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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
593/3865

0593話

「このお菓子、美味いな」


 エルクが感嘆の声を上げながら、お茶請けとして用意されたクッキーを口にする。

 さすがにベスティア帝国の皇帝が住んでいる城というべきか、用意されているお茶やクッキーといったものは、そのどれもが街中で食べるものとは違っていた。


「ありがとうございます。では、こちらはどうでしょうか?」


 そう告げたのは、部屋の中で待っていたダスカー一行の世話を命じられたメイド。

 自分が作った訳ではないが、それでももてなしを喜んで貰えるというのはメイドにとっては嬉しいことであり、目の前にいる人物達が噂で聞いていたのとは全く違う様子に安堵する。

 当初、ダスカー一行につけられるメイドの争いは熾烈を極めた。

 勿論自分達が行きたいというのではなく、他の人に押しつけるという意味でだ。

 何しろ、セレムース平原での戦いが有名になりすぎた。

 おまけにただ有名になるのではなく、噂が広まっていくごとに次第に内容が大袈裟になっていき、最終的には巨漢が身の丈以上の巨大な鎌を片手で操り、一振りで10人近い兵士を斬り殺し、その手足を拾っては食い千切り、更には炎の竜巻を生み出して帝国軍のほぼ全てを殺し尽くした。……そんな噂すら流れていたのだから。

 そんな中、メイド同士がお互いにその役割を押しつけあい、最終的にはくじ引きまでしてダスカー一行につくことになったのが、この部屋にいるメイドだった。

 だが、そのメイドも今は内心で安堵の息を吐く。


(何よ、別にどうってことないじゃない。それに深紅だなんだって言われている子にしたって、こうして外から見る分には小さくて可愛い子にしか見えないし)


 大人しくエルクと共にクッキーを口に運んでいるレイの様子を見て、内心で呟くメイド。

 最初に感じていた怖さがなくなった分、今では寧ろ目の前にいる客人に対して親近感のようなものすら持っていた。


「それにしても、この部屋はかなり豪華だよな」


 クッキーを食べながらエルクが呟く。

 そんなエルクに、ミンやロドスは当然だとばかりに頷いた。


「父さんやレイがいるし、何よりダスカー様がいるんだから、粗末な部屋に通せる訳ないだろ」


 何かを誤魔化すように口にしたその答えは、半ば当たりで半ば外れと言ってもいい。

 確かにラルクス辺境伯という隣国……あるいは敵対国の重要人物が来るということで、不便が無いように豪華な部屋を用意したのは事実だ。

 だが、それは春の戦争で恨みを持っている者達と接触させないという思惑も含んでいる。

 ある意味では隔離されている。そう表現してもいいのがダスカー一行の現状だった。

 当然ダスカー本人はそれに気が付いているし、ミンやロドス、護衛の騎士達も気が付いている。

 気が付いていないのは、呑気にクッキーを口に運んでいるエルクとレイの2人だけだ。

 この2人の場合は個人としての能力が非常に高く、それ故に何があっても生き残れる自信があるからこそその辺に無頓着なのだろう。

 そんな風にどことなく穏やかな空気すら流れる中、不意にクッキーを食べていたエルクがメイドに向かって話し掛ける。


「なぁ、姉ちゃん。闘技大会って具体的にはいつ開かれるんだ?」

「闘技大会ですか? 後10日程ですね」

「なるほど。ロドス、準備の方は?」

「勿論万全だよ。何としても決勝トーナメントに残って、レイに勝つんだから」

「……俺にか?」


 クルミのような木の実の混ざったクッキーを味わっていたレイは、唐突に自分の名前を出されて驚く。

 だが、それを当然と頷いたロドスは持っていたクッキーがレイだとでも言いたげに噛み砕いていた。


「そうだ。確かにこのままの状態で俺がお前に勝てるとは思っていない。けど、何事にも絶対というのはないし、大会が進むにつれて俺だって成長していく筈だ」

「……一応言っておくが、試合を通してお前が成長するように俺も成長するんだがな?」

「それは……お、俺の方が伸び代は多い筈だ!」


 自らに言い聞かせるように叫ぶロドスだったが、レイはそれに対して何かを言い返すでもなく頷く。

 事実、レイよりも伸び代があるかどうかはともかく、今のロドスはまだまだ発展途上だ。そんな状態で闘技大会に参加して勝ち抜けば、確かにかなり実力を伸ばすという可能性が高かった為だ。


「でしたら、ロドス様に賭ける方は勝てるでしょうね」


 そう告げたのは、話の成り行きを聞いていたメイド。

 何気なく告げた言葉だったのだが、レイに視線を向けられたのが意表を突かれたのか、一瞬鼓動が早くなる。


「賭け?」


 自らの鼓動を誤魔化すかのように頷くメイド。


「はい。毎年闘技大会では賭けが行われております。予選のバトルロイヤルでは誰が勝ち残るのかを賭けて、決勝トーナメントではそれぞれどちらが勝つかを選ぶ……といった具合に。闘技大会が大きく盛り上がる大きな理由の1つですね」

「……へぇ」


 いいことを聞いた、とばかりにレイは笑みを浮かべる。

 別に金に困っている訳ではないが、それでもお祭り騒ぎなだけに自分も十分に楽しもうという思いが透けて見えるようだった。

 ベスティア帝国に対しては恨みの方が多い。それを思えば、自分の金を自分に賭けて稼ぐのも悪くはない。


「まぁ、賭けるなとは言わないが、程々にしておけよ」


 レイの顔を見て、大体何を考えているのかを理解したダスカーがそう告げる。


「あら? 先程も……皆様、確か観戦しにきたのでは?」


 ロドスやレイ、あるいはダスカーといった者達の話を聞いていたメイドが思わずといった様子で尋ねるが、戻ってきたのは苦笑だった。


「いや、確かに最初はそのつもりだったんだがな。闘技大会の話を聞いてからレイが是非出てみたいと言い出したんだよ。だからこの後で宰相と面談する時に推薦を貰うつもりだ。……お嬢ちゃんも、もし賭けるならレイに賭けておいた方がいいぞ? 最低でも決勝トーナメントのかなりの場所まで進むのは確実だろうし」


 ダスカーの冗談染みた言葉に、メイドも思わず笑みを漏らす。


(けど、実際にこの子……深紅が出場するとなれば、レートはかなり低いんじゃないかしら?)


 そんな風に思うものの、さすがに立場上それを口に出すことは出来ないメイドは笑みを浮かべて誤魔化す。


「ダスカー様、俺もそう簡単に負けるつもりはありませんよ」


 自分が置いてきぼりにされているように感じたのか、ロドスもまた強い視線をダスカー……ではなく、レイに向けてそう告げる。

 そもそも、ロドスが闘技大会に出る原因が原因だ。今は無理でも、闘技大会中に絶対にレイを追い越すという決意と共にそう口に出す。


「……ま、頑張れ」


 何が原因で息子がそこまで張り切っているのかを半ば本能的に察知したエルクが、遠い目をして呟く。

 実際問題、自分が負けたレイを相手にしてロドスが勝てるとはどうしても思えない。

 だがロドスの初恋である以上は、全力を出し切った方がいいだろうというのがエルクの正直な気持ちだった。

 それはミンも同様なのだろう。

 遅れに遅れた、愛するべき息子の初恋。

 色々と思うところはあれど、やはり力一杯頑張って欲しいと内心で考える。

 そんな風に和やか……とは表現出来るかどうかは微妙だが、とにかくお茶を飲み、茶菓子を食べながら時間を潰していると、不意に扉をノックする音が部屋に響いた。


「入れ」


 ダスカーの言葉に、部屋へと入ってきたのはその場にいた皆が予想した通りの人物、オンブレルだった。


「失礼致します。ダスカー様、宰相の準備が整いましたので会談の場へと案内させていただきます」

「分かった」


 ようやくか。

 そんな思いを込めて立ち上がったダスカーは、レイやエルク達を引き連れて部屋を出て行く……前に一旦足を止め、メイドへと視線を向ける。


「お嬢さん、お茶とお茶菓子は美味かったよ」

「いえ、お気に召して頂けたようで何よりです」


 深々と一礼するメイドに、他の面々も軽く感謝の言葉を述べて部屋を出る。


「さて、ではご案内します。さすがに皇帝陛下の謁見とはいきませんが……」

「ああ。不躾な真似をするつもりはない。……レイ、分かっているな」

「はい」


 今いるメンバーの中でレイにのみ注意する辺り、ダスカーの内心をよく現していた。

 ダスカー個人としては、レイのざっくばらんな態度は好ましいものがある。

 あまり目上の人物との会話に慣れていないという点も同様ではあるが、この場合はミレアーナ王国の代表に近い意味で来ている以上、迂闊な真似は出来ない。

 もしもレイの言動が原因で再び戦争が起きた場合、色々な意味で面倒な事態になるのは間違いないからだ。


(もっとも、帝国としても春の戦争で失った戦力の回復に専念しているだろうから、そんな選択はしないと思うけどな。寧ろ心配すべきは、戦力の回復が終わった後。……来年の春はまだ安心だが、夏くらいになると微妙。秋は収穫の時期で軍事行動を起こすとしても農村から人を引っ張って来られない以上は小規模なものにならざるを得ないし、冬は論外。となると、もっとも可能性が高いのは再来年の春か。まぁ、今回の件が上手くいけばその心配もいらないんだろうが)


 脳裏で素早く考えを纏めつつ、オンブレルの案内に従って城の通路を歩いて行く。

 さすがに宰相との会談ともなると、どうしてもその場所は警備の類が厳重な場所にならざるを得ない。そして城の中で警備の厳重な場所となれば、当然城の中央に集中している。

 つまり……


「おい、あれ……もしかしてミレアーナ王国の?」

「ああ。雷神の斧がいるから間違いない」

「そう言えば今年の闘技大会にはミレアーナ王国から中立派の代表が来るって話だったが……」

「代表? 中心人物じゃなかったか? いやまぁ、似たような意味なのは分かるけど」

「おい、ちょっと待て! 中立派ってことは当然深紅がいるんだろ?」

「それは間違いない。……けど、こうしてみる限りだといないな。あの先頭を進んでいるのが順番からいってラルクス辺境伯だろ? で、雷神の斧とそのパーティは家族で固めてるって話だから、杖を持っている女とあの戦士か? それともローブを被ってる小っちゃいのか?」

「その後ろを進んでいるのは、装備から見ても騎士で間違いないし。ん? じゃあ深紅はどこにいるんだよ?」

「うーん、かなりでかい男だって話だからな。あの中にはいないんじゃないか?」

「は? 俺は小柄な男だって聞いたぞ?」

「ぶっ、おい、ちょっと待て。そもそも軍人を大勢斬り殺したんだぞ? そんなのが小柄な身体で出来る訳ないって。それとも何だ? 小柄って言うと……あのローブを着ている子供が深紅だとでも言うつもりなのか?」


 通路を歩いているダスカー一行と城にいる者達が接触することになるのは当然だった。

 そんな風に注目を受けている中を歩いているのだが、その中の数人が言っていたようにレイが深紅であると見破れる者は殆どいなかった。

 ……ただし、殆どいないということは少なからずいる訳で。


「な……そ、そんな……嘘……でしょ?」

「あ……」


 運悪くとしか言えないようなタイミングでレイ達と行き違った女2人。

 ローブを着て杖を持っており、見るからに魔法使いといった姿の2人。

 その外見に似合わず、実際に腕の立つ魔法使いだった。

 もっとも帝国の軍人という訳ではない。城にいる貴族へ依頼の報告をしにやって来たのだ。

 そんな2人の魔法使いが……しかも、他人の魔力を見る能力を持っている2人がレイを見てしまえばどうなるか。

 青い髪を肩で短く切り揃えている年上の魔法使いは、我知らず一歩、二歩と後ろへと下がる。

 緑の髪を三つ編みにしている年下の魔法使いは、腰を抜かしてその場へと座り込む。

 いきなりそんな態度を取った魔法使いを周囲の者達は不思議そうに眺めているが……当の2人には周囲の視線を気にするような余裕は一欠片もなかった。

 よく見れば、2人の魔法使いが小刻みに震えていることに気が付いただろう。

 だが、周囲の者達は挙動不審な魔法使いよりも噂のダスカー一行を見るのに熱心だった為に、そんな様子に気が付くことはなかった。

 そうして自分達の側をダスカー一行が通り過ぎるのを、まるで肉食獣に狙われている草食獣の如く、少しでも見つからないようにと身を潜める。

 幸い特にダスカー一行の注目を集めないままに通り過ぎたのに気が付くと、2人揃って安堵の息を吐く。

 ダスカー達の背中へと視線は向けない。そんな真似をすれば向こうの注意を引くかもしれないと判断せざるを得なかった。


「ル、ルリケットさん……」


 三つ編みの魔法使いが何とかそれだけを呟く。

 それを聞いたショートカットの魔法使いも、何を言いたいのか分かったらしく蒼白な顔のままで頷く。

 2人共が、下手をすればこのまま倒れてしまうのではないかと思える程の、そんな顔色。

 だがここで倒れる訳にはいかないと、何とか震えそうになる足に力を入れる。


「あんな化け物が……なんだってこんな場所にいるのよ」

「はい。あ、あれだけの魔力をもったままで、全く問題なく動けているなんて……信じられません」


 お互いがお互いを気遣いながらも、2人の女魔法使いは足早に城を出て行く。

 そのままの足で急いで宿に戻ると、取るものも取り敢えず帝都を出る準備をする。

 本来であれば闘技大会に出場する予定だったのだが、一刻も早く帝都を出るという選択をし……そのままベスティア帝国を出て、近くにある別の国へと向かうのだった。

 レイの魔力に過剰反応した形になった2人だったのだが、この後ベスティア帝国で何が起きるかを考えれば、これが最も正しい選択だったのだろう。

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[気になる点] ベスティア帝国へ 593話 > 遅れに遅れた、愛するべき息子の初恋。 0065話ではエレーナに微笑みかけられて顔を真っ赤にしていたロドス。 エレーナには恋心を抱いていなかったのか?
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