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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
632/3865

0632話

『さぁ、次の試合だ。……皆、覚えているよな? 期待しているよな? 楽しみにしているよな? 何しろ、次の試合はいつものあいつ、優勝候補の一人として数えられている深紅の出番なんだから。巨大な鎌を自由自在に操り、炎の魔法を得意とする。さぁ、今日はどんな戦いを見せてくれるのか!』


 実況の声が闘技場内に響き渡る。

 その煽るような声に、つい先程まで行われていた試合を見て興奮していた観客達は再び活気づく。

 前の試合も闘技大会の本戦に相応しい試合だったが、次の試合はより興奮せざるを得ないという理由もある。

 ベスティア帝国の長年の敵対国でもあるミレアーナ王国所属の冒険者、春の戦争で不倶戴天の敵と言ってもよくなった深紅の試合なのだから。

 ただし、闘技場内に広まっている歓声は殆ど負の感情を感じさせないものだ。

 それもこれも、今までの試合で深紅……レイが派手な戦いや、観客を驚かせるような戦いを多くしてきたからか。

 勿論、それをもってして全ての観客がレイに対するわだかまりを消した訳ではない。身内を殺された者にしてみれば、そんなことで許せる筈がないだろう。

 だが……それでも、現在闘技場内に広がる歓声はその殆どがレイの試合を期待するものだった。

 そして歓声に導かれるように選手用の入場口からレイが姿を現す。

 いつもと同じようにドラゴンローブを身に纏い、その手には長さ2mを超える大鎌が握られている。

 チラリと周囲を一瞥し、いつの間にかブーイングよりも歓声の方が多くなったことに小さく笑みを浮かべつつ舞台の上へと上がっていく。


『そして深紅の対戦相手は、こちらもミレアーナ王国所属の冒険者、ロドス。既に何度か紹介しているが、あの雷神の斧の息子にしてパーティメンバーでもある男だ。その強さは間違いなく一級品。特に突きの鋭さに関しては評価が高い冒険者、ロドスの登場だ!』


 その声と共に姿を現すのは、軽い緊張を漂わせつつも気迫に満ちた表情を浮かべたロドス。

 レザーアーマーに長剣という、いつもの装備に身を包んでいる。

 レイとロドスの2人がそれぞれ舞台の上で向かい合う。


「この時が来るのを待ってたぞ。闘技大会でここまで勝ち進むことになるとは思わなかったけど」

「そうか? 下手をすれば決勝まで当たらなかった可能性もあるんだし、それを思えば三回戦は寧ろ早かったと思うけどな」

「……俺は、お前に勝つ」


 決意を込めた瞳を向け、鞘から抜いた長剣を構えるロドスに、レイもまた握っていたデスサイズを構えて口を開く。


「そう簡単に負けてやるつもりはないが、思う存分に掛かってこい」


 自分に向けてくるロドスの視線に混じった闘争心の強さに驚きを感じつつ、レイもまた相手がどう動いても反応出来るように構え、舞台の上には沈黙が満ちる。

 そして、もうお互いの前口上は十分だと思ったのだろう。舞台の外から審判の声が響く。


「試合、開始!」


 その合図と共に、レイはロドスが仕掛けてくるのを待つ。


(昨日は結局カウンターを使いこなせなかったからな。それを試させて貰うとしよう)


 内心で呟き、相手の行動に合わせるようにデスサイズを構えるのだが……ロドスはじっとレイの行動を観察するだけで、特に行動を起こす様子はない。

 お互いがそのまま自分の武器を構えたまま動きを止めて向かい合うこと数分。やがてレイが挑発するように口を開く。


「どうした、攻めてこないのか? 折角の舞台なんだし、先手はそちらに譲るぞ?」

「……そうだな。なら……行かせて貰うっ!」


 その言葉と共に、舞台を蹴ってレイとの距離を縮めるロドス。

 まずは挨拶代わりだと言わんばかりに突きを放つ。

 ロドスが得意とする連続突き。これまで幾度となくレイに向かって繰り出してきた技だ。 

 だが、それは全てが模擬戦を始めとした練習の中でのこと。今回のように本当の意味で全力と共に放たれたのは初めてでもあった。

 速度自体は練習の時と同じ。そこに込められた力もまた練習の時と変わらない。

 それでも実戦と練習の違いというべきか、気迫を込められたその連続突きは模擬戦の時よりも一段上の威力を持っていた。

 ロドスの放つ突きは間違いなく一級品と表現してもいい程の技だった。しかし……


「ぐわぁっ!」


 痛みに悲鳴を上げて吹き飛んだのは、レイではなく先に仕掛けたロドス。

 吹き飛ばされたロドスのレザーアーマーには、幾つもの打撃の痕が残っている。

 それを行ったのは、当然の如くレイ。

 観客の視線がレイへと向けられると、そこではデスサイズの石突きを前方に突き出した体勢のレイの姿があった。


「くそったれ、相変わらず化け物染みた真似しやがって」

「そうか? 別にそこまで珍しくもないだろ」


 悔しげに呟きつつ、倒れた状態から立ち上がるロドス。

 観客席にいた多くの者はレイが何をやったのかは理解出来なかったのだが、その答えはロドスが口に出す。


「俺の連続突きに合わせて、全部カウンターで突きを繰り出すなんて真似をしておきながら、そういうことを言うか? ああ、確かに技自体は珍しくないんだろうよ。けどな、それをレイに言われても嬉しくも何ともないんだよ」


 ロドスの口から出た言葉に、観客席がざわめく。

 間近ではなく、観客席から見てもロドスの繰り出した連続突きは鋭いものだった。

 それに対して全てカウンターを入れたというレイの行動は、殆どの者には目で確認することすらも出来なかったのだ。

 だがレイもまた、レザーアーマーの確認をしているロドスに向かい苦笑を浮かべつつ口を開く。


「それを言うなら、そのカウンターを回避しきれないと判断して全部鎧で受け止めたってのも大概だと思うがな」

「ふんっ、お前がデスサイズをきちんと使っていれば無意味な防御方法だったろうよ。ここ暫くお前が闘技大会で戦っているのを見て分かった。お前、本気で戦っていないな? ……いや、正確には敢えて自分に制限を設けて戦っているのか」

「さて、どうだろうな」


 ロドスの言葉に、デスサイズを構えたまま肩を竦めるレイ。

 これまでに戦った相手にもその辺は見抜かれたことがあったのだから、それをロドスが見抜いたとしても不思議でも何でもなかった。

 だが……


「まぁ、それならそれでいいさ。俺はレイに勝てればいいんだ。別にレイの全力に勝たなければならないって訳じゃないしな」


 そう告げてきたロドスに、レイは小さく驚く。

 てっきり本気で戦えと言われるものだとばかり思っていた為だ。

 だが、すぐにその笑みを消してデスサイズを構え直す。


「俺に勝とうって言うんなら、やってみせればいいさ。もっとも、そう簡単にはやらせないけどな」


 そう言い放ちつつも、レイは自分から動く様子は見せない。

 徹底的にカウンター狙いで相手の動きを待つ。

 ロドスも先程の連続突きの件でそれは理解しているのだろう。長剣を手に持ったまま、レイの隙を探すかのようにその周囲を動き回る。

 その動きに対応するかのように、レイもまたロドスが移動する方向へ足だけで動きながら身体の向きを変えていく。

 お互いが派手な動きを見せることはなく、ゆっくりとした時間が過ぎていく。

 普通であればこんな状況になると観客から野次が聞こえてきたりもするのだが、今は舞台の上に不思議な緊張感が満ちており、それが観客席まで広がっている。

 そのままレイを中心にして一周し……


「はぁっ!」


 その緊張に耐えきれなくなったのか、ロドスが動く。

 先程のような連続突きではなく、袈裟切りの斬撃。

 だが、レイはその一撃をデスサイズの柄の部分で受け、そのまま石突きの方へと受け流し……


「ふっ!」

「うおおおっ!」


 受け流した動きそのものを利用して、放たれたカウンター。

 デスサイズの刃がロドスの右腕へと届く直前、反射的な動きで身体をずらしてその一撃をやり過ごす。

 攻撃を回避する為には本当に紙一重の動きであり、もし一瞬でも反応が遅れていれば、その右腕はデスサイズの刃によって切断されていただろう。

 だが……その代償もまた大きかった。

 無理に身体をずらした結果、確かに右腕を切断されるのは避けられた。だがその結果、額を薄くではあるが斬り裂かれたのだ。

 確かに右腕一本を失うのに比べれば、皮膚と肉が傷ついただけなので被害としては小さい。だが、斬り裂かれた額からは血が流れ、右目の視界を封じる。


「くそっ」


 そのまま跳躍してレイと距離を取り、目に入ってくる血を拭うロドス。

 しかし傷はそれなりに深いらしく、一向に流れてくる血が止まる様子はない。

 この時に幸いだったのは、今回の戦いではレイがカウンターのみで戦うという制限を自らに行っていたことだろう。そのおかげで待ちに徹しているレイは動かず、ロドスは腰のポーチからポーションを取り出すことが出来たのだから。

 マジックアイテムの使用が自由である以上、当然ポーションの類の使用も自由ではある。だが、普通は一対一という戦いであり、同時に相手が回復するのを待つような真似をする者もいないので、回復アイテムの類を使う機会もないのだが……そういう意味では、今日のレイの戦闘スタイルに助けられたのだろう。

 レイにしても、カウンターの使い方にまだしっくりきていない部分があるという理由もあり、ロドスが怪我を治療するのをただ見守る。

 かなり高級なポーションだったのだろう。瓶を開けて少量振り掛けただけで、ロドスの額の傷はあっという間に塞がり、流れていた血も当然止まる。

 勿論傷自体がそれ程深くないという理由もあったが、それを見ていた観客席からはポーションの効果に驚きの声が上がっていた。


「ふぅ……」


 ロドスは一息吐き、そのまま残ったポーションを一気に呷る。

 瞬間、その表情は見るからに悲壮なものへと変わり、それがポーションがどれ程不味いのかを如実に表していた。

 ポーションを飲むという行為は、確かに効果的だ。暫くの間であれば持続的な回復効果を得られるという利点もある。だが……その代償として、恐ろしく不味い。

 どれ程の不味さかといえば、ポーションを飲んでから暫くは味覚が完全に麻痺して料理の味を理解出来ないくらいにだ。

 それでもロドスにしてみれば、寧ろその程度でレイとやり合ってもある程度の傷を回復してくれるという意味では歓迎すべきことだった。


「うぅ……い、行くぞ!」


 ポーションの不味さに吐き気を抑え、長剣を持ち一気にレイとの距離を詰める。

 ある程度の傷は自動的に回復するという効果を得た為か、その踏み込みの速度は先程よりも鋭くなっていた。


「うおおおおおおおっ!」


 勢いよく振るわれる長剣は、真っ直ぐにレイの左肩を狙う。


「同じような攻撃を!」


 袈裟懸けに振り下ろされたその一撃をデスサイズの柄の部分で受け、そのまま石突きの方へと逸らしつつ、デスサイズを押し込んで強引に距離を空け、同時に横薙ぎの一撃。

 強引にも程があるロドスの攻撃だけに、防御に関しても雑になったのは当然と言うべきだろう。

 デスサイズの一閃により、レザーアーマーの胴体の部分が斬り裂かれる。

 それでも皮膚に達しなかったのは、思い切りの良さが良い方に出た為か。


「うらああああああぁっ!」


 一瞬腹部に触れたロドスだったが、斬られたのはあくまでもレザーアーマーだけであると理解すると、再びレイへと向かって斬りかかっていく。

 無謀としか思えない行動だが、彼我の実力差がここまではっきりとしている以上はここで無理をするしかないという判断なのだろう。事実、まともにぶつかり合えばどうやってもロドスの方が不利である以上、多少の無茶をしなければ格上の相手に勝つことは出来ない。

 そんな攻撃を受ける側になったレイは、ロドスから放たれる攻撃を受け流しつつ隙を生み出してカウンターを放ちながらも内心で納得する。


(なるほど、確かに格上の相手と戦う時にはリスクを冒す必要があるな。リスクがないままで格上の相手に勝つというのは虫が良すぎるか。……だが!)


 大ぶりでありながら鋭い一撃を、デスサイズの石突きの部分で弾き、叫ぶ。


「そう簡単にやられる訳には、いかないんだよ!」


 石突きで弾かれた一撃は、その一撃が強力な一撃だっただけにロドスに大きな隙を作る。

 そこに振るわれるのは、石突きの部分で弾いたことによる隙を突くカウンターの一閃。

 ロドスの放つ一撃より尚鋭い一撃。

 閃光の如き一瞬の煌めきが空中を走り、レイの手に残るのは肉を裂き、骨を断った感触。

 同時に、ロドスの左腕の肘から先が空を飛ぶ。


「ぐぅっ!?」

「眠れ」


 その一撃により思わず長剣を握ったままの右腕で左肘を押さえたロドスは、その隙を突かれるかのように横薙ぎに放たれたデスサイズの柄で肋を折られながら吹き飛び、舞台の上へと崩れ落ちたのだった。


「そこまで! 勝者、レイ!」

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