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レジェンド  作者: 神無月 紅
闘技大会
611/3865

0611話

 襲ってきた刺客達が撤退した後、レイを始めとしてロドス、ルズィ、ヴェイキュル、モーストの5人は少し離れた場所へと移動していた。

 煙幕という手段を使われた以上、他の場所からでもあの場所で何かがあったというのを判断するのは難しくはないだろうと判断した為だ。

 幸い、煙幕は刺客達が撤退した後でそう時間も掛からずに消え去ったが、それでも遠くからでも見える程の煙幕が周囲を覆ったのだ。何があったのかと様子を見に来る者がいないと思う方がおかしいだろう。

 そうすれば、まず間違いなくレイ達も警備隊に事情を聞かれる羽目になる。

 勿論事情を聞かれても後ろ暗いところはないのだから問題はないのだが、時間を取られるというのは面倒だったし、何より警備隊の中にレイに対する恨みを抱いている者がいないとも限らない為の処置だった。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ふぅ」


 一行の中で唯一息を切らせているロドスが、ようやく落ち着いたように深く息を吐く。

 その手に持っているのは、レイがミスティリングから取り出した果実水だ。


「戦士だってのに体力切れとか、ちょっと問題あるんじゃないか?」


 呆れたように呟くルズィだったが、ロドスは果実水を口に運びながらどこか据わった目つきで視線を返す。


「それなら、お前もレイと限界まで訓練をやった後で刺客に襲われてみろよ」

「……悪い、無理だ。というか、よくその状態で生き残れたな」


 レイとの訓練を思い出したのだろう。あっさりと前言を翻したその様子に、ロドスだけではなくヴェイキュルまでもが頷く。

 唯一モーストだけが何も口にしていないのは、基本的にモーストが魔法使いであり、他の2人程厳しい訓練を受けていないからだろう。

 ……もっとも、それでも幾度となく短剣を振るわれるといったようなことをされているのだが。


「ま、とにかくだ。今は宿に戻った方がいいだろうな。あそこにも間違いなく警備隊か何かがやって来るだろうし」


 ただでさえ闘技大会が開かれている関係上、帝都の警備は厳しくなっている。

 その上、予選で勝ち残れなかった参加者達の数は相当数に及び、その者達もまだ多くが帝都の中に残っているのだ。

 闘技大会に参加している時であれば、事件の類を起こすと失格になる関係上大人しくしている者も多い。しかし予選で負けてしまっては既にその枷も存在しない。

 だからこそ喧嘩のような騒動が頻繁に起きるようになり、帝都の警備隊も多くの観光客や要人を招いている以上、見回りが厳しくなるのは当然だった。


「そうだな、母さんやダスカー様にも知らせておいた方がいいだろうし」


 呟くロドス。

 ここでエルクの名前が出てこない辺り、ロドスのエルクに対する信頼度がどの程度のものなのかを窺い知ることが出来る。

 事実、近くでレイとロドスの話を聞いていたルズィ達3人は、エルクの名前が出てこないのに驚いていたのだから。

 だが既にロドスのマザコンぶりを知っているレイは、その辺には特に突っ込まずにあっさりと頷く。


「なら行くか。一応周囲の警戒をしたまま行くぞ。一度撤退したと見せかけて、またすぐに戻ってきて不意打ちとかやってくるかもしれない。あるいは全く別の組織が襲撃してくる可能性もある」

「……そこまでしつこく襲ってきますか?」


 ちょっと信じられない。そんな表情を浮かべているモーストだったが、レイの話を聞いていたロドスが当然だとばかりに頷いて口を開く。


「帝都に向かっている途中でも襲撃があったからな。特にどういう手段を使ったのかは分からないが、痛覚を麻痺させたり、あるいは見た目からは考えられない程の力だったり。そんな風にして人を操って、更に捕らえられた時には意識不明にするという徹底ぶりだ。どんな手段を使ってくるかってのは、ちょっと予想出来ないな」

「まぁ、鎮魂の鐘ってのは随分と有名な組織らしいからな。その程度のことはどうとでもなるんだろうよ」


 鎮魂の鐘。その名前が出た瞬間、ルズィ達の動きが止まる。


「……ね、ねぇ? 今、もしかして鎮魂の鐘とか言わなかった?」


 恐る恐るといった様子で尋ねてくるヴェイキュル。

 盗賊という職業なだけに、その手の噂にも詳しいのだろう。

 いや、ヴェイキュルだけではない。ルズィやモーストもまた同様に、信じられないと言わんばかりの視線をレイやロドスに向けている。


「俺達が手に入れた情報によると、鎮魂の鐘って組織が動いているのは事実らしいな」


 こともなげに言葉を返すレイ。

 それを理解したルズィ達は、思わずその場で足を止める。

 そのまま数歩先を歩き、3人がついてきていないのに気が付いたレイとロドスが足を止めて振り返り、口を開く。


「どうした?」

「……いや、どうしたじゃなくて。鎮魂の鐘なんて組織に狙われているのに、何でそんなに自然体でいられるのよ」


 目の前にいる人物の様子が信じられないとばかりに呟くヴェイキュル。

 ベスティア帝国で活動しているだけに、鎮魂の鐘という組織の恐ろしさは知っている。

 勿論直接関わったことがある訳ではない。

 もしも直接関わっていれば、今頃自分はここには存在していないだろう。そう思える程に、鎮魂の鐘という組織はベスティア帝国内では名の通った組織だった。

 それだけに、そんな組織に狙われているというのに平然としているレイやロドスの様子が信じられない。


「そう言われてもな。俺は元々ミレアーナ王国の冒険者で、ベスティア帝国で幾ら名前の通った組織でもそれに驚けって方が今更だし」


 気楽な様子で告げるレイ。

 そもそも、レイは春の戦争でベスティア帝国その物を敵に回したのだ。更に今はヴィヘラやテオレームによって雇われており、内乱に発展するかもしれない行動に手を貸している。

 そして何よりも、世界に3人しか存在していないというランクS冒険者のノイズ。この人物と真っ正面から向き合った経験を経た今となっては、鎮魂の鐘という組織がどうこうと言われても大して脅威には感じなかった。


「まぁ、レイの言うことも分かる。父さんと一緒に行動していればどうしてもその辺に関してはなぁ……」


 それはロドスもまた同様だった。

 ミレアーナ王国どころか、周辺諸国……それこそ長年の敵国でもあるベスティア帝国にすら雷神の斧の異名は鳴り響いている。

 そんな人物の息子として生を受け、人間としてはありえない程の強さを常に近くで見続けてきたロドスだ。

 レイの様な色々な意味で規格外な存在ならともかく、裏の組織が云々と言われてもそこまで危機意識は持てなかった。


「……一応、ランクA冒険者とやり合える使い手とかもいるって話なんだけど」


 2人の様子に、半ば投げやり気味に告げたヴェイキュル。

 だが、その言葉が起こした反応は予想外だった。


「へぇ。ランクA、か」


 獰猛な笑みを口に浮かべるレイ。

 それを間近で見る事になったヴェイキュルは、何が起きたのかも分からないままに数歩後退る。

 それに気が付いた様子もないレイは、寧ろランクA相当の敵が襲ってくるのは望むところだとばかりに拳を握りしめた。

 人外の存在と称された自分。その自分から見ても更に人外の存在、ランクS冒険者のノイズ。

 その男に勝ちたい。その思いが、寧ろランクA相当という敵の存在を歓迎していた。

 ランクAということであれば、身近にいるエルクやその妻であるミンもランクAではある。だが、ダスカーの護衛として雇われている以上戦闘訓練を頼む訳にはいかないし、何よりエルクとレイが本気で戦闘訓練を行えば周辺一帯が文字通りの意味で灰燼と化す可能性が非常に高かった。

 つまり、レイにしてみればノイズと戦う為に……否、自らがノイズに勝つ為に強敵の存在は必須であり、その相手としてランクA相当の戦闘力を持った人物がいるのなら願ってもないのだ。


「ちょ、ちょっと。変なことを考えてないでしょうね?」


 ようやく我を取り戻したヴェイキュルが恐る恐るといった様子で尋ねてくるが、レイは一瞬前まで浮かべていた獰猛な笑みを消し去って頷く。


「ま、俺から何かをすることはないさ。ただ、向こうが攻めて来たら対処せざるを得ないとは思うけどな」

「……思い切り何かをする気満々ですね……」


 2人の話を聞いていたモーストが呆れた様に呟く。

 そんな風にどこか危険な会話を交わしながらも街の中を歩いていると、やがて周囲に通行人の姿が現れ始める。

 先程の場所は、殆ど人目がないからこそレイが自分の訓練をする場所として悠久の空亭から教えて貰った場所だ。

 つまり、人目が少ないからこそ鎮魂の鐘の手勢も襲ってきたのだろう。レイはそう判断する。

 実は鎮魂の鐘とは全く無関係の組織から派遣された刺客だったのだが、戦闘中のやり取りでレイは完全に先程の相手が鎮魂の鐘の手の者だと認識していた。

 だが……この勘違いにより、レイを狙う組織の者はこの日からずっと少なくなる。

 レイが鎮魂の鐘に狙われているという情報を持って帰った刺客達がそれを上に報告。鎮魂の鐘の狙っている相手を横取りしそうになっていたと知った組織は、大人しくレイから手を引くことを決断した為だ。

 帝国の中でも最大級の規模と実力を持つ組織を相手に、自分達が敵対したりすればどうなるか。それを理解したが故の選択だった。

 自分の行動でそんなことになっているとは全く気が付いていないレイは、ふと食欲を刺激する匂いのしてきた方へと視線を向ける。

 そこには串焼きを売っている屋台があり、タレの焦げる匂いが周囲に漂う。

 足を止めているのはレイ達だけではない。他の通行人も、思わず足を止めて匂いのしてくる屋台へと視線を向けていた。


「美味そうだな。ちょっと食っていかないか?」


 真っ先にそう口にしたのは、レイ……ではなく、ルズィ。

 既にその視線は串に刺された肉へ、じっと向けられている。

 それは他の者達にしても同様だった。

 ロドスはレイとの模擬戦や刺客の襲撃で大いに身体を動かしていたし、ルズィを始めとした風竜の牙の3人も美味い料理を見逃すような真似はしたくない。

 レイにいたっては、言うに及ばずだ。

 そのままレイ達一行は屋台の方へと向かっていく。


「いらっしゃい。うちの自慢の串焼きはどうだい? 今なら焼きたてで美味いよ!」


 店主がそう声を掛け、もう1人の店員が串焼きの肉にタレを塗っては火の上へと戻していた。

 そうすると、またタレの焦げた匂いが周囲に広がって食欲を刺激する。


「5本くれ」

「3本下さい」

「こっちも3本」

「2本でいいわね」


 ルズィ、モースト、ロドス、ヴェイキュルがそれぞれ注文する中、レイもまた同様に注文を口にする。ただし……


「30本」


 頼んだ量が違った。


「え?」

「はい?」


 店主と思しき男と、その妻と思しき女がレイの注文に唖然とした様子で視線を向けてくる。

 それも当然だろう。この屋台の串焼きは、美味いがその分普通の串焼きよりも値段が高い。

 それを30本も一気に頼むのだから、自分の聞き間違いか? そう思ってもしょうがなかった。

 だが、レイは全く訂正する様子もなく、再度注文を口にする。


「30本だ」

「……は、はい、ただいま!」


 慌てて焼きたての串焼きを準備していく店主。

 取りあえずはと、レイ以外のメンバーの注文分の本数を渡していく。

 そして残った串焼きをレイへと。

 幸い、焼き終わって用意してあった串焼きもそれなりの数があった為、30本というレイの注文にあっさりと対応出来たのは幸運だったのだろう。

 そのまま串焼きを購入し、去って行くレイ達。

 早速口に運んでは、濃厚なタレの味と肉の旨味に嬉しげな声を上げている。

 先程まで自分の命を狙った刺客と戦っていたとは、とても思えない光景。

 そんなレイ達が去った後も、屋台の串焼きは売られ続け……やがて1時間と掛からないうちに用意してあった串焼きは全て完売する。

 周囲の客達は、何故これしか用意しなかったのかという思いを抱いた者も多くいたが、屋台の店主は頭を下げてそのまま店じまいとするのだった。






「……直接間近で見て、どう思った?」

「化け物だな、ありゃ」


 屋台を引っ張りながら、お互いに周囲の者達には聞こえないような小声で言葉を交わす。

 もし何らかの手段で2人の話を聞こうとした者がいたとしても、周囲の雑踏に紛れてとてもではないが聞こえなかっただろう。

 この2人、実は鎮魂の鐘のメンバーでもあるムーラとシストイだったりする。

 レイやダスカーの情報を集めていた2人は他の組織の刺客が動いていることを知り、そのドサクサに紛れてレイ達を間近で観察しようと判断し、この場に屋台を開いていたのだ。

 何故わざわざ屋台だったのかといえば、そこはやはりレイが食に対しては貪欲だという情報を得ていたからだろう。

 その結果、特に苦労せずにレイという人物をすぐ近くで観察することが出来たのだが……その結果が、シストイの口から出た言葉だった。


「正直、以前の襲撃の時と比べると迫力が随分と違うように感じられたな。以前の俺達が見失った時の襲撃が関係しているのかもしれないが」

「……結局分かったのは、深紅がより手強くなったってこと、か」


 ノイズという存在がレイと接触した時、勿論鎮魂の鐘の手の者がそれを見ていた。だが、ノイズ自身がマジックアイテムを使って変装していた為に、その人物がノイズだとは誰も気が付かなかった。

 結果的に、ノイズという人物の影響でレイがより貪欲に強さを求めることになったという理由を、2人に限らず殆どの人物が知ることは出来ないままに首を傾げることになる。

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