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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
754/3865

0754話

昨日発売の月刊ドラゴンエイジにて、レジェンドの連載が始まりました。

コミカライズ版共々、レジェンドをこれからもよろしくお願いします。

 多少のいざこざはあったが、フリツィオーネ率いる第1皇女派は無事に帝都の外へと出ることに成功する。

 総兵力は四百人程であり、それに補給部隊とその警備として百人程の合計五百人程と、第1皇女派が率いる人数としては少ないからこそ、ここまで素早く行動出来たというのもあるだろう。

 もしもここにいる兵力が第1皇子派や第2皇子派のように数千人単位であれば、どうしても動きが鈍くなった筈だ。

 軍隊というのは、人数が多くなればなる程に身動きが取りにくくなるのだから。


「とは言っても、恐らくこのまま無事に反乱軍の陣地に辿り着けるということはないだろう」


 ウィデーレの言葉に、近くでデスサイズを片手に周囲を見回していたレイも頷く。


「だろうな。実際今の状況でもこっちを見ている……偵察している者の視線は感じるし」

「やはり確定、か」


 溜息と共に吐き出される言葉だが、ウィデーレは特に悲しむ様子はない。 

 自分達が帝都の外に出れば第1皇子派や第2皇子派と戦いになるだろうというのは、事前に想定されていた為だ。


「あー……それより、レイ殿。セトは呼ばない、のか?」


 先程とは打って変わって申し訳なさそうな表情を浮かべるウィデーレ。

 その視線の先にいるのは、自分の部下である白薔薇騎士団第三部隊の部下の面々……だけではなく、他にもレイが帝都に滞在していた間に第三部隊の隊員からセトの可愛さ、愛らしさを聞いていた騎士の面々の姿もある。

 強い期待と共に自分を見ている視線に、レイもまた笑みを浮かべる。

 自分に対して好意的な存在からの頼みだけにレイとしてもその希望を叶えたいと思うし、何より実際にこれから戦いになるのは間違いがないのだから、戦力はあるに越したことはない。


「そうだな、隊列を整えている今のうちに呼んでおくか」


 現在フリツィオーネ一行がいるのは、自分達が出てきた貴族用の門から少し――具体的には十分程――離れた場所。

 そこで点呼を行い、隊列を整えている真っ最中だった。

 帝都の中を移動するのと、街道を移動するのとでは大きく違う。

 特にこれから間違いなく戦闘になると予想されているのだから、いつ戦いが起こってもいいように隊列を整える必要があった。


「そうしてくれるとこちらとしても助かる。では、フリツィオーネ殿下とアンジェラ団長にその旨、話してくる」


 そう告げ、去って行くウィデーレの後ろ姿を見送ると、レイは周囲から少し離れた場所に移動する。

 別にフリツィオーネ軍の中でセトを呼び寄せても良かったのだが、そんな真似をすれば恐らく混乱して、折角隊列を整えた意味がなくなるだろうという判断からだ。

 ここにいる中で、実際にセトを見たことがある者は少ない。

 闘技大会でも従魔の出場は禁止されていた以上、レイと共に反乱軍の陣地から帝都までやってきたウィデーレやその部下達、あるいはこの中にいるのかどうかはレイにも分からなかったが、春の戦争で生き残った者達くらいだろう。


(もしかしたら、俺がセトを連れて帝都を歩いた時とか、帝都に向かっている時とかに見ているかもしれないけど)


 自分という存在がどのような意味を持っているのかをある程度は理解しているレイとしては、見張りの類が付けられていてもおかしくなかったと思う。

 もっとも、実際に帝都で動き回っていた時はもっと剣呑な視線を向けられていたので、その類の視線に気が付けたかどうかは怪しいが。


「さて、セト。気が付いてくれよ?」


 セトがある程度自分の気持ちを理解出来ているというのは知っているし、何よりセトはレイの魔獣術で生み出された存在だ。

 それだけに、レイの魔力を感じ取る能力に関しては非常に高い。

 だからこそ……


「セト、来い!」


 その言葉と共に魔力を放つ。

 レイの身体の周囲を漂っていた魔力は、やがて可視化し、目に見えるようになる。

 覇王の鎧。レイがノイズとの戦いで身につけたスキルであり、同時にこのスキルを使いこなす為に今回反乱軍に協力したと言ってもいい。

 ……勿論ヴィヘラが心配だという思いもそこにはあるのだが。

 自分を想ってくれている相手だ。その身を心配するのは当然だろう。

 突然自分達から離れた場所に移動したレイを見ていた兵士や騎士、冒険者、傭兵、貴族といった者達は、レイが何をしているのかを見て唖然とする。

 闘技大会では見たが、まさかこれ程近くで覇王の鎧を見られるとは思っていなかった者も多い。

 魔力を活性化するという意味では、下手に魔法を使うよりも覇王の鎧を使った方が手っ取り早いと判断したレイだったが……


「グルルルルルルゥッ!」


 その判断が間違っていなかったのは、覇王の鎧を展開してから数分で判明した。

 嬉しげに鳴きながら空を飛んできたのは、レイの相棒でもあるグリフォンのセト。

 ……それを見たフリツィオーネ軍の者達は、一瞬武器へと手を伸ばす。

 だが、グリフォンを従えたレイがこの軍に参加しているというのは既に知らされていた為、すぐに武器から手を離す。

 それでもやってきたセトを見て唖然とした表情を浮かべたのは、セトのグリフォンとしての威容もさることながら、その足に熊の死体をぶら下げていたからだろう。

 セトがレイの魔力を感じ取った時、丁度熊の頭部へと前足の一撃を叩き込んで首の骨を折っていたところだった為、折角仕留めた獲物をそのまま森に置いてくるのも勿体ないと、こうして持ってきたのだ。

 翼を広げて滑空しながら地上へと降りてきたセトは、途中で邪魔になると熊の死体を地面に落とし、そのまま着地してレイへと駆け寄っていく。

 そんなセトの様子に、息を呑んで今の状況を見守っていた中の数人は思わず駆け出そうとする。

 しかし、すぐにセトが喉を鳴らしながらレイに顔を擦りつけている光景を目にし、思わず安堵の息を吐く。

 視線の先にいる人物が深紅の異名を持つ人物であることは知っていた。

 少し前に開かれた闘技大会で、ベスティア帝国の英雄とも呼べるランクS冒険者のノイズと互角に近い戦いをしたのも知っていた。

 フリツィオーネを通して、カバジードが派遣した第二次討伐隊を壊滅させたというのも聞いていた。

 だがそんなことよりも、目の前でグリフォンがレイに懐き、甘えている光景を目にした時に周囲の者達は、レイという存在の異常さ……延いてはとてつもなく頼りになるということを実感する。

 特にその感情が強いのは、やはり春の戦争に参加して生き残った者達だろう。

 実際にセトがどれだけの力を持っているのかを知っている為、そのセトが自分達の味方になってくれると思うと心強い。

 勿論思うところがない訳ではない。

 だが今はそれを表に出してはいけないというのは知っているし、そんな真似をしても自分達が不利になるだけだというのも理解している。

 何しろ、すぐにでも追撃の部隊を派遣するだろう第1皇子派、第2皇子派の軍と戦って勝つには、どうあってもレイとセトの力が必要なのだから。


「グルルゥ? グルゥ、グルルルゥ!」


 喉を鳴らしつつ甘えてくるセトに、レイもまた笑みを浮かべて頭や身体を撫でてやる。

 久しぶりに感じるセトの滑らかな羽毛や毛は、フードに隠れているレイの表情を綻ばせる。

 両手でセトを撫でる為、先程まで周囲を威嚇する意味で持っていたデスサイズをミスティリングに収納すらしていた。


「元気だったか? ……この様子だと、元気だったみたいだな」


 羽毛や毛の下に隠れているセトの身体が特に痩せている様子もないことに安堵したレイに、セトは当然! とばかりに喉を鳴らす。

 数日ぶりの再会だが、まるで数ヶ月ぶりの再会のようにも見える光景。

 基本的にはいつも一緒にいる一人と一匹である為、数日ぶりの再会ともなれば、どうしても大袈裟なものになる。

 そんなレイとセトの下へ、ウィデーレが申し訳なさそうな顔をしながら近づいてきた。


「レイ殿、申し訳ないがフリツィオーネ殿下が呼んでいるので、共に来て貰いたい。その、セトも」

「グルゥ?」


 自分も? と喉を鳴らすセトは、地面に落ちている熊の方へと円らな視線を向ける。

 それ程高い位置から落とされた訳ではない為、熊の身体が砕け散っているといった風にはなっていないが、それでも周囲に強烈な血の臭いを発しているのは事実。

 おまけにその熊の死体を持ってきたのがセトなので、迂闊に片付けるわけにもいかず、兵士達はどこか遠巻きにしていた。


「グルルゥ」


 お肉……とでも言いたげな風に熊の死体へと視線を向けながら喉を鳴らすセト。

 ウィデーレは付き合いが短い為にセトが何を思っているのかは分からなかったが、レイにはセトの仕草だけで十分だった。


「ウィデーレ、悪いけどあの熊は後でセトが食べるから寄せておいてくれないか?」

「補給物資の輸送をしている馬車になら、まだ多少の余裕があるが……」


 渋々といった感じのウィデーレ。

 当然だろう。血抜きをした訳でもない熊の死体からは、強烈な血の臭いがしている。

 補給物資を積んでいる馬車に熊の死体を積めば、当然馬車の中にある補給物資には血の臭いが染みつくのだから。


「アイテムボックスに入れればいいのでは?」


 その言葉に、レイはセトへと確認の意味を込めて視線を向ける。

 だが、セトは不服そうに喉を鳴らしながら、熊の死体から流れている血の方へと向けて前足で地面を軽く叩く。

 それで、レイはセトが何を言いたいのかを理解した。


「血抜きか……ってことで、頼む。でないとセトが納得しないんだよ」


 若干迷うも、セトの機嫌を損ねるようなことになれば色々な意味で危険になると判断し、ウィデーレはやがて小さく溜息を吐いて頷く。


「分かった。荷物を移して一台空きを作ろう。その処置はこっちでやって置くから、レイ殿とセトはフリツィオーネ殿下の下へ」


 ウィデーレに急かされたレイは、セトと共にフリツィオーネの乗っている馬車へと向かう。

 ……もっとも、セトは自分の食事となる熊の死体を何度も振り返っていたが。






「まぁこれがセト? グリフォンというから随分と凶暴なモンスターを想像してたけど、随分と大人しいわね。目もクリクリとしてて可愛いし。ねぇ、レイ。本当にこれがランクAモンスターのグリフォンなの?」


 それが、フリツィオーネがセトを見て最初に発した言葉だった。

 基本的に人懐っこいセトは、自分に好意的な態度を示すフリツィオーネが気に入ったのだろう。喉を鳴らしながら小首を傾げてフリツィオーネへと視線を向ける。

 それがまた可愛らしく、フリツィオーネの琴線に触れた。


「ああ。セト、挨拶を。ヴィヘラの姉さんのフリツィオーネだ」

「グルゥ?」


 ヴィヘラという名前を聞き、首を傾げるセト。

 やがてセトの円らな視線はフリツィオーネへと向けられ、よろしく、とでも言いたげに喉を鳴らす。


「……ねぇ、アンジェラ。悪いんだけど貴方ちょっとどこかの山奥に行って、グリフォンを連れてきてくれない?」

「フリツィオーネ殿下!?」


 いきなりの言葉に、アンジェラは反射的にそう返す。


「だ、大体私がそんな真似をしたら、白薔薇騎士団はどうするおつもりですか!」

「そんなの、ウィデーレに任せればいいじゃない」

「……本気で言ってませんよね?」


 ジトリとした視線を向けるアンジェラに、フリツィオーネはようやく我に返ったのか、首を横に振る。


「勿論冗談よ? 大体、これからシュルスやカバジード兄上が出すだろう追撃部隊と戦闘になるのに、戦力の要の一人でもあるアンジェラをわざわざ軍から外すような真似はしないわよ」

「それはつまり、追撃部隊の件がなければ命じたと?」

「それは……当然そんなことはないわよ?」


 言葉の途中で顔を逸らすフリツィオーネ。


「……だったら、しっかりと私の方を見て喋ってくれませんか?」


 そう告げたアンジェラは、やがてこれ以上言ってもしょうがないと理解したのだろう。小さく溜息を吐いて口を開く。


「確かにセトというこのグリフォンは可愛いです。それには私も異論はないですし、認めましょう。ですが、それを得る為に私に山に行けとは……そもそも、ランクAモンスターと簡単に遭遇出来ると思いますか?」

「……ごめんなさい。ちょっとセトが可愛すぎたから」

「そもそも、私が普通にランクAモンスターに遭遇したら、間違いなく死にますよ?」


 その言葉は、間違いなく事実だ。

 基本的には個人ではどうにも出来ない相手。それがランクAモンスターなのだから。

 ランクAモンスターに対抗するのであれば、ギルドでも数少ないランクAパーティや、それに匹敵する強さを持つ者が必要だ。

 もっともそんな力を持つ者はそう多くないのは、ギルドに登録されている冒険者を見れば明らかだろう。


「で、俺が呼ばれたのはセトを見たかったからってことでいいのか?」

「あ、ごめんなさい。確かにそれもあるけど、他にも理由があるのよ。そろそろ隊列も整うから、出発するんだけど……レイとセトには、最後尾について貰えない?」

「最後尾? ……なるほど、追撃部隊に対する押さえか」


 部隊の後方から迫ってくる相手であれば、その先端に強烈な一撃を与えて怯ませ、その隙に反転して隊列を整えたいのだろう。

 そう判断したレイの言葉に、フリツィオーネは頷きを返す。


「お願い出来る?」

「……それは構わない。けど、進行方向の偵察も十分にやった方がいいと思うけどな」


 カバジード辺りなら動きを見抜いても不思議ではないだろう? 言外に告げる言葉に、フリツィオーネは考え込み……アンジェラへと意見を求めるように視線を向ける。


「敵と通じていた者達については、こちらでも処理していますが……多少不安もあります。レイの場合はセトと共に空を移動出来るのですから、先行偵察を頼んでみても構わないのではないのでしょうか?」


 その言葉に、フリツィオーネは頷きを返すのだった。

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