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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
758/3865

0758話

 戦いの始まりを告げたのは、待ち伏せしていたブラッタ達ではなく、林に潜んでいた伏兵でもなく、はたまたフリツィオーネ軍でもなかった。

 フリツィオーネ軍が帝都を出てきてからずっと後ろをついてきていた二十人程の部隊。

 フリツィオーネ軍の後方に位置していたその部隊……の更に後方から土煙が幾つも上がっているのを、ログノス侯爵の部下が発見する。


「ログノス侯爵、あれを!」

「……なるほど。伏兵が一箇所だけとは限らない、か。いや、これを伏兵とは言わないか? ともあれ、あの土煙を見る限りでは騎兵で間違いないだろう。補給部隊を中に入れ、その周囲に弓兵と魔法使い、そして歩兵は槍を持って前へ。騎兵は敵の動きを止めたら横腹を突くから、すぐに移動出来る場所に」


 素早く指示を出していくログノス侯爵の下から、それぞれ伝令が走り去る。

 それを見ていたログノス侯爵は、視線を補給部隊の方へと向けてから自分の部下へと声を掛けた。


「普通、補給部隊の護衛といえばそれ程の腕はない者達だが……あそこにいる者達は相応の腕利きであると思ってもいいのか?」

「はい。何しろ、この部隊そのものが精鋭揃いですから」


 ふむ、と部下の言葉を聞き、補給部隊の方へと視線を向けていたログノス侯爵は、新たな命令をする為に口を開く。


「補給部隊の護衛の兵達にも弓を持たせて弓兵とするように」

「それは……しかし、いいのですか? 補給部隊の護衛は……」

「構わん。軍の中央にいる以上、補給部隊の護衛は必要ない。今はな」

「では、歩兵の方に合流させてはどうでしょう?」

「いや、護衛が必要ないのは今だ。いざ何かあった時には護衛が必要となる。その時、すぐに護衛に戻れるように補給部隊のすぐ近くで使いたい」

「……なるほど。分かりました、すぐに手配をします」


 そう告げ、命令を下していく部下を見ながら、ログノス侯爵は視線をフリツィオーネ軍の一部へと向ける。

 そこにいる貴族は、恐らく裏切っているだろうと予想されている者達。

 今回の戦いでも妙な動きをしないよう、部下に命じて注意はしておいた。

 もし妙な動きを見せた場合、すぐに捕らえられるようにと。


「裏切りの代償は高く付くぞ」


 呟き……そして、時を同じくして土煙を上げながら姿を現した騎兵隊。

 それだけであれば、予想していた以上は特に驚くことはなかっただろう。 

 だが、それでもログノス侯爵は小さく目を見張る。

 確かに姿を現したのは騎兵だ。数は二十騎程か。

 ただし、騎兵はそれぞれが操り手のいない馬をそれぞれ連れている。

 つまり、騎兵自体は二十騎程度だが、馬の数は四十頭程。

 それが何を意味しているのかというのは、すぐに判明する。

 歩いてフリツィオーネ軍の後を付けてきた者達がその馬に乗ったのだ。

 歩兵二十人が、あっという間に援軍の騎兵と合わせて四十騎の騎兵へと姿を変える。


「……なるほど。厄介な。しかも乗り移った者達にしても、あの様子を見る限りでは熟練の騎兵か。弓兵、魔法使い、敵を近づけさせるな!」


 ログノス侯爵の叫びと共に、放たれる攻撃。

 この軍勢に参加している貴族達が精鋭を集めたというだけあって、放たれる矢は途切れることなく続く。

 その矢を射る速度は驚異的であり、同時に炎や風、石、氷といったものが空を飛んで騎兵へと襲い掛かる。

 だが……騎兵隊にしても、ここにいるのは第2皇子直属の騎兵隊。

 ログノス侯爵が率いているのが精鋭だとすれば、騎兵隊もまた精鋭であるのは間違いのない事実だった。

 雨の如く……とまではいかないが、それでも無数に降り注ぐ矢の中、馬と呼吸を合わせて突き進む。

 その速度は速く、ログノス率いる貴族の部隊達までの距離は見る間に縮まっていく。

 勿論、全員が敵の攻撃を回避している訳ではない。

 上から降り注ぐ矢に頭部を射貫かれ絶命し、落馬している者もいる。

 そこまではいってなくても、手足に矢が突き刺さっている者も多い。

 炎によって焼かれ、風の刃で切り裂かれ、氷の槍で胴体を貫かれている者もいる。

 馬が攻撃を受けて倒れ込み、それに巻き込まれるようにして地面に叩きつけられる者もいる。

 特に怪我を負っているのは、ここまでフリツィオーネ軍の後をつけてきた者達が多かった。

 当然だろう。馬に乗って移動するのではなく、自らの足で歩いて移動していたのだ。当然そうなれば、金属鎧よりもレザーアーマーのように軽さを重視した鎧を身につけざるを得ない。

 だが……それでも騎兵隊は些かの恐れも見せず、矢や魔法が降り注ぐ中を潜り抜けて歩兵のいる場所へと辿り着く。


「恐れるな、盾を構えろ、槍を構えろ! 幾ら騎兵とはいえ、決して無敵ではない! 盾で動きを止めてから槍を一斉に突き出せば対処は可能だ!」


 指揮官の言葉に、歩兵達は意を決して自分達の方へと向かって突っ込んできた騎兵へと向かって盾で攻撃を防ぎ、槍を突き出す。

 ……騎兵が、普通の騎兵であればそれで対処出来たかもしれない。

 だが、突っ込んできた騎兵はただの騎兵ではない。第2皇子シュルス直属の騎兵部隊の者達だ。

 自分に向かって突き出された槍の穂先を長剣で切断し、槍を絡めるようにして弾く、または馬の動きをコントロールして槍の穂先を回避する。

 厳しく調教され、鍛え上げられた馬。更に馬に乗っているのは、シュルス直属の精鋭部隊。

 その二つが合わされば、騎兵として非常に高い能力を有する。


「うおおおおおっ、やらせるか、やらせるかぁっ!」

「そうだ! フリツィオーネ殿下は俺達が守ってみせる!」

「こんな場所で死んでたまるか! 俺は、俺達は、内戦が終わった後の世界をフリツィオーネ殿下と共に見るんだ!」


 だが騎兵達が有利にたったのは、それ程長い間ではなかった。

 すぐに武器を失った兵士や、怪我をした兵士達と入れ替わるように後列の兵士が前線に姿を現す。

 騎兵というのは、確かに高い突撃力や攻撃力を持つ。だが、その分一度動きが止まってしまえば隙が多い。

 それを示すかのように、入れ替わった兵士達が持っている金属製の盾により動きを止められた騎兵達は槍で突かれ、長剣で切り裂かれ、ハルバードを叩きつけられ、数を減らしていく。

 それだけではない。騎兵ということは、馬に乗っているということ。つまり、地上にいる兵士達に比べると圧倒的に高い場所にいる。

 混戦であれば弓兵や魔法使い達は攻撃を控えるが、これだけの近さで標的が分かりやすい、更にフリツィオーネ軍は精鋭揃いであるとくれば、この状況で攻撃を躊躇う筈もない。

 そして、とどめの一撃とばかりに第1皇女派の騎兵隊がシュルス皇子の騎兵隊に横から突っ込んで行く。

 動きを止められた上で波状攻撃を仕掛けられても、シュルス皇子直属の騎兵隊は怪我を負った者は多いが死んだ者は少ない。

 それだけではなく、自分達の被害が多く出ると見るや騎兵の一人が魔笛を懐から取り出して強く吹く。

 周囲へと響くその音は一瞬にして騎兵達の耳に入り、その場で渾身の一撃を振るってから離脱する。

 一瞬の隙を突いた、鮮やかなまでの引き際は、シュルス直属の騎兵隊の名に相応しい。

 ログノス侯爵も追撃を行おうとしたが、騎兵は見る間に距離を取っていく。

 それでも、とばかりに弓や魔法を放つ者もいたが、殆ど効果がないままに騎兵は撤退を完了した。


「……あの練度、さすがにシュルス殿下直属の騎兵隊だ」


 感嘆するように、そして同時に悔しげに呟いたログノス侯爵は、すぐに首を横に振って意識を切り替える。


「こちらの被害は?」

「怪我人は多いようですが、死んだ者はそう多くありません」

「そうか、補給部隊の者達に怪我人の手当をさせろ。ポーションの類は節約しなくてもいい。今はとにかく怪我を治すことが重要だ」


 部下の報告に、安堵の息を吐きながら指示を出す。

 その指示を聞き、素早く命令を下すのが一段落したところで、ログノス侯爵は不意に視線を鋭くして口を開く。


「奴等は?」

「今のところは妙な動きを見せてはいません。大人しくこちらの指示に従っていました。敢えて言えば、敵に対する攻撃の際に手加減をしているようにも見えましたが……その辺は私の思い込みからかもしれません」

「そうか。今回は尻尾を出さなかったようだが、くれぐれも監視を怠るな」

「はっ! それで、ログノス侯爵。こちらは防衛に成功しましたが、これからどうなさいますか?」


 部下の言葉に、ログノス侯爵は自慢の髭を撫でつつフリツィオーネ軍の前方へと視線を向ける。

 そこでは、見るからに激しい戦いとなっているのがこの位置からでも理解出来た。

 同時に、街道沿いの林の方から聞こえてくる爆音の類。

 それを見れば、何が起きてるのかは考えるまでもなかった。


「このまま全員で前方の援護に……と言いたいところだが、死人は多くなくても怪我人がこれ程いるとな。それに後方の敵に備えないという訳にもいくまい。騎兵隊は退いたが、向こうにしても被害自体はそれ程多くはない筈だ。下手に隙を見せれば、また奴等がやって来るぞ」


 この場合厄介なのは、敵が機動力の高い騎兵隊であるということだろう。

 後方を守っているログノス侯爵の部隊に隙があるとみれば、すぐにまた襲い掛かってくるのは確実だった。


「では、このまま様子見を?」

「まさか、そんな訳にもいくまい。……五十人程は何とか出せるか」


 ログノス侯爵の言葉に部下は周囲を見回し、頭の中で計算をし、やがて頷く。


「はい。五十……いえ、六十人程でしたら、後方の防衛も問題はないかと」

「そうか、ならお前が部隊を率いて行け。本来なら儂が向かいたいところだが、まさかこの場の指揮官がここを放り出す訳にもいかんしな」


 自分達の指揮官が逃げ出した。もしそんな風に捉えられれば、精鋭部隊であろうとも士気が落ちるのは間違いがない。


「キズロ子爵、ブルモス男爵、クラリナ男爵を連れていけ。ただし、指揮はお前が執るように」

「は!」


 本来であれば侯爵という高位の貴族であろうとも、部下に貴族を指揮させるというようなことはしない。

 だがログノス侯爵が今上げた三人は、ログノス侯爵の下で幾度となく戦ってきた経験を持つ。

 それ故に、指揮を執るように命じられた部下の実力もきちんと理解しており、従うことに異を唱えるようなことはなかった。

 去って行く部下の背を眺め、ログノス侯爵は再び騎兵隊が襲ってきても対抗出来るように隊列を整えていく。

 怪我人はすぐにでも治療出来るように隊列の内側、補給部隊がいる場所へと。

 特に怪我人が多いのは、当然ながら歩兵部隊。

 この軍に参加している貴族の連れてきた兵士や、フリツィオーネを慕って義勇兵として行動している冒険者、傭兵といった者達。

 その者達が、騎兵の突撃により大きなダメージを受けていた。

 ログノス侯爵の視線の先では、ポーションや回復魔法を使って治療を受けている者達の姿。 

 中には傷が深くて治療が追いつかずにそのまま息を引き取る者もいるが、今は悲しむべき時ではないと自分に言い聞かせて視線を別の方へと向ける。

 弓兵や魔法使いが固まっていた遠距離攻撃部隊は、多少の怪我人はいてもかすり傷程度の軽傷だ。

 これは、騎兵が弓を始めとする飛び道具を殆ど持っていなかったからこそだろう。

 歩兵部隊がしっかりと仕事をしたおかげで、この程度で済んでいた。

 軽傷ということであれば、騎兵もそれは同様だ。

 敵騎兵部隊の動きを歩兵達が止めた状態で横から攻撃を仕掛けた為、フリツィオーネ軍の騎兵は半ば一方的に攻撃を仕掛けることが出来た。

 追撃部隊との戦闘を前提としていた為に、金属鎧を着ていたのも怪我人が少なくなった理由の一つだろう。

 それらを考えると、全体の被害は軽微と言ってもよかった。


(だが、戦いがこれで最後になると決まった訳でもないだろう。カバジード殿下やシュルス殿下にしてみれば、戦力はまだ幾らでもある)


 元々皇子二人の派閥はフリツィオーネの第1皇女派よりも大きい。

 多くの貴族を有している以上、兵力に関しても当然自分達よりも多かった。

 討伐軍として派遣した者達が壊滅的な被害を受けているとしても、容易に補充出来る程度には。

 つまり、自分達が反乱軍と合流するまでの戦いでどれだけ被害を押さえることが出来るのかが重要となる。


(もっとも、殿下達にしても被害をすぐに回復出来るからといって、何度も追撃部隊を出しては敗北を重ねる……などというような真似は出来ないだろうし、こちらに深紅がいる以上は向こうも慎重にならざるを得ない)


 ログノス侯爵は、当然レイが討伐軍に対して火災旋風を使い、壊滅的なダメージを与えたことをフリツィオーネから聞いて知っている。

 そうである以上、カバジードやシュルスにしても慎重にならざるを得ないというのは理解していた。


「つまり……ここを乗り切れば、恐らくは何とかなる」


 フリツィオーネの軍が反乱軍に合流するのは面白くないだろう。各個撃破する絶好の機会を捨てなければならないのだから。

 だが、それでも派閥の長としては負け続けている状況で強硬な手を続け、派閥の貴族から見捨てられるようになれば本末転倒でしかない。

 ここを乗り切る。

 それを期待し、ログノス侯爵は戦場となっている前方へと視線を向けるのだった。

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