表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
710/3865

0710話

「フリツィオーネ殿下からの要請、是非受けるべきです!」


 マジックテントの中に、貴族の声が響く。

 それに同意するように声を揃える者もいるが、逆に反対する者もいる。


「そう安易に信じてもいいものだろうか。そもそも、今回メルクリオ殿下が軍を興すことになった理由はそのフリツィオーネ殿下を含む方達が軟禁という手段に出たのがそもそもの原因。そうなると、今回の件も何か裏があると見た方がいいのでは」


 その言葉に同意する貴族達もいるが、やはり人数としては賛成派の方が多い。

 賛成派の貴族が、反対派の貴族に対して鋭い視線を向けて口を開く。


「フリツィオーネ殿下の優しさは、帝国中に広まっている。それは知っているであろう? そもそも、フリツィオーネ殿下は民からの人気が高い。それを思えば、ここでもし向こうの申し出を蹴ったことが民衆に知られてみろ。間違いなく我々は支持を失うぞ。それがどのような結果になるか。分からぬ筈がなかろう?」

「それは……確かにそうだが……だからと言って、そうあっさりと向こうを信じてもいいものか? また、我々に味方をすると言っても、どうやって味方をするのだ? フリツィオーネ殿下はヴィヘラ様と違って個人としての武勇に優れたお方ではない。帝都を脱出して我々に合流するというのは不可能……と言わずとも、かなりの難事だ」


 この意見には賛成派の貴族も納得するしかない。

 事実フリツィオーネという人物は、個人の武勇が有名なヴィヘラ、軍部からの支持が厚く本人も部隊を率いれば高い実力を発揮するシュルス、万事に抜かりなく、あらゆる能力が高いカバジードとは違い、特に武勇に優れている訳ではない。

 ちなみにメルクリオの場合は個人としての武勇に関してはそれ程高くなく、そういう意味ではフリツィオーネと似たような立場だが、テオレームという異名持ちを部下にしていることや未完の大器と噂されるその将来性を高く期待されている。

 ……尚、フリツィオーネが殿下と呼ばれてヴィヘラが様付けとなっているのは、ヴィヘラがそれを望んだからだ。

 殿下という敬称のつく人物が同じ軍に二人もいれば色々と混乱する可能性もあり、同時に自分は既にベスティア帝国を出奔した身なのだから、と。

 それ故に自分に殿下とつけることは禁止したのだが、まさか呼び捨てにする訳にもいかず、今は様付けとなっていた。


(フリツィオーネ殿下との合流か。手がない訳ではないが……)


 貴族達の話を聞いていたテオレームは、チラリと視線をとある方向へと向ける。

 そこにいるのは、この場にいるだけであり特に意見を口にしていない人物。ただ一人で戦局をひっくり返すだろう実力を持つ人物、正真正銘反乱軍の切り札とでも呼ぶべき存在でもある、レイ。

 確かにレイという人物が護衛をするのであれば合流するのも容易い。

 普通に合流するのであれば精鋭の部隊を送る必要があるのだが、レイの場合はセトと共に一人と一匹で済むのだから。

 更に空を飛ぶことが出来る為、非常に高い機動力を持つ。

 フリツィオーネ直属の騎士団、白薔薇騎士団の能力も加味して考えれば十分に反乱軍と合流できるだろう。

 レイに聞いてみるか? そんな風に思って口を開き掛けた時、ふとテオレームはレイの視線に気が付いた。

 その視線はテオレームに向けられているのではなく、フリツィオーネからの申し出にどうするかを議論している者達へと向けられている。

 それだけであれば、そこまで気にすることはなかっただろう。だがレイの視線が向けられているのは、正確には議論をしている者達の中でも特定の者。具体的には何故か殆ど自分の意見を口にしていない三人にだった。

 それもじっと見つめているのではなく、相手に気が付かれないように密かに視線を向けるという徹底ぶりだ。

 テオレームがそれに気が付けたのも、傍からレイへと視線を向けていたからに他ならない。

 もし何も知らずにこの場にいるだけでは、恐らく気が付かなかっただろう。


(何だ? 何かあるのか?)


 その視線が気になり、テオレームもまたその三人に視線を向ける。

 視線の先にいる貴族は、前回の戦いの後に反乱軍に協力を申し出てきた者達であり、特にカバジードやシュルス、フリツィオーネとの繋がりがある訳でもない典型的な風見鶏タイプの貴族。

 もっとも、だからこそ主流派にはなれず、一発逆転を狙って反乱軍に入ってきたのだろうと判断していたのだが……


(何かあるのか?)


 そう考える。

 実際、一旗揚げてやるという意味で反乱軍に合流してきたにしては、今回の件で特に何も言わないのは確かにおかしい。

 少しでも目立ち、メルクリオに好印象を与える為、活発に発言をしてもおかしくはないのだから。


(そう考えると……確かに妙だ)


 テオレームも、視線の先にいる数人の貴族のおかしさを理解出来てくる。

 何かある。数秒前に感じた疑問は、既に確信へと変わっていた。


(となると、一度レイとしっかり話しておいた方がいい、か。この会議が終わってからだな。メルクリオ殿下の方にも話を通して……)


 話の成り行きを黙って見守っているメルクリオへと視線を向けたテオレームは、そこでメルクリオもまた自分が見ていた相手に視線を向けていたことを知る。


(メルクリオ殿下も気が付いているか。となると、これはいよいよ本物)


 そんな風に考えるテオレームを余所に、議論は進む。

 だが結局はフリツィオーネと手を組むことに賛成の者にしろ、あるいは反対の者にしろ、お互いの意見に一理あるのを理解している為、話は相手に踏み込めずに平行線に近い状況で進む。

 そのまま一時間程。議論を止めたのは、貴族の一人が鳴らした腹の音だった。

 今回の件が広まった時には既に日も沈み、白薔薇騎士団と会うということでレイを含めた僅かな者以外はその場から解散したということもあり、夕食を食べていた者達も多いだろう。そんな中でフリツィオーネからの協力の件が明らかになり、再び呼び出されたのだ。

 中には食事を済ませた者もいるだろうが、何らかの用事を済ませていた為にまだ食事を済ませていないという者も間違いなく存在していた。

 腹を鳴らした貴族は恥ずかしさで頬を赤く染め、それを見ていたメルクリオがテオレームへと目配せをする。

 無言で意思のやり取りを済ませ、やがてテオレームが口を開く。


「このまま話し合っていたとしても平行線だろう。今日は一度これで話し合いを終え、それぞれが自分のテントに戻って考えを纏めてみる、というのはどうだろうか?」

「そうだね。確かにこのまま長々と無意味な話し合いを続けているよりは、自分の考えを纏める為にも頭を冷やすことも必要だろう」


 テオレームの言葉に真っ先に賛成したのはメルクリオ。

 それを聞き、テオレームに対して不満を述べようとしていた貴族達はその動きを止めざるを得ない。

 そんな貴族の一人に対し、メルクリオは微笑を浮かべたまま口を開く。


「どうかな? 私の意見はそれ程間違ってはいないと思うんだけど」

「……そうですね。私としてもその意見には賛成させて貰います」


 渋々とだがそう告げる貴族に、メルクリオはその内心を感じさせないように頷く。


「では、そういうことで。また明日の午前にでも集まって貰うから、皆も自分の意見を纏めておいて欲しい。私達がどのような対応を取るのが最良なのか。あるいは、フリツィオーネ姉上と手を組む、組まない以外にも何かあるのであれば、それに関しても期待させて貰うよ」


 その言葉を最後に、貴族達はマジックテントの中を出て行く。

 それを見ていたレイもまた、特に何を言うでもなくその後に続く。


「レイ……大丈夫かしら?」


 レイの後ろ姿に対してヴィヘラが呟くが、テオレームは問題ないと頷く。


「あのレイですから。ヴィヘラ様が心配なさっているようなことにはならないかと」

「そう? ……まぁ、そうでしょうね。私に勝ったレイですもの。相手が何らかの切り札を持っていたとしても、それが並大抵のものではない限りどうしようもないのは間違いない、か」


 ヴィヘラも態度のおかしかった数名の貴族に気が付いていたのだと理解したテオレームは、自分の判断力が鈍っていると溜息を吐く。


(確かに白薔薇騎士団の登場に、フリツィオーネ殿下からの手紙……いや、この場合は親書か。それと同時に手を組まないかという提案と、色々あったのは事実だが……不甲斐ない)


 内心で溜息を吐いたテオレームは、同じ愚を繰り返さぬようにと内心密かに気合いを入れ直すのだった。






 夜。既に周囲には兵士達のざわめきの声もなく、既にもう寝るだけといった具合の時間。

 夜空から月光を降り注ぐ月も、明日の天気の良さを示すかのように煌々と輝いていた。

 そんな夜の中、とある貴族のいるテントの中ではワインを酌み交わしている三人の貴族の姿があった。


「ふぅ。まさかこんな大きな手柄が舞い込んでくるとはな。反乱軍に入って良かった……と言うべきか?」

「うむ。貴公から話を聞かされた時には何を馬鹿なと思ったものだったが」

「確かに。わざわざ勝ち目のない戦いに挑む程に我等は愚かではない」


 口元に浮かぶのは嘲笑。ただしそれはこの場にいる者ではなく、反乱軍に参加している他の貴族達に向けられたもの。

 この三人の貴族達は、元々反乱軍に参加するつもりはなかった。

 勝ち目があるのであればまだしも、戦力的に考えると圧倒的に反乱軍が不利な状態だったのだから、家を守る者としては当然だろう。

 ……もっとも、反乱軍に参加してそこに深紅の異名を持つレイを見た時にはさすがに驚いたが。

 だが、いかに強くても所詮個人でしかない。軍を組織する者達を相手に対抗出来るかと言われれば、首を傾げざるを得なかった。

 勿論戦いようによってそれが可能だというのは、春の戦争で他ならぬレイ自身が示している。

 だが炎の竜巻という手段があると分かっていれば、幾らでも対抗措置はある。それがこの三人の貴族達の共通した思いだった。


「本来であればもっと大きな戦いの時に向こうに寝返るつもりだったのだが……」

「折角こうして大きな手柄が舞い込んできた以上、そこまで待つ必要はない、か」

「そうだな。戦いの時まで待っていればこちらにも大きな被害が出るかもしれない。ならこちらに被害の出ないこの情報を持って行けば、向こうとしても喜んで迎え入れるだろう」


 その言葉に他の二人も異論はないのか、同意するように頷く。


「だが、問題はどうやってこの反乱軍を抜けるかだな。儂等も部隊を率いてきた以上、動くとすればそれなりに目立つ。……こうなると、もう少し兵士の数を減らしておくべきだったか」


 そう呟く男だが、他の貴族達が苦笑を浮かべながら口を開く。


「そもそも、最初の計画では戦場で裏切るつもりだったのだ。それを考えれば、部隊を少なくするということは出来なかっただろう」

「そうだな。もしそんな真似をしていれば、私達の身の安全すらも保証出来なかった筈だ」


 仲間二人の言葉に、最初に愚痴を言っていた男も気を取り直す。


「だが、どうやって反乱軍を離脱する? このままだと儂等も戦いに巻き込まれることになるぞ。昨日までならともかく、今はもうそんな真似は絶対にごめんだ。損害が大きくなりすぎるからな」


 忌々しげに吐き出された言葉に、他の二人も頷きを返す。

 いかに被害を少なくして自分達の利益を上げるか。それを考えると、今回のフリツィオーネの件を知った以上は、戦いになるのを待つ必要はなかった。

 その後もどうやって反乱軍から離脱するかの相談を重ねていくが、どうしても自分達の部隊が動くと目立つというところで話は止まる。

 それに面倒臭くなってきたのだろう。貴族の一人が溜息と共に口を開く。


「いっそのこと、部隊をここに置いていくってのはどうだ?」


 その言葉を聞いた他の貴族はすぐさまそれを否定する。

 ただし、それは部下を思う心といったものではなく……


「馬鹿なことを言うな。戦いの中で向こうに内応するということで連れてきた部隊だぞ。そんな精鋭部隊をここで捨てる訳にいくか」

「向こうとの連絡が取れないのは痛いな。こっちに合流する前に向こうに使者を派遣したが、それ以降は見つかる危険性を考えて連絡を取っていなかったからな。本来ならもっと細かく連絡を取れればいいんだろうが……」

「それはしょうがない。討伐軍側の方でも、反乱軍に諜報部隊を忍び込ませようとして一度も成功したことがないって話であったのだろう?」

「……けど、ここに合流してから見る限りだと、周囲を警戒しているのは普通の兵士達だぞ? 特殊な訓練を積んだ諜報部隊の者達がどうにも出来ないとは考えられん」


 前々から考えていた疑問を貴族の一人が口にすると、他の貴族達も同様の思いだったのだろう。その言葉に頷く。


「それは……俺みたいなのがいたからだろうな」


 そんな声が響くと同時にテントの中に入ってくる一人の人物。

 その手には、声の主よりも大きな鎌が握られていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ