゲイレンから告げられた値段は、確かにギルムで購入するよりも多少安く抑えられており、レイだけではなくその話を聞いていた他の者達もそれぞれに反応を返す。

 何人かはゲイレンに金を払ってポーションを買い求める。


「冒険者であれば、ポーションはあって困ることはないでしょう。こちらも臨時ではありますけど、それなりにいい商売ができましたし。……では、私はこの辺で失礼します」


 そう告げ、馬車へと戻っていくゲイレン。

 レイもまた、用件は済んだとして軽く手を振ってから旅を再開するのだった。

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