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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
613/3865

0613話

『わあああああああああああああぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁああぁぁぁあっ!』


 周囲に歓声が響き渡る中、レイは闘技場の舞台の上へと歩を進める。

 闘技場の中を見学しつつ時間を潰し、それでも結局は1人で見学していてもそれ程面白くはなかった為に控え室へと戻り、誰と話すでもなく時間を潰していた。

 幸いにも他の参加者達も控え室で待っていても暇だと感じたのだろう。殆どが控え室の外へと出ており、特に殺気を込めて自分を睨み付けてきた数人の参加者がいなくなっていたのは、面倒臭い出来事が起こらないという意味でもレイにとっては幸運だった。

 そんな風に時間を潰していたレイだったが、やがて試合は進んでいき、ようやく運営委員からの呼び出しで自分の試合の順番になったと知る。

 試合の進みが予想以上に早かったことに首を傾げたのだが、運営委員によればそれ程珍しいことでもないとのことだった。

 何しろ、年に一度のベスティア帝国を挙げての闘技大会だ。参加選手達も燃えており、試合のペースはどうしても早くなる。

 更に、古代魔法文明の遺産の効果で微かにでも息があれば舞台から下ろすと怪我が消えるということもあり、選手達も思い切った試合運びが可能だという理由もあった。

 その結果、試合の進みはレイが予想していたよりも大分早く、こうしてレイの姿が舞台の上に存在していたのだ。


『来たぞ、来たぞ、来たぞ! 今大会の台風の目でもある深紅の出番だ! 前の試合で行われた風を操る魔法剣士グラスや、全てを破壊する大剣使いビーソンの戦いでも興奮したが、今回の戦いはそれ以上に興奮すること間違いなしだ! 皆、期待していてくれよ』


 煽るような実況の声に、観客達のテンションもひたすらに上がっていく。

 それを聞きつつ、レイはここに姿を現す前にミスティリングから取り出したデスサイズを手に、対戦相手へと視線を向ける。

 あるいはそんなレイの態度を察知した訳ではないだろうが、タイミング良く実況の声が対戦相手の紹介を開始した。


『そんな深紅と戦う勇猛なる戦士の名前は、華麗なる二刀使いのアナセル! 両手に持った曲刀を手に、踊るような魅せる戦いで予選では複数の相手を血祭りにしてきた男! 肌の色を見れば分かるように、この辺ではあまり見ない人種だ。それもその筈、この男は旅をしながら腕を磨いているという根っからの武芸者! それだけに、深紅を相手にどんな戦いを見せてくれるのかが今から楽しみでならないぜ!』


 実況の言葉通り、腕には自信があるのだろう。30代程に見えるその男は、レイと向かい合っているというのに全く気後れした様子もなく手に持った剣を構える。

 その剣もまた、レイがこの世界に来てから見慣れた剣ではない。俗に言うシャムシールやシミターと呼ばれる曲刀だ。

 更に男の姿もレイにとっては見慣れない姿だ。ターバンを頭に巻いており、動きやすさを重視したのか鎧の類すらも身につけていない。それなりに防御力の高そうな服を身に纏ってはいるが、あくまでも動きを邪魔しないのを最優先に作られたものなのだろう。

 また、同時に男の姿もこれまでに見てきた人種とは随分と違う。

 勿論髪の色を始めとしてこれまでにもレイは日本では見たことのないような相手を色々と見てきた。だが、今目の前にいるのは、それとは違った意味でレイに驚きを与えている。

 浅黒い肌はダークエルフよりは薄く、顔立ちは彫りが深い。

 レイの認識では、いわゆる中東の人種に近い相手に見えていた。

 事実、アナセルはそんなレイのイメージ通りに砂漠の民と言われている特殊な一族の者だった。

 ただし、砂漠の民そのものはベスティア帝国周辺には存在しない。遠く……それこそ、数年程も旅を続けなければならない程遠くに存在している国の民なのだから。


「深紅、か。お主は強いと聞いた。その力……俺に見せてみろ!」


 両手に持った曲刀を構え、叫ぶアナセル。

 レイもまた、それに答えるかのようにデスサイズを構える。

 そんな2人の様子を見ていた審判が、やがて準備は整ったと判断したのだろう。大きく叫ぶ。


「始め!」

『わあああああああああああああああぁぁぁぁぁあああぁぁぁっ!』


 開始の合図がされると同時に、観客席からの歓声が周囲に響き渡る。

 そんな歓声に押されるようにして、まずはアナセルが舞台を蹴ってレイとの間合いを詰めていく。


「はあああぁあぁっ!」


 そんな雄叫びの声と共に振るわれる二本の曲刀。

 それぞれがまるで別の意思を持っているかのようにレイへと襲い掛かるその様子は、まさに剣舞と言ってもいいだろう。

 それ程に動きの途切れぬ連続した斬撃の嵐。

 だが……周囲に響くのは、肉や布を切り裂く音でもなく、あるいはレイの苦痛の声でもない。ただひたすらに金属同士がぶつかりあう音だった。

 キキキキキキンッという風に、連続した金属音が周囲に響き渡る。

 アナセルは二刀で攻撃しているというのに、レイはデスサイズだけでそれに対応しているのだ。

 もっとも、刃の部分と石突きの部分の両方を使っての対応であったが。


「こおおおおおおおっ!」


 息の仕方を変えたのだろう。先程までとは違い、どこか甲高い声と共に振るわれる曲刀の速度が一段と増していく。


「そうそう好き勝手に、させるかっ!」


 防御に徹して曲刀を使った二刀流の戦いを観察していたレイだったが、アナセルの動きが変わったのに合わせてこちらも行動を開始する。

 振るわれる曲刀を防ぐというのは結果的に同じであるが、より攻撃的に……つまり防ぐのは同じだが、より前に出てデスサイズと曲刀を打ち合わせていく。


(デスサイズと打ち合えているとなると、あの曲刀もマジックアイテムか)


 手に返ってくる衝撃を感じつつ、内心で呟くレイ。

 そんなレイとは裏腹に、アナセルの表情は打ち合うごとに厳しくなっていく。

 円の動きを主体にした、流れるような剣舞。一瞬も動きを止めることなく振るわれ続ける二本の曲刀。

 だが……それでも一向に刃をレイの身体に届けることが出来ない。

 まるで難攻不落の壁を相手にしているかのような感覚すら残る中で、デスサイズと打ち合っている曲刀を持つ両手には痺れが生じ始めていた。

 100kgを超える重量を持つデスサイズを延々と打ち付けているのだ。しかもレイ自身はその重量を全く苦にせず振るっている為、曲刀がどこを狙おうとも、そこには必ずデスサイズが存在している。

 そんなデスサイズを延々と打ち続けていれば、曲刀を握っている手が痺れるのは当然だった。


「厄介な頑丈さを持っている!」


 吐き捨てるようにして両手の曲刀を一閃。それぞれ微妙にタイミングをずらして振るわれたその攻撃も、レイはあっさりとデスサイズで防ぐ。

 それを見たアナセルは、このままでは埒が明かないとばかりにその場で大きく後方へと跳躍。レイとの距離を取る。


「さすがに深紅とかいう異名を持つだけはあるな。ここまで攻めてかすり傷すら負わせられないとは。これでも攻撃の速度と手数には自信があったんだが」

「そうだな、確かに俺がこれまで戦ってきた中でも上位に位置する攻撃力を持っているよ」


 お互いに相手の隙を窺いつつ、言葉を交わす。

 そんなやり取りをしながらも、微かに曲刀の剣先を上げ、あるいは下げ、それに対応するようにレイもまたデスサイズを構える位置を変えていく。


「上位か。一番じゃないというのはちょっと残念だな」

「これでも、色々な相手と戦ってきているからな」


 話ながらも、お互いの間にある緊張感が高まっていき……

 次の瞬間、お互いが示し合わせたように前方へと向かって飛び出す。

 アナセルの振るう二つの曲刀は、先程以上の速度と鋭さ、更には複雑な軌跡を描きながらレイの身を斬り裂かんと迫る。

 その二刀を、レイはデスサイズを使って受け流し続ける。

 ……そう。弾くのでもなく、あるいは防ぐのでもなく、回避するのでもない。振るわれる剣先の流れを読むようにして受け流しているのだ。それも二刀両方を。

 今までであれば、それら全てを交えて対応していたであろう。

 それは、一見すれば幾つもの手段を使いこなして防御しているように見える。

 だが今やっているのは、受け流すという手段ただ一つ。

 防御する中で恐らくは最も技術的に難しいだろう受け流しを、ただひたすらにデスサイズだけを使って繰り返すというのは、傍から見るよりも非常に高い技量が要求される。

 何しろ使っている技術が一つだけなのだから、攻撃している方もそれに対応した攻撃が出来るのだ。だが、レイは相手にそれをさせないようにコントロールしながら受け流しを行い続けていた。

 これは、今までのレイであれば間違いなく行わなかっただろう行動。

 楽に出来る防御行動をするのではなく、敢えて自らに枷を掛けて受け流しを続ける。


『うおおおおおおっ、凄いぞアナセル! あの深紅を相手に一方的な猛攻だ! 攻撃、攻撃、攻撃、攻撃! まるで踊っているようにしか見えないその連続攻撃に、深紅は防ぐことしか出来ない!』


 実況の声が周囲に響き、観客達がアナセルの踊るような剣撃に称賛の声を上げる。

 それは貴賓室にいる貴族達も同様だった。


「はっ、深紅だなんだと言われているが、所詮噂は噂よ。実際にはこの程度の実力しかなかった訳だ」

「確かに一方的に押されているようにしか見えませんな。あるいは、セレムース平原で見せた広範囲に及ぶ魔法は得意であっても、個人戦は得意ではない、とかだろうか?」

「なるほど、その可能性はありますな。実際、我が軍を壊乱させるような攻撃魔法を使えるだけでも厄介極まりないのですが……それでもこうして弱点を見せてくれたのだから、皇帝陛下が参加を許可した甲斐がありましたな」


 そんな風に喋っている貴族達から離れた場所では、別の貴族達が苦々しげな表情を浮かべている。


「これだから戦いを理解していない者は……確かに見ただけでは深紅が追い詰められているように見えるだろうだが……」

「ええ。実際に追い詰められているのはアナセルの方でしょうな。あの表情を見ればすぐに分かりそうなものなのですけどね」


 その言葉通り、レイに向かって曲刀を振るい続けているアナセルの表情は、とてもではないが自分が有利だとは思っていない程に厳しいものだった。

 いや、厳しいというよりは追い詰められていると表現した方がいいだろう。

 外から見れば、一方的に攻めているのはアナセルだというのに、実際に有利なのはレイ。

 そんな不可思議な状態をもたらしたのは、当然レイの受け流しという行動だった。

 これまでは技術を使いながらもどこか身体能力に頼っているところがあったのだが、今回は完全に技術だけでアナセルの攻撃を受け流し続けている。

 しかも、ただ受け流しているだけではない。武器が当たる直前にほんの少しながらデスサイズを押し出し、アナセルの手首に掛かる負担を増しているのだ。

 一撃一撃では大したことのない負担でも、激しい剣舞のように無数の剣撃を繰り出していればその反動は加速度的にアナセルの腕を……より正確には手首へダメージが蓄積されていく。

 更にこれだけの連続攻撃を続けているのだから、当然アナセルは攻撃を繰り出している間中息を止めて攻撃を行っている。

 いわゆる、無呼吸運動だ。

 そんな状況でそこまで長く行動を続けられる訳もなく……いや、寧ろここまでもった方が驚きというべきだろう。

 それでも、限界は訪れる。

 息苦しさで顔を赤くしながらも、振るわれる剣舞。

 一瞬……そう、ほんの一瞬だけ息苦しさからアナセルの振るう曲刀の動きが鈍ったのを見逃さず、デスサイズの一撃が振るわれた。


 轟っ!


 そんな音を立てて迫ってきたデスサイズを、アナセルは交差させた曲刀で受け止める。

 舞台の中央で打ち合っていたというのに、その一振りを受けたアナセルは小石でも投げられたかのように大きく弾き飛ばされ、一気に舞台の端まで吹き飛ばされた。

 それでも無呼吸の状態で動きつつ、デスサイズの一撃を受け止め、更に大きく吹き飛ばされたいうのに空中で身を捻るようにして体勢を整えたのはさすがと言ってもいいだろう。

 耐え凌いだ。そんな一瞬の気の緩みがレイの姿が視界から消えたのに気が付かせることがなかった。

 それ故に。


「なっ!?」


 舞台の上に着地して体勢を立て直し、改めてレイの方へと視線を向けようとしたアナセルは、自分の目の前に存在していた小柄なローブの男に驚くことになる。

 いつの間に近づいた。

 そんな唖然とした一瞬の隙を突かれ……デスサイズの石突きの部分が鳩尾を突き、そのまま意識を失って舞台の上に倒れ込む。


「そこまで! この戦いはレイの勝利とする」

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