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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
786/3865

0786話

「何とか一段落した、か」

「そうね。ここに戻ってきた時には色々と不安だったけど、それでもこうして見る限りだと、ようやく落ち着いてきたわ」


 陣地を見渡すレイの隣で、ヴィヘラが嬉しそうな笑みを浮かべて頷く。

 そんな二人の横では、セトがたっぷりと用意されたライオットを嬉しそうに食べている。

 甘みが強く、水分も多いこの果実は、今ではすっかりセトの好物の一つとなっていた。

 フリツィオーネ軍と反乱軍が合流し、メルクリオ軍と名前を改めてから二日。

 戦闘要員だけでも既に一万人を超えているメルクリオ軍の陣地では、レイやヴィヘラの言葉通り急速に先日の戦いの傷が癒えつつあった。

 それは、怪我をした者達が回復したというだけではない。

 討伐軍の攻撃によって破壊された柵やテントといったものが修理されていたり、刀身や穂先の欠けた長剣や槍といった武器を鍛冶師が修理したりといった具合にだ。

 フリツィオーネと共にやって来た者達にしても、反乱軍として行動していた者達と共に訓練を重ね、メルクリオ軍としての体裁も整いつつあった。

 特にフリツィオーネと共にやって来た者達は、その全てが精鋭中の精鋭であり、元々メルクリオに付き従っていた者達と比べても練度という意味では決して劣ってはいない。

 それどころか、フリツィオーネ直属の騎士団でもある白薔薇騎士団にいたっては、メルクリオ軍の中でも遊撃隊や魔獣兵以外では勝つことが出来る者の方が少ない。

 ……以前の反乱軍と比べ、もっとも違う場所といえば、やはり魔獣兵が存在していることだろう。

 フリツィオーネの直属に白薔薇騎士団がいるように、テオレームの直属には魔獣兵がいる。

 元々テオレームの部下というのは反乱軍だった頃に中核を為していたのだが、そのまま反乱軍全体に吸収されるかのように、それぞれが反乱軍の兵士や志願兵、冒険者、傭兵達を指揮する立場に収まっていった。

 言い換えれば、反乱軍そのものがテオレームの部下達によって指揮されていたと言ってもいい。

 もっとも、反乱軍の中でも貴族達が有している戦力はそれぞれが独立した指揮権を持っていたりもしたので、必ずしも全てという訳ではないのだが。

 そしてフリツィオーネとテオレームに直属の部隊がいるように、レイにもまた直属の遊撃隊がいる。

 先の戦いでも大いに戦果を上げた遊撃隊は、当然メルクリオ軍の中でも勇名が広まっていた。


「……まぁ、確かに腕は上がったと思うけどな」


 視線を陣地の外へと向ける。

 相変わらずレイのマジックテントは陣地の端に設置されており、だからこそ視線を巡らせるだけで、陣地の外で訓練をしている遊撃隊の姿を確認出来た。

 視線の先では、遊撃隊の隊員同士が激しい戦いを繰り広げている。

 もっとも、戦いといってもあくまでも模擬戦だ。

 致命傷にならないようにきちんと模擬戦用の武器を使っているし、回復魔法を使える魔法使いもいざという時の為に待機している。

 数少ない魔法使いを専属で付けるという待遇は、遊撃隊という精鋭部隊に対する配慮だろう。

 また、同時にレイに対する機嫌取りの一種であるというのもあった。

 一人で一軍に等しい戦力を持つレイだけに機嫌を損ねたくないという者もいるし、ヴィヘラやフリツィオーネからの覚えが目出度いレイに便宜を図っていずれは……という魂胆を抱いている者もいる。

 レイにしても、薄々相手の考えは理解出来ていた。

 それでも自分達の害になるのではなく、利益になるのならと受け入れている。

 もっとも、その厚意を受け取ったからといっても、特に何かをするつもりはないというのは、前もって言ってあるのだが。


「皆、決戦の時が近いって考えているんでしょうね。情報、聞いたでしょ?」

「ああ。帝都からカバジードとシュルスの二人がかなりの戦力を率いて出発したって話だったな」


 それは、今朝届いたばかりの情報。

 討伐軍の偵察狩りとも呼べる行為で、既にメルクリオ軍の偵察を担当していた者の多くは捕らえられるか……もしくは殺されている。

 そんな中で偵察を行えている者達は数少なく、その数少ない者達からの情報がこれだった。


(俺が偵察の類を出来ればいいんだけど、基本的には偵察の類は得意じゃないしな)


 戦闘方法が炎の魔法、大鎌といった風に、明らかに派手なものばかりだというのは、レイの欠点の一つだろう。

 隠密行動のような類は、あまり向いていないのだ。

 ……もっとも、幾ら隠密行動が得意だとしても、敵に魔力を感じ取ることが出来る者がいれば意味はないのだが。


「それで、反乱軍……いや、メルクリオ軍としては、決戦はいつくらいになると判断してるんだ?」

「遅くても十日以内、早ければ数日中ってところかしら。……向こうの動きを探ろうにも、やっぱり偵察兵の多くがいなくなっているのが大きいわね。今残っているのはとても腕利きとは言えない者だし」

「魔獣兵は? 何も魔獣兵ってのは戦闘に特化してる訳じゃないんだろ?」

「無理ね。確かに幾らかは偵察に向いている者もいるけど、基本的には直接の戦闘に向いている者が多いの。……テオレームが言うには、一線級の魔獣兵は誰かさん達に軒並み殺されてしまったせいらしいわよ?」


 意味ありげに向けられるヴィヘラの視線が意味しているのが春の戦争の件だろうというのは、当然レイにも理解出来ていた。

 だが戦争であり、敵対している以上は相手を殺すのは当然だろうというのがレイの思いだ。

 そもそも魔獣兵はモンスターと人間のキメラとでも呼ぶべき存在であり、しかもモンスターが一種類分の要素とは限らない。

 今まで幾度となく見てきた魔獣兵は、二種類、三種類といったモンスターの要素が詰め込まれている者も多かった。

 そうである以上、迂闊に人道的な対応として殺さずに無力化したとしても、その気持ちは後日仲間の命で支払っていたかもしれない。

 それを防ぐ為には、やはりその場で命を絶つ必要があった。


「その誰かさん達にしても、敵対した相手を生け捕りにする余裕はなかったんだろうな」


 小さく肩を竦めて呟くレイに、ヴィヘラは小さく笑みを浮かべる。

 別に魔獣兵の件を本気で責めている訳ではない。

 ただ、最近は一緒にいなかったレイに甘える理由として、それを出したに過ぎないのだから。


「まぁ、魔獣兵は基本的に罪人が素体になったんだし、どうしても攻撃性が強くなったらしいわ。そう考えると、別に偵察に向いた魔獣兵が少ないってのは、レイのせいだけじゃないだろうけど」

「そう言ってくれるとありがたいよ。……それで、こうしてゆっくりとしている俺が言うのもなんだけど、ヴィヘラは仕事をしなくてもいいのか?」

「一応午後から訓練は入れてるわよ?」

「じゃあ、今は暇、と」

「そうね。暇……だったんですけどね」


 視線を逸らし、自分達に近寄ってくる人影を目にして呟くヴィヘラ。 

 その視線の先にいたのは、白薔薇騎士団の団長でもあるアンジェラだった。


「ヴィヘラ様、こちらにおられたのですか。フリツィオーネ殿下がヴィヘラ様をお呼びです」

「嫌よ。どうせまたお説教でしょ?」

「……まぁ、それは否定出来ない事実ですね」


 アンジェラが、ヴィヘラの着ている服装……向こうが透けて見える、娼婦や踊り子が着ているような服を見ながら頷く。

 合流した当初は、ヴィヘラやメルクリオの無事に喜んだフリツィオーネだったが、時間が経つとヴィヘラの着ている服に目をやり、何とも言えない表情を浮かべていた。

 フリツィオーネにしてみれば、とてもではないが皇族が着るような服ではないと言いたかった。

 だが、ヴィヘラは自分は既にベスティア帝国を出奔した身と認識している。

 その辺の意識の違いにより、昨夜は喧嘩……という程でもないが、言い争いが起きていた。

 覇王の鎧を長時間使った影響で、ぐっすりと眠っていたレイは全く知らなかったが。


「フリツィオーネが呼んでるんなら、行った方がいいんじゃないか? 俺の方は取りあえず今日は特に何かやることもないし……強いて言えば、遊撃隊の訓練を見るくらいか」

「グルルルゥ!」


 なら自分と遊んで! と喉を鳴らすセトに、レイは小さく笑みを浮かべてから手を伸ばす。

 レイのソファ代わりになっていたセトが、嬉しげに尻尾を揺らして喉もゴロゴロと鳴らす。


「少しは私の方に構ってくれてもいいと思うんだけど……そうね、久しぶりに模擬戦はどう? ここ暫く戦ってなかったでしょ?」

「いや、なんで急にそうなる。どうせもう少しで討伐軍との大きな戦いがあるんだろ? なら、そっちに意識を集中した方が良くないか?」

「ひどいっ、私を捨てるのね!?」


 そう告げるや、目から涙を流して悲しげに呟くヴィヘラ。

 だが、レイは全く気にした様子もなく口を開く。


「あのな、幾らなんでもそんな嘘泣きに引っ掛かると思ってるのか? お前がこの程度で泣く筈がないだろ?」

「あら、私も女なんだから、好きな人に拒否されれば悲しくなるのは当然でしょう?」


 言葉を返しつつ、それでも当然のように平然とした……どころか小さく笑みすら浮かべて告げるヴィヘラに、レイは溜息を吐く。

 間違いなく涙を流していた筈なのに、その顔には涙の跡の類は全く残っていない。


「ヴィヘラ様、お願いですから一緒に来て下さい」


 そんな、まるで恋人同士のじゃれ合いのような一幕を見ていたアンジェラが、少し不機嫌な表情を浮かべて告げる。

 アンジェラにしてみれば、レイは明確な男女のものにまではなっていなかったが、それでも好意を抱いていた……いや、抱いている相手だ。

 そのレイが、自分の主君の妹ではあっても、親密にしている様子を見て面白い筈がない。


「しょうがないわね、分かったわよ。大人しく出頭しましょうか」

「いえ、別に捕まる訳じゃないんですから」

「そう? 説教をされる身としては、大して変わらないと思うけど。……まぁ、たまには姉孝行をしましょうか。色々と心配を掛けたみたいだし」


 自分が出奔した時の姉の様子をアンジェラから聞いたヴィヘラとしては、説教をされると分かっていても、それを無視する訳にはいかなかった。


「じゃあね、レイ。ちょっと姉上と言い争ってくるわ」

「……説教されるんじゃなくて、言い争うのか。まぁ、頑張れ。俺は今日はゆっくりと骨休めをしているつもりだから、そっちが終わってまた暇になったら来てくれ」


 そんなレイの言葉に、少し驚いた表情を浮かべるヴィヘラ。


「あら、いいの? なら本当に来るわよ?」

「グルルルゥ」


 レイの代わりにという訳ではないだろうが、セトが喉を鳴らして返事をする。

 ヴィヘラにはセトが何と言っているのか分からなかったが、それでも嬉しそうな雰囲気は感じることが出来た。

 つまり、自分が来ることに決して不愉快な思いを抱いていた訳ではないのだと知り、小さく笑みを浮かべる。


「ありがと。じゃあ、また後でね。何か食べ物を持ってきてあげるから、待ってて頂戴」

「グルルルルゥッ!」


 先程より更に嬉しげに喉を鳴らすセトを撫でながら、レイも口を開く。


「セトには食べ物をお土産に持ってくるらしいけど、俺にはお土産はないのか?」

「あら? 私以上のお土産なんてあるのかしら?」

「あー、うん。じゃあ、そのお土産を待ってるよ」

「ヴィへラ様、行きますよ」


 少し不機嫌そうな雰囲気を浮かべたアンジェラに引っ張られていくヴィヘラを眺め、その姿が見えなくなってから拳を握る。


「魔力は大分回復してきたか。……覇王の鎧は攻防一体で使い勝手のいいスキルだけど、魔力の消費が激しいのが厄介だな」

「グルルゥ?」


 大丈夫? と首を傾げて尋ねてくるセトに、大丈夫だと頭を撫でる。


「確かに魔力が多いだけに回復するのは厄介だけど、それでも今日明日中くらいには回復出来ると思うから、心配するな」

「グルゥ」


 その一言を完全に信頼した訳ではないだろうが、それでもセトはレイの口から出た大丈夫だという言葉に、安堵の意味を込めて喉を鳴らす。

 自分の身を案じてくれているセトに、ミスティリングから取り出した串焼きを与える。

 周囲に広がるのは、タレの焦げた食欲をそそる匂い。

 嗅いでるだけで空腹を刺激するその匂いに、セトは嬉しげに喉を鳴らしてレイに顔を擦りつけてくる。

 食べていい? 食べていい? と少し前までライオットを食べていたとは思えない視線で態度で示すセトに、レイは頷いて串を差し出す。


「ああ、セトは今回色々と頑張ってくれたからな。せめてもの感謝の気持ちだ。串焼きはたっぷりとあるから、好きなだけ食ってくれ。恐らく次の戦いは大きな戦いになる。それこそ、この内乱を終わらせる為のな。その時には頑張って貰う必要があるからな」

「グルルゥ!」


 穏やかな秋の日差しの下、一人と一匹は来たるべき戦いに備えて英気を養うのだった。

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