0768話
地上へと落ちたワイバーンと竜騎士の死体。
勿論殺されたのが殆どワイバーンだった以上、竜騎士は地上に落下する時にまだ生きている者も多かった。
だが地上百mの高さから人間が落ちて生きていられるとすれば、それは奇跡と言ってもいいだろう。
そしてレイとセトの目の前には、そんな奇跡が存在していた。
「が……ぐぅ……」
もっとも、その高さから落下してワイバーンがクッションとなって命を長らえたとしても、即死が瀕死に変わったに過ぎないのだが。
「楽にしてやるよ」
呟き、デスサイズを一閃。竜騎士の首が空を飛ぶ。
「これで竜騎士は全部倒した、か。……なぁ、セト。向こうは何を思ってこんな真似をしてきたんだと思う?」
空から落下しても特に折れたり曲がったりしていなかった竜騎士の持っていた槍や長剣といった武器を選んで拾い、ミスティリングに回収しながら尋ねるレイ。
だが、セトは分からないとばかりに首を傾げる。
「だよな。俺も分からない。何だって竜騎士を使い捨てにする? 効果的に使えばかなり有効な戦力なのは間違いないし、育成するのも大分金が掛かっている筈だ。普通なら、こんな風に使い捨てにするような真似は絶対にしない筈なんだけど……」
「グルルルゥ」
今は悩むよりも、ワイバーンや竜騎士の武器を回収した方がいいと喉を鳴らすセトに、レイも少し考えて頷きを返す。
「そうだな。向こうが何を考えているのかは分からないけど、戦力を減らしてくれたんだ。それなら、そっちに乗った方がいいか。……まぁ、空中戦をやった結果、こんなに死体を集めるのが大変になったけど」
空中を飛び回りながらの戦闘である以上、当然その戦闘領域は広い。
数km近い中に点々と落ちているワイバーンの死体は軒並みミスティリングへと収納し、竜騎士の死体のみを一ヶ所に集める。
そうしているうちに、やがてフリツィオーネ軍から派遣されたのだろう。ウィデーレが率いる白薔薇騎士団の騎士達が姿を現す。
「レイ殿、無事か!」
「ああ、こっちに被害はない。そこにいる竜騎士に襲われた程度だよ。もうワイバーンはアイテムボックスの中に収納したけど。……そっちは何か影響は?」
馬に乗ったウィデーレが竜騎士という言葉に驚きながらも速度を緩めるのを眺めつつ、レイは呑気に言葉を返す。
「竜騎士……ああ、いや。フリツィオーネ殿下の方は特に被害はない。先程の赤い狼煙は……見たか?」
「ああ。俺が通り過ぎてから暫くして上がった狼煙な」
そう告げてくるレイの言葉に、ウィデーレは小さく溜息を吐く。
「いや、レイ殿が通り過ぎたすぐ後に狼煙は上がったのだが……暫くしてからというのは、レイ殿がセトに乗ってるから感じたことだ」
「セトの速度を考えれば当然か。で、その狼煙を使った奴は?」
「残念ながら、狼煙の準備を整えるとすぐにその場を立ち去ったらしい。間違いなく今回の竜騎士襲撃開始の為の合図だった。そうなると、第1皇子派、第2皇子派のいずれかの手の者なのは間違いない」
現在の状況を考えれば、第三者の可能性は排除してもいいだろう。そう告げてくるウィデーレに、レイもまた同様に頷く。
「確かに今の状況を考えると、そっちを怪しむのが当然だろうな。……けど、一体何の為にそんなことをしたと思う?」
ウィデーレに言葉を返しながら、レイの視線は少し離れた場所に並べられている竜騎士の死体へと視線を向ける。
高度百mくらいの位置から地上に落ちたのであれば当然だが、鎧の類はひしゃげて使い物にならなくなっている。
モンスターの革の類を使ったレザーアーマーならまだ使い物になったかもしれないが、上空からワイバーンと共に落下して血や肉、内臓、脳髄といったものがへばりついているものを使いたいかと言われれば、否と答えるだろう。
レイが回収した剣や槍、弓といった武器であれば話は別だったろうが。
首の骨が折れて死んだような者は、見た目にも幸運だったのだろう。
そんな五人の竜騎士の死体を見ながら、ウィデーレはレイに同意するように頷く。
「確かに竜騎士というのは、かなり強力な兵種だ。攻撃の届かない上空から火球を撃っているだけでかなりの脅威になる。そんな竜騎士を五人もレイ殿やセトに当てるというのは……どんな意味がある?」
「ウィデーレ隊長、単純に五人も竜騎士を揃えればレイ殿やセトちゃんに勝てると思ったんじゃないでしょうか? 実際、お二人が言ってるように、竜騎士五人というのはそれ程の戦力な訳ですし」
白薔薇騎士団の女騎士がそう告げるが、ウィデーレは即座に首を横に振って、その意見を却下する。
「春の戦争での件を知らないのか? レイ殿とセトは、二十騎もの竜騎士を相手にしてたった一人……正確には一人と一匹でだが、全滅させたという実績を残している。そんなレイ殿やセトを相手に、竜騎士が五人で倒そうなどというのは、カバジード殿下やシュルス殿下の考えとは思えん」
「けど、実際にはこうしている訳ですよね?」
部下の言葉に、ウィデーレもそれ以上口を挟むことが出来ない。
事実、こうして竜騎士の死体が揃っている以上は何らかの意図があって攻撃を仕掛けてきたのに間違いはないのだから。
それも狼煙という手段を使っていたことから、行き当たりばったりなものではなく、計画的な行動であったことが窺われる。
「そう考えると、不気味だな。向こうが何を考えてるのかさっぱり分からない」
ウィデーレやレイ、その部下達が頭を悩ませている近くでは、ウィデーレの部下数人がセトに対して干し肉を与えたりして和んでいるのが、色々とシュールな光景であった。
もっとも、ウィデーレ自身はそんな光景に耐えられなくなったのだろう。セトと遊んでいる部下へと鋭い視線を向ける。
「ぴぃっ!」
ゾクリとした何かを背筋に感じ、思わず悲鳴を上げる女騎士。
そんな様子を眺めつつ、レイは口を開く。
「ともあれ、向こうが何を企んでいるのかは分からないけど、戦力を減らしてくれたことは事実だ。……ああ、ちなみにアイテムボックスの中に入れたワイバーンの死体はこっちで貰っても構わないよな?」
「うむ、それについては問題ないだろう。全てレイ殿とセトが倒した相手なのだから」
「助かる。で、この竜騎士達はどうする? 死んでいる以上は燃やしていく必要があるけど。俺がやっておくか? 炎を使うのは得意だし」
「済まないが、任せよう。私はフリツィオーネ殿下に今回の件を知らせる必要があるから、先に戻らせて貰う」
「え!? ウィデーレ隊長、もう戻っちゃうんですか?」
ウィデーレの言葉に、先程の悪寒にも懲りずセトと遊んでいた女騎士がそう告げる。
「そのつもりだが、何か問題あるか?」
尋ねるという形を取ってはいるが、ウィデーレの視線は既に命令に近い。
女騎士にもそれは分かったのだろう。
自分がレイの手伝いの為にここに残ると言いたいのを何とか我慢し、素早く頷く。
「いえ、何も問題ありません。すぐにでもこの件はフリツィオーネ殿下やアンジェラ団長に報告する必要があると思いますので」
「分かってくれて嬉しい。では早速行くぞ。……レイ殿、ここの後片付けは頼んだ」
「ああ。こっちを片付けたら、すぐにそっちに戻る」
「……セトの速度を考えれば、結局そちらが先に向こうに着きそうな気もするが」
苦笑と共にそう告げると、ウィデーレは部下を率いて馬に乗り、素早く去って行く。
その後ろ姿を見送ると、レイは早速とばかりにミスティリングからデスサイズを取りだし、竜騎士の死体へと向き直る。
『炎よ、我が魔力を糧とし死する者を燃やし尽くせ。その無念、尽く我が炎により浄化せよ。恨み、辛み、妬み、憎しみ。その全ては我が魔力の前に意味は無し。炎は怨念すらも燃やし尽くす。故に我が魔力を持ちて天へと還れ』
呪文の詠唱と共に、デスサイズの石突きの部分に青い炎が生み出される。
その炎は、見ているだけでどこか心が安らぐような、そんな色の炎。
『弔いの炎』
魔法の発動と共に、青い炎は死体そのものを飲み込み、燃やしていく。
アンデッドになるのを防ぐ、そんな力を持った炎による弔い。
ただし、この魔法は神聖魔法の要素も多少なりとも含んでいる為、本来ならレイには使えない魔法。
……それを可能としているのが、レイの持つ莫大な魔力だった。
その魔力で強引に術式を稼働させているのだ。
例えるのなら、氷で敵の肉体を貫くのではなく、水滴で敵を攻撃するかのような、そんな効率の悪さ。
レイの魔力量があって初めて可能になる、非効率極まりない魔法。
「はぁ……ふぅ」
魔法を使って疲れを覚えるということがないレイが疲れを覚える程に消耗していると言えば、どれだけ無駄に魔力を消耗しているのか分かりやすいだろう。
「グルルゥ?」
大丈夫? と喉を鳴らして心配そうなセトに、レイは大丈夫だと頭を撫でる。
秋特有の、乾いた空気が軽く汗を掻いたレイには涼しく感じた。
フードを下ろし、涼しい秋風を堪能するレイ。
ドラゴンローブには簡易エアコンというべき機能がついているのだが、こうして直接風に当たるのも気持ちが良かった。
「……さて、と。こっちの件は片付いた。まぁ、普通に炎で燃やし尽くしてしまえば話は早かったのかもしれないけど、竜騎士にまでなった奴等が捨て駒にされたんだ。このくらいはいいよな?」
誰にともなく呟き、周囲を見回す。
竜騎士を無駄に消耗するような意味不明な真似をした以上、確実に何らかの意味はある。
そう思って周囲を見回したレイだったが、やはり特に何もない。
「そうなると、俺に対する仕掛けじゃなくてフリツィオーネ達に対するものか……それとも、反乱軍か?」
なるほど、とそこまで考えて何となく理解する。
恐らく後者が正解なのだろうと。
特に何か理由がある訳ではない。殆ど勘に近いものだ。
敢えて理由を挙げるとするのなら、今のフリツィオーネ軍には自分が……レイがいる。
もし何か仕掛けてきたとしても、自分がいれば大抵のことは何とかなる、してみせるだけの自信があった。
(そうである以上、何かを仕掛けくるとすれば間違いなく反乱軍に対しての筈。……けど、向こうにだって無限に戦力がある訳じゃない。これまでの戦いで失った兵力は相当数に及ぶ筈だ。それを考えると、俺達が合流する前に反乱軍へ総攻撃とか、そんな単純なことじゃないのは確実だ。となると……)
考えても、レイの頭では特に思い浮かぶことがない。
「何だと思う?」
「グルゥ?」
何が? と首を傾げるセト。
「まぁ、セトに聞いても向こうが何を考えているのかは分からないか。それより死体の処理も済んだし、俺達も向こうに合流しよう」
「グルルルゥ」
すぐに背中をレイの方へと向けるセト。
セトにしてみれば、フリツィオーネ軍と合流すれば食べ物を貰えるという思いが強いのだろう。
それが分かっているレイは、何も言わずにセトの背中に跨がると、ミスティリングの中から干し肉を取り出してセトへと与える。
顔の前に出された干し肉を口の中に入れたセトは、そのまま数歩の助走の後に翼を羽ばたかせて空中を駆け上がるようにして昇っていく。
「ま、向こうが何を考えていたとしても、竜騎士という貴重な戦力が減ったのは事実なんだ。こっちにとって利益が大きかったのは間違いないよな」
何度目かになる、自分に言い聞かせるような呟きがレイの口から漏れる。
カバジードとシュルス。そのどちらかの策だろうが、意図が全く読めないというのは、レイにとっても不気味に感じていた。
「正面から向かってくれば、こっちとしても手の打ちようはあるんだけどな」
言葉通り、正面に立ち塞がってくるのなら、レイは大抵の相手を倒すことが出来ると思っている。
だが肝心の敵が正面に立つのではなく、自分から逃げ回っているのがこの場合は非常に厄介だった。
首を何度も横に振り、自分がここにいるのはその正面に立ち塞がる敵を倒す為であり、絡め手の類は自分ではなくメルクリオやテオレーム、ティユール、そしてヴィヘラといった者達が対処してくれるだろうと判断する。
「今の俺の役目は、あくまでも護衛。そうである以上、余計なことを気にしないでとにかく前に立ち塞がる敵を倒していけばいいだけのことだ。……そうだよな?」
「グルルゥ」
その通りと喉を鳴らすセトに、ようやくレイも安堵をし、やがて地上にフリツィオーネ軍の姿が見えてくる。
「……あ、そう言えばウィデーレ達を追い越さなかったような気が?」
「グルゥ」
今度のセトの鳴き声は、同意の声か。
馬の走る速度とセトが空を飛ぶ速度では、本来ならどう考えても後者の方が早い。
だからこそ、本当ならとっくに追い越しても良かった筈なのだが、フリツィオーネ軍の近くまで飛んできても一向に姿を見なかった。
「俺達よりも先に戻ってきた? いや、馬の速度的にそんなのは有り得ないか。なら、何か全く予定外のことが起こったのか……どのみち、フリツィオーネやアンジェラに聞いてみるまでは分からないな。セト、地上に降りようか」
「グルルゥ!」
喉を鳴らし、セトは翼を広げて滑空しながら地上へと降りていく。