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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
780/3865

0780話

 レイは、自分の周囲にいる討伐軍の兵士を見回す。

 それぞれが槍を手に自分へと穂先を向けてはいるが、その表情にあるのは紛れもなく恐怖……あるいは畏怖といったところか。

 可視化された魔力を身に纏う、覇王の鎧。このスキルを発動させたレイを相手にして、自分達がどう足掻いても勝つことは出来ないと本能的に悟ってしまっているのだろう。

 だが、それはあくまでもレイを直接その目にした兵士達であるから感じたことであり、つまりはレイを直接目にした者以外はその力を自分自身で感じるのは不可能だということでもある。


「何をしている! 幾ら異名持ちであっても、一人なのは変わらん! 間断なく攻撃し続ければ、例え深紅であろうとも対処は可能だ!」


 兵士達の指揮を執っている指揮官が、士気を上げんとして叫ぶ。

 見ただけで兵士の士気をここまで下げられるとなると、兵士を指揮する身としてはどうしようもないと内心歯噛みしながら。

 この指揮官は第2皇子派の者であり、シュルスからの信頼もそれなりに厚い。

 だが、レイの力を聞いてはいたが、直接その目で見たことはなかった。

 闘技大会を見に行っていれば話は別だったかもしれないが。

 とにかく、この男はレイの力に関しては話を聞いただけで直接見たことがない。

 それがレイの覇王の鎧を直接その目にした兵士達との認識の違いを生み出していた。


「ですが、あの男は危険です! このままでは兵士の消耗が!」

「分かっている! だが、だからといって奴をどうにか出来る者がいるのか!?」


 副官の言葉にそう怒鳴りつける男。

 その言葉もまた事実であり、個人でレイを相手にしてどうにか出来る実力を持っている者がいるのなら、とっくにこの戦場へと投入されていただろう。

 この内戦でレイを相手に受けた被害は小さいものではない。

 だがそれでも……そのレイを相手にしてどうにか出来る実力を持っている者がいない以上、数で押し潰すしかないというのが、この指揮官の考えだった。

 間違ってはいない。……そう、間違ってはいないのだ。

 それでもレイとノイズの戦いを直接その目で見たことのある副官にすれば、無謀であるとしか考えられなかった。

 質が量を凌駕する。

 そんな言葉がこれ以上に似合う男はちょっといないだろうと考えながら、視線をレイの落下した方へと向ける。

 その瞬間、まるで副官の行動を合図としたかのように、そちらから悲鳴が聞こえてくる。


「うわああああああああああああああっ!」

「逃げろ、逃げろ、逃げろ!」

「駄目だ、奴に、あいつに勝てる筈がない!」

「退け、くそっ、退けよ! 来る、奴が来るんだよぉっ!」

「ああ、俺の腕……俺の腕はどこにいったんだ、俺の腕ぇっ!」


 悲鳴と怒声が入り交じったようなその声は、周囲にいる者達の戦意をもくじけさせる。


「隊長! このま……」


 何とか隊長に現実を見て貰おうとした副官だったが……最後まで言葉を口にすることが出来ないまま、その意識は闇に消えていく。

 自分に何が起きたのか理解出来ないままに命を絶たれたのは、副官にとってせめてもの救いだったのだろう。

 まさか、自分が覇王の鎧を身に纏って突っ込んできたレイに吹き飛ばされ、その衝撃で首の骨が折れて死んだのだとは気が付かなかったのだから。


「何ぃっ!」


 そして、この部隊を率いている隊長はようやく目の前の光景を理解する。

 可視化出来る程の魔力を身に纏った存在が、自分の前に立っているということを。


「お前がこの部隊の隊長だな。悪いが、死んで貰うぞ」


 言葉と共に伸ばされる左手。

 右手に持っているデスサイズを使うまでもないと、そう言われているかのように感じたのだろう。隊長は目の前に立つ、圧倒的な死の恐怖と表現しても足りないような存在を相手に、腰の鞘から長剣を引き抜き、構える。


「へぇ」


 そんな隊長を前にして、感心したように呟くレイ。

 レイは、覇王の鎧の効果を……自分の前に立った相手がどんなプレッシャーを受けるのかを知っている。

 それこそ、覇王の鎧を身に纏って反乱軍の兵士の前に立つという訓練を行っていたのだから、それは当然だろう。

 だが、今自分の前に立っている男は、怯えた様子を見せつつも武器を抜いて自分の前に立っている。

 装備も含めて、間違いなくその辺にいる一山幾らの兵士達とは格が違った。


「折角だ、名乗って貰おうか」

「ふ、ふん。人に名前を尋ねる時は自分から名乗るのが礼儀だろう」


 言い返してきた内容に確かにと頷いたレイは、男の方へと伸ばしていた左手を戻し、改めて右手のデスサイズを構えながら口を開く。


「もう知ってると思うけど、一応名乗っておこう。俺はレイ。深紅の異名を持つランクB冒険者だ」

「ラダスノート。シュルス殿下の第2皇子派に所属している」

「そうか、ラダスノート。なら……死ぬ用意はいいか?」

「残念ながら俺はまだそんな予定はない。その言葉はそっくりそのままお前に返そう!」

「……行くぞ」

「来い!」


 今度こそ完全に意識から怯えを消し去ったのだろう。闘志を込めて叫ぶ声に、レイはトンッと地を蹴る。

 普通であればそれ程の速度は出ないだろう踏み込み。

 だがそれが覇王の鎧を身に纏ってのものとなれば、全く話は違ってくる。

 急速に迫ってくるレイに向かって、隊長が長剣を握っている手に意識を集中した時、既にレイの姿は隊長の横を通り過ぎてその後ろにあった。

 それも、デスサイズを振るった姿勢のままで。


「なっ!? 馬鹿、な。俺の目でも捉えられない動き……だと?」


 それが隊長の最後の言葉となる。

 次の瞬間には腹部から胴体を切断され、上半身と下半身に別れてその場へと滑り落ちる。

 グチャリという聞き苦しい音と共に、内臓や血が地面へと零れ落ちて周囲に強烈な鉄錆の臭いが広まる。

 それを見た周囲の兵士達は、一瞬何が起きたのか理解が出来ないまま……それでも次の瞬間には周囲に広がった鉄錆の臭いで我に返らさせられる。


「うっ、うわああああぁっ! 隊長が、隊長が一撃で!」

「くっ、くそっ、こんな化け物どうしろってんだよ!」

「大体、何だってこんな奴がここにいるんだ!? 確か反乱軍の戦力は殆どが既に陣地に残ってないんじゃなかったのか!?」

「知るかよそんなの! 俺に聞かないで、もっと上の奴に聞け!」


 自分達の隊長が殺され、更には副官の姿もない。

 本来であれば隊長の側近とも呼ぶべき者達が兵士達を指揮するのだろうが、不幸なことに周囲にその姿はない。

 先程の副官が死んだ時のレイの攻撃……とすら呼べない、ただ突っ込んで行っただけの動きに巻き込まれたのだ。


「なるほど、こうして本格的に戦闘で使うのは久しぶりだけど、随分と以前に比べて慣れてきた感じがする。これも地道な訓練の成果だろうな。ともあれ、ここにいる以上はこいつらが敵なのは間違いない。であれば、今は少しでも戦力を減らすか。幸い、この覇王の鎧を使っている状態だとこの手の相手をするのは楽だしな」


 呟き、少しでも自分から逃げようと、そして離れようとしている討伐軍の兵士へと一歩を踏み出し……そのまま、先程の隊長と戦った時よりも強めに大地を蹴る。

 瞬間、身体の動きが加速され、覇王の鎧を身に纏ったまま討伐軍の兵士達の中へと突っ込んで行く。

 覇王の鎧に包まれたレイの身体に触れた瞬間に手足が折れ、あるいは砕け、吹き飛ばされる。

 触れただけでそうなのだから、当然まともに正面からぶつかってしまえば命がある筈もない。

 レイが覇王の鎧を使用したまま敵に突っ込んだ。

 それだけで敵は壊乱状態になり、死者や怪我人が量産されていく。

 正に鎧袖一触とでも呼ぶべきその光景は、討伐軍には恐怖と絶望を、反乱軍には希望を与える。


『わああああああああああああああああああっ!』


 そんなレイの姿に恐怖を覚えた討伐軍に、反乱軍が襲い掛かる。

 人数では、まだ圧倒的に討伐軍の方が上だ。

 だがこれ以上ない程に士気が下がっている以上、人数がいても殆ど意味はなかった。

 ここにいては、間違いなく殺される。

 そう判断し、戦場を放棄して逃げ出す者が続出したのだ。 

 反乱軍側にしても、ただ黙ってそれを見ている訳ではない。

 このまま逃がせば、またいつ自分達に向かって攻撃してくるのか分からないのだ。

 そうである以上、数を減らせる時に減らしておくべきだと追撃が行われる。

 そして……レイのいた戦場で行われたそんな異常は、他の戦場にも飛び火した。

 より正確には、レイが飛び火させたというのが正しいだろう。

 覇王の鎧を身に纏ったまま突き進んだレイは、そのまま近くの戦場にいる討伐軍へも襲い掛かったのだから。


「うわああああっ、何だ、何が起こったんだ!」

「隊長!? え、隊長はどこに行ったんだ! 今まで俺の隣にいたのに、いつの間にか消えて……」

「お、おい、あそこ……あれが隊長じゃないか?」

「う、嘘だろ? 手も足も、それどころか首も折れちまってるじゃねえかぁっ!」


 覇王の鎧を纏ったレイが、当たるを幸いとばかりに討伐軍の兵士を跳ね飛ばし、通り抜け様にデスサイズを振るう。

 行く手を遮ることが出来る者はおらず、ただひたすらに討伐軍の兵士達を弾き飛ばしながら突き進む。

 唯一にして最大の難点としては、レイ自身がまだ覇王の鎧を完全にコントロール出来ていない為に細かい調整が不可能だということだろう。

 つまり、敵のいる場所でなら思う存分に力を発揮出来るのだが、そこに味方がいれば区別出来ずに巻き込んでしまうこと。

 それ故に、レイが攻撃しているのは反乱軍と討伐軍が混戦状態となっている場所ではなく、討伐軍の兵士のみがいる場所となる。


「逃げろっ、逃げろ、逃げろぉっ!」

「来るぞ来るぞ来るぞ来るぞ、奴が来るぞ!」


 そんな悲鳴や怒号が周囲一帯に響き渡っていたが、レイとしても余裕だった訳ではない。

 覇王の鎧の細かいコントロールをするのに精一杯であり、下手にコントロールを乱せば、地面に突っ込む可能性もあったのだから。

 だからこそ、レイは微妙なコントロールに神経を使いながらも、討伐軍を一方的に蹂躙していた。

 純粋に攻撃範囲や効果範囲の面で考えればレイが得意としている炎の魔法の方が上なのだが、効果範囲が狭いということは、味方を巻き込む危険性が少なくなるという利点もある。






 派手に戦っているレイに比べると、セトの戦っている戦場はそこまで派手なものではなかった。


「グルルゥッ!」


 戦意の篭もった声で鳴きながら空中から地上へと降下しつつ、前足を振るって討伐軍の兵士の頭部を砕く。

 同時に、着地したままの勢いを利用して跳ね上がるように前へと向かって跳躍。進行方向にいる兵士達を弾き飛ばす。

 ただし、覇王の鎧を使用しているレイとは違い、セトはあくまでも生身だ。

 確かにその身体に当たれば弾き飛ばされるが、それだけで致命傷という訳でもない。

 スキルの類を使えばレイに負けない程に……というのは無理でも、今セトの前にいる敵を倒す程度は難しくはない。

 だがスキルの使用は禁じられている為、セトが出来るのは生身の肉体を使っての攻撃か、あるいは他人が見てもおかしいと思わないようなスキルに限られていた。


「グルルルルルルルルゥッ!」


 目の前にいる討伐軍の兵士へと、王の威圧を使用。

 その効果により、討伐軍の兵士達はその殆どが立ち尽くして身動きすら出来なくなる。

 中には王の威圧に何とか抵抗することに成功した兵士もいたが、その兵士にしても動きは明らかに鈍い。

 そして、動きの止まった兵士達というのはセトにとっては敵ですらなく、ただ立っているだけの木偶の坊でしかなかった。


「グルルルゥッ!」


 セトが喉を鳴らしながら振るう前足の一撃は、モンスターの革で出来ているレザーアーマーを装備している兵士だけではなく、値段の張る金属の鎧を装備している者の命すら容易く奪う。

 振るわれる前足の一撃を受ければ、金属の兜に包まれた頭部はそのまま冗談のように吹き飛んでいき、後ろ足の一撃を食らえば鎧は無事でも骨が折れ、内臓が破壊される。

 王の威圧の範囲外にいた兵士の中には、近づけば手に負えないと判断して弓を使う者もいた。

 しかし、元々セトがいるのは敵兵士達の中だ。

 更に周囲の兵士達は王の威圧の効果で動けない者も多く。放たれた矢が兵士へと突き刺さるのは珍しくない。

 それにセト程の力があれば、自分に飛んでくる矢を前足の一撃で叩き落とすのも難しくはないし、いざとなれば一度だけだが飛び道具の類を防ぐ風操りの腕輪というマジックアイテムも装備している。 

 そして何より、セトは頭もいい。

 自分に向かって矢が放たれているのなら、周囲にいる動けない兵士達を盾にするようにして動くことも難しくはなかった。

 もっとも、王の威圧で動けないといってもそれは永遠ではない。

 時間が経てばそのうち再び動けるようになる。

 だからこそ、色々と能力に制限を受けているセトは今のうちに敵の数を減らす必要があった。


「グルルルルゥッ!」


 高く鳴きながら振るわれる前足。

 パワークラッシュのスキルにより、数人の兵士を一度に肉片へと変えていく。

 それを見た周囲の兵士達は、最早これ以上戦うだけの気力は残っておらず……


「うっ、うわあああぁぁぁっ!」


 最初に王の威圧の効果が切れた兵士が逃げ出し、それを見た他の兵士達も次から次に逃げ出していく。

 自分達は反乱軍を……人間を相手に倒す為にここまで来たのであって、グリフォンのようなランクAモンスターと戦う為に来た訳ではないのだと。

 そう自らに言い訳をしながら、セトのいる戦場では兵士達が我先にと戦場から消えていくのだった。

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