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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
639/3865

0639話

「ほらほら、どうしたどうした? この程度の動きにもついてこられないようじゃ、あの深紅に勝つなんてまず無理だぞ?」


 ブラッタのからかうような言葉に、ロドスの振るう剣先は更に勢いを増す。

 得意とする連続突きを放つのだが、その全てがブラッタに対してかすり傷の一つすらつけることが出来ないのだ。


「レイは今日の試合でギャンダとかいう男に勝った。その時の戦いは見ていたんだろ? 速度に一撃の威力。その両方がお前よりも格段に上だ。今程度の腕じゃ、何がどうなったってお前が深紅に勝つなんてのは絶対に無理だろうな」

「うるせぇっ! やってやる……やってやる!」


 振るわれる長剣の速度が更に増す。だが……それを見たブラッタは、小さな溜息を吐いて手に持っていた、刃のついていない模擬戦用の長剣を振るって弾く。

 その一撃により、あっさりとロドスの手の中にあった長剣は空中へと回転しながら上がっていった。


「駄目だ、駄目駄目。最初に言っただろ。お前は頭に血が昇ると一撃の威力が増すけど、その分攻撃の精度が大雑把になる。こんなんじゃ深紅に勝つのは無理だって。もう少し冷静になれよな。俺が何か言う度に、攻撃の精度が落ちてるぞ。そんなんだから、お前はいいところなしであっさりとやられたんだろ?」


 猛烈な駄目出しをしてくるブラッタの言葉に、ロドスは歯を食いしばる。

 マジックアイテムを貰うという約束をしていたが、それでも技量が伴わなければ意味はないとブラッタに言われ、確かにその通りだと納得したロドス。

 そのブラッタに訓練をすると言われて、こうして訓練をしていたのだが……誤算が一つ。

 それは、ブラッタがロドスに対して良く思っていなかったことだった。

 ブラッタにしてみれば、一般的には腕が立つのかもしれないが自分には遠く及ばない。それなのに自らの相棒でもあるソブルに目を掛けられているというのは、面白い話ではなかった。

 内心では純粋に戦力として必要だから引き抜いた訳ではなく、あくまでもレイとエルクの情報収集や、その2人と敵対した時の対抗手段でしかないと思っているのは知っている。

 だが……それでも、やはり面白くないものは面白くないのだ。

 ソブルからロドスに訓練をつけるように前もって言われていたこともあり、マジックアイテム云々という理屈を付けてこうして訓練はしているのだが、元々が自分の感情に素直なブラッタだ。どうしてもその口調は強く攻撃的なものになる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」

「意識が攻撃だけに集中しているから、そうやって息を切らすことになる。その失敗は深紅との試合でも見せただろ? 反省って言葉を知らないのか?」

「わ、分かっている」


 深く息を吸い、呼吸を整えていく。

 それを眺めつつ、ブラッタは模擬戦用の長剣を肩に担ぎながら溜息を吐く。


「一応基本は出来てるし、それなりに戦えはするようだけど、何て言えばいいのかなぁ……応用が上手く出来ない? 簡単に言えば戦いのセンスがないんだよね」

「ぐっ」


 その言葉は本人が一番理解している為だろう。悔しげに歯噛みしてブラッタを睨み付ける。

 だがそんな視線を向けられている本人は、全く気にした様子もなく言葉を続けていく。


「この辺のセンスっていうのは、ある程度までなら練習とかで何とか出来るんだけど、最終的にはやっぱり感覚的なものだから、才能がものを言うんだよ。……まぁ、だからこそ冒険者でも高ランク冒険者になるほど数が減っていくんだし。その辺に関しては騎士とかでも同じだろ」

「……だろうな」


 自らの父親や、レイの姿を思い出しながらロドスが同意する。


「で、その点から考えるとロドスの場合はどうしても才能がない。正直、深紅に勝つというのはまず不可能だと思うんだけど……諦める気は?」

「ない!」


 自らに才能がないとしても、それでもレイに対しての意地はある。

 勿論ヴィヘラに対する想いもあるが、既にレイに対してはそことは関係ないものとなっていた。

 自分という存在を必ずその心に刻みつける。その為には手段を選んでいるような余裕はない。


「はぁ。……分かったよ。ならもう少し戦ってみるか。大体俺の場合は人に教えるっていうのは得意じゃないんだから、どうしても模擬戦中心になるんだよな。……その身体にこれ以上ない程に叩き込んでやるよ。それこそ、無意識にでも反応出来るように」

「そうしてくれると助かる」


 ようやく完全に息が整ったのか、ロドスは再び長剣を手に構えてブラッタと向き合う。


「行くぞ!」


 そう叫び、ブラッタへと向かって襲い掛かっていくのだった。






「明日仕掛けるわよ」

「……明日、か? こっちの準備は出来てるけど、随分とまた急だな」


 帝都の中にある屋敷の一つで、シストイはムーラの言葉に小さく驚きの表情を浮かべる。

 驚きながらも動揺した様子が一切ないのは、シストイも近いうちに動く必要があると理解していたからだろう。

 もっとも、その動くべき時が明日だとは思ってもいなかったようだが。


「そうね。私としても、出来ればもう少しあの男の観察をしたかったんだけど……ね。ほら、子供達の件があったでしょ?」


 ムーラの口から出たその言葉に、シストイは微かに眉を顰める。

 あの時に助けに来てくれた者達がいなければ、自分は確実にレイによって殺されていただろうし、何より子供達全員を助けることが出来なかっただろう。

 だが結果的に逃げ出した時にレイから放たれた追撃の攻撃により、助けに来てくれた者達のうち何人かの手足が失われる結果となったのは、シストイにしても苦い思いを抱かざるを得なかった。

 それはムーラも同様であり、軽く気遣うような視線をシストイに向けた後で改めて説明を続ける。


「結局あの件で私達が動いた影響が色々と出たんでしょうね。自分達の尻ぬぐいは自分達でしろってことらしいわ。それと、依頼主の方からも催促の連絡がきているみたいよ」

「寧ろそっちが本命か」

「さて、どうかしら。依頼主と言っても、殆どが下級貴族よ? 組織の繋がりを考えれば、意外と私達に対する懲罰的な感じじゃないかしら」


 確かにムーラとシストイは鎮魂の鐘の中でも腕利きとして知られている。それでも唯一無二の存在というわけではないし、社会の裏に存在する鎮魂の鐘にしてみれば、組織の秘匿性を暴かれることの方が2人の存在よりも重要度が高かった。

 それでも即座に自分達を排除しないのは、組織なりの温情なのだろうとムーラは判断する。


「深紅の明日の相手は?」

「えっと、確か魔法使いね」

「……まだ魔法使いが残っていたのか?」


 ムーラの言葉に驚きの表情を浮かべるシストイ。

 レイのように魔法と武器の両方を使いこなす魔法戦士であるならともかく、純粋な魔法使いが五回戦まで残っているというのは信じられなかった為だ。

 例年通りであれば、この魔法使いは間違いなく話題になっただろう。だがそれ程に話題性のある魔法使いがここまで話題にならなかったのは、偏にレイとノイズという存在がいたからだ。

 多少明るく輝く星があっても、それとは比べものにならない程に輝く星が存在していれば、当然その星が目立つことはない。

 その結果、五回戦まで進出した極めて優秀な筈の魔法使いは、それ程話題にならずにここまで闘技大会が進んでいた。

 勿論闘技大会を見に来ている観客はその魔法使いを見ているのだが、それでも深紅と不動という2人の異名持ちの話題に勝ることは出来なかった。

 他にも異名持ちが何人か参加しているのだが、そちらも話題になっていないことを考えると当然なのかもしれないが。


「そうらしいわ。随分と腕利きらしいけど、深紅を相手にしては勝ち目がないでしょうね。それに、例え幾ら試合で深紅に対して深い傷を与えても、結局舞台から降りれば回復するし」

「確かにそうだな。だが……それは物理的な傷だろ? 精神的な疲れの類は回復しなかった筈だ」


 その言葉に、ムーラは納得の表情を浮かべる。

 それは紛れもない事実であったからだ。

 しかし、すぐに溜息を吐く。


「けど、あの深紅に精神的な疲労を感じさせるまで追い詰めることが出来るかしら? 今までの試合を見ても、絶対に全力を出してないわよ? そもそも、本戦になってから深紅は魔法を使っていないし」

「確かにな。けど、それでもやらなければならない以上、少しでも可能性のある方に賭けるしかないだろ?」

「……ま、それもそうね。それでどうするの? まさか正々堂々と正面から攻撃を仕掛けるとかは言わないでしょうね?」

「まさか」


 言下にムーラの言葉を否定するシストイ。

 正面から戦っても勝ち目がないというのは以前から分かっていたし、何よりも明日自分達が襲撃を行う理由となった子供達を助ける時の戦いで、既に嫌という程に理解している。

 生身の人間と向き合い、あれ程の寒気を感じたのは久しくなかった。


(寧ろ、人間以外の何かのような……いや、まさかな)


 内心で呟いたシストイだったが、すぐにその考えを却下する。

 レイの顔を確認したことは幾度かあるが、エルフのような特徴的な耳をしている訳でもなく、ドワーフのようにガッシリとした体格をしている訳でなく、更には獣人のように獣の部位がある訳でもない。

 どこからどう見ても人間にしか見えなかった。

 それ故に却下した考えだったが、それが文字通りに当たっていたというのを本人は気が付く様子は全くないままに話を進めていく。


「出来れば、試合が終わって控え室で一休みしているところを襲いたいな。少なくても、普通にしている時に襲うよりは可能性が高い」

「でしょうね。けど、控え室に人形を仕込むって訳にもいかないわよ? 確かに今使える人形はそれなりに腕が立つけど、気配を殺すとか、そういう器用な真似は出来ない完全に戦闘向けの調整だし」

「……やっぱり難しいのか?」

「そうね。盗賊系の人形に調整する手間があれば、普通の戦闘向けの人形を10……いえ、15は調整出来るもの。それに、盗賊系の技術に適応する人間の数も多くないしね」


 人間を自分の目的の為に誘拐し、洗脳するという真似をしているにも関わらず、ムーラの態度には悪びれたものは一切ない。

 それでいてスラム出身の子供達が捨て駒にされた時は自分の身を危険に晒してまで救助に赴くのは、身内とそれ以外という線引きをきちんとしている為か。


「食べ物に薬を……ってのは駄目だったんだよな? それが出来れば手っ取り早いんだけど」

「さすがに異名持ちがそんな単純な手で死ぬ筈がないでしょ。大体、あの勘の鋭さを考えると、寧ろ毒が入っている食べ物を見破ったりしても不思議じゃないと思うけどね」

「……確かに」


 レイの理不尽なまでの能力を見ているだけに、突拍子もない意見だと否定は出来なかった。


「けど、逆に考えれば毒を回避するってことは、効果があるからこそだろ? その辺を考えると……まぁ、食べ物や飲み物に毒を入れるってのは、止めた方がいいと思うが」

「そうでしょうね。食べ物に入っている毒を食べてくれるのならいいけど、もし駄目だった場合確実に警戒するもの。そうなれば、襲撃する際の難易度がかなり上がるわ」


 つくづく厄介な相手だ。ムーラとシストイはどうしてもそう認識せざるを得なかった。


「とにかく、やるしかない以上は準備を万端にする必要があるな。ムーラ、人形の方の調整はくれぐれも頼むぞ」

「任せておきなさい。……ああ」


 シストイの言葉に頷きを返すと、ふと何かを思いついたかのように動きを止める。

 そのまま数秒。やがてムーラが口を開く。


「ねぇ、シストイ。毒が効果あるのかもしれないのなら、深紅を攻撃する時の武器に毒を塗りつけておくってのはどう?」


 その提案に驚いたのはシストイ。

 暗殺者が毒を使うというのは、別に珍しいものではない。だが、それでもこれまでムーラとシストイは武器に毒を使うという手段を使ったことはない。

 それは純粋にムーラの人形とシストイの技量があればそんな必要はなかったからというのもあるが、やはり武器に毒を塗って使うというのは色々と不便な面があったからという理由もある。

 特にムーラの人形として調整された者達は、独自の判断をする場合数秒だが動きが鈍ることがある。

 そして何より、そのような人形達の持っている武器を奪われ、シストイに向かって使われることを恐れたのだ。

 だが、今回ばかりはそんな悠長なことを考えている余裕はない。

 どうあっても深紅を倒す必要がある以上、多少の危険は冒さざるを得ないというのがムーラの判断だった。

 シストイの方もそれを理解したのだろう。ムーラの言葉に頷き、どのようにして深紅を仕留めるかの相談はその後も暫く続けられ、若干ではあっても戦闘力より盗賊系の技能を重視して数を揃え、毒の短剣を使う手数を増やすという選択をすることになる。

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