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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
664/3865

0664話

 城の中を進み続けるヴィヘラ一行……あるいはメルクリオ一行だったが、当然その逃亡を許してなるものかと次々に騎士や兵士が姿を現す。

 だが、それらの中には当然ヴィヘラの姿を知っている者も多く、それでも上司からの命令に逆らう訳にもいかず、半ば破れかぶれに近い状態で襲い掛かっては一蹴される。


「兄上は、どうやら私達を逃がしたいようだね」


 そんなヴィヘラの後を追うようにして進みつつ、メルクリオが呟く。


「ええ。ここまで来ると明らかに意図的なものです。ヴィヘラ様の前に立ち塞がる騎士や兵士にしても、能力的には決して高いと言える存在ではありません」

「……私を討つ為の大義名分、か。兄上にしてはらしくない策だ。このまま内戦になれば、ベスティア帝国の国力が落ちるだけだろうに。戦力に関しても、同国人同士で戦う以上ミレアーナ王国を始めとする敵対国を喜ばせるだけだと思うのだけどね」


 溜息を吐きながら呟くメルクリオに、テオレームもまた同感だと頷く。

 城に軟禁されている主君を……皇子を半ば強奪するのだ。実際に内乱になる可能性というのは、テオレームにしても最初から予想していた。だからこそ、ヴィヘラを頼って戦力を集めたのだから。

 だが、それが向こうの狙いであるとすれば……


「テオレーム様、今は余計なことを考えるよりは城を脱出することに専念すべきかと」


 そんなテオレームを見かねたのか、シアンスが相変わらず表情を動かさずに告げる。

 シアンスの横では、周囲を警戒しつつキューケンもまた同様だと頷いていた。

 部下二人に……そして後方を警戒している他の部下達にもその方がいいと言われ、テオレームは小さく笑みを浮かべる。


「そうだな。……とは言っても」


 呟き、視線を自分達の前方を進んでいるヴィヘラへと向ける。

 そこでは今もまたヴィヘラの掌で触れられた騎士が衝撃を直接体内へと通され、即座に意識を失い地面へと崩れ落ちている。


「ヴィヘラ様がいる以上、何の心配もいらないと思うが」


 ヴィヘラの名前が出た途端、メルクリオの目が若干だが鋭くなる。

 いつも穏やかに浮かべている口元の微笑も、心なしか微かに笑みの形を崩していた。


「それだ。姉上が深紅を相手に、その……」


 口籠もるメルクリオだったが、その言葉の先を察したのだろう。テオレームは小さく頷き、口を開く。


「はい。いわゆる男女の想いを抱いているのは間違いないかと」

「……だが、姉上は以前から自分より弱い男には興味はないと言っていたと思うんだけど。そうなると、深紅は姉上に勝ったということになるのかな?」


 メルクリオにしてみれば、自分の姉は最強に近い存在だった。勿論世の中上には上がいるというのは知っているが、それでもやはりメルクリオにとってヴィヘラは特別だったのだ。

 そんな姉が、何故一人の男に? そう思っての問い掛けだった。

 本来であれば、先程自分が言っていた『自分よりも弱い男には興味はない』という言葉を思い出しても良かった筈だ。

 それを思い出さなかったのは、純粋に忘れていたのか、あるいは思い出したくなかったからか。

 ともあれ、メルクリオがどんな思いであったとしても、次の瞬間にテオレームの口から真実が漏れる。


「ヴィヘラ様から聞いた限りでは、一対一で戦って負けた、と」

「……何? 姉上が負けたと?」


 信じられない。正確には信じたくないと言いたげな言葉だったが、それが真実であるのは変わらない。


「ヴィヘラ様から聞いた話によると、随分と派手な戦いになったらしいですね。ですが、力及ばず……と。その結果という訳ではありませんが、レイに対して思慕の念を抱くようになったようです」


 そう告げるテオレームの視線の先では、ヴィヘラが騎士のフルプレートメイルの胴体へと触れ、気合いと共に内部へと破壊の力を通す。

 殴った訳でもなく、ましてや蹴った訳でもない。

 ただ軽く胴体に手を触れただけにも関わらず、騎士はそのまま意識を失い床へと崩れ落ちる。


「先程から使っている、あのスキル。あれもレイとの戦いの後で生み出したスキルですね。再戦する時の為に。ここ暫くあのスキルの練習をしていたようですが、既に使いこなしている辺りはさすがです」

「そうだね。あの豊かな才能もヴィヘラ様の魅力の一つなのは間違いない」


 テオレームの言葉に割って入ってきたのは、ティユール。ただし、メルクリオに対する言葉遣いにはテオレームのような敬意はない。

 これは、例えヴィヘラの弟であっても……いや、弟だからこそ特別扱いをしないという意思表示であり、それを理解しているからこそ、メルクリオは何も口にしない。

 ヴィヘラと仲のいい弟のメルクリオは、当然以前からティユールとの面識はあり、その時から一貫して変わらぬ態度だからだ。


「ブーグル子爵か。姉上の方についていなくてもいいのかな?」

「ええ。私がどうこうする必要はないくらいにヴィヘラ様の実力は隔絶していますから。……だからこそ、余計にあのヴィヘラ様に勝ったという深紅のレイのことが気になりましてね。ちょうどそのお話をされていたようですので、混ぜて貰おうかと」


 ティユールの口から出た言葉に、メルクリオは思わず納得する。

 確かに自分の姉に対して心酔しているティユールであれば、その姉が懸想しているという人物の話題に食いつかない筈がないだろうと。


「その言葉を聞く限り、ブーグル子爵も深紅には会ったことがないのかい?」

「ええ。シアンスがヴィヘラ殿下に合流した時にはまだ共に行動していたらしいですが、私がヴィヘラ様と合流したのはその後ですし。……シアンス、君から見て深紅のレイというのはどのような人物に見えた?」


 話題に出たついでにとティユールはシアンスに尋ねるが、戻ってきたのは普段無表情な筈のシアンスが小さく眉を顰めているという珍しい表情だった。


「そうですね。普通に接する分には特に問題はない……と思います。話した時間はそれ程多くありませんが、友好的な相手には友好を、敵対的な相手には敵対をといったような行動原理のようですね」

 

 その言葉を聞いたメルクリオが、確認の意味も込めてテオレームへと視線を向けると、頷きを返される。


「確かに。ギルムに潜ませていた者達からの報告でもそのような感じだったな。敵意というか、自分のマジックアイテムや従魔を寄越せと言ってきた商会……それも、ギルムの中でも最大級の規模を誇った商会を結果的に半壊状態に追い込んでいました。最終的には商会長の弟が跡を継いで何とかなったようですが」


 テオレームの言葉に、実は内心で安堵の息を吐いているのはキューケン。


(良かった……深紅とは何度か会話したけど、友好的に接して本当によかった……)


 伝令としてダスカーの下へと派遣された時、何度かキューケンはレイと会話していた。

 その時は特に何があるでもなく、普通に会話をしただけだったが、もし春の戦争の恨み辛み、あるいはメルクリオが軟禁されたのがレイのせいだと口にしていれば、もしかしたら自分は既にこの世にいなかったかもしれない。

 そんな風に思って、安堵の息を吐いたのだ。

 もっとも、レイにしても別に手当たり次第に人を殺して回っている訳ではない。もしも本人が今キューケンの考えていることを聞けば、恐らくそのことで憤慨しただろう。


「ほう……そうなると、相手が貴族であってもそのような態度を崩さないと?」

「私が聞いた限りですと。春の戦争でもミレアーナ王国の貴族がレイに突っかかり、その結果四肢切断になったという情報があります」

「……それはまた、予想外な。苛烈と言っても足りない程だな」


 四肢切断という言葉には驚いたのか、メルクリオは数秒の沈黙の後でそう告げる。

 その話を知らなかったキューケンは、やはり先程にも増してレイへと友好的な態度で接した過去の自分を褒める。

 四肢切断。つまり、手足がなくなり胴体と頭部だけになるということだ。

 普通であれば出血多量や激痛で死ぬのだろうが、この世界には魔法がある。そして魔法の中には回復魔法があるし、マジックアイテムもある。特に最高級のポーションであれば、新しく手足が生えてきたという逸話もある。

 ……もっとも、そんな最高級のポーションは、貴族ではあってもそう簡単に手に入られられる筈もない。

 ならどうするか。手足がないままに生きるのは不自由であり、最高級のポーションを入手するのも難しい。その結果は……


「その貴族は、現在マジックアイテムの義手や義足を使って生活しているらしいです。ただ、自分から絡んでいった結果がそれですからね。屋敷を追い出されたとか」


 その話を聞いていたティユールは、呆れた様に口を開く。


「そこまで深紅という人物を警戒していたというのは分かるけど、それにしてもよくもまぁ、ミレアーナ王国の一貴族の去就まで知ることが出来たね。その情報網に関しては驚く他ないよ」


 自身が芸術家で繋がっている情報網を持っているだけに、テオレームの手腕の良さを実感して感心したように頷いている。

 だがメルクリオはといえば、何かを考え込むようにして――その間も止まらずに歩き続けているのだが――黙り込む。

 そのまま30秒程。やがてどこか心配そうな表情で自らの姉を……嬉々として騎士や兵士達を気絶させている姉へと視線を向けて呟く。


「もしかしてそのレイという人物は貴族を憎んでいるのではないかな?」

「さて、どうでしょう。確かに貴族には特権階級であるということを笠に着て横暴な態度を取る者が多いのは事実。そのような貴族であれば、レイにとっては憎む……とまではいかないかもしれませんが、嫌悪すべき対象ではあるでしょう」


 テオレームはそこまでを告げると、そこから先を言ってもいいものかどうか迷う。

 絶対に貴族全てを嫌っている訳ではないと確信できる情報をテオレームは持っている。だが、それを言えば間違いなく自らの主君がレイに対していい思いを抱かないというのが確定してしまう。


(メルクリオ殿下はヴィヘラ様に深い愛情を抱いている。それが変な方向に向かってレイに向かえば……だが、他の者から変にねじ曲げられて伝えるよりはいい、か?)


 躊躇したのは一瞬。すぐに口を開く。


「それに、レイの恋人はミレアーナ王国の姫将軍、エレーナ・ケレベル。貴族派の中心人物でもあるケレベル公爵の娘です」

「……待て」


 テオレームの言葉を聞いたメルクリオの口から、低い言葉が出る。

 そこにあるのは、どこか冷たい意思を宿した瞳。

 メルクリオの隣では、ティユールもまた似たような表情を浮かべていた。


「そのレイという男、姉上に手を出しておきながら他に恋人を作っていると?」


 やはりこうなったか。そんな風に思いつつも、テオレームは首を横に振る。


「いえ、ヴィヘラ様がレイと出会うよりも前に二人は既に出会っていたようです。どちらかと言えば、ヴィヘラ様がレイに対して、いわゆる横恋慕をしているような状態かと」

「……姉上には後でゆっくりと話を聞く必要があるようだね。そのレイという人物も出来ればこの目で直接確かめたい。もし姉上を弄ぶような者なら……」


 絶対に許さない。

 言葉には出さなかったが、それでもその心中でそう思っていることは誰の目から見ても明らかだった。


「ふ、ふふふ。ヴィヘラ様に好意を持たれていながら、他の女に?」


 ティユールもまた同様に、いやメルクリオ以上に笑みを浮かべながら言葉を紡いでいる。

 それを見たテオレームは、やはり早まったか? そんな風にも思ったが、いずれヴィヘラの口から、あるいは他の誰かから聞かされるよりはマシだという判断は間違っていないと確信していた。


「メルクリオ様、ティユールも。一応言っておきますが、あくまでも想いを寄せているというのはヴィヘラ様の方からであって、レイが何かをしたという訳ではありませんので」

「だろうね」


 あっさりと頷いてみせたのは、つい数秒前まで不気味な笑みを浮かべていたメルクリオ。

 既に気持ちを切り替えたのか、普段の落ち着いた表情へと戻っている。 

 それに比べると、ティユールの方はまだ色々と思うところはあるようで、据わった目つきで色々と呟いている。

 シアンスはどうするんですか? とでも言いたげにテオレームへと視線を向け、キューケンは関わり合いになりたくないとばかりに視線を逸らしながら周囲を警戒し、それは他の部下達も変わらない。


「メルクリオ、そろそろ城から出るわよ。覚悟はいい? 恐らく追っ手が掛かって、内乱状態に近くなると思うけど。……兄上も何を考えているのかしらね」

「ふふっ、あの部屋から出た時から既に覚悟は決めてますよ。それよりも姉上。深紅のレイとの関係を聞かせて欲しいのですが」


 そんな風に言いながら、一行は城から出る。

 門付近に新たに十人程の騎士が姿を現していたが、その全てはヴィヘラの攻撃により蹂躙され、無事に城を脱出することに成功するのだった。

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2020/10/04 09:13 退会済み
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