0715話
訓練が終了した直後の報告により、レイは反乱軍の幹部達が集まっているマジックテントへと連れてこられた。
その中に入ったレイがまず見たのは、深刻な表情を浮かべた幹部の面々。
勿論全員が深刻な表情を浮かべている訳ではなく、ヴィヘラやグルガストのように戦闘に快楽を見出す者は嬉しげに笑っているし、メルクリオも心中を察せないような笑みを浮かべていた。
テオレームは特に驚きも喜びも絶望も見せておらず、レイがマジックテントの中に入ってきたのを見て小さく頷く。
以前のレイが思いついた策を考えているのだろう。
……また、幹部の中で最も深刻な表情を浮かべているのは、フリツィオーネからの手紙の件で最前線に自分達が配置されることになった三人の貴族だった。
本来であればこの戦いで裏切り、反乱軍に対して大きなダメージを与える筈だったのだが……それが、自分達が生き残る為には討伐軍をどうにかしなければならなくなったのだから、当然だろう。
それだけに、その三人はマジックテントの中に入ってきたレイへと向かって憎悪の視線を向ける。
もっとも、この三人にそれ以上出来ることはない。
以前の一件以来この三人にはメルクリオからの命令で監視がついており、何かあった場合はすぐさまその命を持って償わせると暗に言われている為だ。
その為、反乱軍の陣地から脱出することも出来ずにこうして未だに燻り続けていた。
そんな三人の視線を気にすることなく受け流したレイは、テオレームへと話し掛ける。
「新しく討伐軍が派遣されたって聞いたが?」
「ああ。帝都に置いておいた者からの報告でな」
「規模は?」
「補給部隊を抜きにして、約四千。補給部隊とその護衛を入れると約六千」
テオレームの口から出てきた言葉に、その場にいた反乱軍の幹部達が溜息を吐き、絶望の表情を浮かべ、悔しげに唸り……といったそれぞれの反応を返す。
当然この場にいる者達にしてみれば、既に討伐軍の数に関しては聞いていたのだろう。だがそれでも、こうして改めてその数を聞かせられると勝ち目の少なさを実感せざるを得ない。
もっとも、それも無理はないだろう。前回の戦いでは討伐軍の数こそ反乱軍よりも多かったものの、その人材はシュルスが自分の派閥に不要と判断した者達を集めただけに、無能と呼ばれる者達が殆どだった。
それに比べて、今回は数の差の千というのは前回と違わないが、反乱軍の手札を知ったおかげでそれに対処出来る人材を送ってきたのは間違いないのだから。
「今回の討伐軍は、カバジード殿下の手の者で結成されている」
「だろうな」
テオレームの言葉に、当然と言葉を返すレイ。
「だとすれば、以前言っていた件が有効に働くと思うが、どうだ? 幸い距離的な問題も丁度いいし」
意味ありげな視線をレイに向けてくるテオレーム。
その近くでは、ヴィヘラもまた笑みを浮かべてレイの方へと視線を送っていた。
「こっちは構わないが……けどそうなると、そっちはどうする?」
チラリ、と先鋒を任せられる筈の貴族三人へと視線を向けて尋ねるレイ。
主語のない端的なやり取りだけに、それを聞かされている三人にしてみれば不安しかない。
また、この場にいる中でも納得している顔を浮かべている者と、話の内容を理解出来ない者がいる。
この辺はメルクリオが信頼出来る者、出来ない者で分けられているのだろう。
「そうだね、レイの言いたいことは分かるけど……今回は彼等の出番はないかな。彼等の出番は、もっと大きな戦いの……それこそ、兄上達と直接刃を交える時に行った方がいいと思うよ」
「それは……全てを承知した上で言ってるのか?」
メルクリオの言葉に、思わず尋ねるレイ。
話題に上がっている三人の貴族が反乱軍を裏切るつもりであったことは、既に共通の認識として存在している。
だというのに、シュルスやカバジードといった者達を直接相手にする時の戦い……それこそ、反乱軍の命運が懸かっているだろう戦いに、あえて不確定要素を持ち込むというのだから。
レイが思わずそう尋ねてしまっても無理はない。
そんなレイの言葉に、何人かの貴族が不愉快そうな表情を送る。
既にレイの態度は見慣れているのだが、それでも貴族の地位にある者としてはその言葉遣いは不愉快なものだった。
それでも不愉快そうな表情を浮かべるだけで、実際に言葉に出したりしないのはレイという人物が反乱軍にとって切り札であると理解しているからだろう。
他にも貴族の視点だが、ヴィヘラの寵愛を受けているというのも大きく関係している。
もっとも、レイの態度を気にしているのは貴族だけであって、冒険者や傭兵といった者達を代表してここに参加している者にすれば、寧ろ小気味よい態度とすら受け取られているのだが。
「ああ、勿論だよ。実際レイの言いたいことも分かるけど、彼等にはそれだけの力があると私は確信している。……そうだよね? 君達は命を懸けてこの反乱軍を勝利に導くと言ってくれたんだ。その言葉を信じさせて貰うよ」
「は……も、勿論です。儂等の力、とくとご覧下さい」
本音を言えばそんな真似は絶対にごめんなのだが、既に目を付けられている以上迂闊なことを言える訳もない。
それでもせめてもの救いは、話の流れを聞く限りでは次の戦闘で自分達が矢面に立たなくてもいいということか。
(次の戦闘で反乱軍が負けてくれることを祈るしかない、か。もしくはカバジード殿下の軍を相手に圧倒出来るのであれば、儂としても本気でこの者達に協力してもいいかもしれん。勝つにしろ負けるにしろ、中途半端がもっともいかん)
内心で呟く貴族だったが、それを表に出すことはない。
何とかこの場をやり過ごすことだけを考えつつ、他の仲間二人と共に視線をレイの方へと向ける。
その視線に憎悪が混じったのは、自分をこのような目に遭わせている相手だと考えれば当然なのだろう。
だがすぐにそれを消し去り、三人を代表して一人の貴族が口を開く。
「それで……先程からの話の内容を聞かせて欲しいのだが? 儂にはメルクリオ殿下やレイ殿が何を言っているのかさっぱりわからんのでな」
「ん? ああ、その件か。簡単に言えばこっちに迫ってくる討伐軍を相手にちょっとした策を思いついてな。それを使えば恐らく敵は一網打尽に出来ると思う」
レイの口から出た言葉を聞き、マジックテントの中にいた者達全員が驚く。
精鋭を揃え、自分達よりも人数が多く、有能な指揮官が率いる討伐軍。
それを相手に生き残るのはかなり難しいのではないか。そんな風に考えていたというのに、それをいともあっさり一網打尽にすると言うのだから、驚くのも当然だろう。
「それは……炎の竜巻を使うのか?」
三人の貴族ではなく、周囲にいた貴族の一人が尋ねてくる言葉に、レイが口を開き掛け……
「そこまでだ」
そんなレイの言葉を止めたのは、テオレーム。
「悪いが、何をやるかというのは秘密にさせて貰う。この陣地の中に敵の手の者が潜んでいるかもしれないのでな」
そう告げたテオレームの視線が向けられたのは、やはりと言うべきか三人の貴族。
視線を向けられた三人の貴族達はそっと視線を逸らしたり、誤魔化すような笑みを浮かべたりする。
本来であれば何を言い掛かりを、とばかりに強く出るのだが、既にこの反乱軍の中で……より正確には反乱軍の幹部の中では自分達がどのような目で見られているのかを知っている三人としては、ここで下手に口を挟むことも出来ない。
もしここで何かを言えば、最悪レイが何かをしようとしているのを取りやめて、自分達で討伐軍へと戦いを挑めと言われかねないという恐れもある。
それを考えると、口出し出来る筈もない。
他の貴族達はあの三人とは違うとテオレームへと視線を向けるが、そこにメルクリオが口を挟む。
「その辺にしておいてくれないかな。贈り物というのは驚くからいいんじゃないか。安心して欲しい。君達にはとびきりの驚きを体験して貰うから」
「驚き……ですか」
貴族の中の一人が、メルクリオの方を見ながら呟く。
そんな貴族に、メルクリオは笑みを浮かべながら頷きを返す。
ヴィヘラの実の弟というだけあって、そのメルクリオの笑みには貴族達であっても思わず見惚れてしまうかのような魅力があった。
貴族達が思わず黙ってしまったのを見て、テオレームはここが好機とばかりに口を開く。
「メルクリオ殿下の言う通り、今回の件はレイに任せておいて欲しい。幸い、レイはきちんと部隊を抱えることになったし、この件が上手くいけばこちらの被害はほぼ皆無で第1皇子派が主戦力となる討伐軍を倒すことが出来るだろう」
その一言に、再び貴族達の視線はレイへと向けられる。
「そうだな、テオレームの言葉通りに上手くことが運んだ場合、向こうの被害は全滅か、それに準じるものになると思う。……ただ、これはあくまでも俺が思いついた、策とも言えないような策だ。上手くいったら儲けもの程度に思って貰えると助かる」
「……メルクリオ殿下、彼はこのように言っていますが……」
レイの言葉を聞き、不安に思ったのだろう。貴族の一人が思わずといった様子でメルクリオの方へと視線を向けて尋ねる。
実際、自分達に迫っているのが第1皇子派が主戦力の討伐軍なのだ。それに対抗する為の切り札がどことなく自分の策に自信が持てない様子でいれば、不安を感じるのも当然だろう。
「それに、敵を全滅に近いと言うが……そのような真似が本当に出来るのか? 確かにレイ殿は春の戦争でベスティア帝国軍に対して大きな……それこそ戦争の行方を決定づけるような被害を与えたというのは聞いている。だが、それにしてもとても全滅とは言えなかった筈だが? 私が得た情報によると、炎の竜巻の攻撃で受けた被害は先陣部隊だけであり、その先陣部隊にしてもかなり多くの者が逃げ出すことが出来たことか」
その言葉に何人かの貴族が頷き、また同様に何人かの貴族が驚きの表情を見せる。
世間一般に広まっている春の戦争でのレイの活躍は、ベスティア帝国軍そのものを全て燃やし尽くしたというものが多いが、その実はそこまで大きな被害ではなかった。
いや、先陣が半壊する程の被害を受けたのだから決して小さな被害だとは言えないが、それでも致命的な被害ではなかったのだ。
火災旋風という、これ以上ない程の脅威を直接見せつけ、そのすぐ後にはレイがデスサイズを振るって兵士達を一方的に虐殺し、他のミレアーナ王国軍の部隊がそこにつけ込んで攻撃もしたが、それでも先陣部隊で生き残ったものはそれなりの人数が存在する。
レイ以外の手を……それこそ、エルクのような凄腕の冒険者達の手を借りても先陣部隊を全滅させることが出来なかったというのに、レイ一人だけで前回の戦いよりも人数が多くなり、練度に関しても間違いなく上である討伐軍を全滅させる。
そんな話を聞いて、そう簡単に信じることが出来る筈もない。
だが、テオレームはそんな話を聞いても全く動揺した様子を見せず、メルクリオもそれは同様だった。
そして何よりもヴィヘラが完全に信じ切っている視線をレイへと向けている。
レイがどのような策を思いついたのかというのは、テオレームから聞いている。それを聞いた限りでは、上手くいけば本当に被害を出さずに討伐軍を全滅させることが出来るという確信があった。
もっとも……
(カバジード兄上の部下ではあっても、ベスティア帝国の住人には違いないのよね)
そう思うと若干ヴィヘラの中で悲しみが浮かび上がってくるが、それでも戦場に出てくる以上は死ぬ覚悟を持っていて当然という思いもある。
戦いを好むヴィヘラだからこその死生観だろうが、本人はそれでいいと思っていた。
そんな、反乱軍の幹部の中でも最上位に位置する者達が作戦の成功を確信している以上は、他の貴族達にしても何かを言える訳もない。
結局は一応迎撃の用意は調えるが、基本的には今回の討伐軍の相手はレイに一任するということで話は決まり、会議は終了する。
貴族達の中にはレイの特別扱いが面白くない者もそれなりにいたのだが、事実それを行えるだけの力を持っているというのを示している以上はその不満をこの場で口に出すことはなかった。
テントに戻って仲間内で話をするようになれば、どうなるかは分からないが。
「レイ、君と結成された遊撃隊。出撃するメンバーはそれだけでいいんだよね? 討伐軍がこの付近まで到着するには大体三日から四日。軍隊である以上、どうしても動きは鈍くなるけど……それはこちらにしても同じだよ。いざという時の為に迎撃の準備を整えるとしても、気持ちの問題もある」
確認する意味を込めて尋ねてくるメルクリオの言葉に、レイは黙って頷きのみを返すのだった。