0624話
ヒュンッと、空気を斬り裂くような速度で迫ってくる刀身を、ロドスは咄嗟に後方へと跳躍して回避する。
目の前……それこそ、身体の10cm程の場所を通り過ぎていく刀身に冷たいものを背中に感じつつ、右手に持った長剣を大きく振るって自らに襲い掛かって来た刀身を弾く。
舞台の上に鳴り響く激しい金属音。
そのままロドスが弾いた剣はクルクルと回転しながら空中を飛び……そのままピタリと空中でその動きを止める。
……そう。弾かれた長剣を相手が受け止めた訳ではないのに、空中でその動きを止めたのだ。そのままロドスの対戦相手の男――ケローネ――の頭上2m程の位置に浮かんだまま、切っ先をロドスの方へと向ける。
「ちっ、また厄介な……」
「ふふっ、そうだろうね。空中を私の思うがまま自在に動くこの魔剣、エア・グリードの攻撃を初見で凌いだ君にこそ感嘆の言葉を送りたいよ」
どこか芝居がかったその様子に、ロドスは舌打ちをする。
エア・グリード。そう名付けられた魔剣は、ケローネの言葉通りにその意志に従い、空中を自由に飛び回ってロドスへと攻撃を仕掛けてきた。
真上から真っ逆さまに落下してきたかと思えば、舞台に衝突する直前に再び浮き上がってその切っ先が跳ね上がる。
更には回転しながらロドスに襲い掛かり、それを回避したかと思えば柄の部分が後頭部を狙って飛んでくる。
まさに360度、あらゆる場所から攻撃されるのだ。初めて戦う相手だけに、ロドスは困惑を覚えざるを得なかった。
「確かにお前の魔剣は厄介な代物だ。だが……攻撃は魔剣に任せて、お前自身は高みの見物か?」
挑発するようなロドスの言葉に、ケローネは大袈裟な程の仕草で肩を竦める。
「そうだが、どこかおかしいかな? 私は今までこうやって勝ってきたし、この試合も当然このまま勝つつもりだ。そして、この先もね」
「……それで勝っても、それは魔剣の力であってお前の力じゃないと思うが……な!」
最後まで言葉を紡がずに、そのまま一気にケローネとの距離を縮めんとするロドス。
ロドスの持っている長剣は純粋な武器としては一級品の代物だが、決して魔剣ではない普通の武器だ。だからこそ、純粋に技量を磨いてきたロドスにとって、ケローネのような戦い方は邪道にしか映らない。
「ひゅっ!」
口笛を吹くかのような鋭い息継ぎをしながら、身体を半身に。次の瞬間、自分のすぐ側を魔剣が通り過ぎていったのを確認し、それを好機と見て一気にケローネとの間合いを詰める。
相手の持っている武器は魔剣のみ。そう判断して動きにくい胴体を狙って放たれた長剣は、ケローネが懐から取り出した短剣によって受け流される。
その一連の動きは明らかに手慣れており、ケローネという人物が空を舞う魔剣の性能だけでここまで勝ち上がってきた人物ではないことを証明していた。
「残念だった……ねっ!」
ロドスの横薙ぎに放たれた長剣の一撃を受け流したケローネは、その受け流した動きからそのまま短剣の切っ先をロドスへと向かって突き出す。
「くそっ!」
予想外な展開に、ロドスは舌打ちをしながら後方へと跳躍してケローネとの距離をとる。
至近距離でもある間合いでは、長剣を持つ自分よりも短剣を持つケローネの方が有利と判断したのだろう。
だが……
「私から距離をとってもいいのかな?」
どこか笑みを含んだその声を聞き、咄嗟に長剣を一閃する。
同時に周囲へキンッという金属音が響き渡った。
殆ど勘に身を任せて放った一撃だったが、幸いその勘は効果があったらしいと一瞬だけ安堵の息を吐く。
だが、安心出来たのはあくまでも一瞬だけだ。空中を自由自在に動くその魔剣は、そのまま幾度となくロドスへと襲い掛かる。
その全てを弾き、受け流し、あるいは回避しているロドスだったが、体力の限界がある自分と、ない魔剣。どちらが有利なのかは考えるまでもない。
……ロドス本人は気が付いていなかったが、エア・グリードという魔剣はケローネの魔力を使って空中を飛び回っている。よって、暫く防御に徹していれば魔力が切れてケローネの下に戻っていくのだが、さすがにこの短時間でそれを見抜けという方が無理だろう。
更にケローネにしても、自分の持つ魔剣の弱点は当然理解している。それだけに、空中を飛んでいる魔剣を手元に戻して柄を握っては、演劇のようなわざとらしい動作をしながらも魔力を補充していた。
「……さて、そろそろ同じことだけをやっているのも飽きてきたし、それは観客も同様だろう。そういう訳で、そろそろ決めさせて貰うが、構わないかな?」
「構うに決まっているだろう……が!」
真横から胴体を狙って一直線に飛んできた魔剣を弾き、叫ぶロドス。
だが、ケローネはその意見を聞く必要もないとばかりに、短剣を手にロドスとの間合いを詰める。
「くそっ、なら……こうだ!」
一瞬背後を確認したロドスは、そこに自分の背へと向かってくるエア・グリードの姿を確認し、短剣を持ったまま自分に向かってくるケローネを迎え撃つように前へと出る。
お互いに前に出たのだから、当然その距離は急速に縮まっていく。
このまま行けば正面からぶつかり合うことになるであろう。だが、それでもケローネの口元には笑みが浮かぶ。
(背後から迫るエア・グリードの攻撃を当たる直前に回避し、私を自滅させるか。今までそのような手段を取った者がいなかったと思うのか?)
ケローネの操るエア・グリードと戦う時に多くの者が考える攻略法ではある。だが、それだけに対応するのは既に慣れていた。
だが……ロドスが次に取った行動はケローネの予想を完全に超える。
距離を縮めたロドスは長剣を手元に引きつけ、相手が突っ込んできた勢いすらも利用して、近づいてきたケローネに向かって突きを放つ。
ロドスが最も得意としている技である連続突き……ではなく、一突きに全ての力を込めたかのような、渾身の突き。
「ぬおっ!」
ケローネの予想とは全く違う行動だっただけに、対応が一瞬遅れ……その一瞬がケローネに致命的な隙を作り出す。
必死に短剣で受け流そうとしたのだが、その全力を込めた突きだけに受け流しきれずにロドスの長剣の切っ先はケローネの胴体へと突き刺さった。
動きの素早さを重視していたケローネだけに、鎧はモンスターの革を使ったレザーアーマーを身につけている。
だがロドスの放った全力を込めた突きは、そのレザーアーマーをも貫いた。
「ぐぅっ!」
予想外の衝撃と、一瞬遅れて感じる激痛に呻き声を漏らすその隙を逃さずにロドスはケローネの腹部へと突き刺さったままの長剣を強引に動かす。ケローネの内臓を斬り裂きながら、その肉体までをも動かして自分の後ろへと……そう、真っ直ぐにロドスの背後から貫こうと迫っていたエア・グリードの盾とするように。
ロドスが行ったのは、結果的に見ればケローネが予想した通りの行動だったと言えるだろう。引きつけ、自らに迫るエア・グリードに対してケローネを盾にする、という。
違うのは、その前の行動。胴体を突きによって貫通し、モズのハヤニエの如く動けない状況に持っていったことか。
「っ!?」
自分の現在の状況を理解したのだろう。ケローネは咄嗟に自らを貫かんと迫ってきたエア・グリードの動きを止めようとするも、つい数秒前まで空中を斬り裂くかの如き速度で飛んでいた魔剣だ。すぐに動きを止められる筈もなく……
「うがぁっ!」
そのまま、ロドスの長剣が突き刺さっている腹の隣に並ぶようにしてエア・グリードの剣先が突き刺さり、腹部に二本の長剣が前後から並んで突き刺さっている状態となる。
「ごふっ!」
エア・グリードが突き刺さった時の衝撃により、ロドスの長剣で受けた傷も更に広がり、口から血を吐き出す。
「そこまで! 勝者、ロドス!」
闘技場内に審判の声が響き渡り、ロドスの勝利が確定した。
同時に審判は舞台でロドスに体重を預けるような形で腹部を二本の剣で突き刺されているケローネへと駆け寄り、ロドスと共に舞台の端まで移動し、舞台から下ろす直前に二本の剣を抜く。
そのままの状態で舞台から下ろすと、一瞬にしてその傷が癒える。
「……私を盾にするという方法を使ってきた者は多かったが、まさか腹を刺されて身動き出来ないようにされるとは思っていなかったよ」
傷を負った感触、そして傷が癒えた感触にケローネは貫かれた所をレザーアーマーの上から撫でながら苦笑を浮かべる。
「いや、こっちも空飛ぶ魔剣には手間取ったからな。苦肉の策だ」
「苦肉の策か……それでも咄嗟にそんな行動を取れるのはさすがと言うべきだろうな。雷神の斧の血を引いているだけはある」
その言葉に微妙に複雑な表情を浮かべるロドスに、ケローネは笑みを浮かべて軽く肩を叩き、その場を去って行く。
それを見送ったロドスもまた、自分が入って来た出入り口の方へと向かう。
(よし。次だ。いよいよレイと戦える)
観客の歓声を背に浴びながら、ロドスは自らの内に存在する闘争心を自覚していた。
ロドスの試合が終わり、その次の試合もまた終わり……
「よりにもよって、ここまで相性の悪い相手と当たるなんてね」
ヴェイキュルが短剣を手に、苦々しげな息を吐く。
その視線の先にいるのは、金属のハーフプレートアーマーに身を包み、ハルバードを手にした30代程の男。
見るからに速度よりも力を重視している……というのはヴェイキュルがその対戦相手でもあるギャンダと向かい合って感じていたことだが、数度刃を交えた後はやはり自分の直感は正しかったとしか思えない相手だった。
「がははは。俺を相手にしたのが不運だったと思うんだな。俺は、お前のようにチョロチョロと動く相手と戦うのは慣れているからな」
そう告げ、その自信を示すかのようにハルバードを大きく回転させる。
その動きは確かに技量的には拙いものがあるのだろうが、それでもハルバードを振り回している力はその辺の冒険者よりは余程に高いと思わせるだけの迫力があった。
(それに、私のような速度重視の相手と戦い慣れているというのも、決して出任せじゃない)
それは、自分が勝っている速度を活かして攻め込んだ時にあっさりと自分の攻撃が防がれたことが証明していた。
幾度かハルバードの一撃を掻い潜るようにして接近し、短剣で攻撃を仕掛けたのだが、その全てをハルバードや鎧の部分で受け止められたのだ。
ヴェイキュルの持っている短剣が魔剣の類であれば、あるいは魔力を利用したスキルを持っているのであれば話は別だったのかもしれない。だが、ヴェイキュルは盗賊としてそれなりの腕を持っているが、あくまでも普通の盗賊だった。
それ故に、攻撃の全てが効果なしとなっては殆ど手も足も出ない。
(本来なら切り札はこういう時に使うべきものなのに……全く、余計な真似をしてくれたわね)
一回戦で戦った相手を思い出し、舌打ちする。
ギャンダの方も、ヴェイキュルが戦った一回戦を見ていたのだろう。トーナメント方式である以上、次に自分が当たる相手の情報収集はそう難しい話ではないのだから当然かもしれないが。
その結果、指弾というヴェイキュルの切り札をその目で確認した以上、不意を突くという真似は出来なくなった。
「そちらが来ないのなら、こちらから行かせて貰うぞ!」
睨み合いに飽きたのか、ギャンダはそう告げるとハルバードを構えつつヴェイキュルとの距離を詰める。
その速度がそれ程速くないのは、やはりギャンダの身につけている金属鎧やハルバードの重量のせいなのだろう。
だが、その遅さがヴェイキュルには壁が迫ってくるかのように感じ、思わず後退る。
自らが無意識のうちに数歩後退したのに気が付き、内心で舌打ちした。
(気持ちで負けるとか……そんなのは私らしくないわね)
ゆっくりと近づいてくるギャンダを睨み据えながら、短く深呼吸をし……次の瞬間、舞台を蹴って一気に距離を詰めていく。
「っ!」
攻撃に少しでも対応しにくくなるように、声すら出さずに振るわれる短剣。
鎧のある場所に効果はないので、狙うべきは関節。それもギャンダの最大の武器でもあるハルバードを持っている腕の関節……ではなく、膝の関節。
確かに相手に武器を持たせないように出来れば自分の安全度は上がる。だが向こうにしてもそれを理解しているだけに、警戒は厳しいだろうと判断した為だ。
武器を持っている腕に攻撃するよりは相手の警戒も低いだろうという判断からだったが……
「甘いなぁっ!」
膝関節へと短剣の切っ先を潜り込ませようとした瞬間、そんな声と共に激しい衝撃を受け、ヴェイキュルの身体が吹き飛ぶ。
強烈な一撃。
何が起きたのかと吹き飛ばされながらも何とか視線を向けると、そこではハルバードの石突きの部分で下から掬い上げるような一撃を放ったギャンダの姿が。
それを確認した直後、ヴェイキュルの身体は舞台の外にある地面へと背中から落下する。
「そこまで! 勝者ギャンダ!」
審判の声を聞きながら、ヴェイキュルは意識を失うのだった。