0714話
第1皇子派、動く。
その話題は瞬く間に帝都の中を走った。
第2皇子派が動いた時とは全く違う噂の広まる速度。
そこに人為的なものを感じた者も少なくはなかったが、帝都の住人の大多数はそのようなことよりも討伐軍と反乱軍の戦闘がどうなるのかという話題に注目が集まっていた。
それも当然だろう。このまま討伐軍が負けてしまえば、次の戦いはより帝都に近い場所での戦いになる可能性が高く、そのまま内乱が収まらなければ帝都が戦場となる可能性すらあるのだから。
反乱軍の陣地が帝都から二日程度の距離――あくまでも普通に移動する時にかかる時間であって、軍隊の移動はもっと掛かるのだが――にあるというのも、既にそれなりに知られている話だ。
そうである以上、帝都の住民の中には内乱に巻き込まれるのはごめんだとばかりに脱出している者もいる。
また、闘技大会を見物に来てそのついでとばかりに帝都見物をしていた者達にしてもそれは同様であり、少しでも早く帝都から出て行こうと連日正門前では手続きの為に並んでいる者も多い。
そんな風に帝都から脱出した者の中には、当然テオレームの手の者も存在している。
第1皇子派、第2皇子派共にそのような者達に対する警戒はしているのだが、反乱軍だけが集まり、臨時に陣地を作ったメルクリオ達とは違い、帝都には無数の人々が存在している。
それら全てを管理出来る筈もなく、結果的に諜報戦という意味では反乱軍の方が有利に進めていた。
そうして帝都を脱出した者は、真っ直ぐに反乱軍の陣地へと向かう。
ただし、当然反乱軍の陣地を偵察している討伐軍側の者達もいる為、そのような者達に見つからないようにしてだ。
反乱軍にしても、自分達の陣地の中に入ってきた相手は危険だと見なして排除するが、遠くから……それこそ反乱軍に追われても確実に逃げ切れる程の距離からの偵察であれば、手を出すようなことはしない。
いや、その距離からの偵察では殆ど害がないので放っておいているというのが正確か。
勿論反乱軍の中には、そのような偵察をしている者も含めて全員を捕らえるなり殺すなりした方がいいと主張する者も多い。
だが、反乱軍の中に入り込むのは専門の訓練を受けた者でなければ難しいが、遠くから眺める分には普通の兵士でもこと足りる。
つまり、その者達を幾ら捕らえたり殺したりしても、切りがないのだ。
寧ろ、その為に消耗する物資が結果的には多くなる可能性がある。
そして塵も積もれば山となるの言葉通りになるのは、討伐軍に比べると補給物資がそれ程潤沢ではない反乱軍にしてみれば避けたい事態だった。
その結果が、遠くから偵察している分には基本的には特に手を出さないということになる。
ここで基本的にとなっているのは、反乱軍の陣地近くにいるモンスターや盗賊退治をしている時に近くにいればついでに攻撃を加えるということもあるからだ。
あるいは、見つかってはならない物や者を見てしまった兵士も同様に命を奪われる。
「うわああああああああああっ!」
そう、このように。
林の中に身を隠していた筈の兵士は悲鳴を上げつつ、自分に向かって飛んできた何かに気が付いた瞬間、悲鳴を上げながら命を失う。
後に残ったのは、頭部が砕けて首から上が肉片と化している死体のみ。
周囲には破裂した頭部の残骸とでも言うべき脳髄、骨、肉、血、体液といったものが木々にへばり付き、あるいは地面に散らばり、強い血の臭いを漂わせていた。
「お疲れ様です、レイ隊長。こちらの死体に関しては、こちらの方で調べられる情報を調べた後で適切に処理しますので」
「ああ、頼む」
槍を投擲した体勢から地面に置かれてあったデスサイズを手に取ったレイは、共に行動している人物の言葉に頷きを返す。
この場にいるのは、レイやセトとの訓練を耐え抜き優秀な能力を持っていると反乱軍上層部に認められた者であり、テオレームはその兵士達を集めて精鋭部隊を作ろうと考えていた。
それを率いるのは、名目上ではレイ。実質的には今レイと会話を交わした人物、テオレームの部隊から出向してきたペールニクスという軍人が率いることになっている。
元々このような部隊を結成することになった理由としては、反乱軍の人数が大きくなってきた以上、幾らレイが遊撃部隊という扱いであっても、たった一人の部隊というのでは示しが付かないという話が出たのが原因だった。
その結果、あくまでも一人で……正確には自分とセトの一人と一匹でいいと主張するレイと、いざ何かあった時にレイのフォローをするべき部隊があれば便利だと考えたテオレームの話し合いにより、レイが折れる結果となった。
それでもここでレイにヘソを曲げられるのは勘弁して欲しいテオレームは、最終的には普段はレイと部隊は別々に行動し、必要になった時にその部隊をレイが指揮下に置いて共に行動するといった形として遊撃部隊を運用することを提案し、レイもそれを受け入れる。
レイと行動を共にする以上は相応の実力を兵にも求められるということで、ペールニクス以外に総勢三十人の精鋭部隊がレイに与えられることになった。
「ったく、陣地の外から見てる分には俺やこいつらを見つけることは出来ないだろうに、何だってわざわざ林の中まで追ってくるかな。運が悪い奴」
運ばれていく死体を眺めて呟くレイ。
そんなレイに、周囲の兵士達は畏怖を込めた視線を送る。
レイの主な遠距離攻撃手段の槍の投擲だったが、闘技大会で使うことはなかったし、反乱軍に合流してからも使ったことはない。
つまりここにいる者達は、ギルムにいる冒険者であれば多くの者が知っているレイの槍の投擲を初めてその目で見たのだ。
「グルルゥ」
レイの隣にいるセトが喉を鳴らしながら視線を向けてくるのに、レイは笑みを浮かべながら頭を撫でる。
その表情には、つい先程人の命を奪ったという罪悪感のようなものは存在していない。
これは別にレイ自身が冷酷な訳ではなく、純粋に相手を敵としてみているからこその反応だった。
「さて、訓練を続けるぞ。俺とセトと一緒に動くというのなら、こっちの能力については知っておいて貰いたいしな」
レイの言葉を聞き、兵士達は軽い後悔と期待という相反する感情を胸に抱く。
この部隊が精鋭部隊であるというのは既に知れ渡っており、この内乱を無事生き残ることが出来れば間違いなく英雄の一人として数えられるだろう。
……そう。生き残ることが出来れば、だ。
この部隊が精鋭である以上、当然戦場の中でも厳しい場所に投入されるのは間違いないのだから。
ただでさえ反乱軍は討伐軍に比べて戦力が少ないのだから、高い戦闘力を誇る部隊を遊ばせておく余裕がある筈もない。
それ故に、こうしてレイに訓練をつけて貰うことになっているのだ。兵士、騎士、冒険者。それらの垣根なく自分達が生き延びる為に。
「俺とセト。まぁ、こう言うのも何だが、一応俺達はそれなりに強い」
その言葉に、聞いていた兵士達の心は『それなりどころじゃないだろ!』と心の中で一つになる。
実際にそれを口に出す者は誰もいなかったが。
もしそれを口にしていれば、これから行われる訓練がもっと厳しくなるだろうという判断もあったのだろう。
この辺の判断の的確さは、さすがに精鋭部隊に招集されるだけはあるといったところか。
……もっとも本人達がそれを聞いたとしても、全く喜ぶようなことはなかっただろうが。
この部隊に招集された時点で断ることは出来ず、報酬も高く出世の道も開けてはいるが、それは全て生き残れればだ。
文字通りの意味でハイリスク・ハイリターンというのは、実際にそこに所属する兵士達にとっては嬉しいものではない。
「で、その俺達と時々ではあっても行動を共にする以上、お前達にもそれなりの強さが求められるのは当然だ。ああ、もちろんお前達が反乱軍の中でも精鋭を集めて作られた部隊だってのは知っているが、それでも多少物足りない部分があるのも事実だ。……具体的には、ランクC冒険者程度の戦闘力は欲しいと思っている」
その声に、レイの話を聞いていた者達からざわめきが起こる。
それはそうだろう。ランクC冒険者といえば、ベテランの中でも上位に位置する存在だ。一流と呼ばれるランクBには届かないが、それでも一般の兵士達に比べればかなりの強さを持つと言ってもいい。
この場にいる全ての兵士にそれだけの実力を求めるというのだから、確かにざわめきの一つも起こるだろう。
「静かにしろ! まだレイ隊長の話が済んでいない! 騒ぐのはそれからにしろ!」
ペールニクスの叫び声に、ピタリと静まるざわめき声。
そんな自分の部下三十人を見ながら、レイは再び口を開く。
「とにかく、そういう訳でだ。今から戦闘訓練を行う。内容としてはこの林の中にお前達がそれぞれ散って、十分くらい経ってから俺が追いかける。それで俺にこの武器で一撃を与えられればそいつは失格、逆に俺に一撃を与えればそいつは合格として、幾らか報奨金を渡そう」
そう告げ、ミスティリングの中から模擬戦用の長剣を取り出すレイ。
それを見た兵士達は、思わず安堵の息を吐く。
レイと言えば身の丈以上の長さを持つデスサイズが有名だったからだ。
あのような巨大な刃をもつ大鎌を手にしたレイと戦いたいと思う者は、少なくてもこの中には存在しなかった。
何人かは、デスサイズの大きさであれば林の中では使いにくいのでは? そう思った者もいたのだが、深紅の噂の中には金属鎧さえものともせずに斬り裂くというのがあったし、この中でも春の戦争に参加した者達は実際にその現場を見ている者すらもいる。
そんな、デスサイズを持った本気とも取れるレイと戦いたいと思う自殺志願者はこの中にはいない。
危機を危機と認識出来て、その危機の中から生き延びる為の機転や実力を持った者だけがここにいるのだ。
とてもではないが、デスサイズを持ったレイと戦いたいとは思わなかった。
「ああ、それと安心しろ。今日は追いかけるのは俺だけだ。それと、逃げてもいいのは林の中だけで、林の外に出た者は失格としてより厳しい訓練を受けて貰うから気をつけるように」
『……』
レイの口から出た言葉に、思わず兵士達は絶句する。
これまでにも幾度かレイの訓練を受けてきた。
身体から可視化する程の魔力を身に纏うスキル、覇王の鎧を展開して目の前に立っていられない程の、半ば物理的な圧力すら伴ったレイを相手に一歩も退かずに耐えるという訓練。またある日はランクAモンスターであるセトの殺気染みた獰猛な気配を露わにした状態で向かい合わされるといった訓練。
具体的に模擬戦を行ったりといった訓練を行った訳ではない。
だがそれでも……それだけで、訓練が終わった後には立っていることが出来る者ですら僅かといった、そんな訓練を幾度となく行ってきたのだ。
それよりも厳しい訓練と聞かされ、兵士達にしても報奨金が出ると言われてもやる気を出せと言うのが無理だろう。
だが、レイはそんな兵士達に対して容赦なく口を開く。
「いいか? 今から十分後に俺は動き出す。……始めっ!」
その言葉と共に、三十人の兵士達は一斉に林の中へと散っていく。
それでも不用意に足音や草木を揺らす音を立てないのは、精鋭と言われる由縁だろう。
……もっとも本人達にしてみれば、精鋭と呼ばれる程の強さを持っていたからこそレイの部隊に配属されることになったのだから、とても嬉しくは思えないだろうが。
林の中に消えていった兵士達を見送り十分程が経ち、やがてレイもまた行動を開始する。
セトは少し離れた場所で黙ってその背を見送ると、その場に寝転がった。
そのまま目を瞑ると、セトの鋭敏な聴覚や嗅覚といった感覚、魔力を感じ取る感覚に周囲一帯の様子が理解出来る。
別にセトはレイの手助けをしようとしている訳ではなく、先程の監視の兵士のように周囲に討伐軍の者がいないかどうかを確認する為だ。
そんなセトをよそに、レイは林の中を走り抜けていた。
草木や枝といったものがある以上、そして何よりも兵士達を殺さないようにしなければいけない以上、覇王の鎧は使っていない。
そのまま素の身体能力だけで突っ込んで行き、やがて茂みの中に潜んでいた最初の一人を見つける。
「なっ!?」
自分に向かって真っ直ぐ突っ込んで来るレイに気が付いたのか、思わず驚愕の声を漏らす兵士。
だがレイはそれに構わず、模擬戦用の長剣を軽く振るって兵士へと一撃を加える。
「そのまま林の外で待機だ」
攻撃を当てた兵士へとそう告げ、再び他の兵士を探すべく林の中を進むレイ。
それを見た兵士は、溜息を吐いて林の外へと出て行く。
そうして二十分程が経ち……やがて最後の一人が林の外に出てきたところで訓練は終了する。
「まぁ、最初にしては良くやった。自然に紛れるのもそれなりに上手かったしな。ただ……」
そう告げ、何かを言おうとしたその時、騎兵が一騎、自分達の方へと向かってくるのに気が付く。
騎兵はレイの近くへと到着すると、素早く馬から下りて一礼し、早速とばかりに口を開く。
「レイ殿、至急陣までお戻り下さい! 新たな討伐軍が派遣されました!」




