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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
588/3865

0588話

 デスサイズを突きつけている男の口から情報を聞き出そうとした時に、突然周囲に響いた声。

 その声のした方へと視線を向けたレイが見たのは、銀色に光る鎧を身につけた男だった。

 年齢は20代程であり、周囲でレイと隊長のやり取りを見守っていた者達のうち、女が思わず感嘆の息を吐く程には顔立ちは整っている。

 しかし、レイはそんな相手へと向かって無言で視線を向けるだけ。

 これ以上ない程のタイミングで声を掛けてきたのを考えれば、目の前にいる男が地面に踞ってデスサイズを突きつけられている男の仲間である可能性も否定出来ないからだ。


「お前は?」

「一応、この地の安全に責任を持つ者だよ。ユニコーン騎士団の副長を務めているクラウディス・ノーブルだ」

「……へぇ」

 

 思わずレイが呟いたのは、騎士団の副長という立場もだが何よりも名字持ちだったからだ。つまり、目の前にいる男は貴族ということになる。

 だが、すぐにレイは続けて口を開く。


「それで、ユニコーン騎士団の副長が何だって今頃出てくるんだ?」

「それは勿論、ここで不法な行為をしていた者達を捕らえる為だよ」


 クラウディスの口から出た言葉に、未だにレイにデスサイズを突きつけられている隊長が思わずといった様子で口を開く。


「おい、クラウディス! 俺の後ろ盾を知ってのことか!」

「ええ、勿論ですよ。確かにデューンさんにはこれまで手出しが出来ませんでした。ですが、手を出した相手が悪かったですね。帝国が招待した人物を相手にこのような真似をしでかしては、デューンさんの裏に本当の意味で誰がいるのかは知りませんが、やりすぎです」


 その言葉を聞いていたレイは、何となくこの2人の関係を理解する。

 また、クラウディスが口にしたように、隊長……デューンの背後にいるのが先程口にしていたように第2皇子ではないというのも薄々と察しているのだろう。


「……さて、そういう訳で。深紅殿。申し訳ありませんが、この場は私に任せてくれませんか?」

「俺に退け、と?」

「ええ。そちらとしても、この場で時間を取られるのは良くないのでは? 見たところ先を急いでいるように見えますが」


 見透かすかのように告げてくるクラウディスの言葉に、レイはドラゴンローブのフードの下で眉をぴくりと動かす。


「確かにそうだが、それならこの場でこの男を始末してしまえば手っ取り早く終わるんじゃないか?」

「出来ればそれは止めて貰えると……彼には色々と聞かなければならないことがありますので」

「……ふむ」


 呟き、憎々しげに自分やクラウディスを睨み付けているデューンへと視線を向けるレイ。

 ここでクラウディスに引き渡しても特に困らないが、今回の件の裏を知りたいという思いがレイの中にはある。

 普段であればそんなのは関係無いとばかりに引き渡すのだが、今回は皇位継承権が絡んでいるかもしれない問題だ。

 そして、現在のレイはヴィヘラやテオレーム……第3皇子派に雇われている状態なのだから、その辺の情報を得ておくのは悪いことではないだろう。

 そんな思いから、クラウディスの申し出を拒否しようと口を開き掛けた、その時。


「分かった、その男はそちらに預けよう」


 レイの後ろからそんな声が聞こえてきた。

 そちらへと振り返ったレイが見たのは、杖を手にしたミンの姿。

 いつもの澄まし顔のまま、レイの方へと視線を向けて口を開く。


「レイが何を考えているのかは分かるが、今ここでベスティア帝国の者と揉めるのは不味い」

「だが……」

「ダスカー様からの指示だ」


 尚も言い募ろうとしたレイだったが、ダスカーの名前を出されては引き下がるしかない。

 不承不承といった表情を隠しもせずに溜息を吐く。


「分かったよ」

「そうか、助かる」


 ミンにしても、ここで情報を得たいという気持ちはレイと変わりない。だが、目の前にいる人物を敵に回してでもかと言われれば、答えは否だった。

 レイに小さく頷き、改めてクラウディスの方へと視線を向ける。


「では、この男はここで引き渡す。だが、ここから帝都に向かう途中で同じようなことが起きた場合……その時は穏便に済ませられるとは思わないことだ」

「……ええ、承知しておきましょう」


 穏便に、という割には怪我をしている者がそれなりに出ているのだが、それでも死人が出ていないことを考えればミンの中では穏便にことを済ませたという認識なのだろう。

 もっとも、自分に敵対した相手に対しては容赦をしないレイの性格を思えば、無理もないのかもしれないが。

 そんなミンの思いを理解した訳でもないのだろうが、クラウディスは表情を引き締めて頷き、視線を後ろの方へと向けて口を開く。


「捕らえなさい。なるべく乱暴な真似はしないように。ただし、逃げ出すような真似をした時には個別の判断に任せます」


 いつの間にか近づいてきていた騎士が小さく頷き、その更に背後にいた30人程の騎士達へと合図を出す。

 それを見るや否や、それぞれが散っていってデューンとその部下達を取り押さえていく。

 相手を取り押さえるのに慣れているのは、その手際を見れば明らかだった。


「ご協力、ありがとうございます」


 その光景を見ていたレイとミンに向かい、クラウディスが小さく頭を下げる。

 頭を下げるだけという仕草にも関わらずその仕草は洗練されており、周囲にいた群衆の中にいた若い女が歓声を上げていた。

 中には中年の女もいたが、それでも美形に向ける感情は年齢に関係なく同じなのだろう。

 つい先程まではデューンの行動に声も出せなかったのに現金な……とも思ったレイだったが、寧ろ悪役に襲われている時に助けに来てくれた白馬の王子様的な存在なのだろうと納得をする。


「ま、いい。とにかく同じようなことがなければな」

「ええ、ベスティア帝国にはこのような者達ばかりではありません。性格のいい人も多いですよ」

「……だと、いいがな」


 そう言葉を返したレイの脳裏を過ぎったのは、ヴィヘラとテオレーム。

 もっとも後者は性格がいいのではなく、いい性格と表現すべきなのかもしれないが。


「では、失礼します。帝都まではもう少しですので、闘技大会には十分間に合いますよ」


 小さく笑みを浮かべてそう告げたクラウディスが去って行く。

 その後ろ姿を見送ったレイは、食えない相手だと思いつつセトの首筋を撫でる。


「グルゥ」


 それだけでレイの意図を察知したのだろう。その場にもう用はないとばかりにセトはダスカー一行の待機している後方へと向かう。

 そんなレイ達の背後ではようやく馬車の列が動き出し、街道がスムーズに進めるようになっていた。






「さっきの件に関しては、私からダスカー様に話しておくよ。レイは気にしないでくれ。まぁ、詳しい話を聞きたいと判断すればレイを呼ぶと思うけど」


 ダスカーの乗っている馬車の近くでそう告げてきたミンに小さく感謝の言葉を告げ、レイは護衛の騎士達へと近寄っていく。

 そんなレイが近づいてくるのに気が付いた1人の騎士が、小さく目を開いた。

 不機嫌そうな雰囲気を感じたからだ。

 だが、それは気が付いた騎士が鋭かっただけであり、他の騎士はそれ程には鋭くはない。

 それ故に、何でも無いかのようにレイへと声を掛ける。


「おい、レイ。結局何だったんだ? 何だか随分と時間が掛かったが」

「……いや、ちょっとな。ベスティア帝国の騎士が勝手に道を封鎖して、通行人から金を巻き上げていたようだ」

「はぁ? そんな勝手なことをしたら、首が飛ぶだろ。いや、比喩的な表現じゃなくて物理的に」


 呆れた様に呟く騎士に、レイは肩を竦めて口を開く。


「さて、その辺をどうにか出来る目論見があったんだろうよ」

「こんなに堂々と盗賊の真似をしておいてか?」

「騎士が盗賊の真似か。色々と笑わせてくれる話だが、残念ながらそれでも何かの勝算はあったんだろうな。でなきゃ、幾ら何でもこんな真似はしないだろ」


 ダスカー一行だけではない。それ以外にも周辺諸国から闘技大会に招待された者達は大勢おり、この街道はその帝都に続いているのだ。

 レイ自身は知らなかったが、この渋滞でここに足止めをされている者の中には他国の使者も当然いるし、なにより金を巻き上げて先に進んだ中にも当然他国からきた招待客が存在している。

 帝国の周辺にある小国ならまだいいだろう。実質的には従属国に近い扱いなのだから、ベスティア帝国内である程度の権力があれば後日揉み消すのはそう難しくない。

 だが、招待されている中にはベスティア帝国程ではなくても、侮ってはいけないような国も存在する。

 何より、春の戦争でベスティア帝国に勝ったミレアーナ王国の貴族でもあるダスカーと、その護衛という扱いになっているレイからも金やマジックアイテムを、そしてセトを奪おうとしたのだ。

 どう考えても、色々な意味で致命的な筈だった。


「ふーん。まぁ、この国の中がどんな風になっているのかは知らないけど、大きい国程上の方で腐敗を感じることは出来ないんだろうな」


 他人事のように呟く騎士だったが、ミレアーナ王国とて大国の一つとして数えられているのを本人は忘れているらしい。

 辺境であるギルムが本拠地であるだけに、実感がないのかもしれないが。


「それよりもほら、動き出したようだぞ。俺達も進むとしよう」


 騎士の言葉に前の方へと視線を向けると、そこではようやくダスカー一行の前で動きを止めていた他の馬車が動き始めているのが見えた。

 もっとも、ダスカー一行の周辺にいる他の者達にしてみれば、先を急ぐというよりグリフォンであるセトから少しでも離れたい。そんな思いを抱いている者も多いのだろう。

 少しでも早く離れようと、馬車を引く馬に鞭を入れている者も存在していた。

 更に、中には憎々しげにレイとセトを睨んでいる者もいる。

 先程の一件でレイが深紅であると知った者達で、尚且つ先の戦争で誰かしら親しい者が殺された者達だろう。

 だが、レイは既に慣れたとばかりに殺気と憎悪の籠もった視線を受け流す。

 その視線に関しては問題ないのだが、鎮魂の鐘と呼ばれる集団の手先がその視線を向けている中にいる可能性を考えれば、そちらを見抜けない方が厄介だった。


(間違いなく何らかの手は打ってる筈だ。あの一件だけで結局他には何もない……なんてことは絶対にないだろうし。だとすればこの視線を向けている中に奴等の手先が紛れ込んでいてもおかしくはない)


 そう思いつつも、現状では何が出来るでもないので結局はそのまま放置しておくしかなかったのだが。


「おい、レイ。行くぞ」


 そんな風にレイが考えていると、不意にそんな声が掛けられる。

 その声のした方へと視線を向けると、既にダスカーの乗っている馬車は前へと進んでおり、声を掛けてきた騎士もその馬車と共に前へと進んでいる。


「っと、悪い。セト、頼む」

「グルゥ!」


 レイの呼びかけに喉を鳴らしたセトは、そのまま馬車を追うようにして移動を開始する。

 レイを乗せているとはいっても、その程度で馬車に追いつけない筈もなく、あっさりと騎士の隣へと並ぶ。


「どうした、何か考えごとか?」

「まぁ、ちょっとな。こう見えて色々と考えるべきことはあるんだよ」

「……だろうな。何しろ、今回の件ではお前が主役みたいなもんだし」

「それもあるけど……寧ろ鎮魂の鐘の方だな」

「ああ、そっちか」

「今は大人しくしているけど、恐らく帝都に到着したらまた色々と動き出すのは間違いないぞ」


 以前に襲ってきた時は痛覚の麻痺と強化された膂力だけだった。

 それでもある程度の厄介さはあったのを思えば、あの人数が纏まって襲ってきた場合、色々と周囲に被害が出るのを避けることは出来ないだろう。

 倒すのが厄介なのではなく、周囲に被害を出すのが厄介だと考えている辺り、レイの自信か己に対する過信か。


「確かにあの手の敵は厄介だからな。特にその辺にいる一般人がいきなり襲ってくる可能性とかを考えると……」


 騎士にしても、周囲にいる全員を一日中警戒している訳にはいかない。

 それを思えば、精神を削ってくるという意味でも現状では鎮魂の鐘が攻撃していると言えなくもないのだろう。


「せめてもの救いはダスカー様にエルクが護衛についていることだろうな。絶対的に安心出来る雷神の斧という存在がいるからこそ、こうしてある程度の余裕は持っていられるんだし」


 街道を歩きつつ、周囲の光景に目を向けながら呟く騎士。

 季節の変わり目ということもあり、夏に比べると街道の脇に生えている名前も知らない花の数も減ってきており、どこかもの悲しく感じていた。

 だがその光景を見ていたレイは、寧ろ騎士にそんな感傷的な部分があるのかという意味で驚く。

 こうして敵の襲撃を警戒しつつ旅を続け……そのまま数日。やがて、ダスカー一行の前に巨大な帝都がその姿を現すのだった。

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