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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
699/3865

0699話

 悠久の空亭。その職員達に揃って頭を下げられながら、ダスカーは宿屋の前に用意されている馬車へと向かう。

 闘技大会の表彰式が終わったのが、数日前。

 ただし優勝者であるノイズも、準優勝者であるレイも出なかった表彰式だけに、当然どこか白けた空気が広がっていた。

 優勝者であるノイズがランクS冒険者であり、更にはベスティア帝国皇帝でもあるトラジストの友人ということもあって、表彰式に参加していた者達のどこか責めるような視線は自然と準優勝者であるレイの元雇い主ということになっているダスカーへと向けられていた。

 もっとも、ダスカー本人はそんなのは全く気にした様子もなく、柳に風とばかりに視線を受け流していたのだが。

 周辺諸国から招待された者達にしても、主役ともいえる人物がいない中での表彰式……三位と四位の二人のみがそれぞれ報奨金や賞品を貰うという形になっていた。

 そんな表彰式も無事に終わると、周辺諸国からやってきた者達はそれぞれの行動を開始する。

 具体的には、内乱に関してだ。

 折角内乱の中心地でもある帝都にいるのだから、少しでも今回の内乱に関しての情報を集めようと考えるのは当然だろう。

 皇帝であるトラジストにしても、見られて困るものはないとばかりに特に何も口を出さない。

 普通であれば、周辺諸国からの来賓……しかも自分達が戦争で負けた国や、実質的には属国に近い周辺国家、魔導都市と呼ばれている特殊な場所からの来賓が来ている中での内乱だ。国としての面子がこれでもかと潰れている状況なのだが、トラジストは寧ろそれを歓迎するかのように笑みを……獰猛な笑みを浮かべていた。

 内乱が起こっているのであれば、せめて他国から来ている者達にはなるべく早く帰って貰った方がいいのでは? そんな風に進言したペーシェだったが、その笑みを見た瞬間にこれは何を言っても無駄だと判断したのだろう。そのまま諦めに近い溜息を吐くことしか出来なかった。

 トラジストにしてみれば、今の帝国の状況は寧ろ自分が望んでいたものに近い。

 もしも今の帝国を与し易しと判断して何らかの行動を起こすのだとすれば、それこそ喜んで受けて立つだろう。

 ペーシェも、それを理解したからこそ渋々ではあるが退いたのだから。

 このように帝都では未だに多くの来賓が残って情報を集めていたのだが、そんな中でダスカーは悠久の空亭の宿を引き払い、国へと戻ることにした。

 本音を言えば情報を集めたいという思いもあったのだが、既に自分とは関係ないということになっているレイが反乱軍にいるというのが広まってしまえば、色々と面倒なことになるのは確実だったからだ。

 更に同じく護衛として連れてきたロドスは第1皇子派にいる。

 下手をすれば、この内乱はミレアーナ王国が裏で糸を引いているのでは? そんな風に言われかねなかったからだ。

 ……もっとも、その指摘は半ば正しいのだが。

 裏で糸を引いているのではなく、反乱軍として立った第3皇子のメルクリオと組んでこの戦いを演出していると表現するのが正しい。

 ともあれ、このまま帝都にいてはダスカーの周辺の情報をもっと詳しく調べる者が出てきかねない為に、こうして帝都から出て、ミレアーナ王国へと帰国しようとしていた。

 護衛の人数はレイとセトがいなくなり、ロドスもまたいなくなった。その結果、ダスカー一行の人数は少なくなった……訳ではない。


「ラルクス辺境伯、本当に俺達みたいなのを雇ってもいいんですか? 一応こう見えても、風竜の牙はベスティア帝国の冒険者なんだけど。……痛っ、ベスティア帝国の冒険者なんですけど」


 言葉遣いがなっていないということで、頭目掛けて振り下ろされたモーストの杖。

 その痛みに、慌てて言葉遣いを直すルズィだったが、それを見ていたエルクは思わず苦笑する。

 まるでいつもの自分とミンを見ているみたいだった為だ。

 そんな風に考えつつ、エルクの視線はチラリと自分の隣にいるミンへと向けられる。

 いつもであれば真面目な表情を浮かべているミン。それは今も変わらない。ただし……


(外面の取り繕い方は、相変わらず上手いな)


 ミンと長年夫婦をやってきたエルクにしてみれば、半ば強がっている今の妻の様子は一目瞭然だった。


(結果として、ロドスをベスティア帝国に置いていくことになったからな。それはロドス自身が自ら望んだことなんだから、しょうがないと思うんだが……この辺は男親と女親の違いって奴か?)


 自分の子供が心配なのは分かっているのだが、それでも心配しすぎだ。そう思ってしまうのは、やはり自分が男親だからなのか。

 そんな風に思っていると、ダスカーがルズィへと向かって笑みを浮かべながら口を開く。


「確かにミレアーナ王国とベスティア帝国では、お互いに色々と思うところもあるんだろう。だがな、冒険者というのは、元々国とは別物の組織だ。……まぁ、自分が生まれた国だからそういう思いを抱くのはしょうがないと思うが。けどレイを見てみろ。ミレアーナ王国の冒険者だっていうのに、ベスティア帝国で俺の下を出奔してるんだぞ?」

「あー……確かに」


 ダスカーの口から出た言葉に、思わず納得するルズィ。

 レイ程に自由に振る舞っている冒険者というのは、殆ど見たことがない。

 もっとも、それこそがレイの強さの秘密のような気もしていたのだが。


「それに、お前達に頼むのは前もって言ってある通りベスティア帝国から出るまでだ。……まぁ、そっちが希望するのならミレアーナ王国にあるギルムまで来てもいいが」


 そう誘いを掛けるダスカーにしてみれば、目の前の風竜の牙というパーティは闘技大会で実力も確認済みであり、何よりレイやロドスを通してその性格にも問題がないというのは知っていた。

 実力、性格的に問題がないと知っている以上、可能であればギルムの……辺境で活動する冒険者として引き入れたいという思いがある。

 この時にダスカーが上手くやったのは、ルズィ達に求めたのがあくまでもギルムで活動するという形であり、自分に仕官して欲しいと言わなかったことか。

 元々辺境に領地を持つダスカーだけに、冒険者との繋がりは広く、深い。それだけに、冒険者という者達の高い独立心や、束縛を嫌うといった性格……いや、性質を良く理解していた。

 ただし冒険者は千差万別であり、あくまでそういう傾向があるという程度なのだが。

 また、辺境にあるギルムで行動している冒険者と、ルズィを始めとする風竜の牙の面々の行動原理がよく似ていたのも幸運だった。

 ともあれ、元から出来ればギルムに引き抜きたいというのもあって、冒険者ギルドで指名依頼という形で護衛を依頼したのだ。ベスティア帝国から出るまでには心を動かせる機会もあるだろうと思って。


「うーん、……そう言われても……」

「別にここですぐに決めろとは言わない。そうだな、ベスティア帝国から出るまでに決めてくれればいい。まぁ、いざとなったらギルムで一ヶ月程度過ごしてみるとかでもいいしな」

「……そこまで俺達の腕を買われているのは、やっぱり嬉しいですが。その辺に関しては仲間と相談して決めてみますわ。……痛っ!」


 再びルズィの頭部に落とされるモーストの教育的指導。

 そんなやり取りに笑みを浮かべながら、ダスカーは頷く。


「是非そうしてくれ。ベスティア帝国にも辺境と呼ばれる地域はあるだろうが、ミレアーナ王国の辺境も随分と厳しい場所だ。腕の立つ冒険者は多ければ多い程いいし、そんな場所で腕を磨けばレイのように強くなれるかもしれないしな」


 その一言に、ルズィの視線が一瞬だけ鋭くなる。

 レイの実力を幾度となく訓練で体験し、自分を圧倒したノイズと渡り合った姿を見ただけに、ルズィにとってもその言葉は魅力的だった。

 辺境と呼ばれる地域がベスティア帝国にもあるというのはルズィも知っているが、辺境は辺境だとしてもベスティア帝国とミレアーナ王国では違うのかもしれないという思いもある。

 実際、辺境という風に名前は同じでも、そこに生息しているモンスターや生えている植物、あるいは存在している鉱石等々、場所によっては大きく異なるのは当然だろう。

 いや、それどころかギルム周辺であっても、少し離れた場所では大きく違っていたりする場所もあるのだ。


(となると、もしかしたらギルムの周辺には冒険者の力を強化することが出来るような何かがある……という可能性は否定出来ませんね)


 ルズィと共に話を聞いていたモーストは内心で呟く。

 実際、辺境というのは未開の地ということを示しているだけに、何があってもおかしくはないのだから。


「……考えておきます」


 そう答えるルズィの表情は真剣そのもの。

 ノイズという規格外の存在はともかく、もしかしたらレイのいる場所までは届くかもしれない。そんな風に思ってのことだ。

 ベスティア帝国の地方ではあるが風竜の牙の名前はそれなりに知られている。

 また、名前だけが有名なのではなく実力も伴っているというのは、風竜の牙の三人全員が闘技場の本戦まで勝ち進んだことでも明らかだろう。

 だが……実力があるからこそ、更に上を目指したくなるのもまた事実。

 今のルズィでは絶対に手が届かない場所に存在しているレイに追いつけるかもしれない。そんな希望に身を委ねたくなるのは当然だった。


「そうか。ま、その件に関してはさっきも言ったがベスティア帝国から出る時にでも返事を聞かせてくれ」


 そう告げると、ダスカーは護衛を頼むと告げて馬車へと乗り込む。

 エルクとミンの二人もその後に続き、その場に残ったのはルズィとモーストのみ。

 何かを考えている様子のルズィに、モーストは小さく溜息を吐いて杖を頭へと落とし、自分達に割り当てられた馬車へと向かう。

 そうして去って行く馬車を、悠久の空亭の職員達は皆が頭を下げて見送るのだった。






「討伐軍と反乱軍の件だけど、あっさりと討伐軍が負けたらしいわよ」


 馬車が出発してから数分が経った頃、ヴェイキュルがそう告げる。


「……早すぎないか? 確か出発したのは何日か前だろ?」


 ダスカーの提案に関して考えていた為か、一瞬反応が遅れたルズィ。

 だが、すぐにそう問い返す。

 討伐軍を含めて軍隊が出立する時は、本来であれば盛大に式典のようなものが行われるのが普通だ。

 特に今回のように貴族が出撃するとなれば尚更だろう。

 しかし、今回の討伐軍に限ってはそのような式典は何もないままの出発となった。

 貴族の性格をよく知っている者達は思わず首を傾げたのだが、今回の件を計画したシュルスにしてみれば、元々負けるのが前提の戦いだ。

 そうである以上、派手に式典をする訳にはいかなかった。


「それだけ相手が強かったのか、それともこっちが弱かったのかのどちらかでしょうね」


 モーストが呟くと、ヴェイキュルはその通りとばかりに頷く。


「その両方だったみたいよ。討伐軍は驚く程に弱くて、反乱軍の方は驚く程強かった。戦闘時間は一時間あるかないかって話らしいわ。何でもヴィヘラ皇女が反乱軍に協力してるそうだから、分からないでもないけどね」

「ヴィヘラ皇女が!?」


 風竜の牙の三人はベスティア帝国の生まれだ。そうである以上、当然ヴィヘラについてもその強さや自由奔放さは話に聞いたことがある。


「ヴィヘラ皇女が反乱軍についているとなると……この内乱、嫌でも延びそうですね」

「けど、冬までもうそんなに時間がないぜ?」


 この地域でも、当然冬になれば雪は降る。そうなれば内乱どころではないのも事実だ。

 そもそも、軍隊の移動が出来ない――出来ても非常に厳しい――のだから戦争以前の問題だろう。

 勿論冬になったからといってすぐにそれ程の雪が降る訳ではないし、天候によっては雪が全く降らないような冬もある。

 だが、それに期待して内乱を起こすというのはちょっと考えられない。

 そうなると……


(反乱軍は、最初から短期決戦をするつもりだった? それとも来年の春まで戦いが延びるのを計算に入れていた? どっちもありそうですね)


 モーストが内心で呟きながらも、視線を馬車の外へと向ける。

 そこに広がっているのは、秋らしい青空。夏程に強烈な直射日光ではなく、外で動くのに丁度いいと思わせる好天。


「いい天気ですね」

「ん? ああ、まあな。……それでヴェイキュル。肝心のレイはどうだった? 戦いに出てきたのか?」


 モーストへと適当に言葉を返したルズィは、そのままヴェイキュルに尋ねる。

 以前食堂で聞かされた話を考えるに、まず間違いなくこの内乱にレイは関係している。そう思っての問いかけだったのだが……


「レイの姿は全く見られなかったらしいわ。もっとも、情報源がそもそも戦いから逃げ延びてきた兵士だから、負け戦でそれどころじゃなかったってのもあるでしょうけど……」


 そう告げながらも、ヴェイキュルは少なくても今回の戦闘にレイが参加していなかったというのは確信していた。

 そもそも、身の丈以上の大鎌を持ち、グリフォンを従えているのがレイだ。悪目立ちしすぎるその姿は、一瞬でも見れば忘れることはないだろう。


「そうなると……さて、レイはどうしたんだろうな」


 ルズィの呟きのみが国境へと向かっている馬車の中に響くのだった。

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