0826話
「……なるほど。確かに遊撃隊の者達の中には、兵士だけではなく冒険者や傭兵といった者達も多い。そのような者達が自分の意思でレイと共に行きたいというのは止めることが出来ないし、兵士が仕えている貴族の下を去るにしても、きちんと筋を通した上であれば問題はないな。……こちらとしては残念だが」
レイの問い掛けに、テオレームが答える。
現在はメルクリオ軍の本陣へと全軍が……それこそ、メルクリオ軍だけではなく討伐軍の者達も集まってきており、その指示で非常に忙しく働いていた。
そんな中で、レイが遊撃隊の者達が自分と共にギルムへ……ミレアーナ王国へと行きたいと言っているのを伝えたのだが、テオレームの口から出たのは意外にもそれを許容する言葉であり、てっきり渋られると思っていたレイは驚きの視線を向ける。
「意外だな。まさか、こうもあっさりと許可するとは」
「誰か特定の個人に対して心酔している者を無理に留めても、いらない騒動が起きる可能性が高い。それに、最終的にその判断をするのはメルクリオ殿下だ。私が出来るのは口添えだけだぞ。……ああ、そっちの部隊に対する補給物資は本陣から持ってきた物を流用してくれ。そうだ、特に食料を多目にだ。それと、白薔薇騎士団の方は……ああ、そうか。それでいい。シュルス殿下の騎馬隊は? そうしてくれ」
レイの言葉に答えながらも、周囲へと素早く指示を出していくテオレーム。
その様子を見ながら、レイは自分にはとても真似出来ないと考える。
「それに、何も親切心からだけで言ってる訳じゃない。ミレアーナ王国にベスティア帝国のことをよく知っている者がいれば、何か問題が起きた時にすぐ荒っぽい手段になる……というのを避けられるかもしれないだろう?」
「まぁ、それは確かに。……ただ、あまりベスティア帝国の肩を持つとギルムでも疎まれるかもしれないから、程々にしておく必要があるけどな」
「分かっている。その辺は前もって十分に注意しておく。ただ……ミレアーナ王国に渡るとしても、色々と準備があったり、多人数になったりするのではないか? レイと同行したいと言ってるのが、全員独身という訳ではないだろう? ああ、そっちに関してはシュルス殿下の副官に話を通してくれ」
テオレームの言葉に、レイは溜息を吐きながら頷きを返す。
当然遊撃隊の中には結婚している者もいるし、家族がいる者もいる。
他にも、まだ結婚はしていなくても恋人がいる者も多い。
その全員がレイと共にギルムへと向かう訳ではないが、それでも何人かは確実に共に来るだろう。
つまり、ギルムまでの護衛が必要になるという訳だ。
本来であれば、レイとしてはセトに乗って一気にミレアーナ王国へ……ギルムへと戻るつもりだったのだが、遊撃隊の者で共に来る者がいるとなれば、それを見捨てていく訳にもいかない。
(ギルムに戻るまで、結構時間が掛かりそうだな。ただ、ロドスのことを考えれば決して悪いことばかりじゃないんだが)
未だに目を覚まさず、昏睡状態のロドス。
そのロドスをどうやってギルムまで連れていくのかというのは、レイにとっても少し迷っていたことだった。
セトの特徴として、レイ以外を背中に乗せるとなるとかなり制限があるというのがある。
体重の軽い成人女性一人、あるいは子供を二人くらいなら何とか大丈夫だが、それ以上となるとまともに飛ぶのは難しい。
その代わり、クチバシで咥えたり、前足で掴んだ状態であれば通常のグリフォンでは運べない重量でも持ち上げることが出来るのだが。
普通のグリフォンであれば、背中に大人の二人や三人は乗せても平気で飛ぶことが出来るのだから、これは魔獣術で生み出されたセト特有の問題なのだろう。
ともあれ、レイは最悪セトの前足で布や何かで包んだロドスをぶら下げながら帰るということも検討していた。
だが、そんな真似をすれば身体に良くないのは確実だ。
特に今は、もういつ初雪が降ってもおかしくない季節になってきているのだから。
そんな中、地上よりも遙かに冷える上空を移動するのが身体に悪くない訳がない。
それに比べれば、レイとギルムに同行したいと言っている者達の馬車に乗せて貰うのは、かなりありがたかった。
(唯一にして、最大の誤算は……やっぱりガメリオンだよな)
遊撃隊に所属していた冒険者に話を聞いたところ、ベスティア帝国の辺境でもガメリオンが出没する地域があるらしいという情報は得ることが出来た。
だが、さすがに自分の食欲を優先してロドスを現状のまま放っておくことは出来ず、更にはレイと共にギルムに向かいたいと言っている者達にしても、そんな余裕はないだろう。
今を逃せば雪が降り、ミレアーナ王国へと出発するのは春まで待たなければならなくなってしまう。
レイ一人であれば雪が降っていてもドラゴンローブのおかげで寒さの問題はないし、セトもランクAモンスターのグリフォンだけあって雪程度は苦にしないのだが。
さすがに自分の食欲の為に出発を春まで延ばす訳にはいかず……
「諦めるしかない、か」
「うん? 何がだ?」
思わず口から出たレイの言葉に、部下へと指示を出していたテオレームが視線を向けてくる。
「いや、本当ならこの内乱が終わったらガメリオンを狩って肉を確保したかったんだよ。そろそろ旬の季節だろう?」
「……あのモンスターを相手に旬の季節というのはどうかと思うが」
苦笑と共にテオレームが呟く。
実際、ガメリオンというのはランクCモンスターであり、それはつまりランクCパーティでようやく互角という強さだ。
その辺の冒険者に成り立ての者達が徒党を組んで襲っても、逆に蹂躙されるだけだろう。
そういう意味では、テオレームの言っていることは間違ってはいない。
(もっとも、異名持ちであるレイとランクAモンスター……いや、希少種であることも合わせて、ランクS相当のモンスターだと認識されているセトがいれば、ランクCモンスター程度はどうということもない相手なのだろうが)
そこまで考えたテオレームは、ふと今まで忙しすぎてレイに対して忠告をしていなかったことを思い出す。
「レイ、セトに関してだが……グリフォンの希少種だという話が伝わってきている」
「だろうな」
ノイズに追い詰められていたとしても、あれだけ派手にセトのスキルを使ったのだ。
当然それを隠し通せるとは、レイも思っていない。
だからこそ、開き直ってあれだけ派手に戦争でもセトのスキルを使ったのだから。
「けど、それで妙な行動をする奴がいるか? これだけ俺とセトの力を見せつけられたのに」
討伐軍は、文字通りの意味でセトやレイの力をその身で味わうことになった。
メルクリオ軍にしても、元々レイとセトはメルクリオの最大戦力であると認識されており、普通の神経の持ち主であればレイやセトにちょっかいを出してくるような者はいないだろう。
そう告げるレイに、テオレームは首を横に振る。
「確かにあの戦場に出ていた貴族であれば、そんな馬鹿な真似はしないだろう。だが、ベスティア帝国の中には今回の内乱に参加出来なかった者、参加しなかった者、参加させて貰えなかった者という貴族もいる。そのような者達は、当然レイやセトの能力をこの内乱に参加した者から聞くだろうが、話を聞くだけでは本当の意味でその力を理解することは出来ない」
「……つまり、そういう奴等が手を出してくる可能性もあると?」
「残念なことにな。勿論少しでも情報に聡い者であれば、そんな真似はしないだろう。だが、中には自分に都合のいい情報は信じるが、都合の悪い情報は信じないという特殊な耳を持っている奴もいる」
テオレームの言葉にレイの脳裏を貴族派の貴族……それもエレーナのように親しい相手ではなく、自分達こそが正しいと思い込んでいるような典型的な貴族の姿が過ぎったのは、ある意味当然のことだったのだろう。
「そういう奴等が、俺に手を出してくるかもしれないと?」
「ああ。恐らく……いや、間違いなく手を出してくると思う。ただ言っておきたいのは、そのような者達をベスティア帝国の総意とは考えて欲しくないということだ。私やメルクリオ殿下、フリツィオーネ殿下はレイに対して感謝の気持ちこそ抱いているが、敵対するつもりは一切ない」
その言葉が真実なのだというのは、言葉の響きからレイにも理解出来た。
実際、今のベスティア帝国は内乱が終結したばかりであり、国力が低下している。
そんな中で、セトという非常に高い機動力を持つレイと敵対するというのは、テオレームにとっては絶対に遠慮したいことだった。
レイがその気になれば、設計時に魔法防御を考えられて作られた都市でもなければ一方的に攻撃されてしまう。
レイの代名詞でもあった炎の竜巻は、自由自在に動き回ってちょっとした街や村といった場所は容易に燃やしつくすだろう。
また、この戦いで習得した炎帝の紅鎧というスキルを使えば、一軍にすら容易に勝利出来る。
そんなレイを止めるとすれば、それこそノイズのような人物を引っ張ってこなければならず、引っ張ってきたとしてもどれだけ周囲に被害をもたらすのかを考えれば、国家としても容易に敵対出来る相手ではなかった。
(それに……レイと敵対するようなことになれば、ヴィヘラ様は間違いなくあちらにつく)
勿論肉親と愛する男が敵対するのだから、ヴィヘラにも葛藤はあるだろう。
だが、敵対した切っ掛けがベスティア帝国側からレイに対して攻撃を仕掛けたということになれば、どちらに非があるのかは明らかであり、そうなればヴィヘラとしてもレイの方に手を貸すのは確実だった。
今回の内乱を年内にメルクリオ軍の勝利という形で終わらせることが出来たのは、間違いなくレイの力あってこそのものだ。
レイの力がなければ負けていたというつもりはないが、それでもテオレーム達だけで討伐軍と戦っていた場合、間違いなく年を越しても内乱は続いていただろう。
いや、下手をすれば年を越したどころではなく、数年もの間続いていた可能性もある。
そこまで戦いが長引けば、帝国軍が周辺諸国に対して抑止力として存在しているとしても、何らかの動きを起こすのを防ぐことは出来なかった可能性が高い。
同時にベスティア帝国と長年敵対してきたミレアーナ王国にしても、テオレーム達が曲がりなりにも手を組んでいる中立派、貴族派以外の、三大派閥の一つにして最大派閥でもある国王派が動きを見せるのは確実だっただろう。
エレーナから国王派にベスティア帝国の周辺にある従属国や、征服された国の残党が接触しているという話は、レイを通してテオレームへもきちんと伝わっている。
「つまり、こっちに手を出してきた相手を俺がどう扱おうと、ベスティア帝国としては関知しないと?」
「そうだな。勿論度が過ぎればこちらとしても動かなければならないだろうが」
「……例えば?」
テオレームが紙に何かを書きながら、レイの問い掛けにすぐに答えを返す。
「そうだな、例えば……レイを襲った貴族の一族の者を全て殺したり、とかだな」
「……お前、俺を一体何だと思ってるんだ?」
「深紅だろう? それこそ炎の竜巻や、あの炎帝の紅鎧とかいうので討伐軍を散々蹂躙しまくった」
それが事実であるだけに、レイとしても言い返せず言葉に詰まる。
春の戦争然り、今回の内乱然り。
自分がどれだけ多くの命を奪っているのかを理解しているだけに、反論出来る筈もない。
もっとも、これが普通の日本人の精神のままであれば、命を奪ってしまった……といった風に苦悩していたのかもしれないが、その辺はゼパイルによってこの世界に適応出来るようにされている。
だからこそ、敵対した相手を殺したとしても多少心が痛む程度で済んでいた。
(うん? そういう意味で考えると、カバジードはどうなんだ? あいつも間違いなく日本の出身である以上、命を奪うという行為に忌避感を持っていてもおかしくないんだろうが。それこそ、俺みたいにその辺をどうにかして貰ってるのでもない限りは。……いや、もしかして皇族として成長しているうちにその辺はどうにかなったのか?)
首を傾げつつ考えるレイだったが、その辺の事情をテオレームに聞ける筈もなく話題を逸らす。
「それで、取りあえずこれで内乱は終わったと考えてもいいんだよな?」
「うん? ああ、そうだな。レイのおかげでこれ程に早く内乱が終わったのは事実だ」
「なら、報酬の方も期待していいんだよな?」
「そうだな、期待しててくれ。レイの活躍に見合うだけの報酬は用意させて貰うつもりだ。……恐らくだが、レイにとってはかなり便利だろうマジックアイテムを考えている。ただ、報酬に関しては凱旋パレードが終了してからということになるが、構わないか?」
その言葉に、レイは少し考えてから頷くのだった。