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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
694/3865

0694話

 反乱軍の拠点でもある、オブリシン伯爵領から帝都方面へと向かった場所。数ヶ月前までであれば青々とした草が生えていただろう場所だが、秋となった今は既にその名残しかない。そんな場所で討伐軍と反乱軍は向かい合っていた。

 討伐軍三千に対し、反乱軍二千。

 兵力的に考えれば討伐軍の方が千人も上であり、それを根拠に考えれば、どう考えても討伐軍の勝利は間違いがなかった。

 事実、討伐軍の方でも自分達の方が兵力的に圧倒的な有利だと判断しているのだろう。緊張感は全くなく、厭戦気分のようなものすら広がっている。 

 それに対して反乱軍は相手の人数に対して多少驚いてはいるようだが、敵前逃亡をするような者の姿はない。


「勝ったな」


 そう呟いたのは討伐軍の貴族であり、また同時に反乱軍のテオレームでもあった。

 お互いに勝利を確信したかのような言葉だったが、もしもそれを知っていたのであれば、お互いが共に相手へと嘲笑を向けただろう。

 討伐軍にしてみれば自分達の兵力が千人近くも多い為であり、反乱軍にしてみれば討伐軍が無能貴族の集まりと知っていた為に。

 向かい合った軍勢の中から、それぞれ少数の人数が前に出る。

 相手の降伏を促す為だが、これで降伏するようであれば最初からこうして戦いにはなっていない。

 殆ど形骸化したやり取りだった。

 だが……今回の場合は、多少話が違う。討伐軍側から出てきたのは貴族同士のやり取りの中でこの任を勝ち取った者であり、これはいつも通りだ。

 違うのは、反乱軍側から出てきたのがヴィヘラだったこと。

 貴族である以上、当然ヴィヘラがどのような人物であるのかは知っている。

 その貴族の護衛としてついてきた騎兵はヴィヘラのことを知らなかったらしく、踊り子や娼婦の如き薄衣を身に纏っているという、戦場にいるにしてはあまりに違和感のある光景に思わず目を見開いていた。

 唯一戦場らしいのは、手甲と足甲だろう。薄衣を身に纏っているだけに酷く違和感のある光景ではあるが。

 それでも貴族の護衛を任されているだけあって、ヴィヘラが何か妙な真似をしていないか警戒していた騎兵は、自らの主である貴族が口にした言葉に兜の下で大きく目を見開くことになる。


「お久しぶりです、ヴィヘラ殿下。このような場所でお会いすることになるとは非常に残念です」


 明らかに自分を知っているといった様子の言葉だったが、生憎とヴィヘラの方にしてみれば目の前の貴族の名前は知らなかった。

 皇族であったにも関わらず、元々貴族には殆ど興味のなかったヴィヘラだ。これが何らかの理由で有名であったり目立っている貴族であれば名前も覚えていたかもしれないが、目の前にいる貴族はそのような人物でもない。

 もっとも、無能と言われる者達を集めた討伐軍だ。当然そのメンバーは十把一絡げの如き存在の者が多く、こうして向き合って言葉を掛けられても、何も思うものは存在しない。

 だからこそ、貴族の言葉に特に表情を動かすこともなく口を開く。


「そうね。貴方達にしてみれば残念でしょうね」

「……私達にとって残念? 失礼ですが、ヴィヘラ殿下はこの状況をきちんと理解しているのでしょうか? そちらの二千に対し、こちらは三千。どう考えてもそちらに勝機はありませんが?」


 一瞬何を言われたのか分からないといった表情の貴族だったが、ようやくヴィヘラの言葉の裏にあるものを理解したのだろう。反射的に言葉を返す。

 だが、その言葉に戻ってきたのは艶然とした微笑のみ。


「そうかしら? まぁ、貴方がそう思うのであれば、お互いの認識が違うということなのでしょうね。どちらが間違っていたかは結果が示してくれる筈よ」

「……本気でこの戦力差で私達に勝てるとでも思っているのですか? どうでしょう、大人しく降伏してくれれば悪いようにはしませんが。敗軍の捕虜ともなれば、それは酷い扱いを受けます。それに、こう言っては何ですがヴィヘラ殿下は非常に魅力的なお方です。そのような方が捕虜となればどうなるのか。……それくらいはおわかりでしょう?」


 本来であれば、この男はヴィヘラに向かってここまで言えるような性格はしていない。だが、今は自分達の兵力が千人程も多く、戦えば絶対に自分達が勝つという強い思いがあった為に、ヴィヘラへと高圧的に出ることが出来た。

 これがもし本心から親切心で言ったのであれば、ヴィヘラにしても多少は相手を見直しただろう。

 だが、獣欲に目を濁らせた視線を向けられてそう告げられても……そして何よりも自分の身体を舐めるような目つきでそう告げられ、大人しく言いなりになるような気の弱さをヴィヘラは持っていなかった。

 既に貴族を見つめる視線には一片の暖かさすらもなく、その辺に落ちている石ころや雑草を眺めるような視線となっている。


「残念だけど、私が身を任せる相手は一人しかいないの。そして、その人は貴方のようにその辺の平民相手にでも負けるような弱者じゃないのよ。私を手に入れたいというのなら、少しはその軟弱な精神と性根と身体を叩き直してからくることね」


 それだけを告げると、相手が何か言うのも待たずにその場から去るべく後ろを向く。

 その言葉を投げつけられた男は、怒りで顔を赤く染めながらヴィヘラの後ろ姿に向かって叫ぶ。


「いいでしょう。では、どちらが弱者なのかをしっかりと教えて差し上げます!」


 貴族の男としては、精一杯の言葉だった。だが顔を真っ赤にしながら叫ぶ男と、悠然と去って行くヴィヘラという様子を傍から見れば、どう考えても負け犬の遠吠えのようにしか見えない。

 戦端を切る前の舌戦に関しては、反乱軍側の完全勝利と言ってもいいだろう。

 その様子を離れた場所から見ていたスコラ伯爵は、この時点で既に勝負があったように思えた。

 実際、周囲を見る限りでは他の貴族達の顔に必死な色はない。

 どうやって勝つかではなく、勝った後にどうやってより大きな取り分を貰えるか。

 あるいは、ヴィヘラの魅力的な肢体や美貌に目を奪われた者は、どうやって捕らえたヴィヘラを自分のものにするのかということを考えている者もいる。


(この状況で、どうしろと……)


 スコラ伯爵は溜息を吐きながら、改めてこの戦いは勝つのではなく生き残ることを最優先にするべきだと意思を固めていた。

 既にスコラ伯爵の中では、この戦いでの自分達の負けは既定路線だ。出来れば戦わずに逃げたいのだが、督戦隊の騎兵がいる以上はそのような真似も出来ない。

 とにかく何とかこの戦いを切り抜け、その後は病を患ったとでも理由を付けて領地へと引っ込み、弟にスコラ伯爵家の当主の座を譲る。そうして自分は悠々自適の毎日を過ごしてみせると、半ば現実逃避気味に考えていると、やがて舌戦を終えた貴族が陣地内へと戻ってきて、討伐軍、反乱軍共に動き出す。


「行くぞ、野郎共ぉっ!」

『うおおおおおお!』


 まず最初に口火を切ったのは、恐らくこの中では一番好戦的であるだろうグルガスト。

 自分の部下達を率いて、一番槍は渡さないとばかりに討伐軍へと向かって突っ込んで行く。

 そのグルガストを援護するようにティユールの率いる弓兵隊が矢を放ち、中には魔法を放つ者もいる。


「ば、馬鹿な!? 数が少ないというのに自分から突っ込んで来るだと!? 反乱軍の奴等、軍事上の常識すらも理解していないのか! 普通であれば、最初は守りを固める場面であろうが!」


 討伐軍の貴族が思わず叫ぶ。

 自分達の部隊は討伐軍の中でも最前線にいるのだ。本来であれば、敵が守りを固めたところへ、主導権を握った自分達が攻撃を仕掛ける。そのつもりでいたのだが、まさか向こうから攻撃を仕掛けてくるとは思ってもいなかったのだろう。

 先鋒を任された貴族が臨機応変に対応出来ていれば、ここで素早く迎撃の指示を出せただろう。もしそうなっていれば、最初は押されたかもしれないが、形勢は次第に討伐軍有利に働いていた筈だ。

 だがこの貴族はグルガストの行動に意表を突かれ、呆然とした後はすぐに自分の思い通りに動かない相手へと向かって口汚く罵る。

 それが致命的な失策となり……


「うわあああああああああっ!」


 兵士達に下される命令がない為に自分勝手に迎撃し始め、それが周囲に混乱を呼ぶ。


「おらあああああぁっ!」


 そんな叫びと共に、両手に持ったバトルアックスを振るいながら突っ込んで来るのはグルガスト。

 普通であれば貴族は背後で指揮を執るのが一般的なのだが、戦闘狂と呼べるグルガストとその部隊にそんな常識は通用しない。

 それぞれが自分勝手に目の前の敵へと攻撃を仕掛ける。

 これで部隊の練度が低ければ話は別だったのだろうが、不幸なことにグルガストの率いる部隊は全員が精鋭と言ってもいい程の実力を持っていた。

 グルガストと兵士達がそれぞれ振るう武器により、次々と先鋒を任された貴族の部隊は被害を大きくしていく。

 更には、そんなグルガストの部隊に対する援護としてティユールの部隊から放たれる矢が降り注ぐのだから、たまったものではないだろう。


「ええい、不甲斐ない。行くぞ、我に続け!」


 そう叫んだのは、先鋒を任された貴族の斜め後ろに待機していた貴族。

 本来であれば先鋒の部隊が敵を釘付けにして防戦一方にしたところを、横から致命的な一撃を放つという役割を負っていた部隊。

 機動力が高い騎兵を重視した部隊であったが故にその役目を任されたのだが、最初の一歩から大きく躓いてしまった以上、既に当初の作戦通りに進める訳にはいかない。

 そう判断した貴族は、先鋒の部隊に攻めかかっているグルガストの部隊に横から一撃を加えようと動こうとしたのだが、それを見て取ったティユールが、騎兵隊の機先を制するかのように進行方向へと矢を降らせる。

 それを見て一瞬動きが止まったところへ……


「はああぁぁぁっ!」


 いつの間に近寄っていたのか、そんな声と共に騎兵隊を率いている貴族の視線に一瞬影が映り、次の瞬間には意識は闇へと落ちていく。


「……ま、こんなものでしょうね」


 呟き、手甲から生えている爪を一振りすると、たった今斬り裂かれた男の血飛沫が地面に飛び散る。

 同時に、斬り裂かれた男の首からは大量の血が噴き出し、周囲にいた騎兵へと血飛沫が飛ぶ。

 目の前にいた人物がいきなり首を切り裂かれたというその光景に唖然とするも、ヴィヘラの呟きに我に返り、手に持っていた槍や剣を構え……


『うおおおおおお!』


 聞こえてきたそんな声に、再び動きが止まる。

 騎兵の何人かが視線を声のしてきた方へと向けると、そこには二十人程の騎兵がそれぞれ武器を手に突っ込んできていた。

 ヴィヘラの行動により敵の目を引き付け、その隙を逃さぬようにして騎兵で突っ込んできたのだ。

 本来であれば馬の足音で気が付いてもおかしくはなかったが、グルガスト率いる部隊と討伐軍の先鋒が行っている戦闘音により気が付くのが遅れたのだろう。

 いつの間に? そんな風に思った討伐隊の騎兵隊だったが、とにかくこの行動に対応するべきだという判断を下す。

 そこまでは間違っていなかったのだが、そこからが問題だった。

 ある者は迎撃しようとし、またある者は一旦距離を取ろうとする。

 指揮官が真っ先に戦死してしまった為、騎兵隊の取るべき行動が統一されなかったのだ。

 その為に騎兵隊は次の行動を個人で決めることになり、その瞬間に騎兵隊は騎兵隊ではなく、個々人の騎兵へと姿を変えた。

 ヴィヘラの率いる騎兵は、自らの指揮官と合流すべくそんな相手へと向かって突っ込んで行く。

 連携が取れれば何とか対応も出来たのだろう。だが元々技量で劣っており、部隊の指揮を執っていた貴族は既に亡く、騎兵達はそれぞれが自分の判断で行動しなければならず……更には反乱軍側の騎兵はここまで走ってきた勢いのまま、猛烈と言ってもいい程の激しさで攻撃を仕掛けてくる。

 もっとも、反乱軍側の騎兵隊にしても自分達を率いているヴィヘラが敵の中に孤立しているのだから、必死なのは事実だ。

 何としても早く合流したい。

 皆がそんな思いを胸に抱いているのだから。

 更に討伐軍側の騎兵にとって不利な要素はまだあった。


「くそっ、このままでは向こうに一方的にやられるだけだ! 一旦距離を取って陣形を組み直し、他の貴族の方に指揮を……おい?」


 騎兵の一人が近くにいた同僚へとそう声を掛けるが、この激しい戦い……より正確には自分達が一方的にやられている状況だというのに、微動だにしない同僚へと声を掛ける。

 その瞬間、まるでそれが合図であったかのように、その男は何も言わずにバランスを崩して乗っていた馬から地面へと崩れ落ちる。

 声を掛けた騎兵は何が起きたのか全く分からず、周囲に視線を向け……そこにある人物の姿を発見する。

 そう、最初に騎兵隊の中へと突っ込んできたヴィヘラだ。

 本来であれば決して目を離してはいけない存在なのだが、突っ込んできた騎兵に目を奪われて、意識から消してしまったのだろう。

 それを見た瞬間、反射的に男は手に持っていた槍を握りしめ……次の瞬間にはレザーアーマーの上から浸魔掌を食らって内臓を破壊され、地面へと崩れ落ちるのだった。

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