0771話
盗賊団を引き連れたレイとセトがフリツィオーネ軍と合流すると、その場で一旦止まって休憩となった。
盗賊達から情報を聞き出すのに、移動したままだというのは何かと面倒だからという理由からだ。
そして一時間程が経ち……
「結局現状の理由は不明なまま、か」
ウィデーレからの情報に、思わず溜息を吐く。
盗賊の頭曰く、自分の古馴染みから現在は内乱の影響で街道が手薄になっているという今回の話を聞かされた。
その古馴染みの盗賊も、自分の部下を率いてこの街道へとやって来ている。
ただ、その古馴染みも知り合いの知り合いから聞いた話であり、どこが情報の出所かは不明。
フリツィオーネ軍を襲った理由は、その古馴染みから数日前に連絡があり、近いうちに街道を通るだろう軍隊にちょっかいを出せば、さるやんごとなき御方から大量の報酬を貰えるということ。
本来であればそんな話を信じるつもりはなかったが、別に軍隊を倒せと言ってる訳ではなく、ただちょっかいを出すだけでいいという話だったし、本当に言われていたタイミング通りにやってきたからちょっかいを出した。
その結果が現在の状況であり、捕まると知っていればこんな馬鹿な真似はしなかった。
それらの話を聞いた時、レイは強い脱力感を覚えた。
実際、軍隊に対してちょっかいを出すなんて真似をすれば、普通はどう考えても死刑だ。
それでもこんな真似に手を出したのは、あくまでもちょっかい……遠くから弓で攻撃してすぐに逃げるという方法を取っていたからだ。
直接戦うのではなく、遠くから弓で攻撃し、すぐに林の中へと逃げ込む。
進軍している軍隊である以上、まず追ってくることはないだろうし、もし追ってきても自分達が林の中で追いつかれるとは思わなかった、ということらしい。
事実、フリツィオーネ軍は進軍を止めることはなかったし、襲ってきた盗賊を追い払いはしても林の中まで追ってはいかなかったのだから、間違ってはいないのだろう。
「あいつらが何を考えていたのかはともかく、今回の話を持ってきた古馴染みって奴を捕らえることが出来れば、多少の事情ははっきりするんだろうが……」
「その古馴染みも話の出所が分からないとなると、期待は薄いが」
「だろうな」
そう言葉を返すレイの脳裏とウィデーレの脳裏には、共に同じ人物の姿が過ぎる。
言葉にはしない。
だが、間違いなくその人物の仕業なのだろうというのは、大体予想が出来た。
(シュルスとかいう、第2皇子の可能性もあるけど……どちらかと言えば武人だって話しだし、今回の件にはちょっと合わないような気がする。単純に俺がカバジードを過大評価しているだけ……だったら、いいんだけどな)
全てが相手の掌の上の出来事だと考えるのは、レイにとっても面白くないことだった。
「とにかく、向こうの意図がこっちの足止めにあるのは間違いない。フリツィオーネ殿下も、なるべく早くメルクリオ殿下と合流するつもりだ。その為に、またレイ殿に働いて貰う事になりそうなのだが」
「だろうな」
今回のように、山賊が林を……あるいは林がないとしても、何らかの地形を利用して攻撃してくるという可能性は十分に有り得る。
遠くから弓矢で攻撃し、そのまま逃げるということをされれば、どうしても進軍速度が鈍ってしまう。
例え殆ど被害を受けないとしても、だからといって相手に好き勝手に攻撃させる訳にもいかないのだ。
もしフリツィオーネ軍が一方的に攻撃されるだけになってしまえば、それこそ盗賊は調子に乗ってより苛烈な攻撃を仕掛けてこないとも限らない。
「それに、本当に盗賊だけとも限らないしな」
「フリツィオーネ殿下、アンジェラ団長、ログノス侯爵の三人もそれを心配している。ここまで手の込んだことをしてこちらの足止めをしている以上、これだけで終わらせる筈がないと」
「どんな部隊が出てくると思う? 普通に考えれば、討伐軍側から精鋭を選んで少数の部隊編成をして……とか?」
「確かにそれもあると思うが、より警戒しなければならないのは冒険者や傭兵団といった者達だろう」
「傭兵団か……戦争でちょっと見たくらいで、実際にそこまで詳しく関わったことがないんだよな」
冒険者と傭兵。その二つは似たようなものだが、傭兵はより戦いに特化した存在であると言ってもいい。
勿論冒険者も依頼があればモンスターや盗賊の討伐、戦争に参加といったこともするが、それ以外にも採取や届け物といった様々な依頼をこなす。
それに比べると、傭兵は基本的には戦いのある場所に向かってそれに参加する。
国同士の戦いから、領主同士の紛争。更には街や都市同士の戦いにまで。
特に現在ベスティア帝国で行われているような内乱は、傭兵団にしてみればこれ以上ない飯の種だろう。
「フリツィオーネ殿下の率いる軍にも傭兵はいるが?」
「こっちに参加しているってことは、多分傭兵団を抜けてるんじゃないのか? まぁ、とにかく俺達が動く件は了解した。なら早速行っても?」
「グルゥ?」
行ってもいいの? と喉を鳴らすセトに、ウィデーレは小さく頷きを返す。
「頼む。正直、レイ殿に頼り切りな己が無能さに恥じ入るばかりだが……今は、とにかくフリツィオーネ殿下をメルクリオ殿下に合流させなければ」
「気にするなって。前にも何度か言ったと思うけど、俺はこの軍を護衛する為に派遣されたんだから。セト、頼む」
「グルルルルゥッ!」
レイの声に、数歩の助走で空へと飛び立つセト。
見る間に小さくなっていくセトとレイの後ろ姿にウィデーレが出来るのは、小さく頭を下げるのみだった。
「飛斬っ!」
その言葉と共に放たれた飛ぶ斬撃は、街道の近くにある岩陰に隠れていた者達へと襲い掛かり、その中の一人に致命傷とまではいかないが、それなりに深い傷を与える。
「なっ、何だ!?」
「上だ!」
「げ!」
上を向いた者達が、そこにいる存在を見て驚愕の視線を向ける。
大鎌を持って、グリフォンに乗っている人物。
それが誰かは、すぐに分かったからだ。
だが……降伏の声を上げる前に降り注いだ幾つもの炎の矢に、その場にいた者達は殆どが焼け死に、生き残った者でも身動きが出来ない状態になる。
「こいつらみたいに、あからさまに襲おうとしているような奴は見つけ次第殲滅って形でいいんだろうけど……休憩しているような奴は、判断しにくいだろうな」
焼け死んでいる者達の周囲には、弓と矢の残骸が炭となったり、所々焼け焦げて転がっている。
「完全に一撃離脱するつもりの装備だしな。せめて、槍とかあれば多少でも利益になったんだろうけど。ま、馬を手に入れられただけでもよしとするか」
少し離れた場所に繋がれている馬を見ながら呟く。
フリツィオーネ軍に遠くから攻撃して逃げる。
言葉にすれば簡単だが、精鋭揃いのフリツィオーネ軍から逃げ切るのは難しい。
レイが最初に倒した盗賊のように林でもあれば話は別だが、ここは平原。
夏であれば青々とした草が生い茂っていたのかもしれないが、今は秋でその草も枯れている。
そうなると、騎兵から逃げ切るには少しでも重量を減らす必要があり、その為に不要な武器の類は持たず、完全に弓だけで襲撃しようと考えたのだろう。
「もし接近されたら一方的にやられ……いや、違うか」
焼け焦げた死体の近くに、焼け焦げた短剣が転がっているのに気が付き、最低限の武器は用意していたことに気が付く。
「ま、どのみち燃えてしまってもう役に立たないけどな」
「グルゥ」
その通り、と頷くセトを見ながら、レイはミスティリングから取り出した紙にフリツィオーネ軍を襲おうとしていただろう盗賊を倒したことや、馬に関しての扱いは任せると書き記し、近くにあった石を重しにその場に置いておく。
もしかしたらフリツィオーネ軍が来る前に誰か他の者が通り掛かって、書き置きを見て馬を奪っていくかもしれないが、レイにとってはどっちでも良かった。
出来ればフリツィオーネ軍が少しでも楽を出来れば、程度の考えだったのだから。
もしもレイと共にフリツィオーネ軍の者が来ていれば馬の処理を任せたかもしれないが、レイ自身が馬をフリツィオーネ軍の場所まで連れて行こうという思いは一切ない。
そもそも、現在でも馬はセトに怯えているのだから、もし馬を連れていくとすればセトと別行動となる。
「……うん? 別にそれでもいいのか?」
セトの頭の良さがあれば、独自の判断でフリツィオーネ軍に対して攻撃を仕掛けようとしている相手を見つけ出し、先制して攻撃するというのはそう難しいものではない。
なら馬を自分が届けた方がいいのでは? とも思ったが、馬がセトの臭いが染みついているレイを背中に乗せられるかというのを考えると、以前の経験から却下するしかない。
「そうなると、手綱を引いて歩いて連れていくのか? ……無駄に時間が掛かりすぎるだろ」
「グルゥ!」
レイの言葉に、このままではまたレイと別行動をする羽目になるのでは!? と不安に感じたセトが、自己主張する。
「そうだな、俺もセトと別行動はしたくないし……やっぱり書き置きだけで済ませるか」
「グルルルゥ!」
セトは嬉しげに喉を鳴らし、そのまま顔をレイへと擦りつける。
結局はその言葉通りに書き置きを残し、セトに乗って去って行く。
次の獲物を求め……
「うーん、あれはどうするべきだと思う? 確かにあそこからなら逃げるのに馬がなくてもいいだろうけど」
「グルルルゥ」
同意するように喉を鳴らすセトと、その背に乗っているレイの眼下では崖……と呼ぶ程には険しくはないが、それでも三m程の高さの場所で弓を持った盗賊団と思しき者達がいた。
確かにそれだけの高さがあれば、弓で一方的に攻撃出来るだろう。……少なくても最初のうちは。
フリツィオーネ軍が弓や魔法を持ち出せば向こうからも射程距離内にはなるが、その時にはとっとと逃げるつもりなのだろう。
「それでも、逃げるなら馬があった方がいいと思うんだけどな」
首を傾げるレイだったが、やがてこのまま迷っていてもしょうがないと判断する。
馬がいなく、武器も弓のみ。
特に何か大事な物を持っているようにも見えない以上、降伏させて情報を得る必要も、溜め込んでいるお宝の入手も出来ないと判断し、上空から魔法を使って一気に全員を燃やし尽くす。
そんな風に上空からの一方的な奇襲を幾度か繰り返し、その度に多くの盗賊らしき相手を始末していく。
「思ったよりも多いな。徹底的にこっちの足止めに掛かっているのを考えると、向こうとしてもかなり手間が掛かると思うんだが」
「グルゥ!」
レイの呟きを聞いていたセトが、地上を見ながら鳴く。
その声を聞いたレイが眼下へと視線を向けると、そこには林の中に二十人程の人影があった。
レイでも容易く見つけられたのは、以前の待ち伏せ部隊と違って周囲の木々に溶け込むような服装をしておらず、殆どが金属鎧を装備しており、太陽の光が眩く反射していたからだ。
「盗賊じゃ……ない、か?」
基本的に盗賊は、動きやすいようにレザーアーマーを身につけている。
中には厚手の服で済ませているような者もおり、とにかく身軽さを重視している者が多い。
だが、今林に潜んでいる者達はその多くが金属鎧を身につけている。
その違和感は、決定的なものといってもよかった。
「ウィデーレと話した通り、討伐軍側の部隊か……それとも傭兵か、冒険者か。俺の予想だと傭兵だと思うけどな」
「グルルゥ?」
どうするの? と喉を鳴らしレイに尋ねるセト。
これまでの戦いは全てが盗賊団と思しき相手だったからこそ、あそこまで一方的に行われたのだ。
もしも相手がそれ以外であるとすれば、今までのように一方的にとはいかないかもしれない。
そんな意味の込められたセトの問い掛けだったが、レイは構わないとばかりに口を開く。
「確かに盗賊団とかじゃないかもしれないけど、こうして見る限りだと油断しているのは変わらない。上空からの奇襲を警戒している様子もないしな。……まぁ、上空から攻撃されるなんてことは、普通なら殆ど有り得ないんだから無理もないかもしれないけど」
竜騎士のように、空を主戦場とする存在は数少ない。
それだけに、傭兵団にしても上からの攻撃は全く考えていないようにレイの目には見て取れた。
特に、遠くから攻撃して一気に離脱すると考えている傭兵団にしてみれば、絶対に安心出来る状況であると思っても仕方がない。
レイが待ち伏せしている者達を倒して回っているという情報を知っていれば話は別だっただろうが、基本的にレイは襲撃した相手を生かして捕らえるような真似をせず、奇襲で一方的に全員の命を奪ってきている。
逃げた相手もおらず、当然奇襲するという意味では待ち伏せしている部隊も距離が離れており……本来であれば自分達が一方的に狩る側であると考えている待ち伏せ部隊が、まさか自分達が狩られる側になっているとは思いもよらなかった。
「傭兵なら盗賊よりも事情は知ってそうだけど……いや、大して変わらないか。よし、セト。行くぞ!」
「グルルゥ!」
こうして、盗賊団だけではなく傭兵団までもがレイとセトの奇襲により全滅することになる。