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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
729/3865

0729話

『ほう。では、そのウィデーレという相手は大人しく負けを認めたと?』


 マジックテントの中に声が響く。

 聞くだけでどのような人物が発しているのかを想像出来るような美声の持ち主は、対のオーブの向こう側で嬉しそうな笑みを浮かべながらレイへと視線を向けていた。

 その相手……エレーナの言葉に、レイは流水の短剣から出した冷たい水の入ったコップを口に運びながら頷く。


「ああ。白薔薇騎士団とかいう騎士団の部隊長を務めているだけあって、強さはなかなかだった。知ってるか?」

『そのウィデーレという人物は知らないが、白薔薇騎士団の名前は知っている。フリツィオーネ殿下直属の騎士団として有名だな。ただ……』


 対のオーブに映し出されているエレーナは、微かに首を傾げる。

 何か疑問に感じているというのが分かったレイは、水を飲みながら視線で先を促す。


『うむ。白薔薇騎士団は確かに有名だ。だがそれは、どちらかと言えば儀礼的な騎士団だとばかり思っていたのだがな』

「儀礼的?」


 今度首を傾げるのは、エレーナでなくレイ。

 お互いに首を傾げているという状況が少し面白く思えたのか、エレーナは綺麗な微笑を浮かべつつ口を開く。


『ベスティア帝国の第1皇女ともなれば、当然各種様々な式典に出席する必要が出てくる。その時に見目麗しい女達が白く輝く鎧を身に纏って、フリツィオーネ殿下に付き従っているという光景を想像してみろ。ちょっとした見物ではあるだろう?』


 エレーナの言葉を聞き、レイはウィデーレやその部下達の様子を思い浮かべる。

 確かに全員の顔立ちは整っており、美貌と評してもおかしくない。

 そのような人物が何人、何十人と集まって一糸乱れぬ行動をしていれば、確かにこれ以上ない程の見応えだろう。

 男であれば白薔薇騎士団の騎士達の美貌に見惚れ、女であれば凜々しさに憧れる。

 勿論全員が白薔薇騎士団に見惚れたりはしないだろうが、それでも大多数の者達が目を奪われるのは確かだろう。

 もっとも……


「麗しさという意味では、姫将軍もかなりのものだと思うけどな」

『なっ、いきなり何を……全く、本当にいきなりなのだからな』


 エレーナの整った美貌が照れによって一瞬で赤に染め上げられる。

 レイがウィデーレを始めとした白薔薇騎士団の者達を見ても殆ど目を奪われることがなかったのは、美の化身や戦女神と呼んでもおかしくはないエレーナを知っていたからだろう。


「あら、どうせなら私にも口説き文句を言って欲しいのだけど」


 マジックテントの入り口から聞こえてきたのは、誘うような蠱惑的な声。

 それが誰の声なのかというのは、考えるまでもなく明らかだった。

 そもそも、マジックテントの外で周囲を見張っているセトが騒ぎ立てもせずにあっさりと通したのだから、危険な人物ではないというのは明らかだろう。

 尚、先頃行われた討伐軍壊滅の件から、レイが住処としているマジックテント周辺の警備は非常に厳しくなっている。

 セトの機動力を使って好きな場所に火災旋風を作り出せるとなると、カバジードやシュルスにとって……いや、ベスティア帝国にとって非常に危険な相手と見なされるかもしれないと、メルクリオやテオレームが判断した為だ。

 レイのような危険な相手に、正面から戦ってどうにかするのはほぼ無駄だと言ってもいい。

 だが万が一、億が一の確率として、暗殺という手段がある。

 鎮魂の鐘という、ベスティア帝国内でも屈指の組織が仕事を請け負っても殺しきれないレイだが、真っ正面から挑むよりはまだ可能性があると判断してもおかしくないのだから。

 事実、レイにしても眠っているところを襲われれば気が付く間もなく殺されるかもしれないというのは十分に理解している。

 そのような者達に対処する為のセトだったのだが、メルクリオやテオレームを含む上層部としては、反乱軍の切り札……どころか英雄とも呼べる存在になったレイをそのままにしておく訳にもいかず、専門の護衛の兵士を付けることになった。

 だが当然一般の兵士とグリフォンのセトでは、五感や直感、魔力を感じ取る能力まで差がありすぎるので、名目上以外の何ものでもないのだが。

 更に、当然今のようにヴィヘラがマジックテントに通っているというのを目にする訳で、レイとヴィヘラの関係は半ば公然の秘密に近い扱いとなっていた。


『ヴィヘラ……またお前か。仮にも一国の皇女だったのだろう? もう少し慎みを持ってはどうだ?』

「おかしなことを言うわね。エレーナが言ったように私は皇女だった、のよ? つまり過去形なの。今は普通の一般人でしかないわ」

『お前のどこが一般人だ。一般人はお前のような男を誘う格好はしないし、お前の色香に騙されて近寄ってきた相手を嬉々として倒したりもしないぞ』

「あら、そう? こんなのは乙女の嗜みよ?」


 溜息と共にエレーナの口から出た言葉に、ヴィヘラは笑みを浮かべつつ言葉を返す。

 乙女の嗜み。その言葉には、対のオーブに映し出されているエレーナだけではなく、レイまでもが思わず溜息を吐く。

 そんな二人の様子が面白くなかったのだろう。ヴィヘラは不満そうな表情を浮かべる。


「何よ、私が乙女だと何か文句あるのかしら?」

『今も言ったように、そんな服装をしておいて乙女というのには無理があると言っているのだ』

「けど、こういう服装の方が男の人は喜ぶのよ? レイだって堅物な誰かさんの鎧姿よりも、こうして目で見て楽しめる服装の方がいいわよね?」


 蕩けるような笑みを浮かべ、エレーナの前でこれ見よがしにレイへとしな垂れ掛かるヴィヘラ。


『なっ!? ヴィ、ヴィヘラ、お前一体何を! 慎みを持てと言っただろう!』


 あからさまに自分への挑発であると理解はしているものの、だからといってヴィヘラの行為を許せる筈もないエレーナは対のオーブの向こう側でまなじりをつり上げる。


「あら? 羨ましい? ここにエレーナがいれば、この場所を譲ってもいいんだけど……残念ね」

『ヴィヘラ……貴様……』

「怖い怖い。ま、冗談はこの辺にしておくとして……」

『何でも冗談で済むと思うなよ? 今度会った時には、一度しっかりとその辺を教えておく必要があるな』


 美人が怒ると怖い。この言葉はよく聞く言葉だが、レイは今その言葉の意味をこれ以上ない程に実感していた。

 決して見て分かる程に怒気を発している訳ではない。だというのに、見ているだけで……対のオーブに映し出されているエレーナだというのに、今のレイはどこかピリリとした緊張を感じ取る。

 だがヴィヘラはエレーナの怒気に怯えるどころか、寧ろ望むところだと艶然とした笑みを浮かべる。

 兵士同士、騎士同士の戦いであれば全く問題なくその場にいることが出来るレイだったが、今この場にいるのはどこか落ち着かないものがあった。


「あー……それよりもだ。話を戻そう。何だったか……」

『私が麗しいという話だったと思うが?』

「そうね。私も口説いて欲しいという話だったと思うけど」


 何故か数秒前までいがみ合っていた筈のエレーナとヴィヘラが、息を合わせて告げてくる。

 女同士のやり取りというのはどうにも理解出来ない。苦い溜息を吐きつつ、レイは口を開く。


「勘弁してくれ。似合わないことを言ったってのは分かってるよ。それよりも……そう、白薔薇騎士団だな」

「ウィデーレと模擬戦をやったんでしょう? こっちにも話は聞こえてきてるわよ。もっとも、レイの強さを考えれば当然の結果だと思うけど」


 ゆさり、と豊かな双丘を揺らしつつ肩を竦めるヴィヘラから、レイはそっと視線を逸らしながら頷く。


「ああ。雷の魔剣を使っていたから、普通の相手ならかなり有利に戦えるだろうな。装備越しにでも相手を数秒程度麻痺させるだろう能力。かなりいい効果だ。是非欲しい」

「……ちょっと。ウィデーレは姉上の部下なんだから、妙な真似はしないでよ? 違う意味で妙な真似なら、私が幾らでも受けてあげるんだけど」

『ヴィヘラ』


 咎めるようなエレーナの声に、小さく溜息を吐くヴィヘラ。


「分かっているわよ。それはともかく、向こうと手を組む以上は迂闊に敵対するような真似は控えてね? これは一応反乱軍の幹部としてのお願いよ」


 ここで命令ではなくお願いとするところに、反乱軍内でレイがどれ程の影響力を持っているのかが現れているのだろう。

 実質的にもう一つの軍と言っても過言ではないレイの戦力は、それだけ反乱軍の兵士達に強い印象を与える。


(もっとも、レイを馬鹿にしていた人達にとっては色々と後が怖いでしょうけど)


 特にレイによって反乱軍を裏切ろうとしていたのを暴かれた三人の貴族にしてみれば、ここ暫くは生きた心地もしなかっただろう。日に日に悪くなっていく三人の顔色を思い出しながら、ヴィヘラは内心で意地の悪い笑みを浮かべる。

 ヴィヘラにとって、レイは当然大事な相手だ。それこそ、レイのためであれば国を捨ててもいい程に。……もっとも、既にヴィヘラは国を出奔しているのだが。


「分かってるよ。別に俺だって騒ぎを起こしてまでマジックアイテムを手に入れたい訳じゃない」

『そうか? レイの場合は時折突拍子もない出来事をするからな。その辺を考えると、ないとは言い切れないと思うが』


 これまでにミレアーナ王国で……何より自分の側で起こしてきた色々な騒動を思い出しているのだろう。エレーナは苦笑と面白そうな笑みを混ぜ合わせたような、不思議な笑みを浮かべて告げる。

 実際、レイが起こしてきた騒動は幾つもあるし、中には貴族に対して危害を加えたというものも多い。

 貴族という存在に対してこのエルジィンの住人程に敬意も恐れもないが故の行動。

 もっとも、エレーナにしろヴィヘラにしろ、そんなレイだからこそ心を奪われたのも事実。


「本当にお願いね、レイ。ウィデーレとは姉上と合流する際にも共に行動して貰うんだから、もしその時に何かあったとすれば……」


 何を思い出したのか、普段のヴィヘラとは思えない程に遠くへと視線を向けるヴィヘラ。


『ヴィヘラ?』

「何だ、どうした?」


 そんなヴィヘラの様子に、エレーナやレイもおかしいと気が付いたのだろう。思わず名前を呼ぶのだが、ヴィヘラはまるでスイッチが切り替わったかのように遠くへと視線を向けたままだ。


「……なぁ、エレーナ。ミレアーナ王国の公爵令嬢として、フリツィオーネに会ったことは?」

『残念ながらないな。そもそも私自身がそれ程社交界とかに興味を持っていなかったし、フリツィオーネ殿下は帝国の第1皇女たる人物だ。他国の……それも長年の敵国であるミレアーナ王国で、姫将軍と呼ばれている私が会う機会などある筈もないだろう?』

「姫将軍と呼ばれているからこそ、有名なエレーナと会ってみたいと思うんじゃないか? 現に俺も異名持ちだと知られると色んな場所から面会の希望者が来たし。もっとも、ダスカー様に断って貰ったけどな」

『それが賢明だろう。レイの性格を考えると、もし会っていれば間違いなく問題が起きていた筈だ』

「……別にそこまで凶暴って訳じゃないんだが。向こうが礼儀を持って接すれば、こっちだって相応の態度はするし」


 未だにヴィヘラが遠い目をしている中、レイとエレーナは言葉を交わす。

 そのまま数分が過ぎ、ようやくヴィヘラの意識が戻ってくる。


「とにかく、姉上は外見は深窓の令嬢といった風に大人しそうに見えても、その実は結構突拍子もない行動を取ることがあるのよ。今回の姉上の件を考えて貰えば分かると思うけど」

『確かに、勢力的にはレイやヴィヘラ達のいる反乱軍より随分と上の向こうを裏切ってそっちに合流するのは驚かされるな。もっとも、実質的にはレイがいる時点で戦力的には互角か、そちらの方が上なのだ。少し状況を見る目があるのであれば、おかしな話ではないと思うが?』

「……残念ながら姉上は状況がどうとかは考えていないわ。いえ、考えてはいるでしょうけど、何より優先されるのは兄弟同士で争うのが嫌だと、そういうことよ。皇族としてはどうかと思うんだけど、それでも民衆から人気があるのよね」


 民衆からの人気という意味では、ヴィヘラも決して負けてはいない。

 だが人気の質が違う。

 ヴィヘラはどちらかと言えばアイドル的な人気が高く、フリツィオーネはその優しさから上に立つ者としての人気が高い。

 どちらの人気が上ということではないのだが、それでもヴィヘラとしては自分よりもフリツィオーネの方が民の上に立つ人物としては相応しいと思っていた。

 もっとも、それはあくまでも自分と比べての話だ。

 優しさというのは確かに上に立つ者として貴重な資質かもしれないが、厳しさもまた優しさと同じか、それ以上に必要な資質なのだから。


「とにかく、姉上は色々と突拍子もないことをすることがあるのよ。レイに対しても何か妙な真似をするかもしれないけど……その辺は我慢してね」


 小さく笑みを浮かべて告げてくるヴィヘラの言葉に、微妙に嫌な予感を感じるレイだった。

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