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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
655/3865

0655話

 再び小石の如く空中を吹き飛ばされながら、レイは自分が見た光景を思い出す。

 魔剣を構えた状態のノイズが何をやったのかを。

 恐らく、闘技場内にいる者の中でそれをしっかりと確認出来たのは、自分だけだろうというのも予想出来た。

 そう、ノイズは別に転移魔法のような常識外れの魔法を使っていた訳ではない。普通に移動しただけなのだ。

 ただ違うのは、その移動速度が目にも留まらぬ程のものであったこと。

 そして移動しただけではあっても、先程までノイズが立っていた舞台の上が砕かれたりした様子は一切なく綺麗なままなのは、明らかに何らかのタネがあるからこそだろう。

 空中で再びスレイプニルの靴を発動し、体勢を立て直しながら舞台の上に着地する。

 一瞬だけ右脇腹に鈍痛が走るが、それでも先程よりも酷い訳ではない。


「ほう、対応したのか」


 デスサイズを構え直してノイズと向き合うや否や、そんな声がレイの耳に入る。

 自分を見ているノイズの顔に浮かんでいるのは、紛れもない称賛の色。

 殆ど表情に変化を現さないノイズとしては、異例のことだろう。

 そんなノイズの様子を見て、レイは思わず舌打ちする。


「ちっ、デスサイズを殴っておいて怪我すらもなしか。どんな身体をしてやがる」


 そう。どのような手段かは分からないが、ノイズが瞬間移動とも見間違えるような超速とでも言える速度で移動しているのを、レイは目で捉えたのだ。

 あくまでも目で捉えただけであり、その拳を完全に回避することは出来なかった。

 だが攻撃を回避することは不可能であったとしても、手を引き戻すくらいは可能だ。

 そしてデスサイズには、レイとセトに対して重量を殆ど感じさせないという能力がある。

 つまり、ノイズの攻撃をデスサイズの柄の部分を盾代わりとして防ぐということは可能だった。

 それでも……魔力を流された重量100kgを超えるデスサイズを殴ったというのに、ノイズは特に痛みを見せる様子もないのはレイにとっても予想外だったが。


(少しはダメージを与えられると思ったんだがな。……ランクSか、化け物め)


 そんな風に考えつつも、レイの顔には絶望はない。

 確かにノイズの移動方法を見る限り、自分が圧倒的に不利なのは変わらないだろう。だが、それは不利であって絶望ではない。

 転移の類であれば恐らく為す術もなかったのだろうが、あくまでも高速の移動方法でしかないというのであれば、何とか対応出来るというのはたった今自分が証明したのだから。


(それでも完璧に対応するのなら、俺自身もあの高速で移動する方法を身につける必要があるだろうが……)


 内心で考えるも、すぐに首を振る。

 確かに同じ動きが出来るのであれば、それは当然ノイズの動きにも対応出来るだろう。だが、ランクSのノイズが使うような技だ。到底今見てすぐ出来る筈もない。


(なら今は、とにかくあの動きに対応するだけだ。それならそれで対応方法はある)


 デスサイズの柄を握る手に力を込め、口を開く。


「マジックシールド」

 

 その言葉と共にスキルが発動し、レイの側に光で出来た盾が形成される。

 どんな攻撃でも一度だけ防ぐ盾。この盾があれば、例え目で捉えるのがやっとの動きをするノイズ相手でもどうにか出来る。

 そう思っていたレイは、やはりまだランクSという存在を甘く見ていたのだろう。

 次こそはノイズの動きに対応する。そう思った瞬間、再びノイズは姿が霞む程の動きで地を蹴る。

 その瞬間を見ていたレイは咄嗟にマジックシールドで防御しながらデスサイズを振るうべく力を込め……その瞬間にもノイズは、高速というのも生温い速度でレイとの間合いを詰めてきている。

 レイの腕が数mm、あるいは数cm動くのと、ノイズが数mの距離を踏破するのがほぼ同時なのだ。

 それでもレイの場合はゼパイル謹製の肉体が宿す、人外とすら表現出来る五感の鋭さによりかろうじてノイズの姿を捉えることが出来ている。

 だが周囲の観客や闘技大会に参加した者はノイズの動きを一切感知することが出来ず、皇族の護衛として貴賓室にいる者ですらも、微かに影のようなものが見えたといった程度でしかない。

 それでもデスサイズを手元に引き寄せ、石突きを突き出すことに成功したのは僥倖と言えた。

 レイの思惑としては、マジックシールドでノイズの攻撃を防ぎ、そこにカウンターとしてデスサイズの石突きによる突きで身体を突き刺す。そういうつもりだったのだが……

 パキィンッ、というマジックシールドが砕け散る音と共に、突き出したデスサイズが弾かれ、一瞬後に再びの衝撃。


「ぐぎっ!」


 だが先程までと違うのは、舞台の端まで吹き飛ばされるようなことはせずに、3m程度の短い距離を吹き飛ばされたことか。

 ノイズとの間合いが近い。そう判断したレイは、再び食らった右脇腹の痛みを無視して叫ぶ。


「飛斬っ!」


 ノイズを倒す為ではない。ただ、近づかせない為の牽制の一撃。

 そんな思いで放たれた飛ぶ斬撃は、確かにノイズの追撃を封じることに成功する。

 デスサイズのスキルを魔法と勘違いしている以上、風には風という訳でもないだろうが、魔剣の刀身にまるで小型の台風の如き風を巻き付けて大きく振るい、斬撃を斬り払ったのだ。


「はぁ、はぁ……ふぅ」


 飛斬を使って距離を取り、取りあえずノイズが襲ってこないというのを理解して、レイは息を整える。

 右脇腹に手で触れると、鈍い痛みが走る。


(まだ骨が折れてないってのは運が良かったな)


 痛みを感じつつ内心で呟くが、もし先程までと同じ場所に攻撃を受けていれば、恐らく肋は折られていただろう。

 殆ど反射的にではあっても、僅かに攻撃を受けた打点がずれたからこそ、痛いで済んでいるのだ。

 脇腹の痛みに微かに眉を顰めつつも、レイは再びデスサイズを構えながら考える。


(何が起こった? いや、それは分かりきっている。右手の魔剣でマジックシールドを破壊して、同時に左手で追加の攻撃を仕掛けてきた。それ自体は前にも見た覚えがあるんだから、予想して然るべきだったな。あの高速移動に集中しすぎたか)


 確かに転移とすら呼んでもいいようなノイズの高速移動は、非常に目を引く。そして高速移動を警戒したところに、先程のような連撃を放ってくる。

 それがノイズの常套手段なのだろう。

 もっとも、それはあくまでもレイのように高速移動にある程度対応出来る相手がいてこその話だろうが。


「けどやるしか……ない!」


 そこまで呟いた時、再びノイズの姿がぶれる。

 先程同様、まるで飴のように粘り着いて伸ばされるような時間と共に、ノイズの姿がレイへと近づく。

 自分がデスサイズを持つ手を防御に回そうと数mm、数cm動かしている間にも、ノイズだけはまるで自分がこのゆっくりと流れる時間の流れの外にいるかのような速度で普通に近づいてくるのを見れば、レイとしても焦らざるを得ない。

 試合開始前は魔法を使ってどうにか対応するつもりではあったのだが、その魔法にしても、先程同様に炎の魔法では周囲に大量に炎や煙といったものを吹き上げ、視界を悪くする。

 更にはその隙を縫うかのように高速移動で回避して自分の間合いに入って来て拳を振るうのだから……


(待て。拳?)


 デスサイズを手元に引き寄せながらも、頭の中は猛烈な速度で回る。

 コンマ数秒といった中でふと感じたその疑問が明確な形になろうとした時、既にノイズはレイから5mと離れていない場所にいた。

 前もって警戒していたということもあり、既に手元にはデスサイズも戻っている。これで攻撃の直撃を受ける事はないだろうと判断し、ふと今の状況からでも出来ることがあることに気が付く。

 普段であれば、戦闘では殆ど役に立たないスキルであり、今の状態からでも発動出来るそのスキル。


「地形操作!」


 その言葉と共にスキルが発動する。

 もっとも、地形操作のLvは所詮1でしかない。その効果は、自分を中心にして半径10mの場所を上下に10cmずつ上げたり下げたりするだけだ。

 だが……今のノイズのように、通常の人間には転移しているとしか思えない程の速度で移動している相手の足下に10cmの段差を作ればどうなるのか。


「何っ!?」


 その結果が、移動中に足を引っかけ、その速度のままに空中を飛んでいくというノイズの姿だった。


「うおおおおおおっ!」


 好機。そう判断したレイは、地面に石突きを突きつけたままの状態から、手首の動きだけで強引にデスサイズを回転させる。

 レイの剛力をもって初めて可能になるその動きにより、石突きが下から上へと鋭い速度で跳ね上がった。

 ギィンッという金属音が周囲に響き、そのままレイの真横をすれ違うかのようにノイズは飛んでいく。

 急いでその場で半回転し、自分の背後へと飛んでいったノイズへと向き直る。


(金属音?)


 その行動の最中、一瞬前に聞こえた音に疑問を抱くが、それが何の音だったのかはノイズが吹き飛んだ勢いを殺す為に舞台へと突き刺さっている魔剣を見た瞬間に理解する。


「あの瞬時で咄嗟に魔剣を盾にするか。……化け物め」


 起死回生の一撃の筈だった。

 ノイズ相手に同じような手がそう何度も通じる筈がない以上、今の一撃で倒す……とまではいかずとも、せめて大きなダメージを与えられなかったのは、レイにとっても予想外でしかない。

 だがレイに化け物と呼ばれたノイズは、舞台に突き刺さっている魔剣を引き抜くと笑みを浮かべながら口を開く。


「武器を盾にするというのは、別にお前だけの技術じゃない。寧ろ有り触れている技術だ。……もっとも、お前の……レイの場合はその大鎌のおかげで、有り触れている技術であっても高い防御力を誇ることになっているが」


 ノイズの口から出た、お前ではなくレイという名前。

 それは、レイという存在を認めたということなのだろう。

 それを理解しつつも、レイは喜ぶでもなく、寧ろ苦々しげに舌打ちをする。

 自分を認めた。それはつまり、これまでのように手加減のような真似をしないということなのだと想像がついたからだ。


「やはりレイは俺が感じた通りの人物だったな。今までの相手とは違って、十分に俺の退屈を埋めさせてくれる」

「……そんなに退屈なら、それこそ高ランクモンスターでも相手にしていればいいだろうに。ランクSのドラゴンとかいるだろ?」


 相手と会話をしながら隙を見せ、隙を作るという行動は、これまでにも幾度もやって来たことだ。

 だが、レイはこれまでの戦いで経験したことがない程の精神的疲労を感じる。

 それが表情に出ていないのは、純粋にレイの豊富な戦闘経験故だろう。


(ここまで脅威を感じる相手となると……グリムと初めて会った時くらい、か)


 呟き、レイの脳裏を顔見知りのリッチの姿が過ぎる。

 もっとも、その顔はリッチである以上当然骨だったのだが。

 だがそれでも、その行為がレイの身体から強ばりを取る。

 自分では全く気が付いていなかったが、やはりノイズという存在と相対することで……そして、超常的とすら言ってもいい能力をその目で確認し、実際に体験したことで多かれ少なかれ緊張していたのだろう。


「なら次は……こっちから行くぞ!」


 このまま受けに徹していても、それは自分が負けるまでの時間をただ伸ばすだけ。そう判断すると、一気に前へと出ようとし……


「させんよ」


 その言葉と共に、再びノイズの姿が高速移動に移る。

 粘り着くような時間のままに、ノイズの姿が急速に自分に近づいてくるのに対し、レイは効果がないながらも、少しは相手の動きを阻害出来るだろうとデスサイズの石突きを舞台の上に突き刺そうと動く。

 ゆっくりと……非常にゆっくりとした動きのままデスサイズを動かすレイに対し、ノイズはそんなのは全く関係ないとばかりに普通の動きでレイの方へと近づいてくる。

 それでも完全にノイズが間合いの内側に入る前に、石突きが舞台に突き刺さり……


「地形操作!」


 再びの同じスキル。

 それでも先程と全く同じという訳ではない。

 先程はノイズが走っていた舞台の一部を盛り上げて躓かせた。

 運が良ければそれで場外まで吹き飛び、自分の勝ちになるかもしれない。そんな狙いが微かにあったのも事実だろう。

 もっともノイズがそんな単純な手で負けるとは思えず、実際には高速移動を使う際に少しでも警戒させられればいい程度の思いだったのだが。

 今回レイが使ったのは、舞台の部分を上げるのではなく下げる。

 多少の違いではあっても、全く同じ方法よりはマシだろう。そう判断しての行動だったが、小手先の技にそう何度も引っ掛かる筈もなく、ノイズは高速移動しながらもレイの仕掛けがある部分を進行方向から外してあっさりと回避する。

 そして再びの衝撃。

 だが幾度もその動きを見て、攻撃を食らい、ノイズの動きに慣れ始めていたレイは、拳が身体に命中する寸前にデスサイズの柄を盾とすることに成功する。

 幾ら何度も見たからといって、通常の人間であれば消えたとしか見えないノイズの動きに反応し始めているのは、レイの底力なのだろう。

 デスサイズで拳を受け止める時に柄の下側で受け、その拳の威力により先程のように地面に叩きつけられるのではなく空中を吹き飛びながらも、レイは確信する。


(やっぱりだ。何で魔剣じゃなくて拳で攻撃する?)


 そんなノイズの行動こそが逆転の鍵になるかもしれない。そんな風に思いながら、レイは空中で体勢を整えて舞台の上に着地し、ノイズへと向き直る。

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