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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
807/3865

0807話

 レイの放つデスサイズの一撃が、空中でノイズの魔剣とぶつかり合う。

 その瞬間、周囲には見て分かる程の衝撃波が襲い掛かった。

 空中でぶつかり合ったデスサイズと魔剣は、お互いが相手を押し切ろうと半ば拮抗状態になる。

 身体能力を極端に強化させる、覇王の鎧。

 その覇王の鎧の能力以上の身体強化能力に、レイの炎の属性を与えた炎帝の紅鎧。

 能力的には、炎帝の紅鎧は覇王の鎧の上位互換でもある。

 なのに、こうしてノイズと互角に戦っている……互角にしか戦えていない理由は、それぞれのスキルをどこまで理解し、使いこなしているのかという点だった。

 覇王の鎧というスキルを自ら生み出し、長年そのスキルを使い続けてきたノイズ。

 それに対して、レイは炎帝の紅鎧どころかその前段階の覇王の鎧ですらも、少し前に行われた闘技大会でノイズと戦った時に身につけたものだ。

 それも、きちんとやり方を教えて貰った訳ではない。戦いの中でノイズが使っているのを見て習得した。

 半ば我流で習得した覇王の鎧だけに、その魔力運用効率は著しく悪く、レイが持っている莫大な魔力を使って発動している状態でも、長時間の運用は不可能。

 ……もっとも、覇王の鎧を見て、その攻撃を食らっただけでそのスキルを習得したのを考えれば、レイ自身の戦闘センスがどれ程のものなのかを現しているのだが。

 ともあれ、覇王の鎧すらも完全に使いこなせていなかった状態で、その上位互換でもある炎帝の紅鎧を使えるようになったのだ。

 炎属性という、レイの属性を有しているが故に魔力消費は減ったが……使い方を半ば本能的に理解しているとしても、本当の意味で完全に使いこなし、自分のスキルにしている訳ではない。

 それが、覇王の鎧を使っているノイズを未だに倒し切れていない理由だった。

 勿論理由としてはそれだけではない。


「グルルルルルルゥッ!」


 空中でデスサイズと魔剣がぶつかり合って静止している状況で、周囲にそんな雄叫びが響き渡る。

 同時に、ノイズはすぐにデスサイズと斬り結んでいた魔剣を手元に戻すと、後方へと跳躍し……次の瞬間にはノイズがいた場所へと何本もの氷の矢が突き刺さる。

 後方へと一旦跳躍したノイズは、着地した瞬間に再び地面を蹴って前方へ進む。

 そのままレイへと斬り掛かる素振りを見せながらも、突然地面を蹴って上空へと跳躍し、空中で翼を羽ばたかせているセトへと向かって魔剣を振るう。

 当然セトも黙って斬られるのを望む訳もなく、そのまま翼を羽ばたかせて回避へと移る。

 いつもであれば前足の一撃で迎撃をするのだが、レイの持つデスサイズと互角に……いや、互角以上に渡り合っているのを見れば、例え力を増す剛力の腕輪というマジックアイテムを装備しているセトであっても、迂闊には攻撃出来ない。

 だが、回避を選択するというのはノイズにしても理解していたのだろう。逃がしてたまるかと魔剣を振るい……


「させると思うか!」


 レイが放った深炎がセトとノイズを分断する軌跡を描いて飛ぶ。

 それを見て咄嗟に手を引くノイズ。

 もしもセトへの攻撃を諦めていなければ、深炎が自分に命中していたのは明らかだった。

 覇王の鎧の上位互換でもある炎帝の紅鎧。その能力の一つは、可視化出来る程に圧縮されたその魔力を飛ばすことが出来るというものだ。

 それも、レイの魔力……即ち極めて高純度の魔力であり、炎に対する高い適性――正確には炎に対する適性しかないのだが――が込められた魔力を。

 その炎の魔力がただの可視化出来る程度である訳がなく、触れれば……あるいはレイの意思で起爆し、周囲に爆炎を生み出す。

 それも、炎の種類や状態までもがレイの思うままなのだから、直接炎と化すまではどう対処すればいいのかの判別は出来ない。

 例え水や氷の魔法を使ったとしても、そこに込められている魔力の量を考えれば文字通りの意味で焼け石に水だろう。

 だからこそ、ノイズとしてもその攻撃は回避という選択しかない。

 覇王の鎧を使っている時のレイであれば、厄介ではあったがどうとでも対処出来た。

 だが、今のレイの能力は非常に高い。

 個人としての能力であれば、まだ負ける気はしないノイズだったが、そこにセトも加わって攻撃をしてくるのだから、押され気味になるのも当然だろう。


「飛斬っ!」


 上空から落下してきたノイズへと向かい、レイはデスサイズから飛ぶ斬撃の、飛斬を放つ。

 強力無比な能力を持つ炎帝の紅鎧だが、その強力さ故に当然弱点も存在する。

 可視化出来る程に圧縮された魔力を飛ばすのだから、使えば使うだけレイが纏っている炎帝の紅鎧の量は減っていく。 

 つまり、身に纏っている炎帝の紅鎧が減ってくれば、再び魔力を可視化出来る程高密度に圧縮しなければならないのだ。

 当然その度に魔力は消費される。

 レイが使っていた覇王の鎧程に魔力の消費が激しい訳ではないが、それでも通常の魔法使いであれば有り得ない程の量の魔力を必要としているのだから、元々長時間向けのスキルではなかった。

 それを補う為に、今使ったように普通のスキルも多用することになる。


「甘い! 今更この程度の攻撃が効くとでも思っているのか!」


 自らに向かってくる飛斬を、魔剣で一閃するノイズ。

 横薙ぎに振るわれたその一撃は、あっさりと飛斬を消滅させる。

 だがレイはそんなノイズの言葉を聞き流しながら、マジックシールドを使用、前へと進み出る。


「ペネトレイト、腐食、ペインバースト、パワースラッシュ!」


 幾つものスキルを連続して使いながら、デスサイズを振るっていくレイ。

 石突きの部分でペネトレイトを使いながら放たれた突きは、魔剣によって弾かれる。

 その動きを利用して放たれた腐食の一撃はまともに魔剣とぶつかり合ったが、恐らくノイズの持つ魔剣の効果なのだろう。全く効果を発揮している様子がない。

 ペインバーストの一撃も魔剣で弾かれ、最後に放ったパワースラッシュでノイズの身体を吹き飛ばす。

 三m程吹き飛ばされたノイズだったが、それでも危なげなく地面へと着地した、その瞬間。


「地形操作!」


 レイがデスサイズの石突きの部分を地面に突き刺し、スキルを発動する。

 そのタイミングは、正に絶妙と言ってもいい。

 ノイズが地面に着地するため、その足が地面に着いた瞬間に発動したのだから。

 レイの地形操作のレベルは一であり、所詮は自分を中心に半径十mの範囲を十cm、上げたり下げたり出来る程度だ。

 だが、着地の瞬間……今地面に足が着くと判断した、その時にスキルが発動したことで、ノイズはその十cmの落差にバランスを崩す。

 勿論それで転ぶといったように、派手にバランスを崩した訳でもない。

 しかしこの戦いで初めて使われるスキルであり、その為一瞬自分に何が起きたのかまるで理解出来ていなかった。

 それでもノイズはすぐに崩れていたバランスを取り戻し……気が付けば、目の前にはデスサイズを今にも振るおうとしているレイの姿があった。


「パワースラッシュ!」


 一撃の威力を増すスキルを使用し、デスサイズを横薙ぎに振るうレイ。

 自分の防御を捨て、炎帝の紅鎧による身体強化の力をも利用して放たれたその一撃。

 ノイズの手の中に握られていた魔剣は、そんな絶好の機会を見逃さず……防御をしたとしても大きなダメージを受けると判断し、神速とも言える突きを放つ。

 防御を全く考えていなかったレイだけに、その突きがカウンター気味に当たるとノイズは考えたのだが……まるでそのタイミングを計ったかのように、マジックシールドが突然目の前に姿を現す。

 ノイズにとって、先程レイが攻撃を仕掛ける前に使ったマジックシールドは、今の一連の行動の中で姿が見えなかった為に既に消滅していると思っていた。

 しかし、マジックシールドは基本的には自動的に動くが、レイがその気になれば自分の思い通りに動かすことも出来る。 

 そのマニュアル操作を使い、ノイズへと攻撃をする時に自分の真後ろへと……ノイズからでは見えない場所へと移動させていたのだ。

 ノイズの放った突きは、レイに届く前にマジックシールドへと命中してその動きを止める。

 そして、魔剣の動きが止まった一瞬をレイが見逃すようなことはなかった。

 既に振るわれていたデスサイズは、パワースラッシュのスキルの効果を発揮してノイズへと命中し……

 ゴキュッという、手応えと共にノイズの身体が吹き飛んでいく。

 真っ直ぐ水平に七m程も吹き飛び、それでも空中で体勢を立て直して足で地面に着地し、そのまま更に数m程吹き飛ばされる。

 地面にくっきりと残された、足が地面を削った跡。それが今の一撃がどれ程の威力なのかを表していた。


「ぐっ、や、やるな……」


 金属製の鎧の左脇腹の部位は、今の一撃で砕けている。

 斬れ味ではなく、純粋に一撃の威力を増すスキルのパワースラッシュを利用したからこそのダメージ。

 ノイズは自分の左脇腹の骨の数本が折れているのを痛みで理解する。


「覇王の鎧の防御を突き破って、その上で俺にこれだけのダメージを与えるとは。……羨ましい程の才能の持ち主だよ」

「……その割りには、まだ随分と余裕そうだな?」


 デスサイズを手に尋ねるレイは、若干の悔しさがその口調に滲んでいた。

 当然だろう。自分が使っているのは炎帝の紅鎧。覇王の鎧よりも強力なスキルだが、それでもまだノイズには幾らかの余裕があるというのが分かってしまうのだから。

 先程の一撃で吸魔の腕輪の効果によりかなりの魔力を吸収できたが、それでも到底致命傷と呼べるだけのダメージではなかったのは、今の余裕を持ったノイズの姿を見れば明らかだった。

 だが……と。

 思わず笑みを浮かべたレイは言葉を続ける。


「ノイズ、お前が戦っているのは俺一人じゃなかった筈だが?」

「っ!?」

「グルルルルルゥッ!」

「ぐおおっ!」


 レイの口から出た言葉に、瞬時に周囲を警戒しようとしたノイズだったが、次の瞬間には再び真横へと吹き飛ばされる。

 それも、先程レイが行った攻撃と同じくらいの距離を。

 セトによる、光学迷彩のスキルにより姿を消しての不意の一撃。

 グリフォンの強力な膂力に、剛力の腕輪による効果も合わさったその一撃は、強力無比と言ってもよかった。

 事実、覇王の鎧の防御を破ったのだから。

 寧ろ、今の一撃を食らいながらも怪我をしていないノイズが異常なのだろう。

 ……例え、今の一撃で魔剣を盾代わりにし、その結果魔剣が刀身の半ばで折れてしまっていたとしても。

 ノイズの持っている魔剣だけに、相当に強力なものであるのは明らかだったが、こうして折れてしまえば既に使いようはない。


「……透明、だと?」


 幾らレイの連続攻撃に意識を奪われていたとしても、ノイズとしても決して周囲の警戒を疎かにしていた訳ではない。

 今はここでノイズとレイの決闘が行われているが、そもそもここは戦場なのだ。

 少し離れた場所では、メルクリオ軍と討伐軍が正面からぶつかり合って戦っている。

 そんな状況なだけに、十分周囲に注意は払っていたのだが、グリフォン程のモンスターが透明になるというのはノイズにしても完全に予想外の能力だった。

 セトにしても、自らの身体を透明とする光学迷彩は奥の手の一つでありながら、透明になっていられるのは二十秒程度と非常に短く、扱いにくいスキルでもある。

 更に一度使えば再使用までは三十分が必要になる為、迂闊に使う訳にもいかない。

 だからこそ、いざという時……それこそノイズがレイの攻撃に注意を引かれるという、今この時まで使わずにいたのだ。

 ……もっとも、その奥の手にすらノイズは咄嗟に反応し、魔剣を盾にして攻撃を防いだのだが。


「今の一撃が防がれたのはこっちとしても予想外だったな。……けど、武器がなくなった状態でどうする? まだやるのか?」


 やるなら相手になると言いたげなレイだったが、その内心ではこれ以上の戦いに耐えられるかどうかと言われれば、首を傾げざるを得ない状態だった。

 覇王の鎧よりも燃費はいいとは言っても、炎帝の紅鎧の魔力消費は普通の魔法使いでは耐えられない程に激しい。

 吸魔の腕輪を使ってノイズから魔力を吸収することが出来ていれば良かったのだろうが、ノイズに対する大きなダメージは先程の連続した攻撃で与えたパワースラッシュの一撃のみ。

 その時に得た魔力は確かにかなりの量ではあったが、それでも炎帝の紅鎧を万全に使ってノイズと戦い続けられる程かと言えば、否と答えるしかない。

 だからこそ……レイは、ノイズが手に持っていた魔剣の残骸を地面へと落とし、小さく首を振ったのを見た時に微かに安堵するものを感じた。


(……俺が安堵した? つまり、このまま戦っていれば勝てなかった。そう思ってしまったのか? 炎帝の紅鎧という新しいスキルを得たにも関わらず?)


 目の前にいるノイズを見ながら、自分の中に存在する思いを自覚して悔しさが心の中に湧き上がってきたのを感じ取る。

 そんなレイの様子を見たノイズは、嬉しげな笑みを浮かべて首を横に振る。 

 そこに浮かんでいる嬉しげな笑みは、戦いが始まる前に浮かんでいた獰猛な戦士の笑みではない。

 心の底から浮かべた、純粋と言ってもいいような笑み。


「いや、俺の魔剣もこの有様だしな。正直もう少し戦ってみたい気もするが、覇王の鎧の先を見ることが出来たし、今日はもう十分だ。……俺の魔剣を叩き折ったんだ。今日はレイの勝ちということにしておくさ」


 そう告げ、地面に放り出された魔剣を一瞥し、一瞬だけ長年戦いを共に行ってきた相棒に別れを告げると、そのまま何も言わずに去って行く。

 周囲を囲んでいる討伐軍の兵士も、今の戦いを見ていた以上はノイズに手出し出来る筈もなく、そのまま道を開けるしか出来ない。


(勝ちを譲られた、か)


 レイは内心の悔しさを噛み締めながらも、ただノイズの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。

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[気になる点] ぬう…これでSランクに並んだとして、倒すべきは後Sランク2人…?
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