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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
744/3865

0744話

 その空間は、周囲にいる者達ですら緊張を感じられる程にピリピリとしていた。

 誰もが言葉を発さずに……否、発せずにいる中、ようやくこの場の中心にいる人物が口を開く。

 テーブルの上に置かれている物を……その人物にとっては非常に大事な物へと手を伸ばしながら。


「……レイ、これは貴方の仕業ね?」


 確定的な意思を込めて告げてくるフリツィオーネの言葉に、レイは頷く。

 この小屋に入ってくるまでは穏やかな雰囲気だったというのに、小屋の中に入って……正確には小屋の中のテーブルに置かれている物を見た瞬間に、フリツィオーネは動きを止めたのだ。

 即ち……レイが小腹が空いたと小屋の中を家捜しして見つけた干し肉とドライフルーツを。

 レイが自分の罪を認めたことで、フリツィオーネの表情は若干……本当に若干ではあるが和らぐ。

 もしもレイが自分が食べたのではないと口にしていれば、フリツィオーネの表情がどうなっていたのか。それを考えるのは難しくない。

 不幸中の幸いだったのは、小屋の中にいるのがレイ、フリツィオーネ、アンジェラ、ウィデーレの四人だけだったことだろう。

 レイに対して思うところのある他の白薔薇騎士団の騎士達は、小屋の外で周囲を警戒していた。

 専門の訓練を受けて庭師の振りをしている者もいるのだが、念の為というのもあるし、レイとの相性が悪いとアンジェラが判断したということもある。


「この干し肉とドライフルーツはね、私がここで安らぐ時に食べる取っておきなの。城の料理人がコスト度外視で作ってくれた貴重品なの。ここで過ごす時にはなくてはならないものなの。それを……それを……」


 ほんわかとした印象を与えるフリツィオーネだったが、今はその面影は殆ど存在していない。

 据わった目つきでレイへと視線を向けている様子は、とても皇女と……それも皇位継承権すら持っている第1皇女であるとは思えなかった。

 そんな視線を向けられたレイは、このままだと色々と不味いことになる。そう判断し、フリツィオーネの怒りの矛先を逸らすことにする。


「あー、悪い。けど、この小屋の中にある食べ物とかを自由に食べてもいいって言ったのは、ウィデーレだぞ? 俺はそれに従っただけだ」

『なっ!?』


 同時に上がる声だったが、片方は驚き。もう片方は怒りの声という意味では全く違っている。

 フリツィオーネにしてみれば自分の信頼する部下に裏切られたという思いがあったし、ウィデーレにしてみれば何故ここで自分に話を振るのだ、という憤りがあった。

 もっとも、実際に小屋の中にある食べ物を食べてもいいと言ったのは事実である以上、言い逃れが出来る筈もない。


「ウィデーレ? ちょっとお話を聞かせてくれる?」

「あ、いえ。その、フリツィオーネ殿下、これは私ではなく……」


 よくも自分を売ったな。そんな視線を向けるウィデーレに、レイはそっと視線を逸らす。

 第1皇女派のこれからに関しての重要な話をする筈が、何故か干し肉やドライフルーツについての話になっていた。

 暫くはフリツィオーネやウィデーレのやり取りを見守っていたアンジェラだったが、やがて大きく手を叩く。

 その音は不思議な程に小屋の中へと響き渡り、フリツィオーネやウィデーレだけではなくレイの注意までをも引く。


「フリツィオーネ殿下。その件に関しては取りあえず置いておきましょう。そもそも、ここに来たのはレイとの顔合わせという意味もありますが、これからどうするのかの話し合いの為なのですから」

「……確かにアンジェラの言う通りね」


 ウィデーレとのやり取りを一旦収めたフリツィオーネだったが、レイに向かい合う前に一瞬視線をアンジェラの方へと向けると、小さく呟く。


「自分はレイとゆっくり話していて楽しめたんでしょうけど、人には皇女の役割をきちんとしろと言う訳ね」


 小さな呟きではあるが、しっかりとアンジェラの耳には聞こえるような声。

 当然アンジェラは反射的に何かを言い返そうとするが、このままでは結局話は全く進まないと判断してその場で黙り込む。

 ただし、この件が終わったらしっかりと話を付けようと。

 それこそ、先程フリツィオーネがウィデーレに対して思ったかのような考えを抱く。

 フリツィオーネも、アンジェラの方から漂ってくる不穏な空気を読み取ったのだろう。賢明なことにそれ以上余計なことは口にせず、改めてソファへと腰を下ろす。

 いつもこの小屋はゆっくりと一人で休みたい時に来ている場所だが、今はそれどころではない。

 それは承知しているのだが、この小屋に来るとどうしても気が抜ける感じがするのは、ここに来ると休むのが殆ど条件反射に近くなっているからだろう。

 アンジェラとウィデーレの二人は、ソファへと座っているフリツィオーネの後ろに立つ。

 護衛という立場である以上、自分達がこの場でソファに座るというのは最初から考えていなかった。


「さて、レイ。まず率直に言わせて貰うわ。親書に書かれてあった、メルクリオの下につくという条件。これは呑ませて貰おうと思っているの」

「へぇ」


 予想外といった表情でレイが声を出す。

 まさか、こうもあっさりとメルクリオの条件を受け入れるとは思っていなかったからだ。

 だがフリツィオーネは、そんなレイの態度に何も感じていないかのように言葉を続ける。


「その条件はいいの。ただ、出来れば出来るだけ戦いを起こして欲しくないわ」

「……は?」


 何を言っているのか理解出来ない。数秒前の言葉とは違い、思わずといった風に声を出すレイ。

 現在では既に反乱軍と討伐軍としてお互いに戦端を開いており、お互い――正確には討伐軍の方に――少なからず死者も出ている。

 そんな状況で出来るだけ戦いを起こさないようにして欲しいと言われても……


「それは無理だろ」


 考えるまでもなくそう告げるしか出来ない。

 事実、レイとしては現在の状況で矛を収めることが出来るとは思えなかった。

 反乱軍側にしてみれば、戦況は自分達にとって圧倒的に有利なのだ。しかも反乱軍という名称通り、現在の自分達はベスティア帝国に背いた反逆者という扱いになっている。

 そこまでされた以上、反乱軍に……より正確にはメルクリオにしても、自分より高い皇位継承権を持っている兄二人を排除――殺しはしないが――するのを狙うのは当然だった。

 討伐軍側にしても、軍部からの支持が厚いシュルスが負けて当然ではあったが、初戦での大敗がある。

 カバジードにいたっては、夜襲を受けて相手に何の被害も与えられないままに全滅させられており、第1皇子としての面子を完全に潰されていた。

 そんな中で戦闘を起こさないようにしろと言われても、それにはいそうですかと答える者がいるとはレイには思えない。

 視線をアンジェラやウィデーレの方へと向けるが、この二人は主君であるフリツィオーネがそれを望むのであれば全力で叶えるつもりでいる。


「難しいというのは分かっているわ。けど、難しいからといって誰も行動を起こさなければ、この内戦はいつまでも終わらない。そうしてベスティア帝国の住民同士が血で血を洗う戦いをして、恨みや憎悪、悲しみのみが積み重なっていく。それに、一人の家族として私は兄弟同士で戦っているこの内乱を止めたいの」


 甘っちょろい戯れ言だ。フリツィオーネの言葉を聞いて内心ではそう思ったレイだったが、それでも言葉に出さなかったのは、フリツィオーネの目が真剣な光を宿しており一歩も退く様子を見せていなかった為だ。


「……まぁ、その件に関しては俺は何も権限を貰っていない。良くも悪くも、俺の立場は小屋の前で言われたように護衛以外のなにものでもないしな。その辺の条件に関しては、俺じゃなくてメルクリオに直接会ってから話してくれ」


 結局レイが選んだのは、棚上げするということだった。

 勿論それが間違っている訳ではない。事実、レイがフリツィオーネ合流に関して何らかの権限を与えられている訳ではないというのは事実なのだから。


(もっとも、城や帝都を抜け出して反乱軍と合流した後で条件が合わなかったので戻ってきました……って言っても、カバジードやシュルスが素直に迎え入れるとは思っていないけどな。そうなると、その甘っちょろい意見を引っ込めて反乱軍に合流するか……それとも、第三勢力として名乗りを上げるか。どのみち、厳しいことになるのは間違いない)


 いざという時、目の前にいるフリツィオーネがどんな選択をするのか。それはレイにとっても分からず、だからこそ楽しみに思えることでもあった。


「で、そっちの主張をどうするかってのはともかくとして、一旦反乱軍と合流するってことでいいのか?」

「ええ。何をするにしても、一旦メルクリオやヴィヘラと話をする必要があるのは事実ですもの」


 躊躇いもなく頷くフリツィオーネに、レイもまたそれ以上は何を言うでもなく頷きを返す。


「方針は分かった。それで、具体的にはいつくらいに出発出来る? 出来るだけ早い方がこっちとしてはありがたいんだが」


 レイの脳裏を過ぎるのは、やはり城の近くで遭遇したカバジードの顔。

 自分に気が付いたという確証はないが、それでも心の奥底まで覗き込むような、あるいは見透かすような視線を忘れることは出来ない。

 また、ウィデーレと遭遇したデューンのこともある。

 あの時はデューンの注意がウィデーレの方へと向いていた関係もあって、自分の正体を見破られるようなことはなかった。

 だが、時間が経てばどうだ?

 何らかの拍子に自分のことを思い出すのではないか。

 そう思えば、出来るだけ早いうちに城から出たいというのがレイの正直な気持ちだった。

 ……もっとも、既にカバジードはおろか、シュルスにもレイが城の中にいるというのは見抜かれているのだが。

 まだレイがここでこうして無事にいられるのは、カバジードが何かを企んでおり、それを知ったシュルスが迂闊にレイに手を出すとカバジードの企みに巻き込まれるかもしれないという考えからのものだ。

 シュルスの場合は、フリツィオーネに危険がないようにという思いも幾らかはあるのだろうが。

 それらのこともあり、レイとしてはなるべく早く帝都を出て行きたいという思いがある。


「そう、ね。ウィデーレが帰ってくる前からそれとなく準備はさせていたのだけれど、それでもやっぱりある程度の時間は掛かると思って頂戴」

「ある程度というのは、具体的には?」

「完全に準備を整えるとするのであれば、それこそ月単位。そこまで行かずに取りあえずの準備でいいのであれば、数日。取るものも取り敢えずということであれば、明日にでも……という感じかしら」

「俺としては明日がいいが……」


 言葉を返しながら、レイは視線をアンジェラとウィデーレの方へと向ける。

 だが視線を向けられた二人は、黙って首を横に振る。


「だよな」


 レイとしても理解はしていたのだ。明日にでも脱出するというのは不可能だと。

 フリツィオーネにしても、準備を完全に整えたわけでもないのは態度を見れば明らかだったし、他の貴族達は何を言わんやだ。

 それに明日にでも城を脱出するとなると、武器や防具を揃える余裕すらもないだろう。

 武器や防具のない者達を護衛するのはレイにとっても色々と大変だし、ミスティリングの中に入っている装備品――殆どが槍だが――を放出するというのもあまり気が進まない。

 それを考えれば、やはり自然と選択肢は決まってくる訳で……


「出来るだけ早く頼む」


 レイに言えるのはそれだけだった。

 言葉の意味は理解しているのだろう。フリツィオーネの後ろにいるアンジェラとウィデーレの二人もそれぞれに頷きを返す。

 そして、フリツィオーネ本人も分かっているといった風に頷く。


「やっぱりそれしかないでしょうね。私としては、出来れば最初の月単位の方が安心出来ていいのだけれど」

「それは無理だ。そこまで時間が掛かってしまえば、俺がここにいるのも色々と限界に近いだろうし、内乱の方でも新たな動きが出るのは間違いない」


 それに……と内心で言葉を続けるレイ。


(セトを放っておく訳にもいかないしな。モンスターや動物を狩って食べるように言ってあるけど、基本的に人懐っこいのがセトだ。下手をすれば寂しくなって帝都に入ろうとしかねない。結界の類があるから、空からは無理だろうし……正門とかを強行突破してくるのか? うわ、ちょっと想像したくないな)


 脳裏を過ぎったのは、翼をはためかせ、全速力で正門へと突っ込むセト。

 当然それを見れば警備兵としても対応せねばならず……結果的に待っているのは、これ以上ないくらいに大きくなった騒動だった。


「……うん、やっぱりなるべく早くして貰った方がいい」


 セトが自分にどれだけ懐いているのかを知っているレイにしてみれば、それは全く有り得ない選択肢ではなく、だからこそどこか遠くを眺めつつそう告げるのだった。

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