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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
646/3865

0646話

「はぁ、はぁ、はぁ……」


 夕日の光が差し込む中、ロドスは大の字で地面に倒れて息を整えていた。

 その近くで溜息を吐きながらロドスを眺めているのは、ブラッタ……ではなく、ロドスにとっては初対面の人物。

 もっとも、それは向こうにしても同様なのだろう。いや、寧ろ第1皇子派という括りで考えれば、ロドスの方が後から参加してきた分だけあって新参者と言えるだろう。


「どうした、もう息が切れたのか? そんなんでよく闘技大会の本戦を勝ち抜くことが出来たな」

「な、何時間ぶっ通しで、模擬戦を……やってたと、思うんだ」


 喋りつつも何とか息を整えていくロドスだが、その人物……ロドスよりも10歳程年上の20代後半から30代前半といった年齢の女は、ぶっきらぼうな口調でその言葉を一刀両断する。


「知らん。そもそも、私がブラッタに頼まれたのはお前と模擬戦をすることだけだからな」

「模擬戦って……あれがかよ!?」


 思わずといった様子で叫ぶロドス。 

 だがそれも当然だろう。ロドスの身体には幾つもの打撲の跡があり、恐らく鎧や服の下はもっと酷いことになっているのだろうから。

 しかし、女はそんなロドスの言葉に当然とばかりに頷いて口を開く。


「当たり前だ。本来であれば実戦こそが技量を高めるのに適しているのだが、そのような真似をすれば怪我をしてしまうからな。今はポーションの類を少しでも節約する必要がある以上、模擬戦になる訳だ」


 女の言葉を聞いていたロドスは、その内容にピクリと反応し、何気なさを装って尋ねる。


「ポーションを節約する必要があるってのは、何でだ? 俺としては少しでも鍛えて欲しいから、出来ればポーションを使わせて欲しいんだが。いや、それ以前に今のこの状況でポーションを使わせないとかってのは酷くないか?」

「ふんっ、その程度の……それこそ怪我とも言えないような状態で何を言う。全く、いかにお前がこれまで甘やかされてきたのかが分かるな」

「……で、つまり俺にポーションを使わせるつもりはないってことか?」

「そうだ」


 あっさりと告げるその言葉に、ロドスは不満そうな表情を浮かべつつも首を傾げる。


「そもそも、第1皇子派ってことは資金とかも余裕があるんだろ? なのに何でそこまで節約する必要があるんだ? 今朝は普通に使ってたってのに」

「数時間前に入った情報によると、不穏な動きをしている者がいるらしい。それを潰して点数稼ぎをする時のことを考えているんだろう。ブラッタの代わりに私がここにいるのも、その関係だな」

「……俺が言うのもなんだけど、自分が仕えている相手にそんな風に言ってもいいのか? 不敬罪とかで罰を受けるんじゃないか?」


 ロドスのそんな言葉に、女は鼻を鳴らして笑みを浮かべる。


「カバジード殿下はそれ程狭量な方ではない。……それより、息はそろそろ整ったか? まだ夕日も完全に沈んでいないのだから、もう少し訓練を続けるぞ」


 そう告げ、模擬戦用の長剣の切っ先をロドスへと向ける女。

 ようやく息が整ってきたばかりのロドスとしては、もう少し体力を回復させる時間が欲しいと慌てて口を開く。


「ま、待て。……そもそも、まだ俺はお前の名前も知らないんだぞ。訓練をつけてくれるのは嬉しいが、せめて名前くらいは教えてくれ!」


 そう、ロドスは散々に自分を叩きのめした女の名前すらも知らない。

 本来ならブラッタと共に訓練をするはずだったのだが、何か急用が出来たとかで急遽目の前の女が代役としてきたのだ。

 そうしてロドスと顔を合わせてから、自己紹介もせずに模擬戦を行い……その結果が今のロドスの状態だった。

 そんなロドスの必死の叫びに、女は首を傾げ、納得したように頷く。


「そう言えばそうだったか。私の名はペルフィールだ。よろしく頼む」

「あ、ああ。知ってるかもしれないが、俺はロドスだ」

「そうか。さて、ではロドス。お互いに自己紹介も終わったことだし、模擬戦を……」


 始めよう。

 そうペルフィールが口に出そうとしたところで、唐突に言葉を止め、視線を訓練場の出入り口の方へと向ける。

 そこでは兵士が一人、自分達の方……正確にはペルフィールの方へと向かってきている。


「ペルフィール様、ご報告です」

「何だ?」

「その、出来ればペルフィール様だけに……」


 そう告げる兵士の視線はロドスへと向けられており、この男に話を聞かせてもいいのかと悩んでいるようだった。


(無理もない、か)


 第1皇子派と思われる兵士の様子に、内心で呟くロドス。

 そもそも仲間になったばかりで……更にはベスティア帝国と敵対しているミレアーナ王国に所属していた冒険者だ。怪しむなという方が無理だろう。

 そう思ったロドスだったが、ペルフィールはそんなのは関係ないと口を開く。


「ロドスは曲がりなりにも私達の仲間となったのだ。それを思えば、余程に機密度の高い話でもない限りは話しても構わん。……もしかして機密度の高い話なのか?」

「いえ、その……そこまでではないのですが」


 一応念の為と尋ねたペルフィールに、兵士はあっさりと首を横に振る。


「なら構わん」

「……分かりました」


 ペルフィールの言葉に一瞬躊躇いつつも、兵士は口を開く。


「闘技場で騒動があった模様です」


 その言葉に、ロドスの身体はピクリと動く。

 騒ぎというのが何を意味しているのか……誰が起こしたのかは、午前中に聞いていたからだ。


(レイ……どうなった?)


 内心で呟き、兵士の口から話される情報を一言も聞き逃さないために意識を集中するが、それ故にロドスはペルフィールの視線が自分に向けられているのには気が付いていなかった。


「騒動を引き起こした……というか、襲われたのは深紅のレイ。襲撃犯は裏の組織のいずれか……洗脳された人員が使われていたことから、恐らく鎮魂の鐘の仕業と思われます」

「……奴等か」


 兵士の言葉に、ペルフィールはロドスから視線を外して忌々しそうに呟く。

 己を騎士として自認しているペルフィールにしてみれば、暗殺者や刺客といった裏の者達は認めがたい存在なのだろう。


「恐らくですが、間違いないでしょう」

「それで、深紅は?」

「当然無事です。寧ろ自分を襲ってきた相手を捕らえています。捕らえられた人員は闘技場の運営委員から警備隊へ引き渡され、現在隔離されています」

「ほう。人形と化した者が捕らえられたのに意識を保っているのか? 鎮魂の鐘にしてはドジを踏んだものだ」


 呟くペルフィールの口元に浮かんでいるのは笑み。

 鎮魂の鐘と深紅。どちらもペルフィールにしてみればあまり好まない相手だが、それでもどちらが好ましいかと問われれば、小細工の類をしない深紅と答えるだろう。

 そんな風に笑みを浮かべるペルフィールの隣では、ロドスが安堵の息を吐く。


「よかったな、お前の宿敵は無事だったらしい」

「それくらいは予想していたよ。そもそも、あのレイだぞ? 俺の親父と戦って勝つような奴が、刺客程度にどうにかされるとは思っていなかったさ」


 ふんっ、と鼻を鳴らすロドスに向かい、ペルフィールはどこかからかうように言葉を続ける。


「その割には安堵しているようだが?」

「それは……そう、俺が倒す前にやられちゃ困るからだよ」

「ふむ、そういうことにしておこうか」


 お前の内心はお見通しだとの言葉にロドスは微かに眉を顰めるが、ペルフィールはそれを気にした様子もなく報告を持ってきた兵士に視線で先を促す。


「こちらからは特に動く必要はないとの命を受けています。なのでペルフィール様は今のところ特に気にする必要はないかと」

「そうか。それは残念と言うべきだろうな」


 ペルフィールと兵士の話を聞いていたロドスは、思わず口を開く。


「残念?」

「ああ。あの深紅と対面出来る好機だったのかもしれんのだ。春の戦争においてベスティア帝国軍を殆ど一人の力だけで殲滅し、勝敗を決定づけた男。そのような人物と会ってみたいと思うのは不思議でもないだろう?」

「……言っておくが、奴と戦うのは俺だぞ」


 レイと戦う為に、そして戦う力を得る為にここにいるのだから、横から掻っ攫われるような真似は絶対に許容出来ない。

 そんな視線を向けるロドスに、ペルフィールは小さく肩を竦める。


「分かっている。私としても深紅と戦いたい訳じゃない。一度会ってみたいだけだ。……それより、体力の回復はもう十分に出来たようだな。お前が深紅と戦いたいのなら、まだまだ力不足極まりない。さぁ、その力を得る為にも訓練を続けるとしようか」


 模擬戦用の長剣を手に、ペルフィールは口元に楽しげな笑みを浮かべつつそう告げる。


「……分かったよ」


 ロドスにしても、レイの名前を出されれば泣き言を口に出来る筈もなく、同じく模擬戦用の長剣を手に立ち上がる。

 レイの襲撃という知らせを持ってきた兵士は、若干ロドスに対して気の毒そうな視線を向けつつ、すぐに頭を下げて去って行く。

 ここにいればペルフィールの訓練に巻き込まれるかもしれない。それが分かっているのだ。

 第1皇子派の中でも理性的で、部下や仲間思いでありながら、カバジードに向ける忠義には一片の曇りもない。

 そんな風に仲間としては理想的と言ってもいいペルフィールだったが、唯一その訓練好きなところは好かれてはいなかった。

 自分だけで訓練するのならともかく、何かと他人を自分の訓練に誘ってくるのだ。しかも第1皇子派の中でもブラッタに負けず劣らずな強さを持つ以上、その訓練に付き合わされれば地獄を見るのは確実。

 ……もっとも、その分訓練の効果は高いのだが。


「うおおおおおおおっ!」

「どうした、甘い、甘いぞ! そんなことでは深紅に勝つどころか、その辺の兵士にすら負けるんじゃないのか!?」


 そんな風な叫び声を背中で聞きつつ、兵士はその場を後にするのだった。






「はぁ、はぁ、はぁ。……くそっ、あの女め。加減ってものを知らないのかよ」


 既にこの場に残っているのはロドスだけであり、ペルフィールが去ってから五分程でようやく息が整い、その場で立ち上がる。

 結局足腰も立たなくなるまでに模擬戦をさせられたロドスは、周囲に誰もいないのを確認してから溜息を吐く。


(ポーションの使用制限が掛かる程の不穏な動き……どう考えても第3皇子派が動いていた件だろ。残り数日ってところまできてるのに、ここで知られるのは……痛いな。ともあれ、この件は知らせる必要があるんだが……)


 知らせる必要はあれども、最大の問題はその知らせるべき相手がどこにいるのか分からないということだろう。

 午前中にキューケンには会ったが、それにしたって向こうから会いに来たからこそであり、ロドスの方から接触する方法はない。


(キューケンが言っていた、第3皇子派の潜んでいる相手と接触出来ればいいんだけどな)


 溜息を吐き、そのまま与えられている部屋の方へと向かう。

 秋となって涼しくなってきていても、数時間も激しく動き回っていれば激しく汗を掻く。

 まずはその汗を流そうと、ロドスは歩き始めたのだが……


「あの、これを使って下さい」


 いつの間にか少し離れた場所にいたメイドが、手に持っていた布をロドスへと手渡す。


「お? 助かった。ちょうど汗を拭きたいと思って……っ!?」


 言葉の途中で思わず息を呑んだ理由は、メイドの女が布の下に持っていた短剣だった。

 見間違う筈がない。それは、キューケンが持っていたそれと同じ物。

 つまりは……


「だっ!?」

「お静かにお願いします」


 第3皇子派。思わず口に出そうとしたロドスへと、メイドが鋭く制止する。

 話が聞こえる程の近くに監視の人員がいないのは確認しているが、それでもメイドが感知出来ないくらい隠行が上手い者がいないとも限らないのだから。


「そちらの情報通りに深紅が襲撃され、それを撃退したという情報をお持ちしたのですが」

「あ、ああ。いや。それについては既に聞いている」

「どうやらそのようですね」


 メイドにしてもそれは理解していたのだろう。特に残念そうな様子を見せず、淡々と言葉と紡ぐ。


「では、そちらの方で何か新しい情報はありますか?」


 恐らくそちらこそが本命だったのだろう。そう理解したロドスは、一瞬苦笑を浮かべ、すぐに真面目な表情へと変える。

 そのまま布で顔を拭きながら、ペルフィールから聞いた情報を話す。


「注意してくれ。第1皇子派が何らかの動きを掴んでいるらしい。明確に第3皇子派とかは言ってなかったけど、近々大きな騒動があると確信しているような節が見える。ポーションの使用に制限を設けているところとかな」


 ロドスの口から話された情報は、メイドにしても予想外だったのか、小さく驚きの表情を浮かべる。


「それは……些か早い、ですね。向こうの動きは、遅ければ遅い程良かったのですが……」

「だろうな。それと、ペルフィールとかいう女騎士については?」

「はい、第1皇子派の中でも腕の立つ相手ですので、そちらについての情報は得ています」


 そんな風に身体を休め、布で汗を拭きながらロドスはメイドとの情報交換を進める。

 ……ただし傍から見れば、この光景はロドスとメイドの逢瀬のようにしか見えなかっただろう。

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