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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
595/3865

0595話

 ペーシェの口から出たレイの闘技大会参加の言葉を聞き、ダスカーは内心で安堵の息を吐く。

 勿論、最初からレイの闘技大会参加が認められるというのは半ば予想していた。

 何しろ深紅という異名は、良くも悪くもベスティア帝国では非常に有名だ。

 その深紅が闘技大会に参加するとなれば当然目立つし、箔がつく。

 闘技大会というイベント上、それだけ目立てばベスティア帝国の利益になるのも確実である。

 そう判断したダスカーは、恐らくペーシェが自分から頼んででもレイを闘技大会に参加させたいと思っていただろうというのが正直な気持ちだった。

 深紅というネームバリューがあれば、良くも悪くもこれまで以上に闘技大会への注目度が上がるのは確実だ。他にも同時に行われている賭けに関してもより活発になり、その結果として帝国に入ってくる金も増えるだろうと。


「それで、決勝トーナメントについてだが……」


 早速とばかりに説明しようとしたペーシェの言葉を遮るようにしてダスカーが口を開く。


「いえ、出来れば予選から参加させて欲しいというのがレイの希望なのですが、可能ですか?」

「……予選から、か」


 その言葉を聞き、思わず言葉に詰まるペーシェ。

 この国の宰相としては、より注目度の高まる決勝トーナメントの場でレイの参加を表明したいという気持ちがある。

 だが、予選から出たいと言われると、すぐには返事が出来ない。

 それは、先に自分が考えたように深紅という存在を目立たせる為というのもあるが、何よりも予選の形式が問題だった。

 バトルロイヤル。つまり数十人を闘技場の中に入れ、その中で勝ち残った3人が決勝トーナメントに進む資格を得る、というものだ。

 つまり、一対多という状況が容易に生じ得る。

 特にその予選の中に深紅という人物がいると知れば、間違いなくレイの参加している予選ブロックは荒れるだろう。

 それだけの被害をレイはベスティア帝国に与えているのだから。

 勿論、闘技大会が行われている場所は古代魔法文明の遺産によって死ぬということは基本的にはない。

 だがあくまでも基本的にはであり、即死するような致命傷の場合は幾ら古代魔法文明の遺産であったとしても死を覆すことは出来ない。

 そして深紅が相手となれば、間違いなくその即死を狙うような者が出てくる。

 そうなると、レイとしても当然相応の態度で挑むのは間違いがない訳で……


(さて、どうしたものか。確かに危険度は大きいが、その分利益もまた大きいのは事実)


 ペーシェの脳裏で素早く損得勘定が行われ……やがて、その丸々と太って肉のついている顔で頷く。


「よかろう。予選からの参加を認める」


 最終的にはその方が危険さを利益が上回り、レイの予選からの参加が許可される。

 もし何かがあったとしても、闘技大会なのだから腕の立つ者達は大勢いる。また、帝国に所属している者達もいるし何よりも……


(奴に掛かれば深紅を狙ってきた者がいたとしても、あるいは深紅自身が暴れても……雷神の斧が一緒になってもどうとでも対処可能だろう。色々と使いにくい男だが、こういう時は役に立つ)


 ペーシェの脳裏を過ぎるのは30代程の男の姿。

 この帝国を含め、世界にほんの3人しか存在しない男の姿だった。

 苦々しさと頼もしさという相反する思いがペーシェの脳裏を過ぎった時、ダスカーの声で我に返る。


「そうですか、助かります。……レイ」


 安堵の息を吐きながら、レイへと視線を向けるダスカー。

 その視線の意味を理解したレイは、ペーシェへと頭を下げる。


「ありがとうございます。ベスティア帝国で開かれる全ての闘技大会の頂点に立つという闘技大会に参加出来るのは、私としても嬉しい限りです。この恩は闘技大会で活躍することで返させていただきます。……それと」

「うん?」


 まだ何かあるのか? そんな風に視線を向けてくるペーシェに答えたのはダスカーだった。


「ええ。実は今お願いしたばかりで恐縮ですが、こちらにいる雷神の斧のエルクの息子もレイと同様に闘技大会への参加を希望していまして」


 レイが下がるのと入れ替わるようにロドスが前に出て、頭を下げる。


「……なるほど。構わんよ」


 レイに比べるとあっさりと頷くペーシェに、ロドスが微かに奥歯を噛み締めた。

 自分とレイに向けられる態度の差は、それこそ闘技大会に参加した時の影響の差だと理解した為だ。

 だが、ここでそれを口に出す程にロドスも己の立場を理解していない訳ではない。自分の参加が許可されたことに満足して元の位置へと戻る。


「それにしても、深紅と雷神の斧の息子か。色々と面白い組み合わせだが……どうかな? いっそのこと雷神の斧も闘技大会に出てみるというのは。そちらの深紅の名前が有名になったのは今年になってから。それに比べると、雷神の斧と名前は前から聞こえてきていただけに、興味を持っている者も多い」

「ははっ、それはそれで面白そうですな。ですが、そうすると私の護衛がいなくなってしまいますから」

「おや? その点は構わんよ。いざとなったらベスティア帝国の方から護衛を派遣してもいいし」

「いえいえ、さすがに自分の護衛までそちらに頼る訳にはいきませんよ」

「その2人だけではなく、護衛の騎士もいるのだろう?」

「確かにいますが、それでもエルク達には敵いませんから」


 お互いに笑みを浮かべて言葉を交わしているが、ダスカーとしてはエルクやミンを自分の護衛から外すというのは絶対に避けるべきことだった。

 もしもエルク達すらも護衛から外してベスティア帝国からの護衛を受け入れた場合、自らの生殺与奪権をベスティア帝国に委ねるということに他ならないのだから。

 護衛として派遣した相手がそのまま暗殺者となったり、あるいはそこまでいかなくても暗殺を企んでいる者を意図的に見逃しつつ護衛の騎士の行動を妨害するだけでもいい。それだけでダスカーは死に、ミレアーナ王国の3大派閥の1つでもある中立派は大きく力を減らすことになるのだから。

 勿論護衛を任されていながら、みすみす他国の貴族を殺されてしまうというのは非常に外聞が悪い。

 だが、その外聞に関してもいざとなればダスカーが何かを仕掛けようとしたのを止めたと言い張れば、怪しいとは思いつつも証拠を出すことも出来ない以上ミレアーナ王国としては引き下がるしかない。

 それに対してダスカーが死んだのがベスティア帝国内であれば、証拠は幾らでも捏造することが出来るのだから。

 当然両国間の対立は深まるだろうが、長年の敵対国である以上、それは既に今更な話だろう。

 エルクという異名持ちの冒険者が護衛としてダスカーの側にいるからこそ、そんな心配はしなくてもいいのだ。

 それを、自分から自らの死刑執行書にサインをするような真似をダスカーがする筈もない。


「ふむ、そうか。儂としては噂の雷神の斧の力も見てみたかったし、闘技大会を見に来た観客にも是非見て欲しかったんだが」

「残念ですが、それはまたの機会でお願いします。次回の大会であれば、エルクもその腕を振るうのに否やはないでしょう。今回の闘技大会では、エルクの息子が出場するのですから、そちらも十分注目に値しますよ」

「……そうか。残念だが仕方ない。まぁ、今回はあの深紅が闘技大会に参加してくれるというのだ。こちらとしても、嬉しい誤算だった」


 ペーシェにしても、エルクをダスカーから引き離すのは可能であればという思いでしかなかったのだろう。

 一端引かれると、それ以上は強く勧めずに話題を変える。


「そう言えば、帝都に来る途中で不心得者がいたようだな」

「不心得者?」


 突然の話題の変化に一瞬戸惑ったダスカーだったが、すぐに何のことかを理解する。


「ああ、そういえば帝都に向かう途中で……」


 言葉を途中で止め、チラリとレイの方へと視線を向けるダスカー。

 その件に関しての直接の被害者がレイだったからだ。 

 ダスカーのその仕草を見逃さず、ペーシェの視線もレイへと向けられる。


「その節はベスティア帝国の者が迷惑を掛けたな。あのような馬鹿な行為をした者は、現在厳重に取り調べを行っている。色々と余罪が出てきているだけに、恐らくもう表の世界に出てくることはないだろう。良くて犯罪奴隷、悪ければ鉱山奴隷といったところか」


 ペーシェの口から出た言葉に、その場にいた殆どの者が微かに眉を顰める。

 ただ、それはペーシェの言葉に不快感を覚えたからではない。そこまでの罪を重ねてきた男、デューンについて思うところがあったからだろう。

 ちなみに、鉱山の多いベスティア帝国内では、犯罪奴隷と鉱山奴隷では犯罪奴隷の方が扱い的にはまだ上だった。

 鉱山奴隷は一日中厳しい肉体労働を強制され、何か不手際があれば鞭が振るわれる。

 食事も、量はともかく味は一般人ではとても食べられたものではない。

 広大な版図を持つベスティア帝国だけに犯罪者も大勢おり、鉱山奴隷の補給は容易い。それ故に、死ぬまで過酷な肉体労働を行わせ、死ねば次が補充されてくるという流れになっている。

 死ぬことが唯一の救いの道であり、罪人をただ死刑にするよりは少しでも国家の利益となるように考えられた仕組みだ。

 更に国家の重要機密を知っている者の場合は喉を潰されて鉱山奴隷とされることも少なくない。

 犯罪奴隷もまた厳しい待遇だが、鉱山奴隷に比べればまだマシだろう。

 ……もっとも、戦争が起これば最前線に配置されて使い捨てにされたりするのだが。

 それらの情報を思い出しつつ、レイはデューンが口にしていた後ろ盾の件を思い出す。


「いいのですか? あの男には第2皇子が後ろ盾に……」

「レイッ!」


 ダスカーの鋭い叱責の叫びが部屋の中に響き、レイの言葉を最後まで言わせずに途切れさせる。

 一瞬部屋の中が沈黙に満ちるが、すぐにそれを破るかのようにペーシェの笑い声が響き渡った。


「はっはっは。確かに奴はそう言っていたようだが……こちらで裏を取ったところ、そのような事実は全くなかった」

「……そうでしたか。差し出がましい口を利きました」


 頭を下げ、そのまま黙り込む。

 だが、一瞬……そう、ほんの一瞬だったが、ペーシェが自分に向けた鋭い視線を忘れる事は出来ない。


(あの鋭い視線の意味は何だ? デューンとかいう男の言葉通りに第2皇子の後ろ盾云々が出鱈目であったなら、別にあそこまで鋭い視線を俺に向けてくるような必要はない……筈だ。となると……)


 ふと脳裏に嫌な予感が過ぎる。

 真の意味でデューンの後ろにいたのは目の前にいる男ではないのか、と。

 だからこそ口封じの意味も含めて鉱山奴隷にしたのでないかと。


(だが、そうなると宰相と第2皇子は敵対しているのか?)


 デューンが第2皇子の名前を出していた以上、そう考えるのは自然な流れだろう。

 そこまで考えていたレイに、ペーシェは柔らかい笑みを浮かべながら問い掛ける。


「どうしたのかな? 何か気になることでもあれば、是非言ってみてくれたまえ。君達のような冒険者は、時として儂等のような立場にいる人間とは全く異なる視点で物事を考えることが出来るからな」


 そんなペーシェの問い掛けに、殆ど反射的に首を横に振るレイ。

 何故そうしたのか、それは自分でも分からない。だが、殆ど本能的に選んだ選択だった。


「いえ、特には……」


 そこまで告げて、それでは駄目だと判断する。

 ただ否定するだけでは目の前の海千山千の宰相の目を誤魔化すことは出来ないと。

 それ故に、一端途切れ掛けた言葉を続ける。


「ただ。第2皇子の後ろ盾があるという話だったので」

「……ふむ、確かにあの者の言葉を考えると、その辺を気にするのは事実か」


 その言葉を聞き、多少は安心もしたのだろう。視線に込められている不気味なものが薄れていくのを感じ、レイは内心安堵の息を吐く。


(この男自身に関して、直接的な戦闘力は感じない。けど、そんなのは関係ないと思える程の不気味な圧迫感。……さすがにベスティア帝国の宰相をやっているだけはあるんだろうな)


 例えるのなら、戦術家と戦略家の違いだろうか。

 直接戦えば絶対にレイが勝つのだが、そもそも直接の対決へと持っていかせないという能力を持っている人物。


「すみません、何分まだ若いもので。どうしても能力とは裏腹にその辺の機微が分からないこともありまして」


 一瞬部屋の中に広まった奇妙な空気とも呼べる雰囲気を破ったのは、ダスカーだった。

 ダスカーにしても、目の前にいるのがただの人物であるとは思っていない。このベスティア帝国の中で宰相という高い地位にいる人物なのだから。

 幸いなことに、ダスカーの言葉を聞いたペーシェはすぐに自らが発している雰囲気を消して笑みを浮かべ、首を横に振る。


「いやいや、若いというのは元気があっていいことだ。まぁ、あの者に関しては色々と思うところはあれど、そちらが気にするようなことは何一つないとは言っておこう」


 言外に口出し無用と宣言され、当然そこまで言われてはレイにしてもそれ以上言葉に出来る筈もなく、この話題は暗黙の了解で終了となった。

 その後、ダスカーとペーシェが色々と腹の探り合いを行いつつも、会談は終了することになる。

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