0708話
レイの目の前では、相変わらず白薔薇騎士団に対する議論が続いていた。
暫くの間はそれを大人しく眺めていたレイだったが、その議論も多少落ち着いてきたのを見て口を開く。
「向こうの要望としては、フリツィオーネからメルクリオに接触するように命じられたって話だった。で、今襲ってきた奴らを捕虜にして、この陣地に向かって来ている」
「……フリツィオーネ姉上が? 確かに白薔薇騎士団がやって来たということは、フリツィオーネ姉上の命によるものと考えるのが自然だと思うけど……何故この時期にフリツィオーネ姉上から?」
首を傾げて一人呟くメルクリオ。
内戦が始まる前であれば接触してくる可能性も十分に考えられたが、既に内戦は始まってしまっている。
そもそも、この内乱が起こった理由……メルクリオの軟禁に関しても、フリツィオーネはカバジードやシュルスと手を組んでいたのだ。
その相手が今更何を? そう思ってしまうのは当然なのだろう。
ちなみに姉は姉でも、ヴィヘラと違って異母姉妹の為か、そこまで親しみを覚えている訳ではないらしい。
「姉上が何を考えているかは分からないけど、それでもこうして自分の手の者を送ってきた以上は、何らかの理由がある筈よ。無難に考えれば、このまま兄弟姉妹同士で戦うのは避けたいってことだと思うけど」
「……フリツィオーネ姉上であれば、普通にありそうですね」
自らの姉の姿を思い出したのだろう。メルクリオはヴィヘラの言葉を聞き、小さく溜息を吐く。
血が流れる前であれば、話し合いによる解決も可能だったかもしれない。
だが今はもう内乱が起こり、討伐軍との戦闘が行われているのだ。討伐軍、反乱軍共に既に退くことは出来ない状況になっている。
そうである以上、敢えてこの時期に接触してくる理由は……
「降伏勧告、でしょうね」
ポツリとティユールが呟く。
「だろうな。フリツィオーネ殿下としてはこれ以上の血が流れるという事態を避けたいという思いがあるんだろう」
テオレームもまたそんなティユールの言葉に同意し、姉の性格を知っている二人もまた同様の結論に達したのかお互いに頷きあう。
「まぁ、どんな理由で白薔薇騎士団が派遣されたのかは、直接会ってみれば分かるだろ。それで、今こっちに向かっているんだが、どうするんだ?」
何か用事があるのなら、直接会ってから判断すればいい。そう告げるレイに、グルガストが頷いて視線をテオレームの方へと向ける。
「俺もレイと同意見だな。向こうに何か目論見があるとしても、ここでああだこうだ言ってたところで何の役にも立たない」
その言葉にマジックテント内にいる貴族達のうち、グルガストと意見を同じにする者達が頷く。
そんな周囲の様子を見ていたテオレームは、改めてレイの方へと視線を向ける。
「レイ、白薔薇騎士団の者に直接会ったお前に聞きたい。今回その話を持ってきた者は、何かを企んでいるように見えたか?」
確認するように問い掛けてくるテオレームの言葉に、レイは首を横に振る。
「俺が見た限りだと、そんな腹芸が出来るような相手には見えなかった。純粋な武人としてはそれなりに腕が立つように見えたが」
レイの言葉にピクリと反応したのは、ヴィヘラとグルガストという戦闘狂の二人だ。
何を考えているのかは分かっている為、テオレームやレイはそれを気にしないように話を続ける。
「そうなると、メルクリオ殿下に危害を加えるつもりはないと?」
「あくまでも俺の第一印象では、だけどな。ただ、幾ら俺が安全そうだと言ってもそれを信じ込んで護衛を付けない……とかするつもりはないんだろ?」
「当然だ」
即座に答えるテオレーム。
事実、この反乱軍の神輿でもあるメルクリオが命を落としたりすれば、それは反乱軍の……そして反乱軍に参加している者達の破滅を意味する。
敵対している相手からの使者に、まさか自分達の大将を護衛もなしに会わせる訳もなかった。
「なら問題はないと思うが? 確かに向こうはそれなりに腕利きだったみたいだが、それでもこっちが準備万端構えている状況で妙な動きをするとは思えないし」
「……確かに。だが、万が一ということもある。悪いが、レイにもその場に同席して貰いたいが、構わないか?」
そんなテオレームの言葉に、何人かのまだレイの実力をその目で見たことのない者達が自分達の実力を軽んじられたような思いを抱いて不機嫌そうな表情を浮かべる。
だが殆どの貴族達がそれに頷いている以上、否と言える筈もなかった。
そして、肝心のレイはといえば……
「いや、やれと言われればやるけど、必要か? ヴィヘラとテオレームがいて、グルガストもいる。他に隠し球の類もあるだろうに」
この隠し球というのは魔獣兵のことなのだが、ここにいる者達の中でも知らされていない者もいるのか、レイの言葉に一瞬だが不思議そうな表情を浮かべている者もいた。
「念には念を、という奴だよ。実際、レイという存在がいると知れば向こうに対する抑止力にもなる。白薔薇騎士団の者がもし何かを企んでいるとしても、レイがいれば何を仕掛けても無駄だと判断する筈だ。白薔薇騎士団の者達を襲っていた相手を倒したのだろう?」
「それは否定しない。……ま、どうしてもって言うなら、後は食事以外に特にやるべきこともないし、協力してもいいさ。ただし、協力する以上は食事を融通して貰うぞ?」
そんなレイの言葉に、テオレームは微かに眉を顰める。
ミレアーナ王国からベスティア帝国へと向かう旅で、一人と一匹がどれ程に食べるのかというのを直接その目で見ている為だ。
下手にレイとセトに対して好きなように食べさせたりすれば、反乱軍自体の食料がなくなりかねない。
そう思ってしまうのも、しょうがないことではあるのだろう。
テオレームの様子を見ていてその考えにいたったのか、レイは小さく肩を竦めてから口を開く。
「別にこれから全部の食事を反乱軍側で持てなんてことは言わないよ。ただ、どういう食事をしているかが気になるから、それを味見させてくれればいい。もっとも、量が多ければそれに越したことはないけど」
そんなレイの言葉に、やがてここは大人しく従った方がマシだと判断したのだろう。テオレームはメルクリオの方に視線を向ける。
特に言葉を交わさずとも、何の許可を求められているのかを理解したメルクリオは即座に頷く。
レイとセトが一度でどれだけの食べ物を腹に収めるのか。それを実感していないからこその判断だったが、この場合それは間違っていない。
「メルクリオ殿下の許可も得たので、そうさせて貰おう。それで、白薔薇騎士団の者達はいつくらいにこの陣地に到着するのだ?」
「さて、急いでくるって言ってたから、そろそろだと……」
そうレイが呟いた、その時。まるでタイミングを計っていたかのように、マジックテントの中へと入り口の警護を任されていた騎士の一人が入って来た。
「失礼します。フリツィオーネ殿下直属の部隊、白薔薇騎士団の方がメルクリオ殿下に面会を求めてやって来ているそうです。話は通っている筈だ、とのことですが……」
騎士はレイの方へと一瞬だけ視線を向けてそう告げる。
その許可というのが、先程緊急の用件があると言ってマジックテントに入っていったレイによるものだと予想出来たからだろう。
そして事実、それは正しい。
「ああ、その話は聞いている。すぐに通してくれ」
「は!」
テオレームの言葉に頷き、騎士が去って行く。
それを見送っていたメルクリオは、やがて口を開く。
「さて、そういう訳で私は白薔薇騎士団の者と面会をする。姉上、テオレーム、ティユール、グルガスト、レイ以外の者は退室して欲しい」
『メルクリオ殿下!?』
貴族達がこぞって声を上げる。
まさか自分達全員が席を外すように言われるとは思ってもいなかったのだろう。
だが、メルクリオはそんな貴族達に対して一切妥協の様子を見せずに口を開く。
「護衛の人数としては、今私が名前を挙げた者だけで十分だろう」
確かにその言葉は真実だった。これだけの人材で防御を固めている以上、その辺にいるような相手ではどうやってもメルクリオに危害を加えることは出来ないだろう。
更には、密かに魔獣兵までもが護衛についているのだから。
それこそ、ノイズのような化け物の如き力を持った相手なら話は別だろうが。
「違います! 確かに護衛に関しては今メルクリオ殿下が仰ったように十分でしょう。ですが、配下が少ない状態で向こうの使者に会えば、こちらが低く見られてしまいます」
貴族の一人がそう告げると、メルクリオは小さく笑みを漏らす。
「低く、と言ってもね。今の私は知っての通り反乱軍の首魁でしかない。それを思えば、低くも何もないと思うんだけど? それに、向こうがこちらを低く見積もってくれるのであれば、それはこちらにとっても幸運だとは思わないかな?」
その言葉を聞き、更に口を開こうとした貴族だったが……
「メルクリオ殿下からの命令は既に下されたのだから、それに従うように」
テオレームが貴族達の言葉を遮るように告げる。
貴族達のうち何人かは、そんなテオレームに対して不愉快そうな表情を浮かべる者もいた。
だが結局はこれ以上ここで何を言っても無駄だと判断したのだろう。そのまま大人しくテントを出て行く。
「良かったの、メルクリオ。中には自分の利益からああいった態度に出た者もいたと思うけど、純粋に貴方を心配している人もいた筈よ?」
「確かに姉上の言いたいことも分かりますが……フリツィオーネ姉上ですからね。何を言ってくるのやら。それで妙に混乱されても困りますし」
第1皇女フリツィオーネ。その優しさは知られているが、時々突拍子もない行動を取ることがあるのは、家族や余程親しい者以外には殆ど知られていない。
そんな姉が、わざわざ自分の直属でもある白薔薇騎士団の騎士を送ってきたのだ。絶対に何かある。メルクリオがそんな風に思っても間違いではないだろう。
それを理解したのか、ヴィヘラも小さく笑みを漏らす。
数年前にベスティア帝国を出奔したヴィヘラだったが、それでも自らの姉がどのような性格かを忘れる程昔のことではない。
「相変わらずなのね」
「ええ」
少人数に……それこそ気の許せる者達が揃っているからこそだろう。メルクリオはリラックスして頷く。
その気の許せる者の中にレイが入っているのかどうかはレイ本人には分からなかったが、それでもこの様子を見る限りでは注意深く見られてはいるが、敵対的な視線を送られている訳ではないのだろうというのは理解出来た。
そのまま軽く雑談をしていると、再び先程の騎士がマジックテントの中へと入ってくる。
「失礼します。白薔薇騎士団の方々をお連れしました。また、白薔薇騎士団の連れてきた捕虜に関しては既にこちらで受け取って情報を聞き出しています」
そう告げる騎士の後ろには、少し前にレイが見た白薔薇騎士団のウィデーレと、その部下四人の姿があった。
マジックテントの中にいる人数が思ったより少なかった為か、一瞬ピクリと目を動かす。
ここに入る前に武器を預けていることもあり、このまま暗殺されるかもしれない。そう思ったのだろう。
それでも恐れた様子を見せないのは、自分達が第1皇女フリツィオーネ直属の騎士団であるという自覚がある為か。
もっとも、自分達を待ち受けていた中にレイの姿を見た時には視線に動揺が走ったが。
レイとセトがどれだけの戦闘力を持っているのかというのを、少し前に自分の目で確認したのだから当然だろう。
「メルクリオ殿下、お目に掛かれて光栄です。私は白薔薇騎士団第三部隊隊長のウィデーレと申します」
一礼しながら告げるウィデーレだったが、ここはあくまでも敵地と理解している為だろう。跪くようなことはしていない。
他の四人も同様であり、それぞれメルクリオに会うということでマジックテントに入る前に武器を預けているというのに……いや、だからこそか、決して油断した様子はなかった。
「ああ。姉上から以前話を聞いた覚えがあるよ。白薔薇騎士団の中でも勇猛果敢で忠義に厚い人物と聞いている。それでそのような人物がどんな用件で、わざわざ姉上と敵対していると言ってもいい反乱軍にやってきたのかな?」
メルクリオが自分の名前を知っていたことに多少驚きの表情を浮かべたウィデーレだったが、すぐに一通の封筒を取り出す。
「フリツィオーネ殿下から、メルクリオ殿下にこちらをお渡しするようにと」
「……テオレーム」
「はっ!」
メルクリオの言葉にテオレームが短く返事をし、ウィデーレの持っていた封書を受け取る。
そのままテオレームは封書をメルクリオの方へと持っていくと、メルクリオは封書にされている封蝋が確かに自らの姉のものであると確認してから、封書を開く。
そこに入っていたのは、数枚の手紙。
それに目を通し……
「ふふ……あははははははは」
小さく……そして次第に大きく響く笑い声。
面白くてしょうがない。そんな笑い声がマジックテントの中に響き渡るのだった。