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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
813/3865

0813話

 つい数秒前まで戦っていた魔獣兵の姿が消えたのを見て、討伐軍の兵士達は最初何が起きたのかを理解していなかった。

 魔獣兵が感じ取った、レイという存在の圧倒的な力。それを感じるだけの能力を持っている者が少なかった為だろう。

 だが、ここにいるのはあくまでも一般の兵士であり、第1皇子派、第2皇子派に参加している貴族が自らの領地から徴兵して連れて来た農民も多く混ざっている。

 そんな者達であれば、敵対した相手の力を感じ取るという能力を持っていることの方が珍しいだろう。

 それだけに、魔獣兵が退いたのを見て一気に攻め寄せるべく自らに気合いを入れる。

 勿論この戦場にいるのは、徴兵された者だけではない。

 貴族が擁する軍隊の兵士もいるし、騎士といった存在もいた。

 だがそれでも、やはり戦場で最も数が多いのは徴兵された者達であり、その者達が一気に敵を押し込んで手柄を挙げるという絶好の好機を見逃す筈もなかった。


「待て! 一旦止まれ! 迂闊に仕掛けるな!」


 戦闘が始まった直後であればそんな指揮官の言葉も聞こえていたかもしれない。

 だが、既に戦闘が始まってからかなりの時間が経っており、それ故に兵士達は戦場で自らの命を懸けた戦いに興奮している者も多かった。


「うおおおおおおおっ! 手柄だ、手柄を寄越せぇっ!」

「嫁の為にも、ここで、ここでぇっ!」

「ここで手柄を揚げれば、軍に取り立てて貰えるかもしれん。行け、行け、行けぇっ!」

「俺は強い、俺は強い、お前達は逃げたんだから弱いんだよな。だから、死ねぇっ!」

「ひゃはっ! ひゃはははははあぁっ!」


 それぞれが好きなように叫びながら、一斉に退いた魔獣兵へと向かって追撃を仕掛けようとして……

 轟っ!

 そんな兵士達の前に突然現れ、兵士達と魔獣兵との間を遮るようにして炎の柱が何本も生み出された。

 いきなり目の前に現れた何本もの炎の柱には、興奮していた筈の兵士達も思わず動きを止める。

 また、その炎の柱の間を繋ぐように炎の線が生み出されてもいた。


「そこから先に進む奴は、俺が直接手を下す。……それと、最後にこれだけ言っておく。降伏しろ。今降伏するのなら、お前達は捕虜として扱ってやる。だがこのまま俺と戦う気なら、こちらとしても手加減は出来ないと知れ」


 突然目の前に生み出された炎の柱を割るように姿を現したレイが告げると、兵士達は圧倒されたように数歩後退る。

 体格としては小柄で、顔もとても迫力があるとは言えない女顔であるレイに対し、本来なら怯えるということはなかっただろう。

 だがその身体に纏っている炎帝の紅鎧は、無条件で見る者に畏怖を抱かせる。

 つい数秒前までの戦闘の興奮は一瞬にして消滅し、中には手に持った武器をそのまま離して降伏を選ぶ者すらもいる。


「怖じ気づくな! 奴はああやってこっちを脅そうとしているだけだ! 兵力では我々の方が上なのだから、決して諦めるな! 今ここで耐えていれば、すぐに援軍が送られてくる筈だ!」


 指揮官の一人がそう叫ぶが、今のレイを相手にして数だけを揃えても無駄に終わるだけだというのは本人も理解していた。

 指揮官個人が判断してもいいのであれば、とっとと撤退していただろう。

 だが指揮官ではあっても、それはあくまでも前線に数多くいる指揮官の一人に過ぎない。

 指揮系統の中でも下っ端に過ぎない以上、自らの役目としてそう叫ぶしかなかった。


「そうか、なら……行くぞ!」


 炎帝の紅鎧を身に纏ったまま、デスサイズを大きく振るう。

 その際、微かに深炎が放たれ、レイの振るったデスサイズの軌跡に沿って地面に炎の壁が生み出される。

 それを見た者達が怯えるが、レイはそんな様子に構わず一歩前に進み……


「そこまでにして貰おうか。そう簡単にここを通すわけにはいかぬのでな」


 魔剣を手に持ち、ペルフィールが前に出る。

 リザードマンのケンタウロスのような魔獣兵と戦っていたペルフィールだったが、今はもうその視界に入っているのはレイだけだ。

 そんなペルフィールの姿を見た指揮官が、安堵の息を吐く。

 第1皇子派の中でも腕利きとして有名なペルフィールであれば、レイを相手にして倒すことは出来ずとも、時間稼ぎは出来るのではないかと思った為だ。

 そうであれば、レイを押さえているうちに自分達が数の差を活かして魔獣兵を押し込めば、この戦線では討伐軍が有利になる。

 自らの中で考えられたその戦術は、かなり成功率が高いように思えた。だが……


「本気で俺に向かってくる気か? お前くらいの実力があるのなら、お互いの力量差は既に承知しているだろう?」

「それでも、私の立場としてはここで退く訳にはいかん。ここでお前を自由にさせてしまえば、こちらの被害は甚大なものになる。……ここで私が撤退するから見逃して欲しいと言っても、聞いてはくれないのだろう?」


 ペルフィールの問い掛けに対する答えは、デスサイズを振るうという行動だった。

 現在中央ではヴィヘラ率いるメルクリオ軍の主力が、敵陣を中央突破して敵の総大将でもあるカバジード、シュルスの二人を討つ、または捕縛する為に攻勢に出ている。

 ヴィヘラが指揮している以上、その攻勢が失敗に終わる訳がないというのは、レイにとって既定事項だった。

 だが、そこに目の前にいるペルフィールと名乗る女が、向こう側の援軍として参加すればどうなるのか。

 レイもペルフィールという名前は、テオレームから聞かされて知っている。

 曰く、カバジードの信頼厚い人物で、愚直に己の強さを求める騎士だと。

 以前にフリツィオーネを帝都から脱出させる際、城の入り口でペルフィールと出会ったレイは、当然今目の前にいるのがその時の人物だと知っていた。


「そうだな。ここでお前を逃がせば、間違いなく後でこっちが余計な被害を受ける。そうなると分かっている以上、ここで仕留められるのなら仕留めておくさ。……それに、お前も本気で逃げ出す気はないんだろ? 闘志が思い切り放たれているんだが?」

「逃がしてくれるのなら、当然逃げる。だが、そちらが逃がしてくれない以上は戦うしかないだろう?」


 いつ戦闘が始まってもいいよう、レイの動きをじっくりと眺めながら口にするペルフィールに、レイは一応念の為と口を開く。


「降伏するのなら、こちらとしても捕虜として扱うが?」

「有り得ないな。私はカバジード殿下に仕える身。その恩を仇で返すような真似はしない。それより、そちらもそろそろ武器を構えたらどうだ? ここで戦闘になる以上、いつ私が襲い掛かってもおかしくないのだぞ?」


 ペルフィールの言葉を聞き、レイは小さく溜息を吐く。

 ここで時間を掛ければ、この左翼での戦いが長引く。……つまり、魔獣兵に大きな被害が出ることを意味している。

 レイがいる場所の周辺では、炎帝の紅鎧の発する熱気に異常を感じた魔獣兵達が戦闘を止めて退いているが、左翼の全てで戦闘が中断している訳ではない。

 レイから離れた場所では、未だに戦闘が続いている。

 そちらでは当然のように人数の差で魔獣兵が押されており、少しでもその被害を減らす為には、なるべく早くこの戦いを終わらせなければならない。


「戦うというのなら、そうさせて貰おう。……一瞬でも俺から意識を離すなよ? 今の俺とお前には、それだけの実力差がある」


 傲慢としか思えない言葉であり、事実討伐軍の兵士達はペルフィールを舐めるなと、苛立ちの籠もった視線がレイへと向けられる。

 だがそんな中でも、一定以上の腕を持つ者は決してレイの言葉が口だけのものではないと感じ取り、身体中から冷や汗を流す。

 勿論それはペルフィール本人も同様であり、レイの言葉を黙って聞き入れて手に持った魔剣の切っ先をレイへと向ける。


「戯れ言を……とは言わない。だが、私もカバジード殿下の剣として、そう易々と負ける訳にはいかない!」


 周囲に響くペルフィールの言葉を聞いたレイは、残り少ない魔力を炎帝の紅鎧へと注ぎ込み、深炎で消費した分の深紅の魔力を回復する。


(この女の性格を考えると、殺すのは惜しいな。謹厳実直な性格は、メルクリオがベスティア帝国を治める時に力になるだろう。カバジードに対する忠誠心も高いようだけど、そっちをどうにかするのはテオレームやティユール辺りに任せればいいし)


 レイとしても、潔い性格をしているペルフィールを気に入り、殺すのではなく生け捕りにしようと判断する。

 少しでも早くこの左翼の戦いをメルクリオ軍の有利に持っていく為、殺した方が手っ取り早いのは理解している。

 だがテオレームには色々と世話になっているという意識もあるし、ベスティア帝国がミレアーナ王国との関係を友好的な方へと舵を切るのであれば、戦争で自分が引っ張り出される心配もいらなくなるという打算もあった。


「なら、始めるか」


 呟き、デスサイズを手に地を蹴り……次の瞬間には、ペルフィールの間合いの内に既にレイの姿があり、デスサイズの柄を横薙ぎに振るう。


「なっ!?」


 一瞬、本当に一瞬で間合いの内側に入られたことに、ペルフィールは驚愕の声を上げる。

 一般の兵士とは比べものにならない技量を持つペルフィールにして、レイの移動は微かにしか見えなかったのだから。

 いや、寧ろ移動するレイの影を追えたのは、ペルフィールだからこそだろう。

 周囲にいる討伐軍の兵士は、レイの姿を全く追えていないのだから。

 魔獣兵の方では、ペルフィール程ではないにしろ影を追うことが出来た者も多いのだが。

 振るわれたデスサイズの柄は、そのままペルフィールの胴体へと向かい……周囲に甲高い金属音と小さな悲鳴を響かせる。


「へぇ、今のを防ぐか。それにしても、ノイズといい、お前といい、自分の武器を盾代わりにするのが上手いな」


 驚きと呆れが入り交じったような言葉で呟くレイの視線の先では、魔剣の刀身が真っ二つに折れたままで地面に膝を突いているペルフィールの姿があった。

 刀身で防ぐというところまではノイズと同様の行動だったのだが、その攻撃を防ぐという意味ではノイズには遠く及ばなかったらしい。

 ノイズが食らったのが、光学迷彩を使い透明になって剛力の腕輪を使った不意打ちの一撃だったのに対し、レイが放ったのはかなり手加減されたデスサイズの柄での一撃だったのだが。


「ぐっ、ごほっ……まさか、一撃でこれ程……」


 魔剣を盾にしたのだが、それでも衝撃を完全に殺すということは不可能だったのだろう。咳き込みながらも何とか立とうするが、今の一撃で完全に足に来ているのか、立ち上がることすらも出来ない。

 本来のペルフィールであれば、ここまで一方的に……それこそ、一撃で立てなくなる程にダメージを受けるといったことはなかっただろう。

 だが、ペルフィールは既にこの左翼で魔獣兵を相手にかなり長時間戦い続けていた。

 その結果、相応に体力を消耗しており、レイの攻撃に耐えることが出来なかったのだ。


「くっ、私としたことが……」

「残念だけど、お前の戦いはここで終わりだ。後は捕虜としての生活が待っているから、暫くはゆっくりとしてるんだな」


 強烈に感じる熱気に視線を向けると、そこには再びいつの間にか自分のすぐ近くまで移動してきており、デスサイズを振り上げているレイの姿があった。


「そう簡単に私を捕虜に出来ると思うな!」


 懐から予備の武器として持っていた短剣を取り出し、レイへと向かって突き出そうとした瞬間、デスサイズの柄が再び振るわれ、激しい衝撃と共に真横へと吹き飛ばされる。

 先程の一撃は魔剣を盾にして何とか防いだが、その魔剣も折れてしまっている以上は盾にするものもなく、それこそ今手に持っている短剣では盾にすらならずに弾き飛ばされ、身につけていた金属の鎧もデスサイズの柄がぶつかった胴体部分が砕かれたのが吹き飛ばされながらも分かった。

 吹き飛ばされ、地面を削りながら吹き飛ばされること、五m程。

 レイと本格的な戦いを始めてから……否、本格的とすら言えないような戦いを始め、刃を交えることすらも出来ずに吹き飛ばされたペルフィールは、それでも自らを律する強い意志を武器に立ち上がる。

 最初の一撃で完全に足に来ていたのだが、それでもフラフラと立ち上がり……


「もう、寝てろ」


 その一言が耳に入った瞬間、先程の一撃で砕けた胴体部分に衝撃を感じ……地面へと崩れ落ちる感触と共にペルフィールの意識は闇へと沈む。






「……まぁ、こんなものか」


 地面へ倒れ込んだペルフィールを眺め、レイは呟く。

 炎帝の紅鎧を使用したのだからこの結果になるというのは理解していた。

 それでもノイズとの戦いを考えれば安堵出来るものではないと思ったのだが、どうやら杞憂だったらしいと小さく息を吐く。


「この女を本陣に連れて行け。討伐軍の中でもかなりの地位だから、妙な真似をするなよ」

「はい!」


 レイがこの場に姿を現した時にペルフィールと戦っていたリザードマンとケンタウロスのキメラの如き姿を持っている魔獣兵が頷き、地面に倒れているペルフィールの身体を抱き上げ、この場を去る。

 討伐軍側の兵士はそんなことをさせたくはなかったのだが、レイを前に何か出来る訳でもなく、ただ黙ってこの左翼全体を指揮していたペルフィールが連れ去られるのを見ているしか出来ない。


「さて……この戦いもそろそろ終わりか。一応向こうの方へ援軍に行った方がいいだろうな」


 呟き、レイの視線は中央の戦線へと向けられるのだった。

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