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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
698/3865

0698話

「何だと!?」


 その報告を聞いたシュルスは、思わず目の前の女へとそう問い返す。

 予想通りと予想外。その相反する両方が混じり合った報告だっただけに、シュルスの口から出た言葉はどこか不機嫌な色がある。

 だが、シュルスの前で報告をした女……シュルスの幼馴染みにして副官のアマーレは、相手の態度は関係ないとばかりに口を開く。

 もっとも、アマーレは目の前にいる男の気が短いというのは知っている。寧ろ、今の態度はまだ完全に頭に血が上っていないという意味では安心すらしていた。

 そんな自らが仕える主君に対し、アマーレはつい数秒前に報告した内容を再び口に出す。


「討伐軍はほぼ壊滅状態となりました。メルクリオ殿下率いる反乱軍には目立った被害はありません。勿論完全に無傷という訳ではありませんが、それでもこちらが受けた被害に比べれば無傷と言ってもよいかと」

「違う! 俺が聞きたいのはそっちじゃない! あの無能共が今回の戦いで勝てるというのは最初から思っていなかった。少しでもメルクリオやヴィヘラの手の内を晒し出せばそれで良かったんだからな。だが、それを確認する為に派遣した俺の騎兵も全滅ってのはどういうことだ!?」


 憤りに任せ、執務机を殴りつけるシュルス。

 部屋の中に激しい音が響き渡るが、シュルスの気の短さを理解し、長年共に歩み続けてきたアマーレにしてみれば特に驚くべきことでもない。


「全滅ではありません。一人ですが帰還したのですから」

「ああ、確かに帰還はしたんだろうさ。だがな、右腕と右足を切断されて戻ってきたんだ。もうそいつは騎兵として使うことは出来ないだろ」


 そこまで告げると、胸の中にある苛立ちを吐き出すように深く息を吐く。


「……ポーション、はそこまで効果のある奴を使うのはちょっとな。錬金術師共に義手と義足を作らせてその男に渡せ。また、それだけの敗戦の中を生きて戻ってきたんだ。きちんと褒美を忘れるなよ。よく生きて戻ってきたと伝えておけ。それと……今回の戦いで戦死した騎兵の家族には十分な報償を渡せ」

「はい」


 最後の言葉を聞き、アマーレは微かに笑みを浮かべつつ頷く。

 自らの主君でもあるシュルスが部下を大事にする人物であり、情け深いところを見せたのが嬉しかったのだろう。

 そもそも、軍部からの支持が強いシュルスだ。当然戦傷や戦死に関しては厚く報いるのが当然だった。 

 だからこそ、軍部の者達は第1皇子であるカバジードと比べても高く支持しているのだから。


「ふぅ……」


 一旦気持ちを落ち着かせるように、机の上に置いてあったコップへと手を伸ばす。

 幸い先程殴った時に転んで割れるような事がなかったのは、しっかりとテーブルの上に固定されていたからだろう。

 中には何も入っていないそのコップに魔力を通すと、次の瞬間にはコップの中に水が現れる。

 これもまたマジックアイテムの一つであり、ベスティア帝国で広く振興されている錬金術で作られたものだ。

 冷たい水を出すという効果しかないのだが、消費する魔力自体は微々たるもの。それでいて、魔力の質や量に限らず一定量の水を作り出すという効果を持つマジックアイテム。

 効果だけを考えるとレイの持つ流水の短剣と似ているが、元々流水の短剣は水を操って武器とするマジックアイテムであり、決して飲み水を……それも魔力の質や量によって味が変わるような水を作り出すお役立ちマジックアイテムではない。


「……で、だ。その戻ってきた奴からの情報は? ああ、いや。一応こっちを先に聞いておくか。貴族共はどうした?」

「殆どが捕虜となるか、あるいは討ち死にとなっています。数少ない生き残りは、それぞれ自分の領地に逃げ戻ったり、帝都にある屋敷で引きこもったり。報告に来た者は数人といったところですか。もっとも、そちらに関しても色々と言い訳を重ねる為というのが正しいですが」


 アマーレの言葉に、シュルスは不愉快そうに眉を顰める。


「ちっ、どうせそんなことだろうと思ったよ。……にしても、捕虜か。そうなるとこっちから身代金を引き出すつもりだな。厄介な真似をしてくれる」

「そうですね。で、どうしますか?」

「決まっている。あんな無能共の為にわざわざ俺が金を出すつもりはない。捕まった貴族の家にその辺は連絡してやれ。その代わり、一定の期間は待ってやるとな」

「ふふっ、一定の期間は待つですか。確かに戦力を整えるという意味では一定の期間が必要ですね。次の討伐軍を編成するにしても、カバジード殿下、フリツィオーネ殿下との調整も必要でしょうし」


 物は言い様。どうしても次の討伐軍を編成するのに必要な時間を、捕虜となった貴族達の身代金交渉の時間と認識させる。そんなアマーレの言葉に、シュルスは溜息を吐いて口を開く。


「敵の手札すら引き出せないような奴等だ。本来ならさっさと見捨てたいんだがな。……一応俺の派閥である以上、そう簡単に切り捨てることも出来ん。また討伐軍にでも放り込んでやりたいところだけどな」

「さすがに今回のような圧倒的な敗北を経験すれば、自分達の愚かしさには気が付くのでは? そうすれば、討伐軍に参加しろと言われても渋ると思いますけど」

「ったく、つくづく役に立たない奴等だ。……で、無能共の話はこの辺にしておくとしてだ。戻ってきた騎兵から聞き出した情報を頼む」


 無能な貴族というシュルスの言葉にはアマーレも同意見だったのだろう。その言葉に特に異を唱えることもないままに口を開く。


「まず、今回の戦いで判明した向こうの最大戦力は、やはりヴィヘラ殿下となります」

「……だろうな」


 そう呟くシュルスの表情に浮かんでいるのは、苦々しげな色。

 軍部に影響力を持っているだけあって、当然シュルスも自分の実力には自信がある。だがそれでも、妹のヴィヘラを相手に正面から戦いを挑んで、自分が勝てるとはどうしても思えなかった。

 ヴィヘラがベスティア帝国を出奔する前ですらそれ程の実力差があったのだ。あれから自分も成長しているのは自覚しているが、それでも圧倒的な戦闘の才能を持つヴィヘラに勝てるとは思えない。

 シュルス本人は絶対に認めたくはないだろうが、ヴィヘラが出奔した時に皇位継承権を持つ者の中で最も安堵していたのは間違いなくシュルスだった。


「ふんっ、まぁ、確かに個人としての戦力を考えれば、反乱軍の中でも最強に近い存在であるのは間違いないだろうな。だが、所詮個人で集団には勝てない」


 半ば自分に言い聞かせるようにして呟くシュルス。

 そんな自らの主君へ、アマーレは親しい者でなければ気がつけないだろう程度の心配そうな視線を向ける。

 副官の視線に気が付いたシュルスだったが、それ以上を口にすることはない。何かを言えば自分に相応しくない言葉を口にすると分かっていたからだ。

 それ故に、強引に話を元に戻す。


「それで、他にはどんな戦力がいた?」

「オブリシン伯爵、ブーグル子爵。ヴィヘラ殿下関連ではその二人が特に目立っていましたね」

「だろうな」


 この辺は予想通りと、シュルスは頷く。

 ヴィヘラに心酔しているブーグル子爵がいるのは当然だと言えるだろう。そして激しい戦いになると分かっている以上、ヴィヘラと縁のあるオブリシン伯爵がそこに加わっているのも当然と言えた。


「その二人だけか? 他にも以前はヴィヘラと行動を共にしていた者達がいただろう?」

「ええ。いわゆる第2皇女派と呼ばれる者達ですが、今回の戦いでは殆ど姿を現していません。もっとも、騎兵が敵の勢いからそれ以上戦闘の様子を探るのは不可能と見て撤退したらしいので、その後で戦いに参加したかもしれませんが」

「限界まで見切っていたものの、結局生き残ったのは一人だけだった訳か。……少し頑張りすぎたな」


 一瞬だけ残念そうな表情を浮かべたシュルスは、すぐに再び皇子の顔へと戻る。


「それで、メルクリオの方の戦力は?」

「テオレーム殿が第3皇子派の兵力を率いて戦場に出た模様です。確かにヴィヘラ殿下達が率いた部隊は精鋭揃いと言ってもいいでしょう。ですが、最終的に戦局を決定づけたのはテオレーム殿率いる部隊となります」

「そうか。……ん? いや、待て。ヴィヘラが部隊を率いたのか?」

「はい。騎兵を従えて討伐軍の騎兵部隊をほぼ単独で潰したと。詳しい戦の経緯はこちらに」


 自分直属の騎兵が文字通りの意味で命を削ってまで得た情報に、意識を引き締めながら報告書へと目を通す。

 そこに書かれているのは、騎兵が見た戦いの流れ。ただし、瀕死の重傷を負ったままここまで辿り着いたのだ。意識を失う前に聞いた途切れ途切れの情報が書かれており、詳細な話に関しては騎兵が意識を取り戻してからとなるだろう。

 それでも、こうして見ているだけで大体の話の流れは理解出来る。 

 それはシュルスの軍事的な才能が決して低くないことを意味していた。


「……ふむ、なるほどな。最初にヴィヘラとその一味を投入したのか。それによって全体の流れは一気に決まったと見てもいい。しかし……無能は無能か。幾ら何でも脆すぎるだろうこれは」


 呆れた様に呟くシュルス。

 確かにヴィヘラやオブリシン伯爵といった者達は強力な戦力だろう。それは理解出来る。

 だが、それにしても戦線が崩壊するのが早すぎた。


「奴等を揃えたのは俺だが、こうまで何も出来ず一方的にやられるというのは予想外に過ぎたな。普段あれだけ貴族の誇り云々とか言ってるんだから、せめてもう少し持ち堪えて欲しかった」

「無茶を言わないで下さい。あのヴィヘラ殿下率いる部隊ですよ? それをまともに受けとめて崩壊しないような力量を持った者であれば、最初から今回の討伐隊には入れていません」


 アマーレの言葉に、確かにと頷くシュルス。

 そのまま溜息を吐きながら報告書を眺め……今回の目的の一つでもあった名前がどこにも書かれていないことに気が付く。


「……深紅は出てこなかったのか? 宰相の話によれば、恐らく深紅は反乱軍に協力しているだろうという話だったが」


 今回の戦いでは最優先に調べておきたかった人物の名前を口に出す。

 闘技大会の決勝は、当然シュルスも見ていた。正直、ノイズを相手にあそこまで戦えるとは思っていなかっただけに、レイの戦う光景に強い衝撃を受けたのは間違いない。

 そして宰相からの情報によると、その深紅が反乱軍に合流した可能性が高いというものがあった。

 それだけに、実際に戦えばどれ程の脅威になるのかを知りたかったという一面もある。

 勿論春に行われたセレムース平原での戦争でレイが果たした役割は知っている。炎の竜巻を生み出されるような真似をされれば対処するのが大変だというのも理解出来た。

 だが……それ以外にもレイが何らかの力を持っているのは確実であり、なによりも闘技大会ではルール上見せることが出来なかった炎の魔法やグリフォンの能力も知りたいという思いがあったのだが……


「いえ、その報告書を見て貰えば分かる通り、今回の戦いに深紅は姿を現していません。まだ反乱軍に合流していないのか、それとも実は反乱軍に合流するというのがそもそも宰相の思い込みだったのか」


 呟くアマーレに、シュルスは即座に首を横に振る。


「宰相の思い込みってのはないな。ああ見えてもこのベスティア帝国の宰相だ。その程度の間違いをするとは思えない」


 見るからに肥満体であり、身体を動かすのには向いていないペーシェの姿がシュルスの脳裏を過ぎる。

 あの弛んだ身体を見るのは好きではないのだが、それでも有能な人物であるというのは認めざるを得ない。

 それこそ、出来れば無能が多く集まってくる自分の派閥に欲しいと思う程には。

 だが、宰相であるペーシェが皇子の派閥に入ることはない。……いや、許されていないと言うべきか。

 皇帝であるトラジスト直々の命令により、全員に対して公平に接しなくてはならないのだ。

 勿論反乱軍となったメルクリオや、国を出奔したヴィヘラは例外だが。


「では、どうお考えで?」

「何らかの理由でまだ合流しておらず、これから合流予定という可能性は十分にあるな。盗賊狩りを好んで行うという情報もあるし」

「……どこからそんな情報を? 私が得ている情報にはそんなものはありませんでしたけど」

「宰相からだよ。宰相がどこから得たのかは……まぁ、何らかの情報源がミレアーナ王国内にあるんだろ」


 小さく肩を竦めながら、シュルスは続けて口を開く。


「もしくは、既に合流しているがその戦力をまだこっちに見せたくない。正直、俺としてはこれが一番可能性が高いと思っている。……どう思う?」

「そうですね。確かにその可能性は高いかと。グリフォンを従魔にしているのですから、移動速度が馬より遅いということはないでしょうし」

「だろうな。ま、その辺の情報も合わせて兄上と姉上に送ってくれ。今回の件ではこっちの好き勝手にやる分、情報はきちんと渡すと約束したし……何より、兄上や姉上ならこの程度の情報はすぐにでも自分で得てしまいそうだ。なら、こっちから教えてやって多少なりとも恩に着せるとしよう」


 アマーレはそんな主君の言葉に頷き、早速カバジードとフリツィオーネの二人と情報を共有すべく部屋を出るのだった。

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