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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国の内乱
683/3865

0683話

「んー……ん?」


 昨日寝ていたマジックテントのベッドとは違う固い感触に、不愉快そうな表情を浮かべながら目を覚ますレイ。

 そのまま黙って周囲を見回し、見覚えのない場所であることに気が付く。

 数秒ぼけっとしながら、ようやく今の自分がどこにいるのかを思い出したのか納得の表情を浮かべる。

 テントの外からは微かなざわめきが聞こえており、既に起きている者が大勢いるのは明らかだった。


「にしても、普通のテントか」


 呟きつつも、レイの脳裏にあるのは自分が持っているマジックテントだ。

 帝都から出て二日。その間も野宿をしていたのだが、当然その時に使われていたのはマジックテントだった。

 マジックテントの中は立派な部屋であり、普通の冒険者であればとてもではないが野宿とは言えないようなものだったが、それでもレイにとって野宿は野宿だ。

 セトがマジックテントの周囲にいる為、モンスターの襲撃を警戒しなくてもいいという環境でもあったのだが。


「やっぱり設備的には普通のテントとは段違いだよな。今夜からはマジックテントを使わせて貰うか」


 呟き、ドラゴンローブやスレイプニルの靴、ネブラの瞳といったマジックアイテムを身につけ、テントの外に出る。

 顔を洗ったりといった身支度をしようにも、テントの中には水がないのだから当然だろう。

 最終手段として極上の味の水を生み出す流水の短剣があるが、どうしようもないのならともかく、水に余裕のある状況でそんな真似をするのは何かに負けた気がして嫌だった。

 テントのすぐ側にセトの気配があるのを感じつつ、外へと出る。

 まず最初に目に入ってきたのは、雲一つ存在しない青空。

 まだ朝方らしく、涼しいと言うよりは多少肌寒いといった気温なのだが、幸いレイはドラゴンローブを身に纏っているので特にその肌寒さに悩まされることはない。

 まさしくこれが秋晴れとでも言うような空に一瞬見とれ、やがて自分に幾つもの視線が向けられているのを感じ取る。


「これは……ああ、なるほど」


 遠巻きにしている者達……この反乱軍の兵士だろうその集団は、じっとレイが眠っていたテントの側で寝転がっているセトへと向けられていたのだろう。

 グリフォンという存在がいつの間にか陣地内に存在していれば驚くのも無理はなかったし、何よりこの反乱軍の中には春の戦争でセレムース平原に赴いた者も数が少ない訳でもないのだから。

 それだけに、セトの姿に見覚えがあった者も多いのだろう。

 それでも恐慌状態にならなかったのは、やはりこのテント自体が陣地の端にあったこともそうだし、昨夜のうちにレイとセト……即ちランクB冒険者の深紅が反乱軍に参加する為にやって来たという話が広まっていたからこそか。


「グルゥ!」


 おはよう! と喉を鳴らすセトだったが、周囲にいる兵士達はその鳴き声に数歩後退る。

 やはり分かっていても、一度刻みつけられた畏怖や恐怖といったものは容易に拭い去ることは出来ないのだろう。


(まぁ、一緒に戦っていけばいずれは……)


 そう考えるも、そもそも今回の内乱にレイが参加を希望したのは、覇王の鎧を使いこなす為だ。だが、まだ殆ど制御出来ていない覇王の鎧のことを思えば、周囲に味方がいる状態で簡単に使う訳にもいかない。

 そうなると離れた場所から自分が戦うのを見ることになり、レイが周囲に魔力を可視化出来る程に圧縮されたものを纏っている姿を見られることになる。

 ノイズ程に覇王の鎧を使いこなしていれば外部に魔力を展開しなくてもいいのだろうが、レイにはそんな高度な真似は出来ない。

 そんな姿を見れば、間違いなくこれまで以上にレイのことを恐れ、あるいは畏怖するだろう。それこそ、今そのような視線を向けられているセトの如く。


「グルルルゥ……」


 そんな視線を向けられているのが寂しいのか、セトは残念そうに喉を鳴らす。

 確かにセトは敵対する相手に対してなら、大空の死神と言われているグリフォンの攻撃性を剥き出しにするだろう。

 だが今のセトは違う。その優れた知能で周囲にいるのは味方であると理解している以上、そこまで怖がられればさすがに悲しくなる。

 素の性格は、元々人懐っこいのだから。

 悲しげな様子のセトを、レイはそっと撫でながら声を掛ける。


「心配するなって。この先一緒に戦っていれば、そのうち嫌でもセトのことを頼りにするし、一緒に遊んでくれるようになるから」


 そう告げたレイの言葉が聞こえた兵士達は、内心で『絶対にない』と言い切っていた。

 内心の声である以上レイには聞こえなかったが、それでも何となくその表情から考えていることは予想出来る。

 それを理解した上で、レイはいずれセトがこの第3皇子派の中でもかなりの人気を持つだろうという予想を訂正するつもりはない。

 実際、今はこうして距離が空いていたとしても、いずれセトの愛らしさに負けて一人、二人と近づいてくるのは容易に予想出来るからだ。そうなってしまえば、残りは雪崩を打ったようにセトへと夢中になるだろう。

 伊達にギルムのマスコット的な存在になっている訳ではないのだから。


「グルゥ!」


 頑張る! と喉を鳴らすセトの頭を一撫でし、取りあえずとばかりにレイは近くにいた兵士の方へと視線を向けて口を開く。


「顔を洗ったりといった身支度をしたいんだが、水場はどこにあるか教えてくれないか?」


 そう声を掛けられた兵士は一瞬ビクリとしたものの、すぐに我に返って頷く。


「あ、ああ。それなら陣地の中に何ヶ所か水の出るマジックアイテムを置いてある場所があるから、そこに行けばいい。ここからだと……歩いて5分くらいの場所にある。それか、あっちの林の中には小さいけど川もあるから、そっちに行ってもいいと思う」


 兵士の言葉に、チラリと背後を見る。

 レイが泊まっていたテントの向こう、陣地の外には確かに林が存在しており、そちらに向かって歩いて行く者達の姿も見える。


「そうか、悪いな」


 感謝の言葉を述べたレイは、一瞬考え……すぐにセトと共に林の方へと向かっていく。

 人数的には圧倒的にマジックアイテムを使っている者の方が多いのは分かっているのだが、色々な意味でこのベスティア帝国の人間にとっては凶悪な存在と見なされている自分が陣地の中を堂々と闊歩していれば、混乱する者、下手をすれば襲い掛かってくる者すらもいるだろうと判断した為だ。

 自分が第3皇子派に合流したと、今日中にでもテオレームやヴィヘラからの発表があり、そうすれば堂々と陣地内を歩ける筈なのだから。


「グルルゥ」


 そんなレイの思いとは裏腹に、林の中へと向かえるセトは嬉しげに喉を鳴らす。

 やはりモンスターである以上、人の多くいる場所よりも自然の中を好むのだろう。

 早く早く、とレイの方を振り向きながら円らな瞳で訴えかけてくるセトと共に、レイは唖然としている兵士達をその場に残して林の方へと入っていくのだった。






「やあ、待ってたよ」


 レイが川で身だしなみを整え、ヴィヘラに会いに行く前にテオレームと連絡を取った方がいいか。そんな風に思いつつテントへと戻ってくると、そう声を掛けられる。

 その声のした方へと視線を向けたレイは、小さく目を見開いて驚きの表情を浮かべる。

 そこにいたのが、どこか見覚えのあるような顔をした人物だった為だ。

 それだけで、レイは直感的にその人物が誰なのかを理解する。


「メルクリオ、か」

「おや、いきなり呼び捨てかな? 確かに姉上に聞いていた通りの性格のようだね」


 穏やかに笑みを浮かべるメルクリオだったが、その視線には目の前にいる人物を見極めんとした色がある。

 その視線にすぐ気がつけたのは、やはりレイが昨夜ティユールと出会っていたからこそだろう。

 ともあれ、供の一人も連れず……と思ったレイだったが、視線の先にシアンスの姿があるのを見て納得する。


(隠れて護衛しているのか、はたまた供をするように言われたのか……まぁ、話の内容としてはテオレームに聞いていたから、大体予想出来るがな)


 非常に姉を慕っているというメルクリオ。その姉と親しい相手である自分を見に来たのだろうというのは、テオレームの言葉や、何よりも目の前にいる本人の視線を見れば大体予想出来た。


「聞いた話によると、君は姉上と仲がいい……そう、非常に仲がいいらしいね」

「……まぁ、否定は出来ない事実だな」


 メルクリオの言葉に、あっさりと頷くレイ。

 実際に自分がヴィヘラと仲がいいのは事実であり、エレーナ程ではなくても好意を持っているのは事実だったからだ。

 だが、そのレイの言葉を聞いたメルクリオはピクリと眉を動かす。


「そうか。姉上と仲良くしてくれて、私としても嬉しいよ。……ただ、その割には君は他の女性とも非常に親しくしているという話を聞いてもいる。これはどういうことか教えて貰えないかな?」

「どうと言われてもな。その言葉通りだが」

「……それはつまり、浮気をしていると認めるのかな?」


 レイの言葉に、再び眉をピクリと動かす。

 大人っぽい外見故に落ち着いているように見られることが多いメルクリオだが、その年齢はレイとそれ程離れている訳ではない。当然皇族としての教育を受けているので普通よりは我慢強いが、それでも限界はある。

 だが、レイはそんなメルクリオの反応には全く興味がないかのように、軽く肩を竦める。


「確かに俺はヴィヘラに告白された。それは間違いない。だが、俺はそれを受け入れてはいないんだが?」


 その言葉が限界であった。


「姉上のどこが気にくわないと言うんだ!」


 何故か多少違う方面に爆発したのだが、それでも周囲には聞こえないように鋭く叫ぶという器用な真似をしたメルクリオは、じっとレイを見据える。


「……そう言われてもな」


 そこまで告げ、このままではメルクリオの怒気が収まることはないだろうと判断し、やがて小さく諦めの溜息を吐いてから口を開く。


「確かにヴィヘラが非常に魅力的なのは認める。それに関しては、俺としても一切の異論を持たない」


 外見で言えば見る者を惹き付ける美貌を持ち、男好きのする身体をしている。

 性格で言えば、戦闘狂というのがちょっと困りものだが、それとてレイには十分許容範囲内だ。また、元々はベスティア帝国の皇女という身分であったにも関わらず、驕り高ぶったようなところはなく気楽に付き合えるというのも大きい。

 レイ自身の感性からすれば、ヴィヘラが魅力的であると言うのは絶対的な事実であると言ってもよかった。


「もしも俺が最初にヴィヘラに出会っていれば、俺がヴィヘラを受け入れたという未来もあったかもしれない。……いや、確実にそうなっただろう。だが……」


 そう。だが、しかし……


「俺は、ヴィヘラと出会うより前にエレーナと出会ってしまった」

「エレーナ……エレーナ・ケレベル。姫将軍ですか」


 帝国の第3皇子として、そして何よりテオレームから聞き出したことにより、エレーナの名前は知っていたのだろう。エレーナの名前を呟くメルクリオに、レイは頷く。


「そうね。レイは私よりも前にエレーナに出会ってしまった。これは覆しようのない事実よ」


 レイが何かを口にするよりも前に、そんな声が響く。

 誰の声なのかというのは考えるまでもなかった。その声の主についての話をしていたのだから、レイにしろメルクリオにしろ、すぐにその声の主が誰なのかというのを理解する。

 そして実際に姿を現したのはレイがその声から想像した通りの人物だった。


「ヴィヘラ」


 そんなレイの呼びかけに、ヴィヘラは嬉しそうな笑みを浮かべながら口を開く。


「久しぶりね、レイ。闘技大会のことは残念だったわね。まさかレイが負けるとは思わなかったわ。……けど、やっぱり来てくれたわね」


 そう告げながら手を振るヴィヘラの表情には、間違いなく喜びが満ち溢れている。

 嬉しそうな自分の姉のその姿に、メルクリオは思わず小さく息を呑む。

 知っていたし、聞いていた。姉のヴィヘラが、目の前にいるレイに対して想いを寄せていることを。

 だが、それでも……自分の目でしっかりとそれを見るというのは、思うところがあった。

 そんな姉は、レイに軽く手を振ると改めてメルクリオの方に視線を向ける。


「全く、いつの間にか姿を消していると思ったら……やっぱりレイのところに来てたのね」

「姉上……」

「情けない顔をしないの。メルクリオ、貴方はこの軍の総司令官なのよ? それが、そんなに自信のない顔をしてどうするのよ。言っておくけど、私とレイの関係に関しては、レイが言ってる通りよ。私がレイに対して恋しているだけであって、別に弄ばれたとかそういうのじゃないんだから、気にしなくてもいいわ」


 そんな姉の言葉に、メルクリオは微かに眉を顰める。

 まるで自分の負けを認めているかのような、その言葉が面白くなかったのだ。

 目の前にいるレイという人物に対して姉が取られるのは面白くないが、かといって姉があっさりとレイに振られるのを見るのも嫌だ。

 そんな思いが微かに表情に出るが、それに気が付いたヴィヘラは笑みと共に口を開く。


「安心しなさい。別に恋愛は早い者勝ちって訳じゃないんだから。レイもいずれ私に惚れさせてみせるわよ」


 そう告げるヴィヘラの姿は、いつもの自信に満ちた姉であり、男に恋する乙女であり、愛する男を得る為に全ての力を使う女でもあった。

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