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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
844/3865

0844話

 セレムース平原での夜。

 アンデッドが無数に存在するこの場所での野営となれば、当然悠長にテントを張って疲れを取るという訳にはいかない。

 秋も深まった夜の寒さを凌ぐ為に焚き火で暖を取りつつ、周囲には馬車を防壁代わりに設置し、更にその外側には見張りを任されている者達が、こちらもまた焚き火で暖を取りながら周囲を警戒している。

 ここまでやって来た旅路とは全く違う光景に、元遊撃隊の者達はともかく、その関係者の者達は怯えるように暗闇へと視線を向けていた。

 この者達にしても、ミレアーナ王国までの旅路が決して穏便に済むとは思っていなかった。

 それでも、セレムース平原に入るまでは途中の村で夜を越したり、テントを使った野営であっても、ここまで緊張感に満ちてはいなかっただけに、今日はその違いに違和感を覚えているのだろう。


「夜も一気に駆け抜けることが出来れば良かったんだけどな」


 馬車の外側で、いつものように寝転がっているセトの身体に寄りかかりながらレイが呟く。


「グルゥ……」


 しょうがないよ、と言いたげに喉を鳴らすセト。

 確かにレイとセトであれば、夜目も利く。

 その気になれば、空を飛んであっという間にセレムース平原を越えることが出来るだろう。

 だが、それはあくまでもレイとセトだけならの話だ。

 普通の人間は夜目が利くとしても、月が雲で隠れているこの状況ではまともに周囲を見ることが出来ない。数人存在する獣人なら人間に比べると随分と夜目が効くが、そもそも馬はこの暗闇の中で走ることが出来ない以上、殆ど無意味と言ってもいい。


「やっぱり月が出てないのがな。これで月明かりでもあれば、もう少し距離を稼げたかもしれないんだが」


 呟くレイだったが、結局は夜も休ませずに走り続けさせれば馬が怪我をする可能性が出てくるし、それがなくても疲労で馬が潰れる。

 通常の商隊のように荷物を積んではおらず、馬車に乗っている者の人数も少ないこの一団であれば多少馬が潰れても問題はないのかもしれないが、馬車にしても馬にしても、個人の財産であることは間違いない。

 ギルムという見知らぬ地へと引っ越そうというのに、そこでは大いに役立つだろう財産をこんな場所で潰すということは絶対に出来ることではなかった。


「そうなれば、やっぱりこのやり方がベストだったってのは分かるんだけど……」

「グルルゥ」


 呟いているレイに、セトが喉を鳴らす。

 それは、レイに同意するといった為でも、ましてやお腹減ったと甘えている為でもなく、警戒の鳴き声だった。

 その鳴き声を聞き、レイもまた地面に置いてあったデスサイズを手に立ち上がる。

 待ち構えていると、やがて近づいてくるのは、カシャ、カシャ、という軽い足音。

 その足音がどのようなモンスターから聞こえてくるのかというのは、既にレイも察知していた。

 アンデッドと戦った経験自体はそれ程多い訳でもないが、それでもエレーナと初めて会った時に向かったダンジョンや、春の戦争、エグジル、ベスティア帝国へと向かう時にこのセレムース平原を通った時といった風に戦闘経験はある。

 そして、聞こえてくる足音の持ち主はその中でも幾度か戦った経験があった。

 焚き火の明かりのみを光源としながらも、暗視も可能なレイの目は登場したモンスターに視線を向ける。


「やっぱりお前か」


 骨で出来たその姿は、見るからに脆そうに見える。

 だが、その骨は普通の骨ではなく、多少なりとも魔力で強化されている骨だ。

 もっとも、所詮はスケルトン。最下級のアンデッドでしかない。

 これが、もっと強力になれば話は別なのだが。


「せめて上位種か希少種だったら、魔石の有効利用も出来たんだけどな」


 既にエレーナと共に潜ったダンジョンで、スケルトンの魔石は得ている。

 その魔石は、セトとデスサイズの両方で吸収したが、どちらも何のスキルも入手出来なかった。

 スケルトンが低ランクモンスターであると考えれば、それも無理はないのだが。

 デスサイズを構え、近づきながら横薙ぎに一閃。

 魔力を通したデスサイズは、それだけで数匹のスケルトンを纏めて……それも魔石の入っている肋骨……人間で言えば胸の上の辺りを両断され、身体が上下二つに分けられる。

 それでもアンデッドであるが故に、死にはしない。

 スケルトンの切断された肋骨の上の部分へと手を伸ばし、その中にある魔石を強引に奪い取る。

 魔石がスケルトンの身体から抜き取れると……次の瞬間にはスケルトンが地面へと崩れ落ちた。

 スケルトンの魔石は、素材であると同時に討伐証明部位でもある。

 レイ程の高ランク冒険者になれば、スケルトンの魔石は無視してもいいのだが……折角入手出来るのだから、ということもあって奪い取ったのだ。

 そのまま同じようなことを数度繰り返すと、襲ってきたスケルトンは軒並み全滅してしまっていた。

 抜き取った魔石をミスティリングへと収納しながら、スケルトンの残骸をそのままにセトの下へと戻って再びその極上の布団に等しい感触を味わおうとして……ふと、他の場所から聞こえてきた金属音を耳にする。


「他の場所でもスケルトンが襲ってきたのか? ……いや、違う!?」


 てっきりスケルトンが襲ってきたのかと思ったのだが、聞こえてくる金属音は武器同士がぶつかり合うものの他に、金属鎧が擦れ合うような音も混ざっている。

 そして、現在見張りをしている者達の中には金属鎧を装備している者は一人もいなかった。

 勿論それが絶対な訳ではない。

 金属鎧を装備している者が手助けに行っているのかもしれないし、冒険者や兵士の経験を持つ、今回の見張りをする予定になっていた者が金属鎧を引っ張り出してきたのかもしれない。

 だが、アンデッドの存在するこのセレムース平原で金属の鎧の音がしているというのを考えると、最初に脳裏を過ぎるのはリビングアーマーだった。

 人の怨念が鎧に宿ったそのアンデッドは、レイも以前戦ったことがある。

 レイの実力であればそれ程厄介な相手ではなかったが、身体が金属鎧で出来ているだけに物理特化の防御力は、魔法を使えない者にとっては非常に厄介だ。


「セト、俺は一応向こうの応援に……」


 行ってくる。

 そう言おうとしたレイだったが、その言葉は途中で止められる。

 再び自分の方へと、カチャ、カチャといった足音が聞こえてきたからだ。


「ちっ、またスケルトンか。……違うっ!?」


 闇の中から姿を現したのは、確かに人の骨のようなもので出来ているモンスターであり、スケルトンの一種なのは間違いない。

 だが、その身体を構成している骨が、明らかに先程のスケルトンとは違っていた。

 まず、その骨。先程のスケルトンの骨が白だったのに対し、こちらのスケルトンは水晶で出来ているような骨で構成されている。

 どう考えても、先程倒したスケルトンより数段上の存在だった。


(そう言えば、以前誰かから聞いたな。このセレムース平原ではアンデッドが溢れていて、アンデッド同士で戦うこともあるって。そして、生き残ったアンデッドはより上位の種族になるとか何とか。分かりやすく言えば、蟲毒の類か)


 何となく目の前に現れたスケルトンの正体を察したレイは、小さく笑みを浮かべて相手を見据える。


「ベスティア帝国だと、人相手の戦いばっかりだったからな。それを思えば、こうして新種のモンスターと戦うのは久しぶりか」


 デスサイズを構え、水晶で出来たスケルトン……クリスタル・スケルトンとでも表現すべき相手を見据える。


「グルゥ?」

「ああ、こいつは俺に任せて欲しい。セトはリビングアーマーの方に助太刀に行ってくれ。どのみち、ここには誰かが残らないといけないしな」


 どうするの? と喉を鳴らすセトに、レイは短く答える。

 自分とセトのどっちがこの場に残っても結果は同じなのだろうが、未知のモンスターだとすれば、勉強の意味も込めて自分で戦っておいた方がいいだろうと判断した為だ。

 レイの思いを悟ったのか、セトは短く鳴くとその場を走り去っていく。

 相棒の後ろ姿を一瞥したレイは、デスサイズを構えたまま目の前に立つクリスタル・スケルトンを観察する。

 身体の骨の全てがクリスタル……水晶で構成されており、佇まいに関しても先程レイが倒した通常のスケルトンよりも上だった。

 手に持っている武器も、通常のスケルトンのように折れたり錆びたりしている長剣の類ではなく、恐らくクリスタル・スケルトンが自分の能力で作ったのだろう水晶で出来た長剣。


「自分の能力で武器を作れるってのは便利だな。……ただ、水晶でってのは俺とやるには獲物のランクが低すぎるけどな」


 レイの呟きを理解したのか、してないのか、顎の骨を揺らしてケタケタと笑い声のようなものを放つ。

 それが本当に笑い声なのか、それとも夜風に顎の骨が揺れて偶然笑い声のように聞こえたのかは分からない。

 だが、それでもレイはそれを笑い声だろうと認識し、対抗するように口元に獰猛な笑みを浮かべる。


「俺を笑える程の力を持ってるんなら、大歓迎なんだけど……はたして、どうかな? せめてもの情けだ。炎帝の紅鎧は使わないで、素のままで相手をしてやるよ。ここ最近は素の状態での戦闘訓練が足りてなかったしな」


 デスサイズを振るい、夜の空気を斬り裂くように一閃してから前へと向かって歩き出す。

 一歩、二歩、三歩……といった具合に近づいて行くと、それを待っていたかのようにクリスタル・スケルトンは水晶で出来た長剣を振るう。

 その速度は、確かにスケルトンとは一線を画していた。

 自分に向かって振るわれた長剣の一撃を回避しながら、伸びた右腕の肘を狙ってデスサイズを振るう。

 半ばカウンター気味に入ったその一撃は、あっさりとクリスタル・スケルトンの右腕の肘を斬り飛ばす。


「え?」


 予想外の光景に、小さく呟くレイ。

 今放った一撃は確かにそれなりに鋭い一撃だったが、レイにとってはあくまでも様子見の一撃に過ぎなかった。

 まさかその一撃で、と。

 意表を突かれたその光景は、レイの中にあった期待感を一瞬にして失わせる。


(結局スケルトンはスケルトンか)


 魔石を奪って終わりにしよう。

 そう思いながらデスサイズを振るおうとし……次の瞬間、クリスタル・スケルトンが空中に斬り飛ばされた自分の右腕をキャッチしたのを見て、微かに疑問に思う。

 だが、その疑問は次の瞬間にはいい意味で解消された。

 キャッチした右腕を、切断部分に触れさせると水晶によって肘の部分が覆われ、次の瞬間にはしっかりとくっついていたのだ。


「……へぇ」


 予想外の光景に、レイは小さく感嘆の声を上げる。

 今まで傷を再生させるようなモンスターは何度か見てきたが、水晶を使った再生……否、修復というのは見たことがなかった為だ。

 手強いという訳ではなく、死ににくい。

 そんなクリスタル・スケルトンを相手にして、レイの胸の中にあるのは喜びだった。

 何故なら、このような特殊なモンスターの場合は間違いなく魔石からスキルを習得出来るのを、経験的に知っていた為だ。


「それに、水晶で出来ている身体も素材としてはそれなりに高く売れるだろうしな」


 クルリ、と手の中でデスサイズを回転させながらレイは呟く。

 ケタケタ、と相変わらず顎の骨を鳴らしながらも、クリスタル・スケルトンは水晶の長剣を構えたままレイの方へと近づいてくる。


「確かに水晶で修復出来るんなら、生半可な傷は意味がないんだろうな。……けど、スケルトンって時点で弱点を剥き出しにしてるんだよ!」


 地を蹴ったレイは、そのまま真っ直ぐにクリスタル・スケルトンの方へと向かって突き進む。

 両方が相手へと近づいていった為に、その距離は瞬く間に消滅する。

 レイが振るうデスサイズを迎え撃とうと、水晶の長剣を振るうクリスタル・スケルトン。

 先程はその一撃に対してカウンターを放ったレイだったが、今回は水晶の長剣とデスサイズが当たる瞬間に手を止め、相手の攻撃が空中を斬り裂くように仕向ける。

 デスサイズとぶつかり合うと予想していたのだろうクリスタル・スケルトンは、予想していた衝撃が全くなかったことで身体のバランスを崩す。

 自分が振るった水晶の長剣の動きで身体が泳いだところで……そこに再びデスサイズの一撃が振り下ろされた。

 魔石の入っている肋骨の半ば辺りから斬り裂かれたクリスタル・スケルトンは、そのまま胸から上の部分が空中へと吹き飛ばされていく。

 先程の右肘のように回復しようと、水晶が切断部分に生み出されたのを見たレイだったが、復活の種が分かった以上はそれに付き合う必要もない。

 がら空きになっている肋骨の上部分から素早く手を入れ、そこにある魔石を取り出す。

 その魔石が水晶で出来ている身体から離されると……次の瞬間には、水晶で出来た身体や長剣が地面へと崩れ落ちる。


「……ま、こんなもんか」


 魔石や水晶の長剣、骨の部分をミスティリングへと収納すると、レイは呟きながらセトが向かった方へと視線を向けるのだった。

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