0802話
セトのスキル、毒の爪。
それは、現在セトが持つスキルの中で最もレベルが高いスキルであり、セトのグリフォンとしての膂力や剛力の腕輪の効果もあって、驚異的な威力を誇る一撃。
覇王の鎧を身に纏っているノイズであっても、もし当たれば大きなダメージを……そして、毒による継続的なダメージを受けるだろう一撃。
だが幾ら強力な攻撃であったとしても、当たらなければそれは無意味だ。
そして覇王の鎧を身に纏い、超高速とでも呼ぶべき速度で移動が可能になっているノイズにしてみれば、回避するのはそう難しい話ではない。
……その足を風の触手によって封じられていなければ。
レイの……より正確にはデスサイズのスキルでもある、風の手。
それは風で出来た触手を伸ばすというものだ。
物質に干渉出来るのは触手の先端部分だけであり、同時にその強さも相手の手足を握りつぶすことが出来る程の威力がある訳でもない。
だが風で構成されているだけにその姿を視認するのは難しく、他の場所に意識が向いている状態でそれに気が付けという方が無理だった。
「なっ!」
上空から毒の爪を使った前足を振り下ろして襲い掛かろうとしていたセト。
そのセトの攻撃を当たる直前で回避し、カウンターを食らわせようとしていたノイズ。
だが攻撃を直前で回避しようとしていたのが、この場合は大きな隙となる。
毒の爪を回避するべく動き出そうとした瞬間、一瞬……ほんの一瞬だけ風の手に足を掴まれ、その動きが遅れた。
勿論風の手の力は覇王の鎧を発動しているノイズの動きを止められる程に強い訳ではない。
事実、次の瞬間にはノイズの足へと触れていた風の手は霧散してしまったのだから。
それでも、一瞬であっても動きを止めたのは事実であり……
「グルルルルルゥッ!」
セトの放つ毒の爪の一撃がノイズへと襲い掛かる。
「ぬうっ!」
ノイズも、既にセトの攻撃は回避出来ず、カウンターを繰り出すのも無理だと判断したのだろう。
あっさりと攻撃を諦め、毒の爪を何とか回避する動きに専念する。
振るわれたセトの一撃は、覇王の鎧と一瞬拮抗するもののすぐに可視化する程に濃縮された魔力を破壊する。
風の手のように、触手状であれば覇王の鎧が展開されていない場所を見極めて直接ノイズに攻撃することも出来ただろうが、グリフォンの前足による一撃ともなれば、ノイズとしても見逃す筈がない。
上空から自らの体重と落下速度により威力を増した一撃は、覇王の鎧を突き破ってノイズへと迫る。
自分の前へと魔剣を構え、セトの前足の一撃をその刃で受ける。
覇王の鎧の効果で増している身体能力だからこそ力負けはせず、そのまま刃に沿ってセトの攻撃を受け流す。
轟っ、という音と共に、セトの一撃により地面が陥没する。
周囲でその様子を見ていた兵士達は、やった! と喜びの声を上げ掛けるが……
「グルルルルルルルゥッ!」
その雄叫びと共に、先の一撃により土埃が舞う中から炎が吐き出される。
セトの持つスキルの、ファイアブレス。
既に何度か使われているのを見てはいたが、土埃の向こう側から放たれるというのはノイズにしても驚いたのだろう。
それでもその場を大きく跳躍し、ファイアブレスを回避することに成功する。
ただし、回避するのに成功したのはあくまでもノイズのみだ。
ノイズの背後にいた討伐軍の兵士はまともにその炎を浴びる羽目になる。
「うわあああああああああああっ!」
「熱い、熱い、熱いぃっ!」
「くそっ、水を待ってる時間はない! 土だ、土を掛けて火を消すんだ!」
そんな叫び声が周囲に響く。
一瞬だけ背後へと視線を向けたノイズだったが、特に火を消すような動きを見せるでもなく、レイとファイアブレスを吐き終わった後にレイの隣へと移動していたセトへ視線を向ける。
「幾ら希少種だとしても、ちょっと芸達者過ぎるんじゃないか?」
セトの一撃を受けた魔剣の刀身へと視線を向け、傷がないのを確認しながらノイズが呟く。
「それに関しては理解してるよ。だからこそ面倒な事態に巻き込まれるのが嫌で、こうして今まで隠してきたんだし」
言葉を発しながら、デスサイズを構える。
レイの動きに合わせるように、セトも喉を鳴らしながら一歩、二歩とレイの邪魔にならないように距離を取る。
「なるほど。よくもまぁ、ここまで隠してきたものだと褒めておくか。だが……確かに多彩な攻撃方法を持っているかもしれないが、それで俺をどうにか出来ると思っているのなら、それは少し……いや、大分甘いとしか言いようがない」
「……だろうな」
ノイズの言葉は分かっている。
確かにセトにしろ、デスサイズにしろ、攻撃の種類は色々とある。
だが、その多彩さとは逆に、相手に対して致命的な一撃を与えられるようなスキルとなれば、話は別だった。
今までであれば、レイの放つデスサイズの一撃、セトの放つ前足の一撃がそれぞれ必殺と呼んでもいいだけの威力を持っていたのだが……
(そうなると、やっぱり鍵は覇王の鎧か)
レイと同様に……もしくはそれ以上に普通の攻撃の一撃を必殺の一撃へと変えている、ノイズの覇王の鎧。
それに対抗するには、同じ覇王の鎧を用いるのが最善なのは明らかだった。
(けど、ノイズと同じ覇王の鎧をそのまま使っていて、どうにか出来る筈がないのも事実!)
キキキキィン、という甲高い金属音が周囲に幾つも響く。
レイとノイズの武器でもある、デスサイズと魔剣が連続してぶつかり合う音。
お互いの武器が一度ぶつかるごとに金属音が発せられているのだが、その間隔が非常に短く……それこそ一秒間に十数回という回数お互いの武器がぶつかり合っている為か、殆ど連続した音として周囲に響き渡る。
そんな人外とも呼べる領域での戦いを続けながらも、レイの中にある焦燥は消えない。
それも当然だろう。
レイとセトの一人と一匹が全力で戦っているにも関わらず、未だにノイズの顔には余裕があるのだから。
また、レイは自身が持っている莫大な魔力で強引に覇王の鎧を発動させている為、魔力の消費も本来の覇王の鎧の使い手であるノイズと比べると圧倒的に多い。
吸魔の腕輪を装備している以上、ノイズに傷を付ければ魔力を奪えるのだが、そもそも魔力を奪う為に傷を付けることすら難しかった。
(どうする、どうすればこの化け物を倒すことが出来る?)
鳩尾を狙って突き出された突きを、石突きで上に撥ね上げ、その動きを利用して刃の部分でノイズの左腕を切断せんとするが、あっさりと半身になってその攻撃を回避する。
今までは散々敵対した相手から化け物扱いされてきたレイだったが、今この瞬間だけはレイがノイズの方を化け物扱いにしていた。
その半身になったノイズに対し、真横からセトがバブルブレスを吐く。
数cm程度の無数の泡が放たれるも、ノイズはそれを見た瞬間に危険性を察知したのだろう。軽く地面を蹴って跳躍し、バブルブレスを回避しながらセトの上空を飛び越え、ついでとばかりにセトへと向けて蹴りを放つ。
尻尾による攻撃を行おうとしていたセトだったが、覇王の鎧を使った状態での蹴りを受けるような真似は出来ず、地面にしゃがんで回避する。
その間にノイズはセトの背後へと着地し、振り向きざまにセトへと向かって横薙ぎの一撃を放ち……
「させるか!」
地面を蹴ってセトの後ろへと回り込んだレイが、デスサイズで魔剣の一撃を受ける。
セトも自分の後ろで戦いが再開したのに気が付いたのだろう。先程放たれたバブルブレスにより、地面の上で粘着性のある泡が破裂しているのを見ながら、背後へと振り向く。
そんなセトの視線が捉えたのは、激しく戦いを繰り広げているレイとノイズ。
地面を蹴って跳躍し、翼を羽ばたかせて上空へと上がっていく。
そのまま眼下で戦っている二人の頭上から、ノイズへと向かって様々な攻撃を叩き込む。
水球、ウィンドアロー、アイスアロー、衝撃の魔眼。
一つ一つの威力はそれ程大きくない攻撃だが、これだけの種類を連続して叩き込まれれば、ノイズとしてもある程度以上そちらに集中せざるを得ない。
特にウィンドアローは透明で速度も速く厄介であり、それ以上に厄介なのが、威力は殆どないもののノータイムで衝撃を伝えてくる衝撃の魔眼だった。
レイに対して魔剣を振るい、これは間違いなく入る! そう思った瞬間、手足にピンポイントで衝撃の魔眼を使われ、ダメージはないものの、バランスを崩され、結果的に攻撃の軌道が微妙に外される。
また、水球やアイスアローにしても迎撃するのは難しくはないが、ウィンドアローと混ぜて使われれば一瞬だけだが迎撃のタイミングをきちんと計らないといけない。
水球は遅く、ウィンドアローは速く、アイスアローはその中間といった速度なのだから。
幾らノイズが強力でも、覇王の鎧にそれらが着弾すれば多少の衝撃がある。
圧倒的に格下の相手と戦っているのであれば、それでも問題にはならないだろう。
だが、レイは確かにノイズに比べると格下かもしれないが、それでもノイズに迫るだけの実力を持っているのは事実。
何より自分と同じ覇王の鎧を使っている以上、少しの油断が大きな痛手となる可能性は否定しきれない。
「はああぁぁぁああぁっ!」
レイが雄叫びと共にデスサイズを幾度も振るう。
覇王の鎧によって強化された身体能力を、存分に活かした連続攻撃。
横薙ぎの一閃から、握っていたデスサイズの柄を握力で強引に変え、真上に振り上げてノイズの右肩を切断せんと狙う。
その一撃をノイズは右手だけで持った魔剣で弾き、空いている左手をレイの胴体に向かって伸ばす。
拳ではない。逃がさないようにと、鷲掴みにするかのような動き。
「なっ!?」
手を伸ばすという動きより、自分の一撃が片手で弾かれたことに驚き、その隙を突かれてノイズの手はドラゴンローブを鷲掴みにする。
そのまま身動きが出来ない状態で魔剣を振り上げ……
「ちぃっ!」
幾らドラゴンローブを構成している革の間にはドラゴンの鱗が仕込まれていても、覇王の鎧で身体能力が強化されているノイズの、しかも魔剣の攻撃を食らって無事で済むとは思わなかった。
だからこそ、レイは今自分のドラゴンローブを掴んでいるノイズの手を離そうとするものの、それを許すノイズではない。
絶対に離さんと言わんばかりにドラゴンローブを握り締め、振るわれる魔剣が振り下ろされ……
「グルルルルゥッ!」
セトの鳴き声と共に、衝撃の魔眼が使用された。
ノイズが魔剣を握っている手へと衝撃の魔眼が命中し、一瞬だけだが動きが止まる。
その一瞬の隙を見逃さず、レイの振るうデスサイズが魔剣……ではなく、ノイズの胴体へと向かう。
「させんっ!」
このままでは、デスサイズの刃の先端で胴体を斬られると判断したのだろう。
ノイズは握っていたドラゴンローブから手を離し、レイの胴体を殴りつけた。
ゴグッという、とてもではないが生身の肉体を殴ったとは思えない音と共に、レイが吹き飛ばされる。
もしもレイが高い防御力を誇るドラゴンローブを着ていなければ……そして何より覇王の鎧を身に纏っていなければ、恐らく致命傷に近いダメージを受けていたことだろう。
だがそれらの装備を身につけており、同時に殴られた時に自分から後方へと跳んで、多少なりとも衝撃を逸らしたのが功を奏する。
肋に鈍い痛みを感じながらも空中で身を捻って着地し、それでも尚衝撃を完全に殺せずに地面を削りながら勢いを殺す。
ふと気が付けばレイの姿は先程いた場所から大きく吹き飛ばされており、コロシアムの壁と化している討伐軍の兵士のすぐ側まで移動していた。
そうして、気が付けば後ろには長剣を振り上げている兵士の姿。
今の一撃でレイが大きく怪我をしたと判断したのだろう。
手柄を求めての抜け駆けか、それともレイに殺された者の恨みか……ともあれ、その兵士は背後からレイの頭部へと向かって長剣を振り上げ……
「馬鹿が」
その一声と共に、後ろを見ることすらなく振るわれたデスサイズの一撃で、胴体を切断された兵士がその場に崩れ落ちる。
同時に、吸魔の腕輪を通して流れてくる魔力。
ただし、その魔力は微々たるものだ。
それこそ、レイが使っている覇王の鎧を数秒も維持出来ない程度の魔力。
その魔力を感じながらもレイは悩む、悩む、悩む。
(今のままだと、どうあってもノイズには勝てない。そうなるともっとノイズの意表を突くかのような、予想外の攻撃方法が必要になる)
そんな風に悩むレイを、ノイズは特に何をするでもなく黙って見つめていた。
まるで、レイの秘められた力が発揮されるのを待っているかのように。
セトもまた、ノイズとの距離を詰め、いつでも行動に移れるように身体に力を溜めていた。
(どうする? どうすればいい? 同じ覇王の鎧だと、ノイズを相手に拮抗は出来るけど結局は負ける。……同じ?)
ふと、焦燥と共に内心で呟いたその言葉で、ふと気が付く。
(そう。今の覇王の鎧というのは、あくまでもノイズが編み出したものを俺が使っているに過ぎない。それでノイズに勝つことが出来ないのは当然。言わば、借り物の武器に過ぎないのだから。つまり、俺がやるべきことは、覇王の鎧をそのまま真似ることではなく……)
すとん、と。
まるで痒い場所に手が届いたかのように……あるいは、パズルの最後の一ピースが嵌まったかのような、そんな感覚を覚える。
「つまり、借り物ではなく俺自身の力で!」
そこまで分かってしまえば、後のことはそう難しくはない。
何故今までそれが分からなかったのかと言うように、覇王の鎧に対して自分の魔力を流し込んでいく。
ただし、純粋な魔力を流していくのではなく、自らの属性でもある炎へと変えながら流すようなイメージ。
そうして……次の瞬間には、レイを覆っていた覇王の鎧は白い光から赤い……それこそレイの異名でもある深紅へと姿を変えていた。