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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
618/3865

0618話

 太陽から降り注ぐ日光は、既に夏とは決定的に違い殆ど暑さを感じさせない。

 空を流れる雲は、箒で掃いたような形のものも多い。

 そんな風に気温も夏程には高くない秋晴れの中、レイは以前ロドスとの訓練中に刺客に襲われた場所へと向かって帝都の中を歩いていた。

 闘技大会の本戦が行われているせいだろう、街中にいる周囲の人影は以前よりも明らかに少ない。

 しかもレイ自身が元々人気の少ない場所へと向かって歩いているのだから、更に人の数は少なくなってくる。


(もっとも、そうでなきゃ困るんだけどな)


 内心で呟いたレイは、ドラゴンローブのフードがしっかりと自分の顔を隠しているのを確認しつつ、道を進む。

 まだ周囲に人の姿は幾らかあるが、それでも自分達の近くを歩いているのがレイだとは気が付いていないのか、全く気にした様子もなく普段通りの生活を送っている。

 月光の弓という組織に狙われているレイが、ロドス達から離れて単独行動をしている理由は簡単だ。襲撃されるのを寧ろ望んで

いるのだ。

 もっとも、レイ自身は自分を狙っているのが月光の弓であるとは考えていない。相変わらず鎮魂の鐘であるという認識だったのだが。

 それでも、前日にヴェイキュルが試合の中で命を狙われたというのを見ていれば、相手が全く手段を選んでいないというのはすぐに分かる。

 闘技大会の中で平然と命を狙ってくる異常性、更にはレイではなく、その周囲にいるヴェイキュルを狙うという行動。

 それらを考えると、迂闊に街中で襲われては周辺に大きな被害が出るのは間違いない。

 ……レイが1人で自らを囮として刺客を誘き寄せるには、そのような建前が必要だった。

 勿論その建前の全てが嘘ではない。寧ろ、殆ど全て真実でもある。

 だがレイの気持ちとして、今は少しでも強い相手と戦って戦闘経験を得たいというのが正直なところだ。

 レイ自身の戦闘経験は、その辺の冒険者を問題としないくらいに多様、かつ濃厚でもある。

 普通の相手と戦うのなら全く問題はない。だが……


(相手はノイズ。世界に3人しか存在していない、ランクS冒険者だ)


 前日に見たノイズの第一試合を思い出して内心で呟き、自らの戦う相手を強く意識する。

 不動の異名を持つノイズと戦うのに、今の自分ではまだ力不足。それはノイズと偶然出会った時に半ば本能的に感じ取っていた。

 前日に一回戦を戦ったノイズだったが、その試合は殆ど実力を出さないままに相手がランクS冒険者と戦うということでミスを重ねて沈んでいる。それでも、ノイズの持つ力の一端を確認することは出来たのは幸いだったのだろう。

 それ故にレイは力を求め、より強敵との戦闘を心待ちにしている。

 建前の中にあるように、周囲を巻き込まないように人の少ない場所へと向かっているのは、自分の戦闘にいらない邪魔が入らないようにしたいという理由もあった。

 色々と理由はあれど、結局レイがやっているのは自分を狙う刺客を人気のない場所で誘き出して戦いを挑むこと。


(さて、どんな魚が釣れるのやら。出来れば雑魚じゃなくて大物が釣れるといいんだが。……少なくても、こうして気配が見え見えの相手は戦闘力に関しても期待出来ないだろうし)


 自分の後をついてくる気配の数を確認しながら内心で呟くレイ。

 鎮魂の鐘の手の者にしては、妙に腕が悪い。

 そんな風に考えるレイだが、そもそも未だに自分を狙っているのが鎮魂の鐘であると認識しているのは、鈍いのかタイミングが悪いのか。

 やがて周囲に疎らに存在していた人の数も少なくなってきて、1人、また1人とその姿が見えなくなっていく。

 そのまま道を進むレイだったが、周囲に全く人の姿がなくなっても襲ってくる様子はない。


(……どうなっている?)


 内心で首を傾げるレイだったが、そもそも現在レイの周囲にいるのはあくまでもレイという存在の行動を把握する為の者達だ。

 当然その中にはベスティア帝国の貴族の手の者や、あるいは皇族の手の者もいるだろう。

 それだけ戦闘力に特化した存在であるレイというのは、注目せざるを得ない存在なのだ。

 だがそれを知らないレイは、人気が少なくなったにも関わらず姿を見せない相手に首を傾げる。

 こうして自分だけになれば、遠慮の必要もないと刺客が姿を現すのだとばかり思っていたのだから。

 だが一向に姿を見せず、完全に目論見が狂っていた。

 そうこうしているうちに、やがて問題の場所……即ち、以前ロドスと共に訓練している時に襲われた場所へと到着する。

 あの時の煙幕の関係で警備隊がいるかもしれないと考えたレイだったが、幸いどこにも人の姿は存在しない。


「こっちに都合が良いから、いいんだけどな」


 呟き、ミスティリングから取り出したデスサイズを手に周囲を見回す。

 まるで決闘相手を待ち受けるかのような体勢。だが、レイに感じ取れる気配は相変わらず離れた場所だけに存在しており、一定の距離以上は近づいてくる様子もない。

 そのまま5分程待っていたのだが、結局誰も姿を現す様子は見せず……やがて、レイが周囲へと向かって苛立たしげに叫ぶ。


「俺の命を狙っている奴! 今ならここで戦ってやるぞ! 姿を現せ!」


 声が響くが、一向に姿を現す様子はない。

 そもそも敵は刺客……つまり暗殺者だ。

 基本的には不意打ち奇襲毒殺といった手段を得意としている者達であり、正々堂々と戦うというのは有り得ない。

 ……有り得ない筈、だったのだが。


「へぇ、自分が狙われていると知ってるのに、1人でこんな場所まで来るなんて随分と自信家だな」

「そう言ってやるなよ。そのおかげで俺達はこうして楽に仕事を達成出来るんだからな」

「確かに。それに、ああいう風に自分の実力に自信を持ってる奴のプライドをへし折るのは堪らなく楽しい」

「そうか? 俺はどっちかといえば女子供が泣き叫ぶ声の方が好みだけどな」


 そんな風に声を発しながら2人の人物が姿を現す。

 刺客なのだろう。2人の言動からそう判断するレイだったが、それにしては現れた2人の姿は異様に過ぎた。

 本来であれば、刺客というのは極力目立たないようにするものだ。

 暗殺を行うのだから、それが目立ってしまっては意味がないだろう。

 だが、目の前にいる2人のうち片方は顔に紋章のような刺青が彫られており、髪も編み込まれている、いわゆるドレッドヘアだった。そしてもう片方はモヒカンのような髪型となっている。

 特にモヒカンの方は頭部に犬か狼のような耳が生えており、獣人であることを示している。

 尚、ドレッドヘアの男はモーニングスターを手にしており、獣人の方は刃の長さが1m程もある巨大な鉈を手にしていた。


「……また、随分と予想外な奴等が姿を現したな。鎮魂の鐘ってのは色物集団か?」


 そんなレイの言葉に、ドレッドヘアの男の方がピクリと刺青の入っている頬を動かす。


「俺達が鎮魂の鐘だと? あんなお行儀のいい奴等と一緒にするなよ」


 言い返すその表情に浮かんでいるのは、心の底からの嫌悪。

 自分達と同じ裏の仕事をしているのに、規律を重視しているというのが気にくわないのだ。

 勿論その規律にしても、騎士団の規律に比べると非常に緩く最低限のものでしかない。

 でなければ、ムーラのように他人を洗脳して人形の如く使い捨てるような真似は出来ないだろう。

 だが……月光の弓と呼ばれているこの男達は、その最低限の規律さえ守らない……いや、守れない者達だ。

 言葉が気にくわない、態度が生意気だ、目つきが気にくわない、顔が気に入らない、何となく気分で。そんな些細な理由で、依頼人すら殺してしまう。


「……違うのか? 俺を狙っているのは鎮魂の鐘だと聞いていたんだが」


 言葉を返しつつも、レイは手に持っていたデスサイズを構える。

 最初から戦う気満々のレイに、2人の刺客は心底楽しそうな笑みを浮かべて口を開く。


「そうだな、俺達を相手に生き延びたらその辺のことも教えてやるよ。……どっちとやるかはお前に選ばせてやるが、どうする?」


 犬の獣人の言葉に、デスサイズを構えたレイが少し考え……やがて獰猛な笑みを浮かべながら口を開く。


「1人ずつ相手をするのも面倒だから、2人纏めて掛かってこい」

「ぶはっ、本気で言ってるのか!?」


 その言葉に思わず吹き出したのは、ドレッドヘアの男。

 持っていたモーニングスターを落としそうになりながら、口を開く。


「俺達に狙われたから早く楽になりたくてってことなら、まぁ、納得出来るけどよ」

「あぁ、なるほど。そういう意味か。俺はもしかして本気で俺達2人を相手に勝てると思い込んでいるのかと……」


 犬の獣人が笑みを浮かべつつそう告げるが、その身体からは殺気が滲み出ている。

 冗談でも自分達2人を纏めて相手にするというようなことを言われたのが、プライドを傷つけたのだろう。

 だが……


「俺はそのつもりだが? 大体、お前達程度の強さで俺を1人でどうにか出来る訳がないだろ。2人揃ってやっと訓練相手に丁度いい」


 何を意外なことをとばかりに告げるレイの表情は、いたって真面目なものだった。

 その言葉を聞き、ドレッドヘアの男の額に血管が浮き上がる。


「あんまり……ふざけてんじゃねえぞ、小僧ぉっ!」


 言葉の途中で地を蹴り、モーニングスターを振り上げつつレイとの距離を詰める。

 人の頭程の鉄球に鋭い棘が幾つもついているだけに、その威力は折り紙付きだ。

 事実ドレッドヘアの男は、これまで幾度となくこの鉄球で標的を殺してきたのだから。

 だからこそ、今回も同じ結果になると信じて疑っていなかった。

 レイの評判は勿論知っているが、それでも自分達に掛かればどうとでもなるだろうと。

 ……本来であれば、有り得ない判断。だが、薬物を好み、その結果として頭の働きが鈍ったドレッドヘアの男に常識が通じる筈もない。


「モーニングスターか。これは初めて戦う武器だな!」


 自らの頭部を潰さんと振り下ろされたその鉄球を、デスサイズで受け流す。

 闘技大会本戦の一回戦で戦った時に得た手応えを確認すべく選択した行動だったが、鉄球がデスサイズの巨大な刃に沿うようにして切っ先へと移動していき、やがてあらぬ方向へと逸らされる。


(よし、この手の武器を逸らすのは難しそうだったが、問題ない)


 鉄球を逸らした動きを利用し、デスサイズの石突きでドレッドヘアの男の肋骨を粉砕しようとして……


「させるかよ!」


 瞬間、ドレッドヘアの男の顔を彩っていた刺青が青く発光してその動きが素早くなり、後方へと跳躍した。


「な!?」


 初めて見たスキル、あるいは魔法に驚きの声を上げるレイ。

 その隙を見逃さず、犬の獣人はその素早さを活かしながらレイの真横から手に持った鉈を振り上げて距離を詰める。

 一瞬で我に返ったレイは、そのまま自分の左側から近づいてくる犬の獣人へと向かってデスサイズの刃が付いている方の先端を突き出す。


「わおおおおおぉぉん!」


 雄叫びを上げ、そのまま姿勢を低くしながらデスサイズをかいくぐり、レイの足を切断せんと鉈で横薙ぎの一撃を……


「させるかよ!」

「ぎゃんっ!」


 鉈を振るう直前、手の中でデスサイズを一回転させ、石突きの部分で犬の獣人の顎を下から掬い上げるようにして打ち抜く。

 レイ自身の筋力と100kgを超える重量のデスサイズによる一撃は、犬の獣人の顎を砕きながら空中へとその身体を打ち上げ……


 斬っ!


 そこに振るわれるデスサイズの刃が、犬の獣人の胴体を上下に分断する。

 2つに別たれた身体が地面に落ちると同時に血と内臓が地面に零れ落ち、強い鉄錆の臭いを周囲に撒き散らす。


「……へぇ、躊躇せずに殺せるか。一応前もって話には聞いてたけど、その辺の思い切りはいいようだな」


 仲間の獣人が殺されたにも関わらず、ドレッドヘアの男は特に気にした様子も見せていない。いや、それどころかレイに向けて褒めるかのような言葉。

 顔の刺青が光っているという光景もあり、その様は一種異様なものを感じさせる。

 そんなドレッドヘアの男に向け、デスサイズを構えるレイ。

 それを見てニヤリとした笑みを浮かべるドレッドヘアの男は、顔の刺青からより濃い青の光を放たせると、モーニングスターを構えたまま地を蹴ってレイとの間合いを詰める。


「うおりゃああああああああ!」


 先程レイの一撃を回避した時と同様の……いや、それ以上の速度で近づきながらモーニングスターを振り上げるドレッドヘアの男。

 だが……モーニングスターというのは鉄球と柄を鎖で繋いでいるという形状の関係上、どうしても攻撃の方法を見抜かれやすい。

 事実、レイもまた振り下ろされる鉄球を回避して一撃を決めようと考え……ドレッドヘアの男が、モーニングスターを振りかぶったまま左手を柄の部分へと伸ばしたのを見て、一瞬怪しむ。

 その状態のまま近づいてきたドレッドヘアの男は、モーニングスターを振り下ろす仕草を見せつつ……左手を一閃する。

 そう。モーニングスターの柄の部分の底を引き抜き、仕込まれた刃を、だ。

 だがドレッドヘアの男の動きを怪しんでいたレイは、特に混乱もせずにデスサイズを振るい……モーニングスターを握った右手が肩から切断され、空高く舞い上がるのだった。

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