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レジェンド  作者: 神無月 紅
ベスティア帝国へ
578/3865

0578話

 食堂へと到着したレイが見たのは、階段前で行われているのと似たような光景だった。

 5人の騎士が暴徒達に囲まれており、しかし実際に床に倒れているのはその全てが暴徒。

 騎士達も軽い打撲や切り傷を負っている者が数名いるが、殆ど無傷に近い。

 日々過酷な訓練を行っている騎士と、流されるように暴徒としてこの宿へと襲い掛かった者。そんな両者の違いがはっきりと現れた光景だ。

 それでもまだ暴徒達の人数は20人近く存在しており、騎士達を囲むようにして隙を窺っている。

 階段前の戦いと違って騎士達が有利なのは、階段を上がらせないために守る……即ち一ヶ所に留まる必要がなく、広い食堂全てを戦いの場として使えることだ。

 もっとも、それは逆に考えれば階段を守っていた騎士達とは違って、背後から攻撃されるという可能性もあるということなのだが。


「うおおおおおおっ、サルニスの、兄貴の仇だぁっ!」


 暴徒の1人が目の前の騎士に向かって剣を振り下ろしながら叫ぶ。

 兄の仇。それだけで、騎士には目の前の人物が何故襲撃してきたのかを悟ったが、だからといって自分が大人しくやられる訳にもいかない。

 振るわれる剣を、自らの剣で受け止めそのまま受け流して胴体へと叩きつける。

 ただし、騎士の握っていた剣は鞘に入ったまま抜かれていない為、斬るのではなく打撃を与える武器としての効果を発揮していた。

 殺すよりは捕虜にした方がいいだろうという判断からの攻撃だった、それでも振るわれた一撃は強力極まりない。

 胴体を思い切り打ち抜かれた暴徒は、そのまま気を失って床に倒れ込む。


「戦場での戦いの結果だ。許せ、とは言わんよ」


 気絶して床に倒れた男に一瞬だけ視線を向けながら呟く騎士。

 情報を集める為にこの場では殺さず、気絶させて捕虜とすることを選んだが、貴族を……ベスティア帝国が直々に招待した貴族を襲ったのだ。

 それでも小国の貴族であればどうにか誤魔化すことは出来ただろう。

 だが、ベスティア帝国と長年戦い続けている……つまり、国力が同程度の大国、ミレアーナ王国の貴族。しかも王国内でも3大派閥と呼ばれている中立派の中心人物でもあるラルクス辺境伯。

 そして極めつけは春の戦争でベスティア帝国が実質的に負けた国の貴族。

 ここまでの悪条件が揃っている以上、ベスティア帝国としても国の面子を掛けて暴徒達を無罪放免にするというのは絶対に有り得なかった。情報を引き出した後は間違いなく処刑……あるいは犯罪奴隷として売り払われるかのどちらかだろう。

 それを考えれば、ここで死んだ方が幸せかもしれないと一瞬考える騎士。

 だが、すぐに今は余計なことを考えている場合ではないと判断し……


「何だ、こいつは!?」


 不意に聞こえてきた同僚の声……それも驚愕よりも悲鳴に近い声に、そちらへと視線を向ける。

 そこに存在していたのは、右腕を失い、更に袈裟懸けに長剣の刃で斬り裂かれつつも全く痛がる様子を見せずに、残っている左手に短剣を持ち騎士へと襲い掛かっている姿だった。

 ただの暴徒であれば、腕の切断どころか殴り飛ばされでもすれば痛みで行動が鈍るのが当然だろう。

 だが騎士の視線の先にいる相手は、常人であれば……あるいは騎士であったとしても激痛で身動きが出来なくなる程の重症を負いながらも、全く戦意を衰えさせることなく騎士へと襲い掛かっている。

 その様子に意表を突かれた騎士は一瞬動き出すのが遅れ、顔面目掛けて振るわれる短剣の刃から何とかダメージを少なくしようと腕で庇おうとし……

 次の瞬間、グシャリという肉を地面に叩きつけるような音が周囲に響き渡る。

 今にも襲われようとしていた騎士は、自分の腕に何の傷もないことに気が付く。

 そして、つい数秒前までは痛覚が無いかの如く目の前に存在していた暴徒の代わりに、見覚えのあるローブを身に纏った人物の姿が。


「無事か?」


 その人物、レイが視線の先で食堂の床に倒れ込んでいる暴徒を観察しつつ尋ねると、我に返った騎士は頷く。


「あ、ああ。危ないところだった」

「まぁ、あれだけのダメージを受けても全く痛みに怯える様子がないというのは、予想しろってのが無理だろ。……ゾンビじゃないんだなっ!?」

「それは違う。きちんと言葉を発していたし、ゾンビよりも動きが鈍くなかった……しなっ!」


 お互いに会話をしつつも、攻めてくる暴徒達を殴り倒していくレイと騎士。

 レイは鞘に収まったままの短剣で、騎士は剣の腹の部分で叩くようにして暴徒達を気絶させていく。

 殆どの暴徒は、レイや騎士の一撃を食らえば痛みで恐れを抱き、あるいは気絶する。


「セレムース平原を出てから結構経つのに、それでもアンデッドが出てくるとか考えたくはない、な!」


 木の棒の先端に短剣を紐で結びつけただけという、粗末な槍を突き出してくる暴徒の攻撃を短剣で上へと打ち上げ、それに驚いた相手の懐に入り込み、鳩尾へと短剣の鞘を埋め込む。


「げぼっ!」


 瞬間、胃の中のものを吐き出しながら地面へと倒れ込む男。

 そんな相手に一瞥すらせず、レイは次の暴徒へと向かって鞘に収まった短剣を振るう。

 軽く跳躍して振るわれた短剣の柄が側頭部に命中し、一瞬にして意識を失い地面へと倒れ込む。

 そのまま2度、3度と鞘に入った短剣を武器として振るい、次々に暴徒の意識を絶っていく。


「うわああああああああっ!」


 その様子を見ていた暴徒の1人が、次々に仲間の倒れていく光景に耐えきれないかのように持っていた槍を振るおうとし……

 ガキッ、という音と共に槍の動きが止まる。

 突くのではなく横薙ぎに槍を振ろうとして、食堂の机に引っ掛かったのだ。

 槍を使い慣れている本職の冒険者や警備兵、傭兵、騎士といった者達であれば普通はやらないミス。

 普段は武器を手にする必要がない普通の一般人だからこその致命的なミスだった。


「ふっ!」


 一瞬だが確実に暴徒の意識が槍へと向けられたその隙を見逃さず、一足飛びに男の間合いの内側へと入り込んで短剣の鞘を鳩尾へと埋める。

 瞬間、白目を剥いてその場に崩れ落ちる暴徒。


「見つけたぞ、お前えぇぇぇぇえっ!」


 そんなレイに、近くにいた暴徒が怒声を上げながら持っていた剣を突き出す。

 突き出された剣の速度は、暴徒とは比べものにならない程に速い。いや、この場にいる騎士達と比べても遜色のないものだった。


「何だっ!?」


 暴徒全員が戦いについては素人だ……などとは思っていなかったレイだったが、それでも放たれた突きの速度はその辺の戦闘を生業にしている者と比べても見劣りしない。

 咄嗟に握っていた短剣で放たれた突きをいなし、そのまま相手の間合いの内側に入り込み、男の勢いすらも利用して短剣を鳩尾へと埋める。


「げぼぁっ!」


 不気味な悲鳴を上げながら吹き飛ぶ男。

 気絶しただけの他の者とは違い、普通であれば命にも関わっただろう一撃。

 だが、吹き飛ばされた男は何ごともなかったかのように立ち上がる。


「……こいつもさっきの奴と同じか」


 先程袈裟懸けに斬り裂かれていた男の姿が、一瞬レイの脳裏を過ぎる。

 どのような理由かは分からなかったが、痛覚の類が麻痺されており、何らかの強化がされているのだろうと。


「やっぱり裏で糸を引いている奴がいるのは確実だな。けど……」


 呟き、再び襲い掛かって来た男の突きを数cm、あるいは数mmの見切りで回避しながら間合いを詰める。


「手品ってのは、一度種を見せてしまえば二度、三度と通じる訳がないだろ!」


 放たれた突きを回避し、そのまま伸びきった腕を掴み力尽くで地面へと叩きつける。

 確かに痛みは感じないのだろうが、身体を動かすという行為は肉体を使わなければどうにも出来ない。ならば、とレイは瞬時にミスティリングからデスサイズを取り出し、床に倒れている男の膝の裏へと石突きで2度突く。

 ゴキャッという耳障りな音が周囲に響くが、石突きを振り下ろす速度が速すぎた為か、1度の音にしか聞こえない。


「ぐっ、く、くそっ、くそおおおおおお!」


 立ち上がろうとする男だが、痛みは感じずとも物理的に膝が砕けている為に立ち上がることも出来ない。

 それでも両腕は無事だった為か、持っていた剣を支えにしてなんとか立ち上がろうとする。


「諦めろ」


 呟き、剣を持っている右手の肘にデスサイズの石突きを振り下ろし、続けて左手の肘と連続して石突きで関節を砕いていく。

 結局残ったのは四肢の関節を砕かれ、芋虫の如く藻掻くことしか出来なくなった男。


「お前、なにしてやがる!」


 騎士との乱戦が続く中、そんなレイを見かけた暴徒の1人が椅子を抱え上げてレイへと走り寄る。

 両手で抱えていた椅子をレイに叩きつけようと考えていたのだろうが、その背後から騎士が鞘に入った長剣で横薙ぎに殴りつけて吹き飛ばす。


「レイ、そいつは……」

「ああ。恐らく今回の襲撃の中でも何らかの意味を持っている存在だろうな」


 四肢の関節が砕けたにも関わらず、全く痛みを感じていない様子でただひたすらに立ち上がろうとしている男へと視線を向けながらレイは騎士に声を掛ける。

 話している間も食堂の中にいる暴徒達が襲ってきてはいるのだが、ただの暴徒であれば相手にもならないとばかりに、食堂の中では取り回しに難のあるデスサイズをミスティリングへと収納し、先程同様の鞘に入った短剣で捌きながら騎士と言葉を交わす。


「痛みを感じないのは異常だし、戦闘力が高いのは……これはどうだろうな。元々持っていた能力か。あるいはこれもまた誰かが何かしたのか」

「動きを見る限り、ある程度の訓練を受けていたように見える。それなら、前者じゃない……のか!」


 武器もなく殴りかかってきた暴徒を、剣の入った鞘で殴りつけつつ告げてくる騎士の言葉に頷くレイ。


「だろうな。最悪、こいつが最初から痛みを感じない存在なのかとも思ったが……」

「他にも何人かいる」


 騎士にしても、少し前に1人同じような相手と戦った経験があり、仲間の数人も同様に戦っているのをみている。

 そうである以上、そんな能力を持った存在が偶然一緒になって宿を襲撃してきたというのはちょっと考えにくい。


「そうだな、恐らく向こうの中でも強力な手駒なんだろ。この分だと厩舎の方にも戦力は割いていると思うが、痛みを感じない程度の奴がセトをどうにか出来ると思わないし」


 その言葉を聞いた騎士が、ふと思いつく。


「待て。もしかしてこの襲撃は陽動で、俺達をここに引き寄せておいて厩舎の方……それもセトじゃなくて馬や馬車の方をどうにかするつもりなんじゃないか?」

「確かにその可能性はあるが……けど、それをやって何か意味があるか? 確かに訓練された軍馬や馬車は高価だが、この地の代官はここまでやらせてしまったんだ。より高性能な馬車や能力の高い馬をこっちに引き渡すくらいで埋め合わせが出来るとすれば、寧ろ喜んですると思うけど……な! ええい、いい加減にしつこんいだよ!」


 自分目掛けて飛んできた椅子を、腕の一振りで吹き飛ばす。

 それを見た暴徒の一人が、たまりかねたように叫ぶ。


「ふざけんな、この人殺し野郎が! 弟の仇だ、絶対にぶっ殺してやる!」


 10代後半から20代前半程の男の言葉に、微かに眉を顰めるレイ。


(少なくてもあの男を含む奴等は、本気で俺達の命を狙ってきている。これは誰かがそうなるように仕組んだのか?)


 内心で疑問に思いつつも、テーブルや床に倒れている暴徒達を避けながら男との距離を縮めていく。

 そんなレイに対して、男は顔を引き攣らせつつ……だが、罠に引っ掛かった、とでも言いたげな笑みを浮かべる。

 瞬間、テーブルの隙間と床に倒れていた暴徒達の数人が急に起き上がってレイに向かい突っ込んで来るが……


「甘いな」


 床を走り抜けるレイの速度が男達の予想を超えていた為か、飛び掛かった男達同士で正面からぶつかり、そのまま床に崩れ落ちた。

 そんな様子を横目に男との距離を縮めたレイは、慌てて近くのテーブルに置いてあった棍棒へと手を伸ばす男の行動を遅いとばかりに、短剣の鞘を鳩尾へと埋めて意識を絶つ。


「そっちを頼む!」

「分かっている!」


 レイの呼びかけに答えた騎士が、床で倒れている男達や、あるいはレイの速度についていけずに思わず立ち止まってしまった者達へと剣の収められた鞘を振るっては気絶させていく。


「こっちはもうすぐ片付く、か」


 周囲を見回せば暴徒はその殆どが気を失っており、既に戦いは殆ど終結に向かいつつある。

 騎士の方は軽い怪我をしている者こそ何人かいるが、重症や致命傷を負っている者は殆どいない。

 それを確認したレイは、安堵の息を吐きつつも騎士に小さく断り、厩舎へと向かうのだった。

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