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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
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0617話

 自らの頭部目掛けて放たれた短剣の切っ先を、ヴェイキュルは重力に任せ、舞台の上に腰を落とすような形で回避する。


(こいつ、殺しにきた!?)


 内心で考えるも、闘技大会云々という話ではなく、生き死にが掛かった現状では何よりもまず行動だ。

 舞台の地面に手を突き体重を支え、そのまま相手の足を払うように蹴りを放つ。

 だが、向こうとしてもその程度の動きは予想していたのだろう。軽く跳躍して蹴りを回避し……そのままの体勢でヴェイキュルの頭部に向かってカウンター気味に蹴りを放つ。


「きゃっ!」


 短い悲鳴を上げつつも、相手の蹴りを短剣の柄の部分で受け止めることに成功し、ヴェイキュルは吹き飛ばされたものの男との距離をとることに成功する。


「あんた、一体何を考えてるのよ!」


 ようやく一息ついて叫ぶヴェイキュルだが、男は口元に薄ら笑いを浮かべるだけだ。

 その様子を見て、最初の頭部を狙った短剣の一撃は狙って放たれたものであったと確信する。

 それだけではない。今の蹴りにしても短剣の柄の部分で防ぐことは出来たが、その狙いは自らの首。恐らくあのまま蹴りを食らっていれば首の骨が折れていたのは確実だろう。


「闘技大会は相手を殺しちゃ失格で、罪に問われるよ……って言っても、承知の上か」


 苦々しげに呟くヴェイキュルとは裏腹に、男は粘着質な笑みを浮かべつつ手に持った短剣を弄ぶ。

 それは、まるでネズミを前にした猫が弄ぶかのような、そんな表情。

 何よりもヴェイキュルにとって厄介だったことは、一連の動きを観客達が異常と感じていないことだろう。

 殆どが試合の中で行われている行動であると判断し、今も呑気に歓声を送っている。

 勿論どこかおかしい、あるいははっきりと男の殺気を感知している者も少なくない。

 だが戦い自体で殺気を放つというのは珍しくない出来事だし、最初の一撃もあくまでもフェイントで、回避されるのを前提としていたと言われれば処罰するのは難しいだろう。


(けど、何だって私の命を?)


 内心で呟き、脳裏を過ぎるのは数日前に帝都の外れで襲われたレイとロドスの姿。

 あの時は咄嗟に助けに入ったが、あるいはそれが原因で自分も狙われるようになったのか? そう内心で考え、すぐに納得する。

 恐らくはそれが正しいだろうと。

 つまり目標をどうにかする前に、その障害である自分達風竜の牙を狙ったのだろうと。


「全く……馬鹿な真似をしてくれるわ。……けど、そうと分かった以上、こっちとしてもそうそう簡単にやられる訳にはいかないのよ」


 相手の男を睨みながら、ヴェイキュルは改めて短剣を構える。

 そんな様子を見て、薄らと口元に嘲りの笑みを浮かべる男。


「ふん、お前如きが俺に敵うと思っているのか? 大人しくしていれば楽に死なせてやったものを」

「……そもそも、相手を殺すと罪になるんだけど。その辺理解してる?」

「当然だ。だが罪になるといっても、それは絶対じゃない」


 何かを確信したようなその様子に、ヴェイキュルはすぐに何かに思い至ったのか苦々しげな表情で吐き捨てる。


「貴族、か」

「さて、どうだろうな。……それはともかく、お喋りは終わりだ。そろそろお前も死後の世界に旅立ちたいだろう?」

「残念ながらまだ死ぬ予定はないわ。いい男を見つけて結婚するっていう夢もあるし……ねっ!」


 会話の途中でヴェイキュルは一気に前へと飛び出す。

 短剣を右手に持ち、左手を意味ありげに懐へと伸ばし……勢いよく引き抜く。

 その瞬間、男の方は一瞬だけだが視線をその左手へと引き寄せられた。

 だが取り出した左手には何も持っているようには見えず、フェイントと判断する。

 慌ててヴェイキュルの左手から全身を視界の中に入れ……瞬間、男の右目に激痛が走った。


「痛ぁっ! くそっ、何しやがったこの女!」


 このままここにいては危険だ。右目を押さえながらそう判断すると、男は後方へと跳躍する。

 右目は完全に潰れており、視界の半分が闇に閉ざされていた。

 躊躇無く右の眼球へと触れる男。

 そこには小さな……それこそ数mm程度の尖った金属の破片が突き刺さっていた。


「くそがぁっ! 俺の右目になんてことしやがる!」


 怒りのままに持っていた短剣を投擲するが、右目が潰された状態で遠近感も狂っており、ヴェイキュルとは全く違う方へと飛んでいく。


「馬鹿ね、私を甘く見たあんたの傲慢さが敗因よ!」


 叫びつつ男の右側……即ち封じられた視界の方へと回り込み、金属片を放つ。

 再びの激痛。

 その激痛の源でもある右頬へと手を伸ばすと、そこにも眼球の時と同じように金属片が突き刺さっていた。

 二度の攻撃を食らい、ようやくヴェイキュルが何をしているのか分かった男は苛立たしげに叫ぶ。


「小細工してるんじゃねぇぞ、おらぁっ!」

「ふんっ、盗賊が小細工して何が悪いってのよ」


 短く言葉を返し、封じられた視界の中で接近したヴェイキュルが短剣を振るう。

 ただし、刃ではない。柄の部分で首の後ろを叩きつけるようにだ。

 その衝撃により、口汚くヴェイキュルを罵っていた男は意識を失い舞台の上に崩れ落ちる。


「全く、いきなり切り札を使うことになるとは思ってもいなかったわ」


 審判が舞台に上がり、倒れている男の意識を確認しているのを見ながら、ヴェイキュルがぼやく。

 男の右目や右頬に突き刺さった金属片。それはヴェイキュルの奥の手の一つであり、出来ればこんな初戦で見せたくはない手札だった。

 もしレイがそれを見ていれば、指弾という中国武術の単語を思い出しただろう。

 指先だけで礫を放つ技であり、いわゆる隠し武器や暗器と呼ばれている物の一つだ。

 それがヴェイキュルの得意技の一つでもあった。


(まぁ、これを使わないと勝てたかどうかは微妙だったしね。実際、腕が互角かやや私の方が劣っていたのは間違いないんだし)


 そんな風に考えている間にも、舞台の上に上がってきた審判は男の意識がないと判断したのだろう。ヴェイキュルの方へと視線を向けつつ、大きく叫ぶ。


「勝者、ヴェイキュル!」

『わあああああああああああああああああっ!』


 周囲に響き渡る歓声。

 お互いが素早さを重視する戦闘スタイルだった以上、観客にとっても見応えがあったのだろう。


(この男については……どうしようかしら。貴族と繋がっているのなら、運営委員とかに言っても無駄でしょうし。まぁ、私を狙ってきたのも恐らくはレイ達の件に関係しているんだろうし、レイかロドスに知らせておくしかないか)


 そこまで考え、ふと思い出す。

 刺客につい最近も襲われたことを。そして、その刺客は鎮魂の鐘の手の者だったことを。


(ちょっと待って待って待って。もしかしてこの男も鎮魂の鐘の所属だったりしないでしょうね? もしそうだとしたら、これ以上ない程に巻き込まれたってことにならない?)


 自らの考えに、先程まで感じていた勝利の実感が急速になくなっていき、寧ろ背筋に氷でも入れられたかのようなものを感じる。


「ヴェイキュル、どうした? 試合はもう終わりだ。次の試合があるから、特に何か用がないのならそろそろ舞台を降りてくれ」

「……え? あ、え、ええ。ごめんなさい。ちょっと勝てたのが嬉しくて」


 審判の訝しげな声に我に返ってそう告げるヴェイキュルだったが、その表情はとてもではないが嬉しそうな様子には見えない。

 もっとも、だからといって審判がそれ以上何を言う権利もないので、そのまま気絶した男を他の運営委員と共に舞台から下ろしていくのだが。

 それを見送り、このままここにいてはまたあの男に絡まれるかもしれないと判断したヴェイキュルは、さっさと舞台を降りる。

 一応、男のことをレイやロドスに知らせる為に。






「くそっ、しくじりやがって……本当に腕が立つ組織を選んだんだろうな!」


 ヴェイキュルの試合を見ていた、貴賓用としては狭い客室で1人の貴族が吐き捨てる。

 もしも他に観客がいれば声を抑えなければならなかったのだろうが、幸いここにいるのは自分とメイドだけだったので、我慢する必要もない。

 背後に控えていたメイドが、殆ど表情を動かさぬままに口を開く。


「はい。ですが、鎮魂の鐘が動いているのが影響しており、どうしてもどの組織も及び腰になっているのも事実です」

「だからこそ、金さえ払えば文句も何も言わずに動く狂犬どもを雇ったんだろうが」


 そう告げた、その瞬間。貴族の背後にいたメイドが音も無いまま一歩前に出て、スカートの下から取り出した鎖を振るう。

 キンッ、という金属音が周囲に響き渡り、床に突き刺さる短剣。

 何が起きたのかというのは、それを見れば明らかだった。

 自らが狙われたということに気が付いた貴族は、目に怒りを込めて短剣の飛んできた方へと視線を向ける。

 そこにいたのは、男。ただし顔全体を真っ白い化粧で塗り、入れ墨の如き化粧が施されている。髪が天を突くかのように逆立っており、見ただけでどのくらいの年代の男なのかを見抜くのは難しいだろう。


「貴様っ、何のつもりだ!」


 どこからともなく姿を現したその存在へと怒声を浴びせる貴族。

 だが、短剣を放った男はヘラヘラとした笑みを浮かべ、全く堪えた様子もないままに貴族を無視して、鎖を持ったメイドへと視線を向ける。

 鎖。そう、先程男の放った短剣を防いだ鎖だ。

 メイドと鎖というのは、何とも違和感のある組み合わせではある。だが、寧ろ男はそれこそがいいとばかりに笑みを浮かべていた。


「彼女、やるじゃん。どう? 俺とちょっとやり合わない?」

「……残念ながら、私は一介のメイドでしかありませんので」

「はぁ? 一介のメイド? そんなのが俺の短剣を防げるかよ。それよりもやり合おうぜ。血湧き肉躍るダンスをよ」


 数秒前まで浮かべていたのとは全く違う、血に飢えた狂犬の如き笑みを浮かべて誘いを掛けてくる相手に、メイドは小さく頭を下げる。

 それに我慢出来ないのは貴族だ。何の脈絡もなく自分を殺そうとし、それを防いだかと思えば次は自分のメイドに誘いを掛けてくる。

 ここまで見事に自分という存在を無視されたことはない。それ故に、貴族の男は怒りを込めて叫ぶ。


「何のつもりだ、と聞いているのだ! 答えろ!」


 帝国に住む普通の住民であれば、間違いなく身を竦ませるだろう貴族の怒声。

 だが、男は全く堪えた様子もなく、ヘラヘラとした笑みを浮かべたまま口を開く。


「えー、だって俺達を狂犬とか馬鹿にしてただろ? なら、その狂犬みたいに振る舞ってやろうとしただけなんだけどな」

「……そのような振る舞いが狂犬と言われている原因だと、何故気付かぬ? そもそも、お主達月光の弓の手の者があのような無様を晒したのが原因ではないか」

「ふーん、確かにあいつは失敗したけど……鎮魂の鐘が狙っているって相手を標的にした依頼を他に受ける組織はあると思うのかい?」

「ぐっ!」

「まぁ、貴族なら自前の戦力くらいは持ってるだろうけど……それを公に使う訳にもいかないんでしょ?」


 男の言葉は事実だった。

 当初、深紅を標的にした組織は多くあったのだが、その中に鎮魂の鐘が……それも、かなり力をいれて狙っているという情報が流れると、殆どの組織が手を引き始めた。

 今でもまだ動いている組織は僅かであり、それに関しても鎮魂の鐘という名前を知らないモグリの組織が多い。

 そんな中で唯一実力のある人員を抱えて動ける組織が、月光の弓だった。

 月光の弓という組織は、元々鎮魂の鐘に所属していた者達が新たに作り上げた組織だ。

 戦闘狂、殺人狂といったような者達が鎮魂の鐘を追放された結果出来上がった組織、それが月光の弓である。

 本来この手の組織から抜けるのは非常に難しいのだが、戦闘狂や殺人狂といった者達だけあって非常に腕が立つ者が多い。

 勿論鎮魂の鐘が全力を挙げれば殲滅することは難しくないだろうが、そうなると鎮魂の鐘の被害も大きい。

 また、非合法な活動を行う以上、腕は立つが周囲と上手くやれない者も多い。そのような者の受け入れ先、あるいは捨て駒としても使えるという狙いもあり、妥協の産物として鎮魂の鐘の外部組織的な立場として月光の弓という組織が生み出された。

 組織が生み出された経緯が経緯だけに、鎮魂の鐘が狙っている相手であったとしても全く問題なく依頼を受ける月光の弓は、色々と重宝もされている。

 本来であれば自分達の上位組織ともいえる鎮魂の鐘の機嫌を損ねるような真似はしないのが普通なのだが、狂人の集団である月光の弓にそのようなことは関係ない。

 いや、寧ろ鎮魂の鐘と戦うようなことになれば嬉々として戦闘を挑むだろう。

 そんな相手に頼るしかないことに、貴族は忌々しげな舌打ちをする。


(シュヴィンデル伯爵も動いていると聞く。……あのような奴等に深紅の首を渡してなるものかっ!)


 顔見知りではある。だが……それでも、絶対に譲れないものがそこにはあった。

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