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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
641/3865

0641話

 時は少し戻る。

 レイが五回戦でユイトルと戦う日の朝。

 その日も、ロドスはブラッタと共に訓練をしていた。 

 それも、レイと行っていたものに比べると格段に激しい訓練だ。

 多少の傷はポーションを使って癒やすので、今では模擬戦でもロドスもブラッタも刃のついている武器を使っている。

 勿論模擬戦である以上、腕を斬り飛ばすような真似はお互いに決してしないようにしているのだが、それでも深い斬り傷の類はどうしても出来てしまう。それをポーションで癒やすのだが、このポーションが相当に高額な代物だった。

 どれ程に高額な代物かといえば、ロドスがレイとの試合で切り札として用意したポーションと同等かそれ以上といったところか。


(この辺、さすが第1皇子ってだけはあるか)


 大きく斬り裂かれた腕にポーションを掛けながら、感心したように内心で呟く。

 小さく息を切らしてはいるが、それでもロドスの体力にはまだ余裕がある。

 ……これは話を変えれば、まだ余裕があるうちにブラッタの攻撃で大きなダメージを受けたということになるのだが。


(まだまだ……だな)


 自らの不甲斐なさに嘆きつつ、傷が塞がったのを確認してポーションの容器へと視線を向ける。

 当初、ロドスはポーションを飲んで訓練をしたいと申し出たのだが、それはブラッタにより即座に却下された。

 確かにポーションを飲めば、常時回復効果を得られる。そして湯水のように使っているこのポーションは、かなり高品質である以上、その常時回復効果も高いだろうという判断からだった。

 だがポーションの味というのは、その品質でも左右されない程に全てが不味く、味覚を麻痺させる。

 そうなれば食事に支障を来し、結果的に身体を維持する為の食事にも不自由することになる為だ。


「おい、ポーションを飲むなよ」


 ロドスの考えを察知したのか、ブラッタがそう告げる。

 それに頷き、ロドスはポーションの容器に蓋をして元にあった場所へと戻す。

 そんなロドスを見ていたブラッタだったが、不意に話題を変える。


「そう言えば、鎮魂の鐘が動き出すって情報があったが知ってるか? お前の標的でもあるレイがあっさりと倒されないといいけどな」


 その言葉を聞き、ロドスは驚きに動きを一瞬止めるのだった。






「……」


 不機嫌そうな表情を浮かべつつ、ロドスは自分の寝起きの為に用意された建物へと向かう。

 その理由は言うまでもない。鎮魂の鐘が本格的に動くという話をブラッタから聞かされた為だ。

 これまでにも幾つか細かい動きは見せてきた鎮魂の鐘だが、本格的に動くとなると色々と不安もある。

 何より自分と再戦する前にレイが倒されることになっては、自分がこうして第1皇子派に潜入している意味がなくなってしまう。


(普通に考えれば、レイならどうとでもなる。けど、ブラッタの話によると五回戦が終わって気の抜けた隙を突くって話だったしな。その辺でどうにかされる可能性も……)


 内心で呟きつつも、空を見上げるようにして周囲の様子を探る。

 だが気配の類を察知する能力が高い訳でもないロドスにしてみれば、もし自分を見張っている者がいたとしてもそれを探し出すことは出来ない。


(そもそも、第1皇子派なんだから、相応に腕の立つ盗賊やら密偵やらもいるだろうしな。それを俺が察知するってのが無理か。けど……まさか今の俺をそのまま信用している訳はない。確実に俺に見張りの数人はつけている筈だ。となると迂闊な真似は出来ない、か)


 そもそもブラッタの話そのものが、自分に対する試金石の可能性もある。

 どうしたものかと内心の焦燥を誤魔化すように歩いていると、不意にロドスの前方から歩いてきたメイドが何かに躓いたのか、その場で転ぶ。


「きゃっ!」


 短い悲鳴。

 ロドスとしても、怪我をしたかもしれない女をそのまま放っておく訳にもいかず、頭を掻きながら近づいて行く。

 そうして転んだメイドへと視線を向けながら手を伸ばし……その顔を見て、思わず表情が固まる。

 何故なら、そのメイドは見覚えのある顔だったからだ。

 帝都に向かう途中の村で泊まった時に、一時的に合流した第3皇子派に所属する人物。


「キュ……」

「しっ!」


 キューケン。そう名前を口にしようとしたロドスを、鋭く制止する。


「貴方は監視されています。今はメイドとしての私を助ける振りをして下さい」


 小声で呟かれたその言葉に頷き、そっと手を伸ばして立ち上がらせる。


「それにしても無茶をしましたね。まさか第1皇子派に潜入しているとは思いませんでした。おかげで見つけるのに苦労しました」

「悪いな、潜り込むのを誰かに伝えられる状態じゃなかったんだ。それにしても、もし俺が本当にこっちへ寝返っていたらどうするつもりだったんだ?」

「その辺はあまり心配していませんでしたよ。ご両親からのお墨付きがありましたし。何よりもヴィヘラ様を裏切るような真似はしないでしょう?」

「ぐっ……」


 まさかキューケンにまで自分の初恋に関して知られているとは思っていなかったロドスは、慌てたように話を変える。


「父さんと母さんは何て?」

「お母様の方が心配してましたよ? お父様の方はそれ程でもありませんでしたが」


 立ち上がり、足を挫いた振りをしたキューケンに肩を貸す振りをして、歩き出すロドス。


「この会話は大丈夫なのか? 一応小声で話しているが、監視しているような相手なら……」

「大丈夫ですよ。幸い監視している奴等はかなり離れた場所にいますから、この程度の声なら。……それで向こうから何かを引き出すことは出来ましたか?」

「いや、まだ入ったばかりだしな。ただ、鎮魂の鐘が今日の試合終了後にレイを狙って動きを見せるらしい」


 ロドスの口から出たその言葉に、キューケンは小さく驚く。 

 それでもあくまでも内心での驚きであり、ロドスを見張っているだろう人物に悟らせない辺りはこの手の仕事に慣れているのだろう。


「何故急に……いえ、そもそも第1皇子派が鎮魂の鐘の情報をどこから……」

「その辺は第1皇子派だけあって、諜報網が広いんだろうな。とにかく、俺は見張られているだろうから動くことは出来ない。だからお前がこの件をレイに知らせてくれ」

「随分とお優しいですね。てっきり……」


 その先は何を言いたいのか分かっていたロドスは、小さく苦笑を浮かべて口を開く。


「俺はレイを倒したいとは思っているけど、それは俺の手でだ。誰か他の奴の手に掛かって死ぬような真似をされたら、わざわざ俺がこっち側に来た意味がない」

「なるほど。色々と……そう、非常に色々と言いたいことはありますが、その辺は私じゃなくてご両親にお任せします。ともかく鎮魂の鐘の件を私がレイに知らせるとしても、すぐにとはいかないでしょう」

「何でだ? 試合が終わった後は多かれ少なかれ油断する筈だ。それを考えれば、多少面倒臭くても」


 ロドスの言葉に、キューケンの眉が不愉快そうに顰められる。

 この光景を監視している者達にしてみれば、ロドスがメイドに変なちょっかいを出したように見えたかもしれない。


「別に面倒だとか、そういう理由からじゃないですよ。普通に考えてみて下さい。監視対象のロドスさんと接触して、それなりに長時間話していた私を向こうがすぐに放っておくと思いますか?」

「……なるほど」


 なら間に合わないのか? そう考えたロドスだったが、キューケンが安心させるように囁く。


「安心して下さい。確かに私は暫く監視の目に晒されるでしょうが、何も城の中に入り込んでいるのは私だけじゃありませんから。多少時間は掛かるかもしれませんが、それでもレイさんが鎮魂の鐘に襲撃される前にどうにかして知らせて見せます」


 その言葉に納得の表情を浮かべるロドス。

 確かに城に潜入しているのが一人だけの筈がない。その場合、もしその人物に何かがあれば連絡が完全に途絶してしまうのだから。


「そう、か。分かった。なら頼む。それと、追加でダスカー様の方にも連絡してくれ。ブラッタっていうのが第1皇子派にいるんだが、こいつは相当の凄腕だ」

「ブラッタ……ですか」

「知ってるのか?」

「ええ、まぁ」

 

 苦い表情を浮かべるその様子は、少なくてもいい思い出のある人物ではないというのは明らかだった。

 これ以上話を聞いてもキューケンを不機嫌にさせるだけだろうと判断し、取りあえず自分の得た情報を口に出す。


「ブラッタを知ってるならこっちも知ってるかもしれないが、第1皇子派にはブラッタと同程度か、それよりも腕の立つ奴が他にも何人かいるらしい」

「でしょうね。そもそも、現在の次期皇位継承候補者の中で最も有力なのが、当然ながらカバジード殿下の第1皇子派ですから。とにかく、そちらの事情と情報に関しては了解しました。こちらは必ず伝えますので、ロドスさんはくれぐれも怪しまれないようにして下さい。成り行きとはいえ、敵の中に忍び込めたのは幸運だったのですから、それを最大限活かすことを考えて下さいね」


 念を押し、迂闊な行動を取るなと告げてくるキューケンに、ロドスは頷く。

 頷くのだが……それを見たキューケンは、とてもではないが完全に信じることは出来ない。

 やむを得なかったとはいえ、独断で第1皇子派に潜入するような真似をしたのだ。その行動を知っただけに、どうしても疑いの目で見てしまうのはしょうがないだろう。

 とはいえ、今はロドスを信じるしかないというのは事実。幸運に助けられたとしても、敵の中に潜り込むことに成功しているのだから。


「出来るだけ私も偶然を装って接触するようにはします。もし私が駄目でも、これを持っている者はこちらの手の者なので、安心して情報を渡して下さい」


 そう告げ、ロドスにだけ見えるように注意して懐から短剣を取り出す。

 鞘の部分に特徴的な彫り物の入っているその短剣は、確かに全く無関係の人物が偶然持っている筈がないだろう。


「分かった。……父さんと母さん達に心配掛けてごめんって伝えてくれ」

「分かりました。……まぁ、この件が終わったら間違いなく叱られるでしょうから、その辺は覚悟しといた方がいいかと」


 そう告げ、周囲から見えるようにロドスへと頭を下げ、キューケンはその場を去って行くのだった。






 ユイトルとの試合を終えたレイが控え室へと向かっていると、不意に前方から1人の女兵士が姿を現す。


(兵士? 何かあったのか?)


 もしかして何かトラブルの類でもあったのか疑問に思ったレイだったが、その女兵士はレイを見ても特に表情を変える様子もなく近づいてくる。

 そのままお互いの距離が近づいて行き……やがて数歩程前の位置になると、不意に女兵士が持っていた布を廊下へと落としてしゃがみ込む。

 どこか意図的なものを感じつつ、レイはそのまま歩を進める。

 女兵士の行動を考えると、あるいは刺客の可能性もあるかもしれないと判断して警戒しながら近づいて行ったのだが……

 その女兵士が床から拾い上げている短剣を見て驚きの表情を浮かべる。 

 見覚えのあるその短剣は、帝都に来る途中でキューケンという第3皇子派の手の物が自分達の身分証明として使っていたのと同じ物だった為だ。

 そんな風に驚きの表情を浮かべているレイだけに聞こえるように口を開く。


「第1皇子派に潜入しているロドス殿からの報告です。控え室の中に鎮魂の鐘の刺客が潜んでおり、レイ殿の命を狙っているとの話です。お気をつけ下さい」

「……何?」


 聞こえてきた言葉に思わず尋ね返したレイだったが、その女兵士はレイに対して伝言を伝えて役目を果たしたと判断したのだろう。そのまま立ち上がり、レイとすれ違うようにして闘技場の方へと向かって歩いて行く。

 その後ろ姿に思わず声を掛けようとしたレイだったが、何故女兵士が今の様な紛らわしい真似をして情報を伝えてきたのかを考え、周囲の気配を探る。

 何人かの気配は察知出来たが、殺気を纏った気配のようなものはなく、見張られているのかどうかはレイでも判断出来なかった。

 恐らく見張られているのだろう、という予想は出来たのだが。


(にしても、ロドスが宿に帰ってこないと思っていたら……まさか第1皇子派に入り込んでいるとはな。色んな意味で驚きだ)


 そう思いはしつつも、恐らくは今回自分達が手を貸しているヴィヘラやテオレームの助け出す予定になっている第3皇子の救出作戦で、最も厄介な存在になるだろう相手が第1皇子派だ。

 それを考えれば、自分達に何も言わずに行動を起こしたのは多少思うところはあれど、有効な選択だったと思わざるを得ない。


(木を見て森を見ずを地でいく間抜けもいるかもしれないが。……いや、そもそも今回の件は殆どダスカー様の裁量で進めている以上、そんな奴はいないか。あるいはいてもどうにでもなる、か?)


 一瞬そんな風に考えつつも、今はとにかく鎮魂の鐘に対処する方が先だと意識を切り替える。


(出来ればこういう狭い場所じゃなくて、広い場所で襲い掛かって来た方がやりやすかったんだがな。……そうか、それを狙っての判断か)


 ある程度デスサイズを振るえるだけの空間的余裕があっても、それでもやはり控え室は控え室だ。どうしても舞台の上で戦うように自由に動き回ったりすることは出来ない以上、やりづらいと判断するのは当然だろう。

 それでも、いつ襲われるのかを心配するよりはここで一気に鎮魂の鐘を仕留めた方がいいと判断し、敵が待ち受けているだろう控え室へと向かって行く。

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