0796話
デスサイズを手に、前へと進み出たレイ。
それを迎え撃つのは、魔剣を手にしたノイズ。
深紅と不動。共に異名持ちの二人がぶつかったのは、ベスティア帝国で起きている内乱最後の戦いと見られている戦場。
その、討伐軍側の後陣の真ん中でレイとノイズはぶつかった。
お互いに魔力を可視化出来る程高密度に圧縮させて身に纏う、覇王の鎧というスキルを使用した者同士のぶつかり合いは、ノイズの言葉によって兵士達が退避し、百m程の空間的な余裕がある場所で行われた。
振るわれるのは、死神の鎌の名を冠したレイの……深紅の象徴でもある武器。
覇王の鎧を身に纏い、更にはレイの持つ魔力もデスサイズに流されて振るわれたその一撃は、普通の金属鎧どころかミスリルやオリハルコンといった魔法金属で出来た鎧ですらも容易く斬り裂けるだけの威力と鋭さを持っている。
だが……
周囲に響いたのはギィンッという甲高い金属音。
その光景を見ていた兵士達は、今目の前に広がっている光景に思わず息を呑んで目を奪われる。……いや、魂すらも奪われる。
何が起きているのかというのは、兵士達の目でも殆ど捉えることが出来ない。
それ程の速度でデスサイズと魔剣は振るわれているのだ。
傍から見れば、一種の踊りにすら見えるような、そんなノイズとレイのやり取り。
だが踊りは踊りであっても、その踊りは一歩間違えれば相手を死へと導き、そして自分が死へと導かれる踊り。
そんな、一般の兵隊には目にも留まらぬ戦いを繰り広げながらも、未だに二人の顔には必死な形相は存在しない。
この二人にとって、このやり取りは準備運動でしかない。相手の調子がどのようなものなのか、そして自分の調子はどうなのかを見極める意味もあった。
そしてノイズにとっては、レイが闘技大会の決勝からどれ程成長したのかを確認する行為でもあり、レイにとっては自分とノイズの技量差がどれ程縮まっているかを確認するという意味もある。
周囲から見れば……いや、それこそ腕の立つ騎士ですらも信じられないようなやり取り。
お互いに無言。それでいながら大鎌と魔剣をぶつけ合うことでお互いの意思を確認する。
その結果……
(技量じゃまだ敵わない、か)
上下左右、あらゆる場所で斬り結びながらも、レイは内心で冷静に確認する。
今の自分では、まだ純粋な技量でノイズに追いついていない、と。
一撃を合わせるその手応えではっきりと分かる。
自分の放つ攻撃の全てにノイズは対応出来ていると。
まだお互いに全力を出している訳ではない。
それぞれがまだ幾つも奥の手を持っているのは明らかだったが、それでも尚お互いの技量には大きな差があるのを、殆ど本能的にレイは理解していた。
(もっとも、それは最初から分かっていたことだ。それでもメルクリオ軍が勝つ為には、どうしてもこいつを押さえておく必要が……)
自分の首目掛けて横薙ぎに振るわれる魔剣の一撃をしゃがんで回避し、デスサイズの石突きをノイズの鳩尾目掛けて突き出す。
それを魔剣の一撃で弾き、お互いに距離を取る。
そこでようやくレイは周囲の様子を見て、自分達の周囲で一騎討ちを眺めている者以外の討伐軍の後陣がそれぞれ攻撃の準備をしていることに気が付く。
(ノイズばかりに関わっている訳にもいかない。今はとにかく、討伐軍側にもダメージを与える必要がある。つまり……)
咄嗟に自分のやるべきことを判断したレイは、デスサイズを手に魔力を集中させる。
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
短い、それこそあっという間に唱え終わったその呪文は、デスサイズの石突きの部分に火球を生み出す。
『火球』
その言葉と共に振るわれたデスサイズの石突きは、そこに存在していた火球をノイズへと向かって飛ばす。
一瞬レイが何をしたくてそんな火球を放ったのか分からなかったノイズだったが、自分の背後に誰がいるのかを理解すると、小さく笑みを浮かべたまま魔剣を振るう。
魔剣の一撃で破壊された火球は、空中で霧散する。
それを見て、自分の狙いがあっさりと悟られたことに歯噛みしながらも、今はとにかくノイズへと攻撃しながらも周辺にも被害を広める必要があると判断したレイは、デスサイズを握っていた右手をドラゴンローブの中に入れ、腰に付けられているネブラの瞳を起動する。
そうして現れた数個の鏃を手にし、そのまま投擲。
当然その鏃の放たれた速度はただの兵士達にどうにか出来る筈もなく……
「うわっ!」
「ぎゃっ!」
「ふぇごっ!?」
「痛っ! ……え? 俺の手が……」
そんな鏃が命中した者達の悲鳴が周辺へと響き渡る。
たかが鏃ではあっても、それを飛ばしたのが覇王の鎧を身に纏ったレイだ。
額に当たればそのまま頭部を粉砕し、手を砕き、足を砕き、鎧を砕き、骨を砕き、そして命をも砕く。
勿論ノイズへと向かって飛んでいった鏃は魔剣で弾いてはいるのだが、それでも攻撃の全てを弾ける程に攻撃範囲が広い訳ではない。
元々ノイズが得意としているのは個人を相手にしての戦いだった。
勿論、覇王の鎧を身に纏って敵に突っ込んで行くというような真似も出来るのだが、それでもやはりノイズの真骨頂は対個人なのだ。
そんなノイズであるが故に、広範囲に向かって放たれたレイの鏃を全てどうにかすることは出来ない。
「俺を相手に、他の場所に気を回している余裕があると思うなよ?」
そんな兵士達を一瞥すると短く呟き、再び魔剣を手に構え……ふと、何かに気が付いたかのように横へと跳ぶ。
次の瞬間、真上から降ってきたセトの前足による一撃が地面を抉る。
「グルルルルゥッ!」
鋭く鳴き、着地した動きからそのまま身体のバネを活かすかのようにセトは跳ぶ。
再び振るわれる前足の一撃。
普通の人間なら当たれば間違いなく致命傷になるだろう一撃だったが、ノイズはその一撃を魔剣で受け止める。
ギャリィッ、という金属音が周囲に響く。
その成り行きに、ノイズの表情は一瞬だが確実に驚きの表情を浮かべた。
それも当然だろう。ノイズが持っている魔剣なのだから、その威力はその辺の魔剣とは比べものにならない。
普通今の様な行為をすれば、そのモンスターの前足が斬り飛ばされていてもおかしくはないのだ。
だが、セトの一撃はその魔剣と拮抗した。
つまり、セトの一撃はそれだけの威力を有しているということになる。
そして、再びその場を素早く飛び退る。
次に振るわれたのは、レイの振るうデスサイズ。
直前までノイズのいた大地は、鋭利な斬れ味による斬撃で綺麗に斬り裂かれていた。
「なるほど、グリフォンとの連携がお前達の本領か。しかもそのグリフォン、やはり普通のグリフォンとは大分違うらしいな」
「さて、どうだろうな。もし本当に知りたいのなら、直接攻撃を食らってみたらどうだ? そうすれば、恐らく分かるぞ?」
挑発的に呟くレイの言葉に、ノイズは笑みを漏らす。
「それはそれでいいかもしれないが……その前に俺にはやるべきことがある。さて、覇王の鎧……どこまで使いこなしているのかを見させて貰おう。少し力を入れていくから、ついて来られなければ……死ぬぞ」
その言葉と共に、一瞬にしてレイの前からノイズの姿が消える。
反射的にデスサイズを振るうレイ。
瞬間、金属音が周囲に響き渡る。
「お、おい……今、ノイズの姿が消えなかった?」
「ああ。で、気が付いたら深紅の近くに存在してた……どうなってるんだ?」
「知るか! それより、もっと場所を空けろ! このままだとまた戦闘に巻き込まれて被害が出るぞ!」
「いっそ、ここから皆が離れた方がいいんじゃないのか?」
「駄目だ! 俺達がいるからこそ、戦場はこの開いた空間の中だけで済んでるんだ。ここで下手に深紅を自由に動かせるようにしてみろ。あの二人の一騎討ちは、それこそ瞬く間にこの戦場全体にまで広がるぞ! そうなれば、ここが討伐軍の後陣である以上、受ける被害は圧倒的にこっちが上だ!」
指揮官の男が鋭く叫ぶ。
その言葉は、つまり自分達が肉の壁と化してレイとノイズの戦いから後陣の者達を守れと言っているのも同様だったが、それでもここが軍隊である以上は上官の命令に逆らう訳にはいかない。
負け戦寸前で混乱しているのであれば話は別だったかもしれないが、今はまだ戦闘が始まったばかりだ。
後陣にいる兵士達には戦場の様子を知ることは出来ないが、それでも自軍が敗戦寸前のような状況にあるとは到底思えなかった。
つまり、運悪くこの場にいる兵士達は、肉の壁にならざるを得ない。
兵士達が自らの不運を呪っている間にも、レイとノイズの戦いは更に激しさを増していた。
「グルルルルルゥッ!」
セトが雄叫びを上げて前足の一撃を放つが、ノイズはそれをいとも簡単に回避する。
その動きのまま魔剣をセトの胴体へと叩き込もうとしたところで、不意に魔剣を真横へと突き出す。
次の瞬間には横薙ぎに振るわれたレイの一撃が魔剣とぶつかり合って、甲高い金属音を鳴らしていた。
更に次の瞬間には、その場にいた筈のレイとノイズは数十m程離れた場所でお互いの武器をぶつけ合っており、また次の瞬間には今武器をぶつけ合っていた場所とは正反対の場所で武器をぶつけ合う。
一瞬として同じ場所にいないままに戦い続けるその様子は、見ている方にしてみれば何がどうなっているのか全く理解不能だった。
それも当然だろう。
一撃をぶつけ合うごとにいつの間にか違う場所に移動しており、そこでデスサイズと魔剣がぶつかり合って、また次の瞬間には別の場所にいる。
百m四方の空間のいたる場所でそんな風に戦い続けているのだから、兵士達はとてもではないが目で追えるものではない。
そんな戦いが続く中、再び戦闘可能空間の中央でデスサイズと魔剣がぶつかり合って、レイとノイズは動きを止める。
そのまま至近距離で相手へと視線を向け、やがてノイズが口を開く。
「以前と比べると、確かに腕が上がっている。それは認めるが……正直、もう少し強くなっていると思ったんだがな」
「へぇ、そうか? その割りには圧倒出来ている訳じゃないようだけど……なっ! ペネトレイト!」
刃同士で鍔競り合いをしていた状態から、そこを支点にしてデスサイズの石突きをノイズの方へと向けるや、ペネトレイトのスキルを発動する。
デスサイズの石突きに風を纏わせて突きの威力を増すというスキルだったが、それを放った時には既にレイの前からノイズの姿は消えていた。
「マジックシールド!」
次に使われたスキルのマジックシールドにより、光の盾が産み出され……自分に向かってくる音を聞き取り、その場を跳躍する。
瞬間、一瞬前までレイのいた場所へと突き刺さる石。
「ランクS冒険者にしては、随分とやることがせこいんじゃないか!?」
その声と共に、自分へと向かって飛んできた石をデスサイズで斬り裂く。
こんな石如きにマジックシールドを使うのは勿体ないと。
そんな思いと共に、石の飛んできた方へと向かって地を蹴る。
レイの移動速度も、周囲にいる兵士達にしてみれば目に留まらぬ程の速度ではある。
だが……それでもやはり、覇王の鎧の扱いは当然ノイズの方が一日の長がある。
例えば直線的な速度は同じ速度であったとしても、細かい制御に関しては、まだレイは到底ノイズには及ばない。
それでも現在レイがノイズと何とか互角にやり合えているのは、レイ自身が持っている莫大な魔力のおかげだった。
細かいコントロールを、莫大な魔力を消費した覇王の鎧の高出力で何とか対応している。
力で技を押し切るとでも表現すべき、そんな戦い方。
それが可能なのは、あくまでもレイの魔力がノイズを圧倒的に上回っているから。
本来なら、ノイズが十の魔力消費で済む行動を、レイは百……あるいは千といった魔力消費量で強引に動かしていた。
しかし、当然ながらそんな風に魔力を消耗すれば、魔力消費量は莫大なものになる。
ただでさえ覇王の鎧は、魔力を可視化出来る程高密度に圧縮するという、燃費を考えているとは言えないスキルだ。
そんな状態で強引に起動しているレイなのだから、当然そう長い間使い続けてはいられない。
それに関しては、以前に行われた陣地防衛線の結果を見れば明らかだった。
(くそっ、吸魔の腕輪を使おうにも、かすり傷さえ付けるのが難しいってのは、厄介過ぎるだろう!)
内心でノイズの強さに罵声を漏らし、振るわれた魔剣の一撃をデスサイズで弾く。
一撃を弾き、また次の瞬間には次の場所に移動して攻撃を弾き、あるいは攻撃をして弾かれる。
そんなやり取りをしている中……このままでは自分が負ける。それも斬られて負けるのではなく、先に魔力切れとなって燃費で負けるというのを本能的に理解し……そして、どうあってもこの現状を引っ繰り返すのは難しいと知ってしまう。
(なら、どうする? 俺一人でノイズに力及ばず勝てないのなら……勝てないのなら、力をあるべき場所から持ってくるしかない!)
その手段を使えば、後日色々な意味で面倒臭いことになるのは理解している。
それでも……それでも尚、このままでは自分が負け、そして自分が負ければメルクリオ軍全体も負けるのだと理解したレイは、一瞬感じた躊躇を振り払って叫ぶ。
「セト、スキルを使え!」