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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
648/3865

0648話

 前日の夜にレイが予想した言葉がそのまま当たるかのように、秋晴れの太陽が空に浮かんでいた。

 幾つかの雲も浮かんでいるが、それは太陽を覆い隠す程のものではない。

 秋ということもあり、太陽から降り注ぐのは柔らかい光だ。

 そんな絶好の秋晴れの中、闘技場には今日も実況の声が響き渡る。


『さぁ、さぁ、さぁ、さぁ! 長期に渡って繰り広げられてきた闘技大会も、残すのは今日の準決勝が二試合に、明後日行われる決勝の合計三試合のみ! 俺としても、この刺激的な日々が終わるのは残念……それはもう非常に残念だが、それとは別に興奮する気持ちもある。何てったって、今日の試合でこのベスティア帝国で強い二人が……そして何より、明後日の決勝でベスティア帝国の中でも最強の男が決まるんだからな! 皆もそう思うだろ!?』

『わあああああああああああああああああああああああっ!』


 実況の声に、観客達の歓声が闘技場内へと……そして外へまで響き渡る。

 その歓声には、この闘技大会の終わりを迎えたくない、いつまでもこの祭りを楽しんでいたい。そんな思いが込められていた。


『さて、それじゃあこうして喋ってばかりってのも何だし、そろそろ試合を進めようか。第一試合を戦うのは……この二人だ!』


 実況の声と共に、選手の入場口に様々な色のついた、拳大程の光の玉が無数に乱舞する。

 準決勝ならではの幻想的な光景に、観客達からは感嘆の息が漏れる。

 そんな極彩色の光の玉の中から最初に姿を現したのは、エルフの男。

 本来であれば選手の入場に関しての順番は決まっていないのだが、無数の極彩色の光の玉を見れば分かるように、準決勝ならではの演出も兼ねているのだろう。

 外見だけで見れば20代半ば程の男のエルフ。勿論エルフである以上、その外見年齢は当てになるものではない。

 動きやすさを重視したのか、モンスターの革を使って作られたレザーアーマーを身につけており、腰には長剣の収まった鞘。

 エルフ故の整った顔立ちの中に、これから行われる戦いに向けて猛禽の如く鋭い眼差しで自分の正面、対戦相手が出てくる入場口へと視線を向けている。


『ランクA冒険者にして、水竜の異名を持つディグマ・レルス・ラーゲ。剣の腕前も高いが、何と言っても注目すべきは異名にもなっている通り水の精霊魔法だ! ディグマの使う水の精霊魔法は美しくも凶悪。これまでも対戦相手をその水の魔法と鋭い剣技によって倒してきたのは、皆も知ってる通り。正直、これまでの闘技大会であれば間違いなく優勝候補筆頭だった筈』


 それは事実であり、本来であればディグマが今年の優勝候補筆頭の筈だった。

 しかし、そこに現れたのが深紅と不動と呼ばれる二人の異名持ち。 

 片方は春の戦争でこれ以上ない程の活躍をした、ベスティア帝国と長年敵対しているミレアーナ王国所属の冒険者。

 もう片方は、世界で三人しか存在していないランクS冒険者。

 ベスティア帝国の者にしてみれば、これ以上ない程に分かりやすい悪役と正義の味方だろう。

 そんな二人に話題の殆どを持っていかれ、他に参加している者達にも相応に名前の通っている者達も多く、ディグマはその他大勢に埋もれてしまった形だ。

 もっとも、ディグマ本人はその手の話には殆ど興味がなかったのだが。

 実況の声に絶賛されたディグマは、特に嬉しそうな様子を見せることもなく視線の先……自分が出てきたのとは反対側にある入場口へと視線を向けている。


『さて、続いては……もうこの人物が誰かを紹介する必要もないだろう。巨大な鎌を引っさげ、並みいる強豪をバッサバッサと倒してきた人物。ベスティア帝国の国民なら名前を聞いたことがない者はいない程の有名人。ミレアーナ王国の冒険者……深紅のレイ!』


 再び極彩色の光の玉が乱舞する中、ローブを身に纏い、フードを被った人物が姿を現す。

 その手に握られているのは、実況の言葉にあった通りの大鎌で、レイを象徴する武器。

 光の乱舞を眺め、微かに笑みを浮かべつつレイは舞台へと進む。

 そのまま軽く跳躍し、舞台の上に。

 その動きを見ていたディグマは、自分が絶賛されても一切動かさなかった顔の表情を小さく驚きの色へと染める。

 跳躍するだけという動きだったが、その動きに全く隙を見出すことが出来なかった為だ。

 跳躍前に微かに膝を曲げるといった予備動作すら見せず、足の爪先の動きだけで地を蹴り、舞台の上へと跳躍した。

 無拍子とも言える動作。

 ある程度以上の実力を持ち、一流と表現してもいい強さを持つディグマだからこそ理解した、レイの実力。


「なるほど。騒がれるだけの実力はある」


 ポツリとディグマの口から漏れた言葉は、鈴の音の如き旋律。

 もしそれを聞いたのが闘技場の舞台の上ではなく、更にレイではなく女だったら。もしかしたら、その一言を聞いただけで恋に落ちたかもしれない美声。

 だがレイにしてみれば、声は声でしかない。

 その声に何らかの魔力が乗せられ、呪歌の如き影響を与えるのならまだしも、ただの声でしかないのだから。


「そう言って貰えると俺としても嬉しいな。……さて、ランクA冒険者にして水竜の異名を持つその実力、しっかりと見せて貰おうか」

「ふん、こちらこそランクB冒険者にして深紅の異名を持つその実力を見せて貰おうか」


 レイの言葉をそのままそっくり返したディグマは、腰の鞘から長剣を引き抜く。


『さぁ、お互いに武器を構えて相手の隙を窺う。水の精霊魔法を得意とする魔法戦士のディグマに、炎系統の魔法を得意とする魔法戦士のレイ。似ているようで正反対の者達の戦いだ。これは目が離せないし、そもそもこの闘技場に試合を見に来ている客がこれを見ないで何を見るって感じだろう』


 実況の声に煽られるようにして、観客からの歓声も飛ぶ。


「頑張って下さい、ディグマ様!」

「どっちも顔に傷を付けないようにして頑張ってね!」

「ディグマ、ベスティア帝国の冒険者としての誇りを見せてくれぇっ!」


 他にも応援や野次といった声が多数掛けられ、そんな声が聞こえている中で審判の声が周囲に響く。


「試合、開始!」


 その言葉と共に、まず前に出たのはレイ。

 ランクA冒険者のお手並み拝見とばかりにデスサイズを手に舞台を蹴り、ディグマとの距離を縮めていく。

 それに対し、ディグマはといえば特に緊張する様子もなく長剣を構えつつ精霊魔法を発動する。


『水の精霊よ鞭と化せ』


 その言葉と共に、ディグマの周囲に現れた水が鞭状となりレイへと振るわれる。

 真横から胴体目掛けて振るわれたその攻撃を、魔力を通したデスサイズを振り下ろし切断。そのまま再びディグマとの距離を縮めつつ、内心で舌打ちする。


(ちっ、精霊魔法だけあって発動が早いな。魔風との戦いで得た詠唱短縮技術で対抗するしかないか)


 精霊魔法というのは、精霊にして欲しいことを魔力を込めた言葉で頼むだけだ。

 呪文を詠唱し、その後に魔法を発動するという形態を取っている魔法と比べると、発動するまでの速度はかなり速い。

 もっとも、精霊魔法というのはあくまでも精霊に起こして欲しい事象を頼むだけだ。つまり、もしその人物が精霊に嫌われ、あるいは見放されたりすれば、一切の精霊魔法は発動しなくなる。

 純粋に個人の資質や性格に左右される魔法、それが精霊魔法だ。

 それに比べると、レイの使っている魔法は精霊魔法程には個人の資質では左右されない。

 勿論魔力量や、魔法の詠唱速度、魔法構築技術といった面での才能の差はあるが、それでも魔力がある者は一定までの魔法が使えるのは間違いないし、精霊に嫌われて魔法が使えなくなるという不安定な条件もないのは利点だった。


『水の精霊よ、飛べ』


 次に使われた精霊魔法は、顔と同じくらいの大きさの水球を作り、それをレイへと向かって飛ばすというもの。

 だが一直線に飛んできた水球がレイに当たる筈もなく、ディグマへと近づく過程で身体を傾け、水球を回避。そのままデスサイズの攻撃範囲内へと収めたディグマへとその大鎌を振るう。

 同時に響く甲高い金属音。

 それを見たレイは、驚くでなく寧ろ納得の表情を浮かべる。

 異名持ちのランクA冒険者なのだ。当然魔剣の類は持っているというのは容易に想像が出来た為だ。

 そのまま数秒の膠着。

 デスサイズの刃と魔剣の刃が重なり合った状態のままの膠着状況だったが、不意に背後から迫ってくる何かの気配を感じ取ったレイは、咄嗟に魔剣を大きく打ち払って強引に弾き、横に跳躍する。

 その一瞬後、今までレイの身体があった空間を水球が通り過ぎていく。


「さっきの水球かっ!?」


 ディグマから距離を取り、驚きつつも寧ろ納得する。

 水竜と呼ばれている男が、ただ水球を飛ばす程度で済ませる筈がないと。

 実際、その水球はディグマの周囲を回りつつ、再びレイへと向かって放たれる。


「一度見せた攻撃方法が、何度も通じると思うな!」


 叫び、魔力を流したデスサイズを振るう。

 先程の水の鞭と同様に斬り払うつもりだったのだ。

 だが……


『水の精霊よ、散れ』


 その短い詠唱により、レイへと向かっていた頭程の大きさの水球は5つの小さな水球へと分散した。


「なっ!?」


 いきなりのその挙動に驚きの声を上げたレイだったが、それでも魔力を込めたデスサイズを振るう動きを止めなかったのはさすがと言うべきだろう。

 そのまま振るわれたデスサイズの刃は、5つのうち2つの水球を破壊することに成功する。

 だが2つを破壊したということは、3つの水球が残っているということであり、左に2つ、右に1つと分かれた水球がレイへと襲い掛かる。

 左右から襲ってきた3つの水球を、後方へと跳躍して距離を開け、魔法には魔法とレイの口から詠唱が紡がれた。


『炎よ、我が意のままに現れよ』


 デスサイズの刃の先に生み出された炎。

 前の試合で身につけた短い詠唱による魔法は、水球がレイへと届く前に完成する。


『流炎』


 魔法の発動と共に振るわれるデスサイズの刃は、その軌跡をなぞるかのように炎を生み出す。

 その炎へと命中した水球は、一瞬の拮抗すらもせずに蒸発してその姿が消える。


「なっ!?」


 前方から聞こえてくるディグマの声。

 まさか自分の放った水球が一撃で蒸発するとは思ってもいなかったのだろう。

 水と炎の魔法がぶつかり合えば、普通であれば水が勝つ。もし炎が勝つとしたら、それは魔法の技術において明確なまでの差があるか、魔法に込められた魔力量そのものが違うか。


(魔風との戦いは見たが、それでも私の魔法すらも蒸発させられるとはな)


 内心で驚愕しながらも、それを表情に出さずに握っている魔剣に力を込めるディグマ。

 エルフだけあって、ディグマは自らの精霊魔法には絶対の自信があった。

 少なくても、人間の魔法使いに負けることはないと思い込んでいたのだ。

 確かにそれは間違ってはいない。普通の人間よりも高い魔力量を誇るのがエルフであり、魔法の練度や技術といったものに関しても上なのだから。

 ……そう、相手が普通の人間であれば、だが。

 レイの魔力量に驚きつつも、ディグマは魔剣を握りしめて前へと出る。


『水の精霊よ、貫け』


 魔法を放ち終わったレイの隙を突くかのように前へと出たディグマは、牽制として水の矢を放つ。

 短い詠唱で放たれたとは思えない、3本の水の矢。

 水とは思えない程に鋭利な輝きを放つその3本の矢は、真っ直ぐにレイへと向かって飛ぶ。

 それを迎撃するのはデスサイズを振るうレイ。

 魔力を通したデスサイズの刃は一瞬にして自分に向かってきた3本の矢を砕くが、それは同時にディグマが接近するのに必要な時間を作り出したということを意味していた。

 デスサイズを振るうことによって生まれた隙は、一秒にも満たない程の時間。

 それでもディグマにしてみれば、十分過ぎる程の時間だった。

 レイの懐へと潜り込んだディグマは、魔力の通された魔剣を振るう。

 胴体へと斬りつけるその一撃は、もしもレイが回避しなければ間違いなく致命傷になった筈の一撃。

 闘技大会のルールを考えれば信じられない一撃だろうが、寧ろディグマとしては、この一撃がレイにとってそれ程のダメージを与えられるとは考えていなかった。

 そして、その判断は違うことのない事実。


「はぁっ!」


 鋭い呼気と共に、振るわれるデスサイズ。

 ただし刃の部分を手元に戻していては間に合わなかった為、柄の部分で殴りつけるような一撃。

 周囲に響くのは、そんな二つの武器がぶつけられた時に奏でられる金属音。

 一見すると互角に見えたそんなやり取りだったが……


「うおっ!?」


 驚愕の声を発しながらその場を跳び退ったのは……いや、正確にはレイの膂力とデスサイズの重量によって大きく吹き飛ばされたのは、ディグマだった。

 後方へと吹き飛ばされ、それでも空中でバランスをとって着地した為に観客席からはディグマが跳び退ったように見えただろう。

 そのまま何もない空中へ魔剣を振るい、空気を斬り裂く音が周囲に響く。


「ふむ、なるほど。さすがに深紅と異名がつくだけはある。では……第二幕を始めようか!」


 鋭い叫びと共に、ディグマは再び前へと進み出る。

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