0652話
ここ数日続いている秋晴れは、今日もまたその姿を変えることなく秋らしい涼しさと眩い太陽光を地上へと降り注いでいた。
この天気の良さであれば、明日の決勝も良い天気で最高の試合日和になるだろうというのが帝都にいる者達の予想であり、願望でもあった。
そんな風に帝都に出ている住民や観光客が今年の闘技大会について熱心に話している中、レイは相変わらずドラゴンローブのフードを被ったまま街中を進む。
フードを被っているおかげで自分がレイだとは知られていないことに安堵しつつ、周囲を見回す。
以前にも街中に出たことは何度もあったが、その時に比べると圧倒的に人の数が多い。
もっとも、それも当然だろう。以前にレイが街中に出た時は闘技大会が開催中であり、帝都の住人や闘技大会を見る為に来た観光客達はその殆どが闘技場へと出向いていたのだから。
明日が決勝という関係で今日は闘技大会の試合はなく、それだけに多くの人々が集まってはこれまでの戦いや明日の決勝についての話で盛り上がっている。
「昨日の準決勝は盛り上がったな。特に水竜と深紅の戦いはこれ以上ない程に派手で、見応えがあったし」
「それを言うならノイズ様の方よ。まさか剣の刀身に魔法を纏わせるなんて。見た時はちょっと信じられなかったわ」
「けど、あれって魔剣の能力なんじゃねえの?」
「うーん、どうかしら。そうかもしれないけど、ああいう攻撃が出来るってだけで凄いと思わない?」
「そう考えると対戦相手は可哀相だったな」
「深紅と不動ねぇ。どっちも僕の予想を上回るだけの強さを持っているのは確実だし、明日はどんな戦いになるのやら」
「もしかして、闘技場が壊れたりして」
「……それを否定出来ないのはちょっと怖いわね」
「おい、そいつの冗談に付き合うなよ。あの闘技場は古代魔法文明の遺産なんだぜ? それがそう簡単に壊れて堪るかっての」
「けど、ランクA相手に勝った深紅と、ランクSの不動だぜ? 色んな意味で危険なのは間違いないだろ」
「明日の決勝、サンドイッチを売りにだそうと思ってるんだけど……売れると思うか?」
「うーん、試合そのものは一試合しかないからな。寧ろ飲み物とかの方が売れると思う」
そんな風に色々な人々がそれぞれにしている会話を聞きつつ、レイは以前にも通った裏通りの方へと進み……やがて、見覚えのある扉が見えてくる。
マジックアイテムを売っている店であり、以前に魔力を使って矢を無限に作り出すという矢筒を見せて貰った店だ。
その効果自体は非常に素晴らしく、矢を作り出すのに大量の魔力を消費したり、作り出した矢は基本的に自分にしか使えないという欠点はあるものの、レイにとっても是非欲しいと思わせるような性能のマジックアイテムだった。
(矢である時点で使い勝手が悪いのは確かなんだけどな。出来ればあの時に話したように、槍タイプのマジックアイテムが……)
そんな風に内心で思いながら、店の扉を開ける。
すると、まず目に入ってきたのは雑多な程に溢れかえっている大量の品々。
ただし一見するとマジックアイテムに見えるそれらは、全てがただのダミーであり、なんの役にも立たない張りぼてに近い代物だ。
「うん? 誰じゃ」
店の奥から聞こえてくる声に、そちらへと視線を向けるレイ。
するとそこにいたのは、以前にも話した、このマジックアイテム屋の店主の老人だった。
「お? おお、おお。やっときおったか。あれから全く店に顔を出さないから、てっきりもう来ないかと思っておったぞ」
最初は胡乱げに店の中へと入ってきた客へと視線を向けていた老人だったが、それがレイであると知るやいなや、顔に似合わぬ程の嬉しげな声で出迎える。
「色々と忙しくてな」
「ああ、幾ら儂が外に出るのを面倒臭がっているとしても、闘技大会がどうなっているのかくらいは分かっておるよ。お主、決勝に進んだんじゃろう? そして明日の決勝の相手は不動のノイズ」
「正解。で。以前に見せて貰ったマジックアイテムのことを思い出してな。投擲用……とは言わないけど、槍を魔力で作るマジックアイテムは見つかったか?」
一縷の……それこそ、ほんの欠片程の期待を込めて尋ねたレイだったが、戻ってきた老人の答えは首を横に振るというものだった。
「残念じゃが、あのマジックアイテムを作った錬金術師は既におらん」
しみじみとしたその口調に、既にいないというのが、帝都には既にいないのか……それともこの世には既にいないのか。
どちらなのか少し気になったレイだったが、ともあれあのマジックアイテムを作った本人がいないのであれば、どうしようもないというのは変わらない。
「そう、か」
残念そうに呟きつつも、レイにそれ程落ち込んだ様子はない。
殆ど駄目元に近い気持ちでここに来たという理由もあるのだろう。
それに、あの矢筒以外にも使えそうなマジックアイテムがないとも限らない。そう思って顔を上げたのだが……何故かそこにはニンマリとした笑みを口元に浮かべた店主の姿があった。
「……どうしたんだ? 何か面白いことでもあったのか?」
自分が残念がっている時に笑顔を見せられ、どこか不機嫌に告げるレイ。
だが店主の老人は、そんなレイへと向かって相変わらずの笑みを浮かべたまま口を開く。
「ちょっと待っておれ。お主に見せたい物がある」
そう告げ、店の奥の方へと入ってく店主。
その背を見送ったレイは、若干の苛立ちを感じつつも周囲を見回す。
店主がいなくなったにも関わらずさっさと帰らなかったのは、どこかで何かを期待していたからか。
そんなレイの疑問は、店の奥に消えた店主が一分もしないうちに戻ってきたことで解消される。
店主が持っていたのは高さ5cm程の円柱状の物体。中は空洞になっており、腰に付けられるように小さな留め具のような物が外側に付けられていた。
初めて見るのだろうが、どこか見覚えのあるその円柱状の物体に思わず首を傾げるレイ。
店主はレイの困惑する様子が面白いのだろう。笑みを浮かべて眺めているだけだ。
(何だ? 確かにどこかで見覚えが……いや、そもそもこの店で出された物なんか数える程しか)
そう思った、その時。ようやくレイは視線の先にある物が何なのかを理解する。
円柱状で、高さ5cm程の物体。その小ささに誤魔化されたが、もしもそれがもっと高く……より正確には長くなっていれば……
「この前来た時に見せて貰ったマジックアイテム?」
ようやく分かったかと笑みを浮かべた店主は、手に持っていたそのマジックアイテムをレイへと向かって放り投げる。
「っと!」
咄嗟に受け止めるが、そもそも魔力を使って矢を生み出すというマジックアイテムだったのが、5cm程の長さにまで切り詰められている理由が分からない。
「これは、なんでこんな風に?」
「うむ。あれからお主のことを色々と調べさせて貰ったんじゃが、お主自身は槍の投擲を得意とすると言っておったじゃろ?」
確認するかのように尋ねてくる店主の言葉に、レイは黙って頷く。
槍の投擲を得意としているというのは、確かに以前この店に来た時に自分の口から告げた内容だったからだ。
「で、色々と情報を集めているうちに、そもそも身体能力自体がかなり高いというのが分かった」
「それは確かに」
「で、じゃ。確かに槍の投擲というのは高い威力を誇るじゃろう。射程に関しても相当に長い。じゃが、その代わり投げる際に大きな行動が必要になる」
「それもまぁ、確かに」
槍の投擲をする場合、槍の柄の部分を持ち大きく振りかぶってから投擲するのだ。当然その動きは大きなものになる。
もっとも、レイの場合はその人外の身体能力がある故に、普通に槍を投擲するよりはかなり素早い投擲が可能になっているのだが。
それでも振りかぶるという動きが必要になる以上は、若干のタイムロスがあるのは事実だった。
「そこで、これじゃ」
「……これ?」
店主の視線の先にあるのは、当然先程放り投げられて自分の手に納まっているマジックアイテム。
「うむ。確かにそのマジックアイテムを作った錬金術師は既にいない。それを知った時は儂もどうしたものかと思ったが……幸い知り合いにマジックアイテムの調整や改造に関しては腕利きの者がおっての。その者に相談したところ、今の形になった訳じゃ」
「……これ?」
再び数秒前と同じ言葉を口にするレイ。
だがそんなレイに向かって、店主は自信に満ちた顔で口を開く。
「儂が説明するよりは実際にその目で見た方がいいじゃろう。魔力を流してみるがいい」
「……」
店主を怪しげに眺めつつ、それでも一応ということでその矢筒の成れの果てへと魔力を流す。
その瞬間、手の中の重みが増したのを感じ、中を見てみるとそこには矢……ではなく、鏃のみが存在していた。
「これでどうしろと?」
「うむ。お主ならその鏃をこう……投げられるじゃろ?」
店主の老人は、そう告げながら手首だけを動かす。
(なるほど、手裏剣みたいな感じか)
その言葉に納得したように頷くと、それを見ていた店主が苛立たしげに呟く。
「ほれ、とにかく試して……ああ」
残念そうな顔をした理由は、明確だった。レイの手の中にあった筈の鏃が霞のように消え失せたのだ。
「……以前よりも消えるまでの時間がかなり短くなってないか?」
鏃を作り出してから消えるまで、大体30秒程。以前の矢の時に比べると、明らかに短くなっている。
そんなレイの言葉に、店主は小さく溜息を吐く。
「うむ。マジックアイテムを改良した副作用みたいなものじゃな。じゃが、それは基本的に作ってからすぐに相手へと投げつける武器じゃ。その辺を考えると、それ程大きな欠点ではないと思うが……」
「まぁ、普通に使う分には確かにいいかもしれないけど」
呟き、再び魔力を流して鏃を作り出す。
「ほれ、あそこにある木像を狙ってみるがいい」
その言葉に、例え張りぼてであっても的にしていいのか? と一瞬思ったレイだったが、すぐに店主が言うのならと納得して鏃を手首の動きだけで投擲する。
瞬間、カンッという音を立てて鏃が木像へと突き刺さる音が周囲に響いた。
「なるほど。確かに槍よりも軽いし、大きさとしても指先程度の大きさだから手首の動きだけで投擲出来るのか」
思っていたよりも使い勝手がいいことに驚きつつも、レイの目は鏃が突き刺さった木像へと向けられている。
数秒後、まるで霞の如く鏃が消えていくのを見ながら、店主へと向かって口を開く。
「予想してたよりも大分使い勝手がいいな」
「そうじゃろう、そうじゃろう。儂の予想通りじゃ」
してやったりといった笑みを浮かべる店主だったが、レイはそれを遮るようにして言葉を続ける。
「ただ、欠点がない訳じゃないけどな。威力が低いってのは牽制や不意打ちという風に考えれば問題ないが、鏃が消えるまでの速度が早すぎる。せめて10分くらい残っていれば、相手の体内に突き刺さった時にその動きを阻害出来るんだが」
「……お主、何気に極悪なことを考えておるな」
レイの言葉に薄らと額に汗を浮かべる店主。
鏃が体内に残ったままで継続的なダメージを狙うというのは、店主にしてみれば予想外の使い方だった。
店主はあくまでもマジックアイテム専門の商人であり、使うという面で考えれば基本的には一般的な使い方しか思いつかない。
「使う方と売る方の違いだろうな。それに……」
「それに?」
何かを言い掛けて止めたレイへと、店主は先を促すように続けてくる。
しかし、それに対するレイの返答は首を横に振るだけだった。
(日本にいた時に読んだ漫画や小説の記憶とか言える訳がないか)
「ま、とにかくだ。総合的に見れば使えるマジックアイテムであるというのは間違いないな」
「……改造した結果、矢筒の時よりも消費魔力が更に上がってるんじゃがな」
「その辺に関しては問題ない。魔力量には自信があるし。それに、こうしてベルトに引っかけてローブで隠せるというのもありがたい。ミスリルナイフの位置と調整するのがちょっと面倒だが、それもいずれ慣れるだろうし」
ローブの下に隠せるということは、当然相手からは見えないということになる。つまり、不意を打つには最適だった。
もっとも、ローブの下にあるという意味ではミスリルナイフも同様なのだが、一本だけのミスリルナイフに対し、この鏃はそれこそ魔力がある限り弾切れはない。
「明日の戦いではこれが切り札になる……程には甘くないだろうけど、それでもノイズを一瞬であっても意表を突くことは出来るかもしれない……といいなぁ、と思う」
「お主、どんどん自信がなくなってきておるぞ」
どこか呆れた様に呟く店主の言葉に、レイは当然だとばかりに肩を竦める。
「相手はランクS、不動のノイズだぞ? この程度で一瞬でも意表を突ければ、寧ろそれは上出来だろ」
「確かにそうじゃろうな。……それで今更ながらに聞くのもなんじゃが、このマジックアイテム、ネブラの瞳を買うのじゃな?」
「ネブラの瞳? それがこのマジックアイテムの名前か。……ああ、是非買わせて貰うよ。値段は?」
そう尋ねるレイに店主が提示した金額は、レイが闘技大会で自分に賭けて勝ってきて、まだ残っている金額の8割程の値段。
だがレイはそれでネブラの瞳が自分の物になるのなら、とあっさりと支払い、鏃の扱いに慣れるべく店を出て行くのだった。