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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
723/3865

0723話

 レイ達遊撃部隊が反乱軍の陣地へと帰還し、今回の戦いで挙げた戦果を報告すると、反乱軍の首脳部が集まっているテントの中は静寂に包まれた。

 その場でレイがどのような策を行うかを知らなかった者は、レイが何を言っているのか分からない。何をどうやればこんな成果を挙げられるのかと、もしかして出鱈目ではないのか。そんな視線を向けてくる者もいた。

 レイ自身がどれ程の力を持っているのかは十分に理解しているのだが、それを知っての上でも信じられない程の戦果だった。


「ど、どうやって……どうやってそれだけの戦果を挙げたのだ!?」

「そうだ。確かにレイ殿の力については十分に知っている。だが、敵に撤退させるようなことも許さずにそれだけの戦果を挙げるなど……とても信じられん! ああ、いや。勿論レイ殿が嘘を言っているという訳ではないのだが」


 そう告げた貴族の視線は、レイではなくその背後に控えているペールニクスへと向けられていた。

 もし先程の報告をしたのがレイだけであれば、信じられないと言い張る者もいただろう。

 だが実質的にこの反乱軍を采配しているテオレームの部下がそれを証言したとなると、疑う余地は小さくなる。

 いや、それでも疑っている者はいるのだが、それを口に出すような真似はしていない。

 ここでそんな真似をすれば、色々と不味い事態になるというのは簡単に予想出来た為だ。


「……さすがに深紅、だな」

「ああ。話には聞いていたが、これ程の戦果を本当に挙げるとは」


 混乱している者達とは逆に、落ち着いた様子で言葉を交わしている者達もいる。

 こちらは、レイがどのような策を行うのかを前もって知らされていた者達だ。

 レイ曰く、策とも言えないような策との評価であり、実際にそれは貴族達にしてみれば決して巧妙な策という訳ではない。

 それでもレイが討伐軍のほぼ全てを壊滅させたのは事実であり、その戦果を考えれば策がどうとか、そういう問題ではなくなっていた。

 初歩的な策であっても、それを実行する者の力が桁外れであればその戦果は跳ね上がる。

 それを理解し、改めてレイという冒険者の持つ常識外れの力を理解せざるを得なかった。


「……馬鹿な……」

「嘘、だろう?」

「そんな……そんな……」


 レイの戦果を知って驚く者。そしてレイがどのような策を行ったのかを知っており、その戦果に納得の表情を浮かべる者。

 マジックテントの中にいる者達は、概ねその二つのどちらかの反応に分けられていたが、中にはそのどちらでもない反応をする者も存在している。

 ……そう。本来であれば討伐軍との戦いの最中に反乱軍を裏切ろうと考えていた者達だ。

 この三人の貴族は当然レイがどのような手段を使って討伐軍を相手にするつもりだったのかは知らなかったが、それでもまさか、ここまでの驚異的な戦果を挙げられるとは思ってもいなかった。


「さすがだね。話に聞いていた以上の力だ」

「そうだな。俺と戦った時にはまだまだ手加減をしていたということか。今度戦う時には、きちんと本気を出して貰う必要があるな」


 メルクリオが笑みを浮かべつつ感嘆の言葉を口にすると、グルガストがそれに同意するように頷く。

 ただ、グルガストが浮かべているのはメルクリオのような称賛の笑みではない。獲物を前にした肉食獣の如き獰猛な笑みと表現した方がいいだろう。


「あら、それは狡いわね。グルガストはこのまえレイと戦ったんだから、次は私の番でしょう?」


 そこに待ったのを掛けるのはヴィヘラ。レイに対して想いを寄せているのは事実だが、だからといってレイを相手にした戦いをしなくてもいいという訳でもない。

 ここ暫くは、レイとの戦い自体が行われていないため、少々欲求不満気味だった。

 ……もっとも欲求不満と言っても、そこにあるのは一般的な意味の欲求不満ではなく、戦闘欲と呼ぶべきものの欲求不満なのだが。

 そんな二人のやり取りを眺めつつ、ティユールは驚きつつも納得した表情をレイへと向けている。

 自らが敬愛するヴィヘラが恋した相手だ。この程度のことは出来て当然だろうと。

 寧ろ、完全に討伐軍を殲滅出来なかったのは少し減点だろうという思いすらもある。

 ヴィヘラですらベスティア帝国の人間が命を落とすことに悲しみを抱いていたのだが、ティユールの場合は悲しみは覚えつつも、そこまで大きいものではない。

 この辺の抱く思いの違いは、やはりヴィヘラに心酔している者と心酔されている者といった違いからくるものなのだろう。


「それで……鹵獲した物資の方は?」


 興奮している者が多い中、冷静にそう尋ねたのはテオレーム。

 ヴィヘラにしてもそうだが、レイの実力を直接その目で見たことがある者だけに、この程度の戦果をレイが挙げても特に驚くことはない。

 レイ自身もそれを理解しているのだろう。周囲の感嘆の視線を……中には心酔するような視線を向けてくる者もいる中で、何でもないとばかりに口を開く。


「ミスティリングの中に入っている。いつでも出せるが……すぐに出すか?」

「ああ、そうして欲しい。この会議が終わった後で案内をするから、そこで頼む」

「けど約束通り、槍に関しては……」

「分かっている」


 短い言葉のやり取り。

 今回行われた夜襲作戦で、レイは色々な無理を反乱軍に頼んでいた。

 例えば、遊撃部隊の者達が乗っている馬にしてもそうだ。

 どの馬にしても一流、あるいはそれ以上の能力を持った馬だ。それを人数分融通して貰うのは、反乱軍にしても相応の負担になったのは事実。

 その無理を聞いて貰う条件の一つとして、レイが得た討伐軍の補給物資を融通するというものがあった。

 もっとも、レイとしても得た補給物資はどうということのないものが殆どだ。

 テオレームとの会話でも出てきたように、槍を自分が貰えれば後は全て反乱軍に渡しても惜しくはなかった。

 いざという時に周辺の街や村から物資を購入する為の銀貨、金貨、果てには白金貨までもが補給物資の中には入っていたが、そもそもレイは金に困っている訳ではない。

 既に普通に暮らすだけであれば人が一生暮らしていく程度は稼いでいるのだから。

 ……もっとも、レイの寿命を考えればそれでは足りないのも事実なのだが。

 討伐軍から奪取した補給物資を反乱軍に引き渡せば、それはレイの手柄となり、当然遊撃部隊の手柄にもなる。

 レイ自身は未だに部隊を率いるというのに気が進まないものがあるのだが、テオレームを始めとして自分に親しい者が苦労して作ってくれた部隊だ。

 今回の作戦を共にしたことにより、多少の連帯感がない訳でもない。

 そして遊撃部隊が手柄を挙げたとなれば、それは当然報酬や待遇の方にも影響してくる。


(ま、この内乱の間だけではあっても、俺に与えられた部隊なんだ。三十人程度で討伐軍を相手にするとか無茶をさせたんだから、多少いい目を見せてやってもおかしくないだろ)


 その後はレイやペールニクスの口から今回の夜襲がどのようにして行われたのか、どのような経緯で戦いが終了へと向かったのかを説明し、やがて今回の戦いで唯一得た捕虜のソブルへと話題は移る。


「ソブル。カバジード兄上の直属の部下の中でも有能な人物として知られているね」


 メルクリオが呟くと、他の幹部達からも様々な意見が口に出される。


「殺すべきだ!」

「いや、待て。カバジード殿下に対して有効な手札となるのは事実だ。ここは彼の身柄を餌に、カバジード殿下と何らかの交渉を……」

「無駄だろ。確かにカバジード殿下は部下に対して慈悲深い一面もある。だが、必要ならあっさりと切り捨てるという判断が出来る人物でもある。それを考えれば、ここは切り捨てるべきところだろう」

「しかしソブルといえば、第1皇子派の中でも重鎮といってもいい程の力を持つと言われる男だぞ? そんな相手をそう簡単に切り捨てたりするのか?」

「するさ」


 反乱軍の幹部、貴族も冒険者も傭兵といった者達の言葉に割り込んだのは、メルクリオ。

 いつもはどこか軽い雰囲気を放っているメルクリオだったが、今の一言の中には鋼の如き強さがあった。

 そんなメルクリオの言葉に、その場にいた者達の視線が集まる。

 ヴィヘラはその目に微かな悲しみを宿し、テオレームは納得するように頷き、ティユールとグルガストやレイは特に表情を変えぬままに。

 そして他の貴族達は驚きの視線で。


「カバジード兄上は、それが勝利するために必要な犠牲だと判断すれば躊躇うことなくその手段を取る。例えば私を軟禁したのもその一つだね。もっとも、その後に流れた噂のせいで最初に考えていたのとは全く違う展開になったようだけど」


 その噂を流したのが誰なのかというのは、この内戦が始まってからは何となく予想が出来た。

 誰が一番この状況を喜んでいるのかを考えれば、答えは身近にある。

 一瞬思考が脇に逸れたのを理解し、メルクリオは小さく首を振ってから言葉を続ける。


「シュルス兄上の場合は、部下に対して強い愛情を持っているから交渉は可能だと思う。けど、カバジード兄上の場合はまず交渉は無理だと思っていいだろうね。これが直属の部下ではなく、派閥の貴族であれば話は違ったんだろうけど……」


 チラリ、とレイに視線を向けるメルクリオ。

 だがその視線は、責めているというよりも面白がっているような色が浮かんでいる。

 その視線を追っていた貴族の一人がレイに向かって口を開く。


「レイ殿、捕虜にするのであればソブルという人物よりも貴族の方が良かったと思わないかね?」


 そう尋ねつつも、レイが示した実績、そして何よりも三十人足らず――実質的には個人で――討伐軍を殲滅したというその力に対して思うところがあるのだろう。

 責めるというには随分と穏便な……どちらかと言えば、伺うと表現するのが正しいような聞き方だった。

 そんな貴族に対し、レイは特に表情も変えずに口を開く。


「戦場となった場所は、帝都から一日足らずの場所。そんな敵の勢力圏内の奥深くに入り込んでの作戦だ。そうなれば、当然捕虜を多く取るような真似は出来ない。あのソブルというのが捕虜になったのは、本当に偶然の結果でしかないしな。陣地を脱出したところで遊撃部隊の攻撃を食らって落馬したところを捕縛した。……だったよな?」


 チラリと自分の背後に控えているペールニクスに尋ねると、その本人は小さく頷く。


「はい。狙って捕虜にしたのではなく、本当に偶然でした」

「……なるほど。貴族の類を捕虜にせず、ソブルという者を捕虜にした理由は分かった。それならしょうがなかった……のだろうな」

「はい。それにこちらで得ている情報によると、今回の討伐軍に参加した貴族はその多くが三男、四男といった風に家督を継ぐことがまず無理な者達です」

「だろうな。次男であれば、まだ長男の予備ということである程度の待遇も期待出来るが……」


 ペールニクスの言葉に他の貴族達もまた同様に頷く。

 反乱軍の幹部の中で、もっとも多いのは当然貴族だ。

 テオレームが率いる部隊や第3皇子派、ヴィヘラが引き込んだ元第2皇女派といった者達が中心となっている以上、それは当然だろう。

 そして貴族である以上、ペールニクスの口から出た言葉には納得出来るものがあった。

 もっとも、冒険者や傭兵といった者達はそこまで同意できている者はいなかったのだが。

 どこか気まずい雰囲気がマジックテントの中に広がると、それを嫌ったのかティユールが口を開く。


「ともあれ、前回の戦いに引き続き私達反乱軍が勝ったのは……それも圧倒的勝利を得たのは事実です。この勝利はもしかしたら内乱の行方を決定づけることが出来るかもしれない程に大きいかと。なので、この勝利の報告をベスティア帝国中に流すことを提案します」

「なるほど。確かに反乱軍が連戦連勝したというのは大きいだろう。メルクリオ様、ティユールの意見は私も採用されるべきかと思いますが、どうでしょう?」


 テオレームがそう尋ねると、メルクリオは悩む様子もなく頷く。


「そうだね。この件は間違いなく私達にとって大きな追い風となる。それに、今回の件で暫く討伐軍側も動けないだろうし」

「そうね。シュルス兄上の方は派閥の貴族達との身代金交渉で貴族達を動かすのは難しいでしょうし、カバジード兄上の方は今回結成した討伐軍が壊滅に近い被害を受けた以上、戦力の回復が急務。フリツィオーネ姉上は……」


 意味ありげに笑みを浮かべるヴィヘラに、レイは何となく察する。

 ウィデーレが持ってきた親書にあった、自分達につくという提案を受けることにしたのだろうと。

 そんなレイを見て、ヴィヘラもレイが、メルクリオの考えを察したのを理解したのだろう。小さな笑みを向ける。


(シュルス兄上とカバジード兄上の両方ともが動けないのだから、フリツィオーネ姉上と合流するのは今をおいて他にない。ただ、当然帝都からの脱出に反乱軍から多くの戦力を出す訳にもいかないから……そうなると、やっぱり鍵になるのは個人で高い戦闘力を持つ者)


 ヴィヘラの視線が向けられたのは、グルガストとテオレーム。……そして、レイ。


(テオレームは実質的に反乱軍の指揮を執っている以上、ここを離れる訳にはいかない。そうなると、私、グルガスト、レイといったところかしら。……全員が帝都ではそれなりに有名なのがちょっと心配だけど)


 この内乱もいよいよ序盤が終わり、中盤へと向かっていることを考えたヴィヘラは、内心の思いとは裏腹により強力な相手との戦いを楽しみに艶やかな笑みを浮かべるのだった。

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