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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
779/3865

0779話

 反乱軍と討伐軍の戦いは、一進一退の状況で進んでいた。

 だが、やはり数というのは大きな力であるのは間違いなく、質で量を覆すには、それこそ異名持ちの高ランク冒険者のような例外を必要とする。

 そのような特化戦力とでも言うべき存在が今の反乱軍にない以上、遊撃部隊と魔獣兵という戦力があったとしても、押されるのは自明の理と言えただろう。

 既に反乱軍陣地の周辺を覆っている柵も、幾つか壊されている場所が出ている。

 反乱軍の本陣であるこの陣地の柵だ。野営の時に使うような一時的な柵ではなく、相当に頑丈な柵であり、その柵が破壊されているのが反乱軍が押されていることの証とも言えた。


「くそっ、東側が押し返せない! 援軍を何とか工面出来ないか!」

「無理だ! こっちの戦力は既にほぼ全て出払っている! 残っているのはメルクリオ殿下を守る為の護衛しか!」

「ちぃっ、ならどうしろと! このままではこの陣地が落ちるのはそう遠くないぞ!」

「魔獣兵は!?」

「テオレーム殿!」


 本陣の中で、貴族に視線を向けられたテオレームは、数秒考えた後でやがて頷く。


「分かった。メルクリオ殿下の護衛兵は動かせないが、護衛用の魔獣兵はまだ少し残っている。そちらを出そう」


 表情は特に変わっていないが、その手は強く握り締められている。

 このままだといずれ押し切られるのは確実であり、それが分かっていながらも対処出来ないのだ。


(戦力だ……とにかく戦力が圧倒的に少なすぎる。偵察の兵士を最初に軒並み片付けられたのが痛い。それがなければ、もう少しこの兆候を確認は出来ただろうに)


 ウィデーレやレイが帝都へと向かう前に、陣地の周辺にいた討伐軍側の偵察兵は軒並み始末した。

 その報復という訳でもないだろうが、今回の作戦が行われるに際して反乱軍の陣地周辺に存在していた偵察兵は軒並み始末されており、それが理由でこの奇襲を察知するのが遅れたのだ。


(やはり二重、三重にも策を重ねてくるこのそつのなさは、カバジード殿下だろう。シュルス殿下であれば、もう少し対処出来る余地があるだろうし)


 内心で今回の件を仕組んだ相手に対する称賛とも恨み言ともとれる言葉を発しながら、テオレームは現在残っている数少ない魔獣兵に命令を下そうとして……


『わああああああああああああああああああっ!』


 マジックテントの外から大声が聞こえてくるのに気が付く。

 その声が絶望の声であれば、東側が抜かれて、これまでのような少数の侵入ではなく、陣地内に敵の全面的な侵入を許したのかもしれないと判断しただろう。

 だが……外から聞こえてくるその声は、悲鳴ではなく歓声。それもこれ以上ないだけの喜びを表している歓声だった。


「これは……ヴィヘラ様が戻ってきたのか?」


 テオレームの脳裏を過ぎったのは、自らの主君の姉の姿。

 近づいてきているフリツィオーネ軍と、街道の封鎖を解除しているヴィヘラの軍のどちらがより援軍に来やすいかと言えば、それはやはり後者という認識だったからだ。

 とにかく、自分の目で状況を確認したいという思いからだったが、それは他の貴族も同様だったのだろう。テオレームのすぐ後に続いて貴族達もマジックテントから外へと出る。

 メルクリオも一瞬行きたそうな表情を浮かべていたが、自分の立場を理解したのだろう。マジックテントの中に留まる。

 そんなメルクリオを置いて外に出た者達が見たのは、陣地の中で上がっている歓声と共に、その陣地のすぐ外では悲鳴が上がっている光景だった。

 陣地とその周辺一帯を覆っている幻影のおかげで、戦場の外からは見えないだろう地獄の光景。

 本来であれば、陣地くらいの大きさしか幻影で覆えないクォントームの吐息だったが、その効果範囲は明らかにテオレームがメルクリオより聞いていたものよりも広い。

 その理由に関しては色々と想像出来るが、今のテオレームはそれどころではない。

 近くにいる兵士へと視線を向けて、鋭く叫ぶ。


「どうなっているのか、事情を知っている者を連れてこい」

「は!」


 その言葉に素早く返事をし、兵士はその場を去って行く、

 兵士の後ろ姿を見送りながら、詳しい理由は未だに不明だが、とにかく自分達に有利な出来事が起きたのだということに安堵する。


(後は……このまま上手い具合に討伐軍を撃退……いや、出来ればここで殲滅しておきたいところだ。何重にも策を重ねられて行われたこの作戦、当然カバジード殿下にしても、シュルス殿下にしても、かなり力を入れている作戦なのは間違いない。つまり、ここで向こうの戦力を大きく減らせれば……)


 そんな風に一発逆転の可能性を考えつつ、とにかく今は事情を把握して戦局をひっくり返すべく部下へと指示を出すのだった。






 時は少し戻る。

 レイがセトの背に乗りながら上空を移動し、街道沿いに配置されている部隊を見つけては上空から岩を複数投下したり、あるいは炎の魔法を叩き込みつつ陣地へと向かっていた時、眼下の部隊が突然の攻撃に混乱しているのを見ながら、レイは視線を前方へと向ける。

 正直、もしかしたら自分が攻撃した部隊の中に味方の部隊がいたら不味いかも、と一瞬考えたレイだったが、そもそも部隊の向いている方向が反乱軍の陣地がある方向ではなく、帝都へと続く街道の方……つまり、フリツィオーネ軍が来る方向だったこともあり、全てが敵だと判断した。

 そんな風に岩による爆撃とでも表現出来る攻撃をしながら進んでいたレイは、ふとセトが不審そうに喉を鳴らしているのに気が付く。


「セト、どうした?」

「グルゥ、グルルルルルゥ」


 レイの問い掛けに、視線を前方へと向けるセト。

 そんなセトの見ている方へと視線を向けたレイは、セトが何に対して違和感を抱いて不審そうに喉を鳴らしているのかを理解しする。

 そう、視線の先にあるのは普通の光景ではあったが、どことなく違和感があるのだ。

 普通であれば見破ることは出来なかっただろう違和感だったが、通常の人間よりも遙かに鋭い五感や第六感を持っているセトやレイにとっては違和感を抱いてもおかしくなかった。

 そして……レイはその違和感を出しているものに心当たりがある。


「クォントームの吐息、か。確かに幻影があると言われないと、普通の人はまず気が付かないだろうな。セト、構わないから突っ込め。どのみち反乱軍を助ける為には向こうにダメージを与える必要がある。それを考えると、このまま一気に突っ込んで行った方が、こっちの行動を見破られなくて済む」

「グルルルルゥ!」


 レイとセトが攻撃してきた部隊は、未だに混乱に陥っている。

 勿論伝令の類を派遣してはいるのだろうが、地上を走る馬と、空を飛ぶセトのどちらが早いのかというのは、比ぶべくもなかった。

 そんなセトとレイの一人と一匹は、あっさりと幻影の中に入る覚悟を決めると空中を突き進む。

 翼を羽ばたかせるセトも、多少の警戒をしながら空を飛び……違和感のある空気の壁とでも表現すべきものを潜り抜けると、その景色は一変していた。

 先程までは秋らしい涼しげな気温で、特に何があるようにも見えない光景だったのだが、今は眼下のいたる所で戦闘が行われている。

 それも、陣地に籠もっている反乱軍側がかなり不利な状況だというのが見て分かる程であり、陣地を囲っている柵もかなりの数が破壊されているのが見て取れる。

 特に激しい戦闘が行われている二ヶ所に視線を向けると、レイは最初に満足げな笑みを浮かべ、次に驚愕の表情を浮かべた。

 前者が遊撃部隊の戦いを見たからであり、後者が魔獣兵の戦いを見たからである。


「遊撃部隊はともかく、切り札である筈の魔獣兵まで出すなんてな。しかもあの数……」


 呟くレイ。

 勿論レイは魔獣兵に関して多少思うところはないでもない。

 幾度も戦ってきた相手なのだから当然だろう。

 反乱軍の中に魔獣兵が組み込まれているというのは、当然知っていた。

 レイやセトの感覚を誤魔化せる程に気配を消すのが上手い訳でもなかったし、メルクリオの護衛として地中に潜んでいる者を感じ取ったこともある。

 だが、人数としてはそんなに多くないだろうと思っていたのも事実。

 まさか部隊を結成する程の人数がいるとは思ってもいなかったのだ。

 それでも、現在の反乱軍の状況では大きな戦力になっているのは間違いない。


「ま、今は魔獣兵云々よりも反乱軍の救助が先だな。一度遊撃部隊が戦っている場所の上を飛んで、俺が帰ってきたのを教えてから士気を上げて、その後俺とセトが別々の場所で討伐軍に攻撃する。……どうだ?」

「グルゥ!」


 レイの言葉に了解と喉を鳴らしたセトは、翼を大きく羽ばたかせてレイの指示通りに遊撃部隊が戦っている場所へと向かう。

 一つの街くらいの大きさを持つ反乱軍陣地だが、セトの速度を考えれば即座にと表現してもいいような速度で遊撃部隊が戦っている戦場の真上へとやって来る。


「グルルルルルルルルルルルゥッ!」


 その上空を通り過ぎる時に、周囲全てに響き渡れとばかりに雄叫びを上げるセト。

 同時に……


「飛斬っ!」


 レイの持つデスサイズから放たれた飛ぶ斬撃が、遊撃部隊と戦っていた討伐軍の後方へと飛んでいく。

 人を……それも鎧を着ている兵を一撃で殺す程の威力は持っていない飛斬だが、それでも大小の傷を付けることはそう難しいことではない。

 特に、突然上空から聞こえてきたセトの雄叫びを聞いて動きが固まっていれば、それは更に容易くなる。

 そして……


『うおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!』


 遊撃部隊から上がるのは歓喜の色を滲ませた雄叫び。

 全体的に見ればまだ反乱軍は不利な状況にあるというのに、それでも遊撃部隊から聞こえてきたのは自分達の勝利を確信したかのような、そんな雄叫びだった。

 それも当然だろう。遊撃部隊の者達にしてみれば、レイとセトの強さというのは直接その目で見ている分これ以上ない程に理解している。

 そのレイが戦闘に戻ってきたのだから、既に勝利は確実と言ってもいい。

 残るは、どれだけ被害を出さずに戦闘を終えられるか。あるいはより敵に大きな被害を与えるかといったことへと考えが向かっていた。

 他の兵士達から見れば信じられないことだったが、本人達はいたって真面目な行動でしかない。

 地上を一瞬で混乱――味方は狂喜、敵は絶望――に陥れたレイとセトは、そのまま他の反乱軍が苦戦している方、陣の東側へと向かう。

 そして、敵の数が多い場所へとやってきたレイは、セトの首の後ろを軽く撫でる。


「セト、じゃあ俺はここの奴等に対処するから、お前は他の場所を頼むな」

「グルゥッ!」


 レイの言葉に喉を鳴らすセト。

 その鳴き声を聞くや否や、レイはそのまま空中でセトの背から飛び降りる。

 空中を落下していく中で、スレイプニルの靴を数度使用し、空中で速度を殺しながら地上へと落下して行く。

 その向かう先は、反乱軍の前線……ではなく、その反乱軍と戦っている討伐軍の部隊のど真ん中だった。

 先程のセトの雄叫びはここまで聞こえていたらしく、討伐軍の中でも余裕のある少なくない者達は上空を見上げており、当然自分達に向かって下りてくるレイに気が付く。

 セトが雄叫びを上げた場所からはある程度離れていたこともあり、ここにいる討伐軍の者達は遊撃部隊と戦っている者達とは違って動きを止めることはなかった。

 空から落下してくるレイに向かって弓を構えて狙いを付ける時間はなかったが、代わりに槍を構える時間はあった。

 そんな、槍衾の中へとレイは落下していく。

 普通であれば、まず命はなかっただろう。だが、レイはそのまま空中で魔力を高め……


「そんなもので俺をどうにか出来ると思うな!」


 その叫びと共に、魔力が濃密に圧縮されて可視化される。

 レイの巨大な魔力を用いて発動した、覇王の鎧。

 可視化された魔力が、レイ自身を覆う。

 生半可な攻撃は何の意味もないと証明するかのような、そのスキル。

 地上で槍を手にして上空を見上げている者達の中には闘技大会を見に行った者もおり、当然決勝でノイズとレイの戦いをその目で見た者も数多い。

 つまり、自分達の視線の先にいるのが誰なのかというのを本能的に察知してしまう。

 勿論グリフォンから下りてきたのだから、その誰かがどのような人物なのかは予想出来ていたが、それでも直接覇王の鎧を発動させたレイをその目にすると、どうしても身体の震えが止まらない。

 それでも尚一縷の望みを胸に槍をレイへと向けるが……次の瞬間にはレイは自分に向けられている槍を全く気にした様子もなく、地上へと落下する。

 そして、事実兵士達が構えていた槍の穂先はレイを傷を付けるどころか皮膚にすら届かず、覇王の鎧に触れた瞬間に折れ、砕け、破壊され……全く傷つけることが出来ないままに、レイは地上へと着地する。

 こうして……討伐軍にとっての絶望、反乱軍にとっての希望が戦場へと姿を現す。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ずっと安定して面白いんだけど、今回は飛び抜けて面白いな!
[良い点] レイの圧倒的強さがいい [一言] 面白い
2020/10/11 07:54 退会済み
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